6W.友達
それから、エリオさんは、ゼリアさんを落ち着かせた。
深呼吸をさせて……席に着かせて……ボクの時と同じだな。
屹度、こういった事態に慣れているんだろうな。
ゼリアさんが落ち着いたところで、ボク達3人は就寝した。
4つある寝台のうち、ボクとゼリアさんが下の寝台。エリオさんがボクの上の寝台を使った。
殿下には下の寝台を使って欲しいとお願いしたのだけれど、こんな機会は二度とないからと言って、上の寝台で寝ることを譲らなかった。
翌朝、三人で朝食を食べに行った。
ボクは良く眠れたんだけど、ゼリアさんは、ボクにだけ聞こえる声で、良く眠れなかったとボヤいていた。よく、あの状況で眠ることが出来るなと、逆に呆れられてしまった。
ボクは、昨日、エリオさんと沢山話をしたので、為人を良く知ることができていたけど、ゼリアさんは、その機会が無かったから分らなくもない。
ゼリアさんは、パスカレーラ子爵の三男で、ボクより一つ年上だった。
魔力はあまり大きくなくって、5級魔法使いだ。
子爵家だと、4級魔法使いぐらいじゃないと、辛いかもしれない。
ちなみに、エリオさんは2級魔法使いだった。国王家の人だ。そういうものなのだろう。
ゼリアさんが、魔法使いで、ボクより一つ上なら、魔法学校で見掛けても良さそうだと思った。
だけど、これまでゼリアさんとは会ったことが無かった。
パスカレーラ領は、王都まで遠い事と、ゼリアさんの魔力があまり大きくなかったため、王都にある学校には行かず、家庭教師に付いて学んでいたんだそうだ。
ゼリアさんの一番上のお兄さんだけは、魔力が大きかったので、王都の魔法学校に通ったらしい。
ゼリアさんは、段々と色々話しをしている内に打ち解けてきた。
昨日の自分を見ている様だな。
ゼリアさんは、もし、就学の頃に鉄道が有ったら、すぐ上の兄さんも自分も魔法学校に通う事を希望したと言っていた。
学校というものに憧れが有ったみたいだ。
「兄さんは、学校で友人が出来たって言っていたんだ。
羨しいと思ったよ。
だって、領主館に居ても、オレと同い年のやつなんて居ないんだ。
文官の人も騎士の人も、皆、オレより年上ばかりだったからな。
最近になって、同じぐらいの歳の人も仕官してくるようになったけど、下働きしていたり、基礎訓練していたりで忙しくしているんだ。
会って話をして、親しくなることなんか、碌に出来やしないんだよ。」
ゼリアさんは、どうやら、同年代の話し相手が欲かったみたいだ。
確かに、学校に行けば、友人が出来たりはする。
ボクにも友人と言えそうな人達が居た。だけど、今となっては、その友人達は、皆、領地に戻ってしまって、会うことも儘ならない。
「そうなのだ。私も、学校という場所では、気軽に話が出来る友人を得られると聞いた。
ここからは、私の頼みなのだが、ここで知り合ったのも何かの縁であろう。
お二人に、私の友人になってもらえないだろうか?」
えっ。思わず、ゼリアさんと顔を見合わせてしまった。
王太孫殿下の友人?
いや。それは……。
「だめかな?
少し、都合が良すぎたかな?」
少し照れた様な表情のエリオさんから再度聞かれた。
「いえ。そんな事は無いです。でも、王宮にご友人がいらっしゃっるのでは無いのですか?」
「まあ、あれ等を友人と呼べれば、良いのだが……。」
それから、エリオさんが話した事には、少しばかり驚かされた。
王宮では、王子が生まれ、物心が付くあたりで、ご友人と称して、同世代の子供達が付く。後々配下とするためだそうだ。
しかし、謙っているだけの同世代の子供を、エリオさんは、不思議に思っていた。
エリオさんが失敗しても、取り繕われるだけで、本気で心配してくれる事もない。
エリオさんが、弱い部分を見せると、そこに付け入ろうとする。
そういった事に気付いてしまった。
お兄さんや、エリオさんの双子のお姉さんなら、叱ったり、励ましてくれる。
昨年、アトラス侯爵や、グラナラ子爵が王都にやってきた。その時に、父親のエゴル殿下や叔父のエジラム殿下と、その二人が本音で言い合っているのを見たのだそうだ。
不思議に思って、父親のエゴル殿下に聞くと、アトラス侯爵も、グラナラ子爵も昔は王宮に勤めていて、その頃からの友人だと聞いた。
エゴル殿下は、この二人の事を、普段は会うこともないが、一朝、王国に事があれば、全力で王国を守ってくれる、大切な友人だと言っていたのだそうだ。
実際、ノルドル王国との戦争の時には、アトラス侯爵の騎士達をグラナラ子爵が指揮をして、ノルドル王国を攻め滅ぼしてしまった。
エリオさんが、王宮で付き合っている同年代の人達は、配下には出来ても、友人とは呼べないと思ったんだそうだ。
今回メーテスで学ぶ間に、自分もそんな友人と出会えるかもしれないと期待していたのだと言う。
「それで、どうだろうか?私と友人になってもらえないか?」
「それは……分るような気がしますけど、お願いされて友人になるというのは、違うというか……。」
「オレは良いぜ。オレも友人が欲しかったから。」
えっ。ゼリアさん。食い付き早い。
「じゃぁ、ボクも、将来、友人になる前提でお付き合いさせてもらいます。」
「えっ。いいのかい?じゃあ。本当に宜しく。」
なし崩しに友人宣言してしまったけど、相手は王太孫殿下だよね……。
それから、自分達の生い立ちや家族の事なんかを話した。
ゼリアさんは、パスカレーラ家では魔力が一番弱くて、家の中では立つ瀬が無かった。それで、メーテス行きは願ってもない事だったそうだ。
こっそり父親からは、何でも良いから、パスカレーラ家の役に立ちそうな産物を考案して欲しいと言われているらしい。
「役に立つものなんて、考案できるものなのかな?
ボクに、アイルさんとニケさんの知識の一部でもあれば、そんな事も可能なのかもしれないけど……。」
「そうだな。私もアイルさんとニケさんに少しでも近付けれればとは思っているけど。何かを考案するということがどういう事なのか分らないな。」
「なあ、そのアイルとかニケとかって、何なんだ?」
「えぇ!」「え?」
「えっ?なんで、そんなに驚いてるんだよ?」
「だって、これからメーテスに行くのに、アイルさんとニケさんを知らないんですか?」
「だから、そのアイルとかニケって何なんだよ?」
「あっ。ひょっとして、愛称だからではないかな。アイルさんっていうのは、アイテール・アトラスさんの事で、ニケさんっていうのは、ニーケー・グラナラさんの事ですよ。ゼリアさんも、この二人の事だったら聞いたことがあるのではないですか?」
「えっ。さっきから出ていたアイルとニケって、その二人の事だったのか……。
えっ?愛称?ってことは、二人ともその二人を知っているのか?」
「えぇ。私は、お会いして話をしましたね。」
「ボクは、会って挨拶しただけだけど、でも、凄い魔法を見せられました。」
「そう言えば、先の戦争の首功だとか、婚約式を王宮でやったとか言われてたな。
あっ、そう言えば、ムザルのところは、二人が工場を作ったんだっけ。父親が、ロッサとゼオンは羨しいって言ってたよ。
なるほど。
で、その二人ってどんな感じなんだ?」
アイルさんとニケさんは、綺麗な顔をした7歳の子供だということや、エリオさんからは、会って話したときの印象、ボクからは、二人が使った様々な魔法について説明した。
「良いなぁ。ムザルは。そんな凄い魔法だったのか。
オレもパスカレーラ領に鉄道を敷設しているときに見に行きたかったんだけど、何だか騒動が起っているってんで、領主館から外に出してもらえなかったんだよな。」
「あっ、それは……。」
「ん?ムザルは何か知っているのか?」
つい声を上げてしまったけど……どう説明しよう……。
その時、ゼリアさんが、ボクの方に手を広げて、頷いた。
「その事は、私から説明しよう。
その騒動は、鉄道敷設に反対するため、鉄道の敷設場所に、座り込みをした者が居たことで起った。
鉄道の敷設で不利益を被ると陳情を行なった者が居たのだが、王宮は何の対応もしなかったのだ。
何度も陳情を受けていながら、担当した文官が、全く上に伝えることをしなかったのが原因だった。
鉄道が敷設される事で不利益を被る者達が居ることに気付かず、陛下と近衛が事を急いだことも原因なのだがな。
つまりは、王宮が対応を怠った所為で発生した。」
「へぇ。オレは便利になったから良かったと思ってたけど、それで困るヤツも居るんだな。」
「そういった事も有るのだよ。鉄道が敷設されて、一番困ったのは、ここに居るムザル君のところのロッサ領だ。
座り込みも、ロッサ領の商店主が手配したそうだ。
ロッサ領は、ロッサ川の荷を集めて、海運でロッサから王都に荷を運ぶことで成り立っている。
鉄道が出来ると、その荷が鉄道を使って王都に運ばれてしまうので、ロッサには荷が来なくなる。領地の存続の危機だったと思う。
こんな事態になったのは、お祖父様の所為だと、ニケさんにお祖父様は、酷く叱られたらしい。
お祖父様は、その事で、ずいぶんと悄気ていた。」
「え?お祖父様って、国王陛下だろ?
えぇっ。ニケさんって人は、国王陛下を叱ったのか?」
「そもそも、王国を横断するような鉄道を無理して作ったのは、詳細は話せないが、アトラス領の、とある産物を大量に必要としたからなのだ。
ただ、ニケさんに言わせると、その為に、鉄道を引く必要は無かったらしい。王都の近くに工場を作って、そこから供給すれば良かったのだそうだ。
それで、急遽、ロッサとゼオンに工場を建設した。
こんな話をニケさんに叱られながら、滔々と聞かされたと、お祖父様は嘆いていた。」
「へぇ。そんな事があったんだ。しかし、そのニケさんって、まだ7歳なんだろ?一体どうなってるんだ?」
「さぁ。それは私には判らないな。ただ、二人の事は、随分と前から王家では信頼している。神殿の司教様方は、神の使徒と言っているみたいだ。」
「何なんだい?それは……。」
それから直ぐに昼食の時間になった。
昼食を食べて少し経ったところで、目的のコンビナート駅に着いた。
駅に降りると、王国立メーテスの入学者への順路か書かれた看板が立っていた。
その順路に従って、エリオさんとゼリアさんと、駅の北にある、王国立メーテスへ向った。
騎士さん達が、周りを囲んでいる……。
王太孫殿下が居るんだから、そうなるよな……。
同じ列車でやってきた、多くの人たちが、こちらを見ている。
何となく気恥しい。
駅の北側の出口を出て、少し歩いたところに、大きな石の板に「王国立メーテス」と刻まれた銘板が取り付けられている門があった。
石銘板は、門の上部のアーチ状になっている場所に掲げられている。
その門は巨大で重量感のある金属の扉は開け放たれていた。
その門は、高い塀で囲われている敷地の、南側の中央に聳え立っている。
「ここが、王国立メーテスの入口なんですね。」
少し圧倒されながら、エリオさんに話し掛けた。
「随分と立派な門だな。門自体が大きいが、それを支えている石の柱がとても太い。この大きな扉の金属は何で出来ているんだろう?」
「あっ、あそこに案内の人が居るみたいですね。オレ、ちょっと話を聞いてきます。」
ゼリアさんが、門を潜って、門の先に立っている人の元に、小走りして向った。
ボクとエリオさんは、その後を歩いて付いていった。
ゼリアさんは、少し、その人と話をしてから、ボク達のところへ戻ってきた。
「あの、一番近くにある建物が、事務棟っていうらしいんですけど、そこで、入寮の手続をするように言われました。」
「寮か。私は寮に入るのを楽しみにしていたんだ。」
「そうですよね。オレもワクワクしてます。」
そう言えば、二人とも学校に入ったことが無かったんだ。
寮って、そんなワクワクするような場所じゃないと思うんだけどな……。




