76.入学式
入学式の日になった。
いやぁ。準備が大変だった。
メーテスの手引書を作って、複写魔法で大量に複写して、カリキュラムを助手さん……准教授達と相談しながら決めた。
この世界の人達の理解度が不明なんだよね。
アイルが作った資料は、アイルのところの准教授に片っ端からダメ出しされていた。
そりゃ、最初から数式で説明するのは、ムリだろ。
前世でもあったな。
大学1年の最初の化学の講義が量子化学という無茶なカリキュラムだった。
教授が初っ端からシュレディンガーの偏微分方程式を黒板に書いていた。
高校出たばっかの学生に、そんなもの解る訳無いだろ。
化学系の学生って、数学があまり得意じゃない人が多い。
流石に化学系の学生が教養の化学を落す訳には行かない。真っ青になってたよ。
あれは、何だったんだろう?
今でも真意は分らないけど、大学は高校とは違うんだとショックを与えてたのかな?
メーテスのカリキュラムについては、進捗の状況を見ながら変えていくことになるだろう。
まあ、今年一年は、教員も学生も辛抱だよ。
昨日、国王陛下がアトラス領にやってきた。私のお祖父様は国王陛下の警護という理由でやってきている。連れている騎士は小人数なのだそうだ。
d20人ほど居るけど、国王陛下の警護の人数としては少ないらしい。
つまり、御忍びでやってきたってことなのかな?
アイルのお祖父様は、予算の策定会議が長引いて来れなかったみたいだ。無線連絡で悔しそうにしていたと義父様から聞いた。
宰相閣下が来れなかい理由を説明をしているお祖父様が何となく嬉しそうなのは……何なのだろう?
国王陛下や近衛騎士団長がアトラス領に来るのは、初めてじゃないかな。
急遽、入学式の式次第が変更になった。
国王陛下はメーテスを作るのを許してくれた人だけど、御忍びをしてまで来るほどの事なのかな?
どうやら、元々はアイルのお祖父様が入学式に出席を理由にマリムに来ようとしていたみたいだ。
それを聞いた私のお祖父様が国王陛下を焚き付けた。
お祖父様は、王太孫殿下が入学することも国王陛下がこちらに来るべき理由にした。
国王陛下がマリムに来ることになれば、お祖父様も付いて来ることになる。
ところが、今年の予算会議が長引いて、どうしてもアイルのお祖父様は来ることが叶わなかったらしい。
まあ、私達に会いたいと思ってくれるのは嬉しいけど……。そんな事で、宰相閣下と近衛騎士団長が争わなくっても……。
国王陛下が入学式に出席するお陰で、私やアイルが挨拶する必要が無くなった。
これは、正直助かる。
入学式で、私達は、学生に紹介されるだけになった。
大変だったのは、昨夜の領主館だった。
一昨日?あれ?その前の晩かな?兎に角、無線で「国王陛下が入学式に参列する。私は行けない。唯々残念だ。」とだけ伝えられたらしい。来ることだけは分っていたから、それほど慌てることは無かった。
ガリア駅に問い合わせして、マリムに到着する時刻に合わせて、馬車でお出迎えをしてみたいだ。
私達は、入学式の直前で、それどころじゃないから、知らないよ。
義父様達か、グルムおじさんが対応したんだろう。
ただ、料理担当の侍女さん達は、この世の終わりが来たみたいな状況だった。
普通に食事を出せば良いだけじゃないの?
司教さんには、普通に出してただろう?
あの人も相当偉いんじゃなかったっけ?
これまで好評だった食事を出せば良いだけだ、と言ったのだけど、縋り付かれたので、メニューを私が決める事になってしまった。
まっ。私の気分で食べたかったものを作ってもらっただけだ。
野菜サラダ、ドレッシングは柑橘系。
肉たっぷりのビーフシチュー。
トンカツのタルタルソース掛け。
デザートは、シュークリーム。
当然、パンはふわふわパンだ。
食事は、かなり好評だった。
年配の人には、ちょっとカロリーオーバーじゃないかと思ったのだけど、全く残すこと無く食べていた。
私のお祖父様に至っては、ビーフシチューをお代りしていた。
鉄道が、ゼオンまで通っているので、皆さん奥様連れでやってきた。なかなか、賑やかな夕食になった。
まっ。当然のように、司教様も同席されていた。
やっぱり、メニューに釣られている様な気もするんだけど……。
このメンバーが集って、司教様が居ないというのは無しなのかもしれない。
例の歌って踊っては、今も続いている。フランちゃんもセド君も、随分と魔法のコントロールが出来るようになったものだ。
もう、5歳になったんだから、そろそろ止めて、他の事で遊んでも良いのだぞ。
なんか、二人共に、止めそうにないな。
ダムラック司教は、教会関係者から魔法使いが生まれるのは諦めたみたいだけど。
お祖父様は、グラナラ家の跡継ぎのセド君が立派な魔法使いになったのを大層お喜びになっていた。
なんか意外だったのは、国王陛下が二人を見て、大層喜ばれてた事なんだけど……。
大人の事情が絡んだりしてないよね。
まぁ、そんな感じの夜だった。
今日の入学式の後、国王陛下は王都に戻られるのだそうだ。
時間が無いのを悔んでいた。特にお祖父様が。
またの機会にゆっくりとマリムに来て欲しいとお父さんとお母さんがお祖父様に伝えていた。
入学式の日の朝、少し早めの朝食を摂って、馬車でメーテスまで移動する。
入学式は、3時(午前10時)に、大講堂で行なわれる。
馬車で、コンビナート方面へ移動して、マリム川を渡って右に入ると王国立メーテスの正門がある。
馬車のまま、構内に入る。
学生寮がある一角を抜けると、目の前には、講堂棟がある。
講義棟は、6本の尖塔を有したゴシック風の建築物で、なかなか立派な建物に見える。来賓の方々には、絶賛だった。
しかし、外観の立派さも然る事ながら、この建物はユーノ大陸初の空調管理装置付き建造物だ。
講堂の屋根裏には、巨大な電動式の空調機が設置されている。
そこで常に一定温度に保たれるように制御された空気がダクトを介して講堂や教室の中へ導入される。
講堂から輩出された空気は、熱交換器を介して、外に輩出される。
外から講義棟を見ると、上部に尖塔が6本立っているんだけど、塔に見えるそれは、給排気装置だったりするのだ。
メーテスの最重要な建物は、講義棟なので、一番最初にかなり力を入れて作った。
それが、全室空調システムだ。
暑い日には、高い天井から冷気が入り、寒い日には下部にある空調吹き出し口から暖気が入る。
階段教室では、机の下から暖気が吹き出すようになっている。
排気は全て高い天井からになっている。
足元を温めるため、逆上せ難いようにという配慮なのだが、使ってみて具合が悪ければ、直ぐにアイルが直すだろうっk。
っっ
大体の仕組を講義棟で試して上手くいったので、後で建てた他の建物もみな、空調が入っている。
他の建物は、講義棟ほど凝った外観は作らなかったけれどね。
開始まで、研究棟の応接室で、陛下にお待ちいただいた。
アイルが作った、メーテスの敷地模型をお見せして、各場所の目的や用途の説明をした。
「すると、この大きな広場は、騎士の訓練の場所では無いのか?」
「これだけ広ければ、集団戦闘訓練も出来るのではないか?えっ、違うのか?じゃあ一体何に使うのだ?」
「この体育館というのは、剣術の練習じゃなければ何に使うのだ?」
グラウンドと体育館は運動する場所という説明だけでは納得できないのか、脳筋……もとい、体育系のお祖父様が頻りに聞く。仕方が無いので、試作品のボールを持ってきてもらうことにした。
一つはサッカーボール、もう一つはバスケットボールを模して作った。空気で膨らむゴムボールの外側を、皮革で覆ったボールだ。
「このボールを使って、競技をします。」
地面で何度かバウンドさせて見せた。
「これは、随分と弾むのだな。」
「ええ。今、グラナラで、量産しているゴムという素材を使って、中に入れた空気が漏れなくなっています。空気が入っていると、弾力で結構弾むようになるんですよ。」
「空気というのは、息をしているときに吸ったり吐いたりしているものか?
随分と固い様だが、こんなに息を吹き込めるものなのか?」
「いえ。それは道具で空気を入れたんです。」
肺活量だけで、このボールを膨らませたりできないだろ。ん。お祖父様ならやってしまうかな。
いや、それは、今はどうでも良いよ。
「ふむ。それで、これで何をするのだ?」
「この少し小さな方のボールは、足だけを使って、競技する相手の守る場所に蹴り込んだら点が入ります。
この少し大きな方のボールは、手だけを使って、競技する相手が守っている籠に投げ込んだら点が入ります。
折角、若い子が沢山いるので、そんな競技をさせてみようかなと思っているんですよ。」
何のことはないサッカーとバスケットボールだ。どっちも前世では人気のスポーツだった。
折角血の気の多い若者が沢山いるんだから、ルールを伝えて、サッカーとバスケットボールをしてもらおうかと思ったんだ。
「足だけと言うと、このボールは手に持ってはいけないということなのか?」
「ええ。そうです。何でもありだと、ボールを取り合って追い掛けまわすだけになってしまいますから。
競技の規則を伝えて、やってみて、どうなるかなんですけどね。」
まあ、流行るかどうかは、全然分らないけどね。
入学式の時刻の直前になった。
第一大講堂が式場だ。
今回の入学式に、学生の親御さん達も参加したいという事を聞いていた。他の王国立魔法学校や王国立文官学校、王国立騎士学校学校でも入学式には親御さんが参加したりするものらしい。
入学する年齢が大分違うと思うんだけど、まぁそんなもんなのかもしれない。
前世の大学の入学式に、親って出席したりしてたかな?居なかった様な気もするんだけど。あっ、そうそう。入学式そのものが無かったよ。あの大学。
第二大講堂を控え室にして、開始まで、親族の人たちは、そちらで待っていてもらった。
開始半刻(=5分)前のブザーが鳴った。
親戚の人達には、このタイミングで第一大講堂に移動してもらう。
親戚の人達は、一番後ろか壁際に立ってもらうことにしている。
メーテスの職員の人たちがちゃんと誘導してくれているだろう。
さて、我々も、入学式の会場に移動しますか。
学生達が大講堂のなかに、真剣な面持ちで正面を向いているところへ、陛下、騎士団長に続いて、私達、講師をする准教授の元私とアイルの助手さん達が入室する。
親御さん達のあたりから、ざわざわと声がする。
陛下が来るなんて思わないよね。
グルムおじさんの発声で入学式が始まった。
一応、マイクとスピーカーが設置してあるので、普通に話せば講堂内には声が届く。
「これより、王国立メーテスの設立式および入学式を執り行う。
全員。起立!」
あれ?設立式?聞いてないんですけど……。
あっ、陛下の挨拶が「入学お目出当」って訳にも行かないのかな?
跳ね上げ式の椅子が跳ね上がる音があちこちでする。
「では、国王陛下から、お言葉をお願いいたします。」
陛下が、メーテス設立の経緯や期待をしている事などが語られる。
鉄の話、紙の話、鉄道の話などなど。
そして、良くある、ここで学んで、王国の発展を支えてほしいみたいな話だった。
話は、かなり盛っている上に、煽っているな。まあ、王様なんだから、そんなもんだろう。
最後は、入学お目出当と期待しているだったから良いんじゃないかな?
「学生は着席。それでは、教授の紹介をする。」
あとは、私達と助手さんたち、国務館の管理官なんかが、前に出て、礼をするだけだけど。
私とアイルの時には、結構ざわついていた。ま、見るからに子供ですからね。
教授は、私達だけだし。
一通り紹介が終って、入学式は終了だ。
やれやれ。
宰相閣下が入学式に不参加に変更しました。




