75.マリム巡り
昨日は、カイロスさんに、メーテスの中を案内してもらった。
今日は1月d26(=30)日で、入学式まで1週間(6日)ある。
朝、皆が揃ったところで、今日から何をするか相談をした。
カイロス君は色々用事があるそうで、日中には他所に行っている日が多いみたいだ。
今日も、何か用事があるらしくて、朝食後、夕食頃まで外出すると言っていた。
ボクは、必要最低限の荷物しか持ってきていないので、今後使う衣装や日用品を購入したいと思っていた。
エリオさんも、ゼリアさんも同様だったので、今日は三人でマリムの街へ行くことにした。
食事のために部屋を出る時に、部屋の連絡箱を見たら何かが入っていた。
実験着を準備するので、身長、体重、体の各所の長さを記載して、28(=32)日中に事務棟に提出するようにと書かれた書類と、メジャーが入っていた。
「ヤバかったな。昨日、「メーテスの手引き」を読んでおいて正解だったな。」
焦った表情で、ゼリアさんが言う。
この連絡箱については、「メーテスの手引き」のかなり最初の方に書いてあった。学生に連絡をする事があるので、部屋に備え付けの連絡箱の中は毎日見る事と記載があった。
「こんな、大切な事をなんで口頭で伝えておかないんでしょう?」
「多分、口頭で伝えても、従うとは限らないからかな。それに「メーテスの手引き」を読んでおかないとダメってことなんだろう。一度肝を冷すと、あとは気を付けるようになるってことかもしれないね。」
朝食を食べに、食堂へ向った。食堂の前にある掲示板にも、同じ書類が貼ってあった。
掲示板も目を通しておいた方が良さそうだ。
朝食の後で、カイロス君と分かれて、ボク達三人は、マリムの街に向った。
コンビナート駅で学生証を見せて、マリム行きの列車に乗った。
本当に只で列車に乗れた。
ふと、周りを見ると、平服で腰に剣を帯びた人が何人か居る。
マリムの駅で降りて、街に向う時にも、少し離れた場所を付いて来ている。
「エリオさん。騎士の様な人達がボク達の周りに居るんですけど、ひょっとして、エリオさんの護衛の人達だったりします?」
「そうそう。オレも先刻から気になっていたんだけど、あれ、護衛の騎士じゃないのか?」
「そうですね。見知った者ばかりですから。ただ私達の邪魔はしないと思うので、気にしなくて良いと思いますよ。」
えっ?気になるでしょ。
街を歩いている人で、剣を帯びている人なんて殆ど居ないのに、ボク達の周りにだけ居るんだから……。
「何なら、もう少し目立たないようにするよう言っておきましょうか?」
「いえ。良いんじゃないですか。ボク達が気にしなきゃ良いだけなんで。」
「そうだよ。もし、何かあったらそのほうがヤバいだろ。」
ボク達は、まず衣装を誂えてもらうために、駅前にあるボーナ商店に入った。
着てきたり、持ってきた冬の衣装はあるけれど、春から夏に掛けての衣装を用意しておこうと思った。
家から持ち込むことを考えていたのだけれど、両親が、去年の衣装だと、どうせ身の丈が変わって着れなくなる。マリムに行って、ボーナ商店にでも頼んで誂えてもらえと言われていた。
エリオさんは、王宮で着るような服しか持っていなかった。ゼリアさんは、ウチと同じような事を言われていたらしい。
気になる服を選んで、採寸をするときに、少しだけ、別な採寸をして欲しいと店の人にお願いをした。
三人ともに、衣装を誂えるので、その時に、どうせ採寸するのだからと、今日、届いていた、採寸の用紙を持ってきていた。
専門の人に測ってもらった方が間違いが無いだろうと思ったからだ。
用紙を見せたら、「ちょっとお待ちください。」と言って店の人が奥に入っていった。
やっぱり、マズかったんじゃないかと思い始めた。
それほど時を置かずに、お店の人は、店主のリリスさんと一緒に戻ってきた。
「あら、あら。皇太孫殿下とロッサ子爵の息子さんですね。メーテスご入学、お目出当ございます。ようこそ、お越しくださいました。
あと、お一方は……。」
「あっ。カロッツェリア・パスカレーラと言います。」
「あら、パスカレーラ子爵様のご子息様でしたか。メーテスご入学、お目出度ございます。
ようこそいらっしゃいました。」
「先ほど、ボク達のメーテスでの作業服用の採寸をお願いしたんですけれど。お願いしても大丈夫でしょうか?」
「あら、全然問題無いです。それに、メーテスで使用する実験服を誂えるのはウチですから。」
流石に、一流店の店主の人だ。パスカレーラ家の事も知っていたんだと思った。
それに、ボクの事も記憶していたんだろうか。ちょっと嬉しくなった。
そんなボクの様子に気付いたのか、リリスさんが、声を掛けてくれた。
「先月、ムザルさんの、お父様ともお会いしたんですよ。ロッサの紙工場は、ウチが製造を請け負っているんです。」
ボーナ商店は、ウチの領地とも関係があるのか。
それで、ボーナ商店で服を誂えるように言っていたのかな?
購入した服とメーテスの作業着の採寸を終えた。
採寸には、足の裏の長さなんてものもあった。一体どういう服装なんだろうか。
支払いは、メーテスの学生証があれば、手形のやりとりだけで良いと言われた。
「あれ?商業ギルドで手形の確認が必要なんですよね?」
「あら、アトラス領の実情をムザル様はよくご存知ですね。
でも、メーテスの学生さんの信用調査はされているという事です。
もし何かあっても、領主様が対応してくださることになってます。」
「なんだい?その商業ギルドというのは?」
エリオさんが聞いてきた。
ボクは、二人に商業ギルドの説明をした。アトラス領では、他領からの商人が支払いの能力があることを証明するために、商業ギルドで手形の確認をしているという事を教えてあげた。
「それも重要ですけれど、他に大事なのは、身分を偽っていないかですね。
殿下の手形は、どの店でも問題無いと判断します。
ただ、大変に失礼なことですが、手形を振り出したのが殿下かどうか、この辺境で判断できる人は居ないでしょう。」
それで、学生証の時も入念に確認していたのかもしれない。
けっこう、学生証は大切みたいだ。
支払いの手続が終った。
「明日の昼には、衣装を誂えておきます。それ以降でしたら、何時でも都合の良い時にお渡しいたします。
あと、紙製品を扱っているボーナ商店の店舗が隣の隣にあります。メーテスの学生さんなら、お役に立つと思いますわ。時間の都合が付くようでしたら、ぜひ、ご覧くださいね。」
とりあえず、一番気掛かりだった衣装の宛てがついたので、あとは、ぶらぶらとマリムを見て歩く心算だった。
特に他に予定が無かったので、お勧めされた紙の店に行くことにした。
そこは、紙と紙に関連する製品で溢れていた。
紙って、白いだけじゃないんだ。色付きの紙もあるよ。
綺麗な文様で染められた紙もある。
紙を束ねるファイルというものも、様々な形のものがあった。
色取り取りのガラスペンや、様々な色のインクも置いてあった。
随分と色々な形や色をしたガラスペンがあるんだな。
少しだけ欲しいかもと思ったけど、もう、既にガラスペンは支給されている。
支給品は、無色のガラスペンで、特徴と言えるのは、メーテスの紋章が象られているぐらいだろうか。
使えれば十分なので、あれで十分だと思った。
「おっ。いいな。これ。綺麗な色をしているじゃないか。オレ、こういうの好きなんだよな。」
ゼリアさんが、嬉しそうにしている。
「ペンもインクも支給されているから、要らないんじゃないの?」
「なんか、ほら、特別感っていうの、それが無いじゃない。オレ、このペンとインクを買っていくよ。
二人もどうよ。」
少し、ボクも気になったペンが有ったけど、まだ貰ったペンを使い熟せてないし、何か無駄使いのような気もする。
「そうだね。綺麗なペンだね。でも、支給されたペンとインクが有るから、私は良いよ。」
「ボクも。何か無駄遣いみたいな気がする。」
「なんだよ。素気無いなぁ。まあ、それでもオレは、これ買っていくよ。」
それからも、店内を見て廻った。
文具入れという革で出来ている袋のようなものがあった。
ガラスペンとインク瓶が入るようになっている。
不思議な金具で蓋が閉まるようになっていた。
金具の仕組が不思議で、何度も開けたり、閉めたりしていたら、店の人がやってきた。
「これは、ジッパーというものです。最近大分小さなものも作れるようになってきたんです。ここを動かすと蓋が閉って、反対に動かすと蓋が開くんです。
最初は、騎士の衣装に採用されたものです。アイル様とニケ様が考案されたんですよ。
この文具入れは、他にも、内側には厚めの柔らかなゴムを貼っています。
落してもガラスペンや瓶が壊れにくくなっています。
ただ、絶対に壊れないという事はありませんので、その点はご理解下さい。」
店の人が説明してくれた。
少し高いけど、ペンを持ち歩くのに便利そうだ。
この文具入れには、専用の蓋付きのインク瓶が付いている。この瓶にインクを小分けするそうだ。
瓶の所為で、ガラスペンを入れる部分に余裕がある。鉛筆を何本かと消しゴムや鉛筆削りを入れることも出来そうだ。
革でできている、書類鞄もあった。
この鞄だったら、文具類と、書類を一緒に持ち運び出来そうだ。
これも、ジッパー付きのものがあった。
こっちは、大分値段が高かった。
悩ましいな。
散々悩んで、ジッパーで開閉する革の文具入れを買った。
それを見た二人は、同じものを購入した。
お揃いになった。
ゼリアさんは、「これで、お揃いだ。」と言って嬉しそうにしている。
ゼリアさんは、三人で、特別の同じものを持ちたかったのかな?
興味が尽きずに、店の中を見ていたら、昼の時刻が近くなってきた。
ボクの提案で、海浜公園の屋台に昼食を食べに行くことにした。
二人とも屋台に興味を持ってくれた。
ボーナ商店のお店の人に海浜公園への行き方を聞いた。
駅と反対方向に走っている、「東左廻り」か「西右廻り」と書いてある乗合馬車に乗れば、海浜公園で停まると言われた。
店を出て、南の方に歩いていたら、「西右廻り」という乗合馬車がやってきたので、それに乗った。
学生証を見せたら、聞いていた通りに只で乗れると言われた。
海浜公園は、相変わらず、子供が沢山居た。子供の声だけでとても賑やかだった。
三人で、人が沢山並んでいる屋台を選んで、食べ歩いた。
やっぱり美味しい領地だな。ここは。
二人とも屋台の串焼き料理に満足していた。
食後、乗合馬車で、駅の方に戻る。
途中の繁華街で馬車を降りて、マリムの街を散策した。
陶器屋で、エリオさんが、紅茶を淹れるポットと紅茶を買った。
「これがあれば、寮でお茶が飲めるだろう。確か台所に湯沸しがあったはずだよ。」
色違いの持ち手が付いたティーカップをお揃いで購入した。今、一緒に居ないカイロスさんの分は、皆でお金を出し合った。
ボクが橙、エリオさんが緑、ゼリアさんが青、カイロスさんが黄色のカップだ。
他にも砂糖や砂糖壺、ティースプーンなどを購入した。
お茶に入れると絶対に美味いとエリオさんがお勧めの果実酒も購入した。
色々買い物をして、街を散策して、夕食前にメーテスに戻った。
それから、入学式まで、マリムへ行ったり、カイロスさんに計算尺の使い方を習ったりして過した。
ある時、海浜公園の屋台で、近接している建物の事を聞いたら大浴場だと教えてもらった。
興味があったので、三人で大浴場に行った。
ここは、かなり楽しい場所だった。
入浴の時には、大分見慣れた護衛の人達が、ボク達から少し離れた場所で湯に浸かっていた。
流石に剣は風呂場に持ち込めないんだけど、もしもの時には、全裸で戦うんだろうか。
そんな事を想像したら、何だか可笑しくなった。




