72.学生寮
バンビーナさんの案内で、ボク達が生活する寮の部屋まで案内してもらった。
ボク達は、バンビーナさんに御礼を言って分かれた。
中に入ると、広い居間の様な場所の真ん中にはソファーと低いテーブルが置いてあった。
居間に隣接した4人分の個室には、ベッドと机、椅子があった。
他に、風呂とトイレが設置されていて、簡単な料理が作れる台所もあった。
少し大きな宿屋の部屋の様だった。
まだ、同室になる予定のカイロスさんという子供は部屋には来ていないみたいだ。
「どうするんだ?10歳の子供が同室だぞ。」
ゼリアさんが、こころもち気遣わし気に言う。
「それは、その通りだ。ただ、ここまで歩いている時に思ったのだが、私に弟が出来たと思えば良いのかなと。」
弟か。年齢的にはそんな感じかもしれない。エリオさんは良い事を言うな。
「それは名案です。ボクは、妹が居るだけで、弟が居ないですから、そう思えば良いかもしれません。」
「なるほど。オレも兄弟の中じゃ、一番下だからな。弟か。それも良いかもしれないな。」
「でも、多分、ボク達よりかなり優秀なんじゃないですか?」
「うーん。オレより優秀な弟か……。結局、オレは兄弟の中で味噌っ滓ってことになっちまうのか?」
「いや、それも考え様によっては、良い事かもしれないですよ。私達が勉学で困難な事が有ったときに、相談できるんじゃありませんか?」
「なるほど。幼ない家庭教師だと思っても良いってことか。」
「それじゃ、四兄弟ってことで良いんじゃないですか?」
「なんだ?それ?」
「だから、一番年長のエリオさんが長男で、二男がゼリアさん、ボクが三男で、そのカイロスさんが末っ子って感じですよ。」
「なるほど。良いんじゃないか。」
「じゃあ、私達で、末っ子の場所を決めてあげましょうか。」
カイロスさんのための個室は、一番入口に近い場所にした。
残りを三人で割り振りした。
ボク達は、各々、持ち込んだ荷物をチェストやクローゼットに格納していった。
一通り片付けが終って、居間に行くと、部屋の使い方についての手引き書が、居間の机の上に置いてあったらしく、エリオさんとゼリアさんの二人で記載されている内容を見ていた。
部屋の手引き書を見ると、机の高さや椅子の座面の高さを調整できると記載されてある。
へぇ。便利なものが多いんだな。
ボクは、しばらくの間、自分の部屋で、机や椅子の高さを調節して、自分に一番合っている高さを探してみた。
ボクが机と椅子の高さを調整しているのを見て、エリオさんとゼリアさんも自分達の体格に合った高さに調整していた。
暫くの間、机と椅子と格闘して、丁度良い机と椅子の高さになった。
なんとなく満足だ。
居間に戻ると、ゼリアさんが支給された各種道具類を持ってきた。
「なあ、この道具、今一つ、使い方が分らないんだけど、教えてくれないか?」
折角なので、ボクも支給された道具を持ち込んで、一緒に使い方を試してみようと思った。エリオさんも自分の道具を持ってきた。
道具の使い方は、「王国立メーテスの手引き」に記載されていた。
それを見ながら、三人で、あーだこーだ言いながら、道具の使い方を確認していった。
なんか少し楽しくなってきた。
早速鉛筆を削ってみた。
木が薄皮のように削れていって、次第に鉛筆の先が尖っていく。
先端が黒くて、本体が生木の色の円錐形になった。
綺麗に芯の先が尖っているのを見ると、何となく嬉しい。
「ほら、見ろよ。オレの鉛筆が一番尖っているんじゃない?」
「そうか、私の鉛筆の方が尖っていると思うが……。」
「ボクの鉛筆も尖っている事に関しては負けてないと思うんだけど。」
こんなやり取りをしている内に、少し外が暗くなってきた。時計を見ると6時になっていた。
あれ?時計が変だ。
これまで見てきた時計の文字盤は、1が一番上にあったんだけど、0が一番上にある。
「ここにある時計、他で見るのと違ってますよね?」
「えっ?何か違っているか?オレには分らないけど。」
「だって、文字盤にある一番上にある数字、ゼロですよ。ゼロが時計に使われているの初めて見ました。」
「あぁ、そう言われれば、そうかも知れない。だけど、何で文字盤にゼロなんかあるんだ?時刻にゼロなんて使わないだろ。」
「これじゃないですかね?」
エリオさんが、「王国立メーテスの手引き」の時刻についてと記載されている文書を見せてくれた。
"これまで、夜明けの正時を示す時刻は、1時1刻1分1秒(=午前6時)としていた。
メーテスでは、時刻計算をする不便さを解消するために、この時刻を1時0刻0分0秒とする。
メーテスで、1時1刻1分1秒は、従来の1時2刻2分2秒の意味となる。
日付の変更は、従来1時1刻1分1秒(=午前6時)であった。しかし、メーテスでは、これまでのd10時1刻1分1秒(=午前4時)を0時0刻0分0秒として、この時刻に日付が変わるとする。"
「どういう事でしょう?」
「うーん。何だろう?そもそも普通の生活で、刻より細かな時刻は気にしないんだけどね。
でも、ここには至る所に時計があるじゃない。細かな時刻や時間を使用する事があるのかもしれないね。」
「ゼロって、ちょっと前まで無かったですよね。」
「そもそも数字自体、無かったんだよ。
数字が使われるようになって、数を扱うのがとても楽になった。確かソロバンが伝わってきた頃に使われるようになったんじゃないかな?
これもアイルさんとニケさんが考え出したって話だったな。」
コンコン。コンコン。
ドアをノックする音が聞こえた。
エリオさんが、立ち上がって、部屋のドアを開けると、部屋の外には、子供が立っていた。
「はじめまして。今日からご一緒する、カイロス・セメルと言います。宜くお願いします。」
扉の外で、その子は自己紹介をした。
「あぁ。君がカイロス君か。よろしく。エリオ・ガラリアだ。エリオと呼んでくれるかな?」
「あ、王太孫殿下ですね。初めまして。宜しくお願いします。私の事もカイロスと呼んでください。」
おっ。殿下の前で、全然物怖じしていないよ。
吃驚だ。
「まあ、そこに立っていては話もできない。部屋に入ってくれたまえ。」
「はい。じゃあ、失礼します。」
随分と礼儀正しいみたいだな。
それから簡単に挨拶と自己紹介をした。
「カイロス君の部屋は、あの一番近い場所にした。荷物を納めてくると良い。」
「えっ?あの場所をボクが使っても良いんですか?」
「先刻ほど、私達の間で、皆年齢が年齢が違うから、兄弟みたいなものだと言っていたんだよ。そうすると、カイロス君は末っ子だ。
お兄さんたちとしては、末っ子には、それなりに便宜を図るものだよ。」
「ありがとうございます。それじゃ、荷物を収納してきます。」
そう言うと、カイロスさんは、自分の部屋に入っていった。
「なかなか、礼儀正しくて、良さそうな子供じゃないかな?」
「そうみたいだな。」
「しかし、エリオさんを見ても固まってませんでしたね。肝が座っているのかもしれないですよ。」
「おい、それは、オレの事を言っているのか?」
「いや、そんな事は。ボクも似たようなものでしたから。」
しばらくして、カイロスさんが戻ってきた。
それから少しの間、今日の事をカイロスさんに伝えたり、カイロスさんがこれまでどんな事をしていたのかを聞いたりしていた。
グゥー。
誰かのお腹が鳴ったみたいだ。
顔を見合わせると、ゼリアさんの顔がみるみる内に赤くなっていく。
そういえば、そろそろ夕食を食べても良さそうな時刻になっている。
「そう言えば、夕食の時間ってどうなっているんでしょうね。」
「多分、「王国立メーテスの手引き」に書いてあるんじゃないかな。
あっ、あった。」
そこには、食堂が開いている時刻の記載があった。
注釈には、メーテス時刻と書かれてあったので、通常の時刻の表記から、1刻を引いた値になっている。
"朝食の時間1時ー2時半(=午前6時ー午前9時)"
"昼食の時間3時半ー5時(=午前11時ー午後2時)"
"夕食の時間6時半ー8時(=午後5時ー午後8時)"
同じ紙の上に、授業の時刻の記載もあった。
"授業1 2時4刻-3時1刻 (午前8時40分ー午前10時10分)"
"授業2 3時2刻ー3時W刻 (午前10時20分ー午前11時50分)"
"授業3 4時6刻ー5時3刻 (午後1時00分ー午後2時30分)"
"授業4 5時4刻ー6時1刻 (午後2時40分ー午後4時10分)"
「これを見ると、授業がある時間も食堂が開いますね。どうしてなんでしょう?」
不思議に思って聞いてみた。
「そうだね。学生は、皆授業に出ているんだろうし……。教員が空いた時刻に食事を摂るのだろうか?」
エリオさんが自信無さげに呟いた。
「あっ、それは、講師の都合で、授業が休みになるときも有るらしいですよ。
そんな時には、ゆっくりご飯を食べていても良いので、授業の休み時間より長く開いているんじゃないですか?」
カイロスさんが、応えてくれた。
「おぉっ。カイロス君。流石、詳しいじゃないか。」とゼリアさん。
カイロスさんが食堂の場所を知っていると言うので、カイロスさんの案内で、食堂に行って、4人で夕食を食べた。




