71.通達
「ところで、この中で、ソロバンが使えない方は居ますか?」
3人で、顔を見合わせた。
ボクは、魔法学校で習っている。他の二人はどうなんだろう?
誰も、返事をしない。
「皆さん使えるのですね。いえ、今は、使えなくても構わないんです。エバエバの表とかソロバンが少し不慣れだと思うのでしたら、入学式の前に補講があります。そちらに参加しておいてもらった方が良いんです。
計算が不慣れなまま授業を受けると、後で、辛いことになるかもしれません。
それは、この手引きの中に記載してあります。」
2枚目の紙を捲って、3枚目を見せてくれた。
確かに補講と書いてあった。
「あの。バンビーナさん。あまり、説明してもらっている内容には関係ないんですけれど、ちょっとだけ良いですか?」
エリオさんの眉間には少し皺があった。
「はい。殿下。何かありました?」
「私が持っている手引書と、ムザル君の手引書。全く同じなんですよ。多分、字の大きさも、並び方も、すべて同じみたいです。」
エリオさんは、そう言いながら、ゼリアさんの方を見た。
「あっ、本当だな。オレのもそっくり同じだ。」
「全く同じに書き写すことって、普通は出来ないんじゃないかと思うんです。
先刻から不思議だと思っていて、3枚目も全く同じなので、気になってしまって。
説明していただいている内容とは無関係で申し訳ないのですが、何か理由がありますか?」
「良く気付きましたね。これは、ニケさんとジーナさんが複写の魔法で、同じものを入学する人数分作ったんものです。ですから、記載されている文字や図は、全ての人の手引書で全く同じになっています。」
「複写の魔法ですか?聞いた事がありません。」
「これは。ニケさんの独自魔法なんです。紙に書かれた文字や図形を別な紙の上に複製する魔法があるんです。
この魔法は、今のところ、ニケさんの他に、王国国務館の考案税調査官部門の管理官をしているジーナさんのお二人だけが使えます。
お二人が、複写の魔法で、この手引書を作ってくださったんです。」
「へぇ。そんな魔法があるんですね。話の腰を折ってしまって申し訳ありませんでした。
……あれ?
今、王国国務館で、管理官をしている方と言いました?」
「ええ。ジーナさんは、国務館で、管理官をされています。
そのうち、皆さんに、考案税申請書の書き方の講義をしてくださる予定です。」
「国務館で管理官をしているんでしたら、そのジーナさんという人は、文官の方ですよね?魔法が使えるんですか?」
エリオさんの質問に、なるほどと思った。
何気なく、聞き流してしまったけど、文官の人で魔法を使える人って居ないんじゃないだろうか?
「これも気が付かれたのですね。
その通りなんです。ジーナさんは元々魔法が使えなかったんですけれど、こちらに来られてから使えるようになったそうです。
それで、その件は、魔法使いの方にお伝えする事とも関連します。
先に手引書の説明をさせていただいても宜しいでしょうか?」
「あっ。そうですね。また話の腰を折ってしまいました。申し訳ありません。」
「いえ、いえ。こちらこそ申し訳ありません。では、先に手引書の説明を終らせてしまいますね。」
それから、バンビーナさんは、手引書内の、メーテスの敷地内の施設の配置、メーテスの規則、卒業の条件、寮の規則などが記されているところを示していった。
そこに記載されている内容は、一度目を通して欲しいと告げられた。
「手引書の最後の部分には、単位の説明や、角度の説明、計算尺の使い方の説明があります。これは授業で説明があると思いますが、予習しておいてもらえれば良いと思います。
一応、まだ掛け算や割り算が不得手な人のために、エバエバの表も添付してあります。
以上が、手引書の説明です。
何か不足していたり、聞いておきたい事はありますでしょうか?」
「まずは、手引書を一読しておきます。そこで疑問に思った事は、どこでお聞きしたら良いのですか?」
エリオさんが代表して聞いてくれた。
「それは、事務棟の受付で聞いていただければ対応させていただきます。」
「分りました。」
「それでは、魔法使いの方への通達に移らせていただきますね。
ここメーテスでは、午前中に座学で学び、午後からは実習を行ないます。
アイルさんから、魔法使いの方が実習を行なった場合、実験が正しくない結果を出してしまう可能性があるという指摘がありました。
つまり、魔力を持っていない者が出した結果と異なる結果が出てしまうことが有るのだそうです。
特に、物理の実験では上手く行かない事が多いそうです。」
「それは、私達、魔法使いでは、上手く実習が出来ないという事なのですか?」
「そういう事になります。
実習の結果を元に、考察して報告書を出していただくのですが、結果が奇しな事になってしまっては、報告書で合格点を採る事が難しくなります。
実際には、前準備の段階は特に問題は無いのですが、結果を得るところでは、影響が出かねないのだそうです。」
「それは……。どうすれば良いのでしょうか?」
「その対応の為に、実習の際には、魔法が使えない助手を一人付けることになりました。実験の結果を得るところでは、その助手が操作を行ないます。ご了承いただきます様お願いいたします。」
「分りました。実験の準備は我々が行なって、結果を得るところは、その助手の方に行なってもらうという事なのですね。」
「はい。そのとおりです。
それで、その助手も既に決まっていまして、カイロス・セメルというアトラス領宰相の次男が担当します。
この者は、初期の頃から、アイルさんとニケさんの実験に立ち合っていて、知識だけでしたら、准教授を勤めている者と遜色はありません。」
「そんな優秀な人が手伝ってくれるのですね。それは願ってもない事です。」
「ただ、少しだけ問題と言えば問題がありまして……年齢がですね……今年10歳になった少年です。」
「えっ!」「はい?」「なんと!」
3人揃って、声を上げてしまった。
アイルさんとニケさんが、今7歳だろ?アトラス領は、何か変じゃないのか?
「ちなみに、このカイロスさんも、今年から、王国立メーテスに入学しますので、一応同級生という扱いになります。
多分ですが、前期過程の大半については、既に知識がありますので、優秀である事だけは、保証できます。」
「おい。大丈夫なのか?そんな子供にオレ達が手伝ってもらって?」
「いや、優秀な者なら、私には異存は無いが。しかし……年齢差がありすぎるな。」
「でも、アイルさんと、ニケさんの年齢を考えると、ボクは、一概に年齢で判断するのはマズいんじゃないかと思いますよ。」
三人で、こそこそと相談をした。しばらくこんな感じで、三人でこそこそ話しをしていたのだが、バンビーナさんには聞こえているよね。
結局、三人の総意として、了承することにした。
「ご了承いただけたとの事、有難う御座います。ちなみに、当メーテスは、4人で一部屋の全寮制になっておりますので、カイロスさんは、お三方と同室になります。
仲良くしてあげてくださいね。」
「えっ?」「へっ?」「はぁ?」
「そして、これが最後ですが、さきほどのジーナさんが、20歳を過ぎて、魔法が突然使えるようになりました。
この事に、魔導師会はかなり興味を持っていまして、ここメーテスに魔導師会の協力の下、魔法研究室が設置されます。
ただ、魔法を使える人は少なく、メーテスの学生では、貴方方の3名だけです。
これから、本格的に魔法研究室で行なわれる実験などの際の要請に応じていただきますよう、お願いいたします。
もし、そこでの研究に興味があれば、研究室の助手を勤めていだだくこともできます。
当然ですが、給金は支払わせていただきます。」
「えーと。それは何時までに回答すれば良いのでしょう?」
「入学式の時に、魔法研究所の設立検討会がありますので、それに出席していただきたいと思っています。」
「えっ?もう、要請に応じるのは決定事項なのですか?」
「ええ、魔導師会からの強い要請で、その様にお願いいたします。
助手として勤務するかどうかは、追々で構いません。」
「……。」「……。」「……。」
「以上です。それでは、これから、寮まで、ご案内いたしますね。」




