79.ドリタン
私は、ドリタン。テーベ王国最東の港町アッサルムにあるラムゼン商店の番頭をしている。上司の店主は、ラムゼンⅢという。
この商店は、東部大戦で国境線が暫定的に確定した頃に創業した。生粋のテーベ王国の商店だ。
ラムゼン商店は、ガラリア王国の産物とテーベ王国の産物を互いの国に運ぶ、貿易を生業としている。
ガラリア王国とテーベ王国との関係は、まだ戦争継続中だ。
停戦協定を結んだと言っても、終戦した訳ではなく、あくまでも停戦でしかない。
そのために、王国間で人やモノの流れに制約が設けられている。
特に人の移動は、双方の王国で神経を使っている。
ガラリア王国との交易に、陸路を使う場合、ガラリア王国の西の国境は、アスト侯爵、テルソン侯爵、ハロルド侯爵が支配する地のために、テーベ王国との物流は極端に制限され、厳しい検閲が行なわれている。
特別な許可を得ている商人しか通行を許されていない上、同行する人員も登録制だ。
陸路の物の運搬はかなり厄介な状況にある。
そんな訳で、ガラリア王国との交易は、モニア子爵領であるエモニ島のモニアを通して行なうのが主流だ。
そして、テーベ王国側の荷受の港は、アッサルムを使う場合が多い。
テーベ王国の商船は、エモニ島より東に航行するのを許されていない。
そもそも、エモニ島の南は海流が西に強く流れていて、東へ航行することが困難になっている。
エモニ島とハロルドとは細い海峡になっている。
ハロルド侯爵家やモニア子爵家の目を盗んで、エモニ島の北、大陸との海峡を通る事は事実上不可能なのだ。
船荷は、一旦、陸揚げして積み替えるしか無い。
荷を積み替えて運び込む事は自由に出来ても、人の移動には、ガラリア王国の目が光っている。
逆に、アッサルムから、テーベ王国内への移動はテーベ王国の目がある。
安全保障上、海路による交易の方が、ガラリア王国、テーベ王国の双方に都合が良かった。
そうは言っても、ガラリア王国側へ密入国する者も僅かながら居る。見付かれば、重い罪として罰せられる。
ラムゼン商店もエモニ島へ船を出し、テーベ王国の産物を卸して、ガラリア王国の産物を積み込んでアッサルムへ戻ってくる。
それらの荷は、自身や他の商船で西方に運ぶか、陸路でテーベ王国内各地へ輸送する。
以前は、温暖なテーベ王国の豊富な農産物をガラリア王国へ輸出するのが主要な商いだった。
今では、ガラリア王国のガラス製品が商いの主体になった。
ここ、テーベ王国では、ガラス製品は、同じ重さの金のd20(=24)倍以上の高値で売れる。
多分、王都アメンでは、d40(=48)倍以上の価格になっているだろう。
ガラリア王国の王都でも、金の重量の2倍近い金額だと言う。
王都ガリアから離れたエモニ島では8倍以上の金額になっている。
はっきり言って、恐しいほどの値上がりなのだが、何しろ商品が少ない。
その少ない商品をラムゼン商店は、伝手を使って入手してテーベ王国に運び込んでいる。
他の商店は、資金力に物を言わせて、金額度外視で、少ないガラス製品を力ずくでテーベ王国に運び込んでいる。
ガラス製品を扱うようになって、この商店もそこそこ大きくなった。
ただ、アッサルムでは、中堅の商店だ。
目立たず、ほどほどが良いのだ。
それは、この店が、ガラリア王国の内務省の拠点の一つになっているからだ。
先代のラムゼンⅡは、嵐の最中、無理をして商船を動かし、座礁した。その事故で船荷を失い、多額の負債をガラリア王国に作った。本来なら、異国のガラリア王国で借金奴隷となるところを、ガラリア王国の内務省に目を付けられ、借金を猶予されるという条件で協力者になった。
今も、その借金証文はガラリア王国にある。
もし、ラムゼン商店がガラリア王国を裏切ると、ガラリア王国からは莫大な借金の取り立てを受けて破滅することになるだろう。
さらには、テーベ王国から反逆の罪を負うことにもなる。
ラムゼンⅡの子供であるラムゼンⅢがどう思っているのか分らないが、協力関係は問題無く継続している。
ラムゼン商店は、現在もガラリア王国の重要な拠点として機能している。
そんな背景があるため、ガラス製品を手に入れるための伝手というのも、ガラリア王国の内務省の力によるものだ。
大国の一つに挙げられるこの国は、大陸では特殊な国だ。
太陽神を唯一神とするアメン教を信仰している。
ガイア神を頂点とする多くの神々を信仰している他の国々とは異なっている。
そして、現人神として、アメン教会の頂点に現国王のラミナスⅢ・マリク・テーベが居る。
つまり、この国の国王は神なのだ。
東部大戦が終了してから暫くの間は、他国と融和的な政策を取っていた。
結局、テーベ王国は、戦争により、大陸東部の地へ侵略により勢力を伸ばそうとして失敗。
暫定的な国境が引かれて、逆に国土面積は減らされた。
多くの魔術師を失ない、国力も低迷し経済的に困窮した。
東部大戦が停戦となった当時は、他国からの資金を必要としていた。
主に資金を提供したのは、大陸の東にあるミケナ王国やアトランタ王国といった王国だった。
戦争を終結させた国王が崩御し、代替わりを二度ほどした頃から、国粋主義が台頭し始めた。
国力も戦争を行なっていた頃の状態に戻った。
国粋主義の台頭のため、神殿の打ち毀しが各地で発生し始めた。
伝統的にテーベ王国の国民は、ガイア神を祀っている神殿に、嫌悪感を持っている。
それは、遥か昔、神々の戦い以降、迫害され続けた異国の民を祖としているからなのかもしれない。
そこら辺の心情は、ガラリア王国民のオレ達にはどうにも理解が出来ない。
どんな神様を崇めても良いんじゃないかと思うんだが、どうやら違うらしい。
何しろ、国王が神の国だ。他の神を崇めるという事は、自分達が信じる神を国王を凌辱する行為に等しいらしい。
アメン教以外の宗教を認めていないテーベ王国では、異教徒を国外に追放する動きになっている。
今では、辛うじて、王都アメンに居る、各国の外交団のためにある、小さな神殿が残っているだけだ。
異国の民が祖である言っても、今では、血が混ざってしまっていて他国の人々との違いは無い。
テーベ王国の男性が髭を生やしたままでいるという風習のための見た目が違うだけだ。
かく言うオレも、見立てはテーベ王国民になっている。
オレが成り代ったのは、密入国をしてガラリア王国で捕縛された罪人親子だ。子供の方がオレと良く似ていた。二人とも生きていればガラリア王国で犯罪奴隷としてどこかの鉱山に居るはずだ。
ドリタンという名前も、その子供の名前だ。
尋問の際に、成り代りに必要な情報は聞き出してある。
そして、この国では、親の方は怪我が元で死んだ事にした。
そんな訳で、この国の中では、オレは正当なテーベ王国民ということで通っている。
「新たな神々の戦い」が発生した時は、滑稽なほど、皆怯えた。
かつての「神々の戦い」の時の様に、滅ぼされるんじゃないかと思ったんだろう。
結果的に何も無かった。
逆にその所為で頭に乗った連中は、さらに過激になっていった。
我々の調べでは、テーベ王国は、ノルドル王国と連携して、ガラリア王国を攻めるための準備を進めていた。
オレ達諜報部門の警戒水準は大幅に上がった。
その頃の最重要の注目点は、何時戦端が切られるかという事にあった。
ところが、ノルドル王国は、勇み足をしたのか、ガラリア王国のアトラス領に攻め込んだらしい。
多分、ノルドル王国は、その後、速やかにテーベ王国が追従してガラリア王国へ侵攻すると考えていたんじゃないだろうか。
しかし、テーベ王国で何が起こったのかを知る頃には、ノルドル王国は滅んでいた。
オレ達は、その事実を知った時には、声には出さなかったが、心の中で喝采を上げたものだ。
これで、仮に戦争が始まっても、二正面戦闘の状況は無くなった。
ノルドル王国が滅んだことで、テーベ王国では戦略の練り直しをしているだろうと思われる。
何故、テーベ王国が戦争を仕掛けようとしているのかについては複雑だ。
これと言った単独の理由がある訳ではなく、様々な事柄が戦争に駆り立てているとしか言いようがない。
一つは間違い無く、宗教の相違だ。一神教で唯一神を掲げ、王が神であると信じているテーベ王国にとって、ガイア神を主神として、多数の神々を崇めている他国は、征伐すべき国々らしい。
そして、「神々の戦い」の時から、父祖の地を失ない、迫害を受けていた怨嗟があるのも事実だろう。
ただ、他に、東部大戦で失なった土地の奪還や、さらに大陸の東側を占有したいという欲求がある。
東部大戦で、大陸東岸までの広大な領地を得る目論見が潰えて、再起を図りたいということなのかもしれない。そのためには、ガラリア王国は恰好の敵となっている。
そして、ノルドル王国が滅びたことで、北部の土地が全てガラリア王国のものとなった。ガラリア王国を討ち滅ぼせば、自動的に大陸の東部全てがテーベ王国となるということもある。
最近聞いた話では、占星術師が、今後何年かはテーベ王国に吉兆があるということを言い出しているというものがある。
なんでも、ヘリオとセレンの極めて近い接近があり、それが吉兆と判断されたのだとか。
他にも、ガラスがガラリア王国で復活したことも要因の一つらしい。その技術を手に入れる野心が火を灯したとも言われている。
何にしても、オレ達は、警戒を続けていく他は無いのだ。
ガラリア王国中央部からテーベ王国にかけての地図を、「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep19に載せました。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/19/




