70.入学手続
3人で、事務棟という場所に向った。相変わらず何人もの騎士達が周りを囲んでいる。
建物の中に入ると、ロビーの様な広い場所になっていた。同じ列車でやってきた入学予定者が、手続きのために、幾つかある窓口に並んでいる。
部屋には窓があるけれど、窓からの明りだけでなく、天井が光っていて、部屋全体が明るくなっていた。
ボク達が部屋に入ってすぐに、奥に延びている廊下から、中年の女性がこちらにやってきた。
「王太孫殿下ですか?」
「ああ。私がエリオ・ガラリアだ。」
「私は、ここ王国立メーテスで、事務長をしております、バンビーナと申します。ご一緒の方は、カロッツェリア・パスカレーラさんと、ムザル・ロッサさんですか?」
「はい。カロッツェリア・パスカレーラです。」
「ムザル・ロッサです。」
「そうですか、お三方共に、ご一緒でしたか。それは良かったです。こちらにお越しください。」
ボク達は、先ほどバンビーナさんが、出てきた廊下の一番奥にある部屋に案内された。
騎士さん達は、2人だけ、室内に入って、残りの人は廊下の入口のところで待機した。
その部屋は、執務机が奥にあって、紙が沢山机の上に乗っている。バンビーナさんの執務室なのかな?
広い部屋の真ん中には、長方形の背の低い大きなテーブルがあり、その周りにソファーが置いてあった。
執務机の向こう側には大きな椅子が1脚あった。
壁は棚で埋まっているけど、まだ、空いている場所だらけだ。机の奥の棚だけには、紙が積み上がっている。
壁全体が棚で囲われた部屋なので普通の窓は無い。棚の上に採光用のガラスが嵌っている横に細長い窓だけが有る。その窓越しに空が見えていた。
この部屋も室内の天井が明るくなっているために、部屋全体が明るかった。
ボク達は、奥の執務机側のソファーに座らされた。
向かいに、バンビーナさんが座った。
「皇太孫殿下、パスカレーラ様、ロッサ様、遠路お疲れさまでした。改めまして、事務長のバンビーナと申します。
唯今、この事務棟では、入学希望者の入学許可証の確認と、寮の案内を実施しています。
お三方をこの部屋にお連れしたのは、貴方方が魔法使いだからです。
魔法使いで、メーテスに入学を希望されたのは、貴方方だけです。
魔法を使える方には、少しばかり、お伝えしなければならない事がありまして、こちらにお越し頂きました。
その話の前に、入学の手続きをしますので、入学許可証を拝見できますか?」
ボク達は、順番に、入学許可証をバンビーナさんに渡した。
少し不思議だったのは、内容を読んだ後、紙を頭の上に掲げて、見ている事だった。
不思議に思ったのはボクだけじゃなかったらしく、ゼリアさんが、質問した。
「バンビーナさん。入学許可証を上に翳しているのは、何故なんです?」
「これですか?気になりますよね。実は、この紙にはスカシというものが入っていて、複製を防いでいるんですよ。」
バンビーナさんは、そう言うとボク達にも見えるように、紙を上に翳して見せてくれた。紙の中央に、丸や三角の模様が薄らと見えた。
「このスカシというのは、商業ギルドや工房ギルドで契約を結ぶときに使われる紙に施します。
このスカシを無許可で使用したり、製法を漏洩したりすると、領主様に厳罰に処せられます。
今回のスカシは、王国立メーテスの紋章になっています。正式な入学許可証には、このスカシが入っていますので、その確認をしていたのです。」
一通り確認が終ったのか、バンビーナさんは、執務机の陰に隠れていた紙の袋?鞄?のようなものを3つと金色の金属製の小さな板を持ってきた。
金属の板の表面と袋の側面には、先刻見た紋章が描かれてあった。
角が丸くなっている長方形の金属製の板は、王国立メーテスの学生証だそうだ。
表面には、王国立メーテスの文字と紋章。
裏面には、ボクの名前と生年月日、入学年として今年の年号、学籍番号と記載があって6桁の数字が刻まれていた。ボクの番号は、000003になっている。
エリオさんは、00001、ゼリアさんは、00002だった。
一番上の真ん中に小さな穴が空いていて、そこには、金の細い鎖が付いていた。
この学生証は、講義棟に入室や校内でサービスを受ける時に必要なので、首に掛けて、常に持ち歩く様に言われた。
この学生証を、駅や乗合馬車に見せると、アトラス鉄道と、アトラス領内の馬車の代金が無料になるサービスが受けられると教えてもらった。
「この袋の中身は、入学した学生に無償で渡すことにしている学用品です。一応、中身を検めていただけますか?」
紙の袋の中には、
・紙と金属でできていて開閉するものが5個。これの一つには、何枚もの紙が挟まっていた。
・小さな直方体で、横に穴のある金属が1個。
・紙が束になっているものが5個。
・木の棒のようなものが12本。
・ガラスで出来ている細長いものが1本。
・弾力がある塊が1個。
・筒状の金属の棒が1個。
・中に黒い液体が入っている瓶が1個。
・石のようなもので出来ている3つの平な板が組み合わさっていて、移動するガラスがついているものが1個。どの板にも線と数字が並んでいる。右にいくにつれて、間隔が狭くなっている。
・何と表現したら良いのか分らない金属の塊が1個。可動部があるみたいだ。
・細長くて軽い金属の板。長い辺に溝と数字が刻まれている。
・2種類の三角形の軽い金属の枠板。各辺に溝と数字が刻まれている。
・半円計の軽い金属の枠板。外周に溝と数字が刻まれている。
そんな物が入っていた。
どれにも、学校の紋章が付いていた。
見覚えの有るものが全く無かった。
これ?一体何なんだ?
何に使うんだ?
エリオさんも、ゼリアさんも、困惑顔をしている。
「中に入っているものを、何に使うのか、分らないですよね?」
バンビーナさんは、嬉しそうにしている。
「一応、説明は、そのファイルの中にあるんです。普通の入学希望者には、ファイルの説明だけなんですけれど、殿下もいらっしゃるので、一通り説明しますね。」
そう言うと、ボクの荷物の中から、紙と金属でできていて、紙が挟まっていたものを持ち上げて、広げた。
少し厚い紙の束が、そのファイルという物に固定されている。
一番上には、先刻見た紋章と、王国立メーテスの手引きと書かれた紙があった。
バンビーナさんは、それを1枚捲った。
そこには、支給品一覧と表題が書かれていた。
・王国立メーテスの手引き …… 1
・紙ファイル …… 5
・穿孔パンチ …… 1
・ノート …… 5
・ガラスペン …… 1
・黒インク …… 1
・鉛筆 …… 12
・鉛筆削り …… 1
・鉛筆ホルダー …… 1
・消しゴム …… 1
・定規 …… 1
・三角定規1.5 …… 1
・三角定規1 …… 1
・分度器 …… 1
・計算尺 …… 1
「それでは、順に説明しますね。」
それから、バンビーナさんが、袋の中に入っていた品物の説明をしてくれた。
紙ファイルというのは、紙に穿孔パンチで穴を空けて、束ねることができるものだった。
何だか得体の知れない金属の塊は、穿孔パンチというモノだった。
穿孔パンチにある溝に紙を挿入して、可動部を下げると紙に二つ孔が空く。
紙ファイルの金属の部分は二つの輪っかが付いている。輪は嵌合しているところを外すと開くようになっていて、紙に空いた孔を輪の片側に通すと紙がバラバラにならなくなる。
紙の領地と言われているアトラス領には、便利なものが有るんだなと感心してしまった。
ノートは、紙の束を糸で縫って束ねたものだ。授業の内容を書き留めるために使う。数学、物理、化学、一般講座の4種類の講義があるので、それぞれ、別々のノートに書き留めると良いと言われた。
1つ余分にあるのノートには、日記を書くことを勧められた。
ノートは、事務棟の売店で売られているそうだ。
ガラスの棒と思っていたものは、尖った方の先端に、インクを付けて字を書くためのペンだった。
ペンは、これまで鶏の羽の軸を使っていたんだけど、このガラスペンは鶏の羽と違って、先が潰れたりしないらしい。
そのため、常に同じように書けると教えてもらった。これは、優れものだ。
黒い液体が入っている瓶の中身はインクだったんだ。
鉛筆というのは、木の棒だと思っていたもので、中心に炭の芯が入っている。
横に穴のある小さな金属の塊は、鉛筆削りというものだった。横にある穴に鉛筆を差して、鉛筆を回すと鉛筆が削れて、芯が先端に出てくる。
その状態で、字を書くのに使う。
消しゴムという弾力がある塊で擦ると字を消すこともできる。
筒のような形をしていたものは、鉛筆ホルダーという名前の道具だった。
鉛筆は、中の炭の芯が丸くなったら、鉛筆削りで芯を尖らせる。
それを繰り返すと、鉛筆は段々と短かくなっていくのだけど、そんな短くなった鉛筆を使うための道具らしい。
金属の長い板は定規という道具で、長さを測ったり直線を書くのに使う。
溝と数字は、最近制定されたデシという長さの単位で刻まれている。
三角定規は、数学の授業で使うものだと言われた。
分度器は、角度を測る道具だそうだ。これも数学や物理の授業で使うものらしい。
最後の計算尺というのは、計算をする道具だと言われた。ソロバンは掛け算や割り算をするのに時間がかかるけれど、この計算尺というものは、掛け算や割り算、数学の授業で習う特殊な計算を簡単に出来る道具らしい。
「ところで、この中で、ソロバンが使えない方はいらっしゃいますか?」




