6N.門出
突然、王国立メーテスへの入学するように言われた。
その前の日から、父さんは王都に行っていた。
宰相のエルビスおじさんは、父さんが、陛下から処罰を受けるかもしれないと言っていた。
父さんは、何も悪い事はしていないけれど、陛下が鉄道を造るのを邪魔した領民が居たらしい。その責任を取らされるかもしれないんだそうだ。
父さんが王都に向ってから、母さんは、言葉には出さなかったけれど、凄く不安そうにしていた。
「母さん。大丈夫?父さんはきっと、大丈夫だよ。」
「ありがとう。ムザルは優しいのね。これから、ロッサがどうなるのかがちょっと心配なだけ。でもラザルさんの事だから、きっと大丈夫よね。」
母さんは、無理して明るく振る舞うようにしていたけれど、やはり辛そうだった。
何時もは、明るくて、ちょっとしたことで、すぐに燥ぐ妹のステシイも、母さんの何時もと違う様子を見て、浮ない顔をしていた。
その日の昼前に、父さんは、見た事の無い男の子と女の子と騎士達を引き連れて帰ってきた。
予想していたのより随分と早い。本当に王都まで行ってきたんだろうか?
とりあえず、父さんはニコニコしている。処罰はされなかったんだと思って、ほっとした。
母さんは、涙ぐんでいた。
その時に一緒に居た男の子と女の子を紹介してもらった。
アイテール・アトラス君とニーケー・グラナラちゃんだって。
妹のステシイより幼ない。
アトラスって、あの美味しいマリムがある領地だよな。
今年の春ごろ、姉さんが嫁ぐ前にという事で、家族旅行をした場所だ。
何を食べても美味しいところだった。
お昼ご飯を食べないで、ロッサ川の向こう側の海に向った。
吃驚した。
唯々、吃驚した。
見たことも無い魔法だった。
去年まで、魔法学校に通っていたけど、こんな魔法は初めて見た。
大きな壁が、一瞬で、海の広い場所を囲んでいた。
アイルさんとニケさんが、防波堤と言っていた、先刻作った石の壁の上で、お昼になった。肉パンだった。
アトラス領で食べたのと同じだ。
やっぱり美味しいと思った。
食事の最中に、父さんが、ボクに今度マリムに出来る学校に行くようにと言い出した。
その学校は、アイル君とニケさんが作った学校らしい。
こんな子供が学校を作った?何だ、それは?
それからは、吃驚のし通しだった。
とんでもない大きさの窪んだ場所が海のすぐ側に出来たと思ったら、巨大な石に変わっていた。
あっというまに、マリムで見た工場というものが沢山建った。
父さんと母さんと一緒に、海沿いと川沿いの蔵を魔法で壊した。
それが終ったと思ったら、その場所に鉄道の駅や線路が出来て、マリム大橋の様な橋が、あっという間に出来ていた。
あの小さな二人の子供は、特級魔法使いなのだそうだ。
ボクや父さんや母さんは、3級魔法使いだ。
子爵家としては、そこそこの魔法使いなのだけど、特級になると、あれほどの魔法が使えるんだと感心してしまった。
あの日から1週間ほどで、二人の少年と少女が使った魔法で、領地の姿が大きく変わった。
あの日の夜、父さんから、正式に王国立メーテスへ行くように言われた。
ボクは、それまで、父さんや宰相のエルビスおじさんに付いて、領主の仕事を学んでいた。
幸い、ボクは、父さんや母さんと同じぐらいの魔法が使えた。どこかの領地の魔法使いの女の子と結婚して、このまま領地を引き継ぐんだと思っていた。
父さん、祖父さん、曾祖父さん、そしてそれより前の領主を務めたご先祖さんと同じように。
ところが、アトラス領だけだった鉄道が王国内を走るようになった。
風が要らない船が航行するようになった。
ロッサ領にも、マリムの工場と同じものが出来た。
これからは、これまでと同じではダメらしい。
そして、父さんは、良く分らない仕組みで動く工場や船や鉄道の知識を持たなければダメだと思っている。
その知識が得られる場所は、王国立メーテスなのだそうだ。
突然、そんな事を言われても……。
また学校に行くのか……と思った。
勉強は嫌いじゃないけど、メンドウだ。
でも、その王国立メーテスは、あの美味しい街のマリムに有るみたいだ。
残念とも嬉しいとも言えない気分になった。
それから、父さんは、直ぐに、入学申請書をマリムに送ったらしい。
年末から年初に掛けて、父さんと母さんは大忙しだった。
父さんは、何度も家を空けて、王都やマリムを行き来していた。
それでも鉄道が有る所為で、随分と楽になったんだそうだ。
マリムまで旅行したときに乗った船がロッサにも来ることになったと言っていた。
父さんと母さんは、頻繁に領都の商人の人や工房の人達と話し合いをしていた。
何度か同席させてもらったけど、皆、これからどうなるのかを気にしていた。
不安に思いながらも、期待しているような感じだった。
マリムから来ている工場を動かしている人との打ち合わせもしていた。
ロッサ領の文官の人達が工場の動かし方をマリムから来た人に教わっていた。
凄く大きな船が、沢山の鉱石や植物を積んでやってきた。
工場が本格的に動き出したのだそうだ。
そんな時に、王国立メーテスから、入学許可証と入学案内の書類が届いた。
王都から、マリムまで入学者を対象にした専用列車が運行される。
1月d24(=28)日。入学案内の書類に指定された専用列車に乗るために、ボクは、マリムに移動した。
早朝に、ロッサ駅から王都まで鉄道に乗った。大体、1時半(=3時間)で王都に着いた。
鉄道のお陰で凄く便利になった。これまでだったら、前日かその前の日にロッサを出て、王都で一泊しなきゃならなかったのに。
2月1日に実施される王国立メーテスの入学式に出席する前に、王国立メーテスの学生寮に入寮することになっているらしい。
王都の駅で乗る予定の列車を待っていると、列車の乗り場には、同年代の人達が居た。
ボクの顔見知りは居ないようだ。
何人かで固まって話をしている人達が居るけれど、知り合いなんだろう。
近隣の領地の若者か、文官学校出身の人達かもしれない。
魔法学校出身は少ないだろうと思っていたのだけど、居ないのかもしれない。
魔法学校の知り合いは、皆、領地で頑張っているんじゃないかな。
コンビナート行きの寝台列車がやってきた。
列車の中に入れるようになったので、割り当てられた、寝台車の個室に入って出発を待つことにした。
護衛のために付いてきてくれた騎士達とは、ここでお別れだ。
入学案内書には、専用列車や、メーテスでは、王国騎士団が警備すると記載があった。
部屋の中は、ボク一人だけだった。
「あっ、ここだ。ここだ。」
少し騒がしい音を立てながら、ボクより年上の男性が入ってきた。
背がボクより大分高くて、こげ茶色の髪で緑色の目をしたハンサムな人だ。
「あれ、先客が居る。はじめまして、エリオ・ガラリアです。」
えっ?ガラリア?それって、国王家?えっ?えぇぇぇ?
思わず、椅子から立ち上がってしまった。
「それで?君は?」
あまりに吃驚してしまったので、挨拶をするのを忘れていた。
「あっ、失礼しました。ムザル・ロッサと言います。」
「あぁ、ロッサ子爵の。よろしく。君も大変だね?」
えっ?大変?大変って何の事だ?
頭の中が真っ白だ……。
「ありゃ?まいったな。えーと、君、大丈夫?」
「えっ。えーと。」
頭の中が真っ白のままだ。
「困ったな。ちょっと、そこで、深呼吸してみようか。さぁ、息を吸って。そうそう、息を吐いて。もう一度吸って……吐いて。どう?少しは落ち着いた?」
言われるままに、深呼吸をして、少し頭が動くようになった。
「あっ。はい。ありがとうございます。」
「はははは。困ったな。そんなに緊張されると。君も王国立メーテスに行くんだろ?それなら同級生だ。よろしく頼む。」
「で、でも。王太孫殿下でいらっしゃいますよね?」
「それは、そうだけど、あまり畏まらないでもらえないかな?それに、一番王位から遠い、王族だから、あまり気を使わないで欲しいな。同級生なんだし。
ここに立っていないで、座ろうか。」
ソファーに向き合って座って改めて、自己紹介をした。
ボクが、エリオ・ガラリア殿下の事を、殿下と呼んだら、同級生なんだから、エリオで良いと言われた。
畏れ多いと言うと、また、畏まらないで欲しいと言われて、それを何回か繰り返えして、殿下の呼称は、エリオさんに落ち着いた。
話をする内に、段々と打ち解けられるようになってきた。
エリオさんは、ボクより3歳年上だった。
ピーという甲高い音が聞こえて、列車が走り始めた。
この部屋に王都から乗り込む人はもう居なかったみたいだ。
王太孫殿下と二人だけって、大丈夫かな?
「おっ。動いた。やはり凄いな。こんなに沢山のものを引っぱっても動くんだな。」
エリオさんは、窓にしがみ付くようにして、外を見ている。
「あれ、君は、あまり驚いていないんだね?」
怪訝そうに、ボクの方を向いたエリオさん。
「ええ。去年、マリムで乗った事がありましたから。」
「そうか。羨しいな。私は興味が有ったんだが、これまで列車に乗る機会は無くってね。
しかし、速いな。馬より遥かに速いんじゃないか?」
列車は、速度を上げつつあった。
「いえ、もっと速く動きますよ。」
「へぇ。もっと速く動くのか……。」
列車は、段々速度を上げていった。
暫く、外を見ていて様子が分ったのか、エリオさんは、ボクに色々話し掛けてきた。
以前、マリムで列車に乗ったときにも、寝台車だった事を話した。
寝台車のベッドの作り方や浴室の使い方をエリオさんに教えてあげることにした。
ボクがエリオさんに寝台車の仕組を教えている最中に、鉄道の職員さんが部屋の説明のために訪ねてきた。
ははは。ボクが説明の必要無かったじゃないか。
職員さんは一通り説明を終えて、出て行った。
「ムザル君は、詳しいんだね。鉄道の職員と言っている事が違わなかった。頼りにしても良いかな?」
何となく誇らしい気分になった。
昼になったので、二人で食堂車に移動した。
ボク達の部屋の入口の前には、騎士さんが立っていた。
他の部屋の前には誰も居ないので、多分エリオさんの護衛の騎士さんなんだろう。
食堂車で昼食を食べて、また部屋に戻った。
それからも、色々な話をして過した。
エリオさんは、ボク達家族のマリム旅行の話を聞きたがった。
話が一段落着いたところで、最初に会ったときにエリオさんが話していたことが気になったので聞いてみた。
「エリオさん。会ったばかりの時に、一番王位から遠いって言ってましたけど……どういう意味なんです?」
その瞬間、エリオさんの眉間に僅かに皺が寄ったように思えた。
「ごめんなさい。変な事聞きました。応えていただかなくて良いです。」
少し安心した所為で、図に乗ってしまった。いけない。いけない。
「ははは。君は、意外と冷静に人の話を聞いていたんだね。
まあ、秘密でも何でも無いからいいよ。
今、王位継承権があるのは、私の父のエゴルと、叔父のエジラム、そして、従伯父のオルムートの三人なのは知っているよね。」
「はぁ。まあ。」
なんか、とんでもない話になるのかな……本当に聞かなきゃ良かったかも。
「多分、次の国王は、父か叔父のどちらかになるんだろうね。だけど、まだ決まってない。私には兄と私の双子の姉が居るんだけど、父が国王になったら、その次の国王は、優秀な兄のエドクになるだろう。もし、叔父が国王になったら、その次は、従弟のエドムになるだろうな。
だから、私が国王になる目は無いんだよ。
万が一の場合の予備みたいなものなんだ。」
何と応えて良いのか分らなかった。
頷いただけで、話題を変えることにした。
「あと、ボクの事を大変だって言っていませんでした?」
「はははは。あんな状況で、本当に話だけは、聞いていたんだ。
なに、ロッサ領には、ロッサコンビナートに工場が出来ただろ。
あんな、とんでもない物を理解するために、メーテスに向ってるんじゃないのかと思ってね。
そういう意味だったんだけど。
まあ、私も似たようなもんだよ。」
それから、何故、エリオさんが、メーテスに向っているのかを教えてもらった。
王都の近隣のコンビナートに工場が出来て、鉄や紙を生産するようになった。
国王家でもそれらについて誰か詳しく知っている者が必要だ。
折角アイルさんと、ニケさんが知識を授けるために、メーテスを作ったんだから、陛下に学びに行けと言われたらしい。
学校に行くのに丁度歳まわりの良いのがエリオさんだけだったというのもあったみたいだ。
「ボクも、父から命じられて、メーテスに行くことになったんですよ。工場が出来て、これから世の中が変わっていくから、王国の領主は、そういった知識を持っていないといけないって言われてます。」
「そうか。君のお父上は、随分と開明的な考えをお持ちの様だな。立派な事だ。
そういう事なら、君も私も、同じ使命を持って、メーテスに行く同志だってことだよ。入学してからも、宜しく頼むな。」
そうか。殿下とボクは同志なのか……。
ロッサに出来た工場を説明してから、アイルさんとニケさんの話になった。
「会って話をしたのだけど、とても幼い子供と話をしている感じじゃなかったな。
父や伯父、伯母、祖父と話している時の様な印象を受けた。
不思議な子供だったよ。」
「ボクは、二人とは挨拶しただけで、話をしてはいないんです。でも、二人が魔法を使っているところを見ました。唯々吃驚しただけです。」
「それは、羨しいな。二人とも大陸で唯一の特級魔法使いだろ。そんな人の魔法を間近で見られる機会なんか無いからな。
どんな魔法を使っていたんだい?」
それから、二人で、アイルさんとニケさんの話題で盛り上った。
エゼルさんは、二人について、かなり詳しく知っていた。
どうやら、二人は、王国でも重要な人物らしい。
夕食を終えて、そろそろ寝ようかと話をしていた時に、列車はパスカレーラ駅に停車した。
部屋に、ボクと同じぐらいの歳の男性が部屋に入ってきた。
長身で、黒髪、目は茶色だ。少し厳つい感じの容貌をしている。
「あっ、一緒の人が居るんですね。
はじめまして。カロッツェリア・パスカレーラと言います。ゼリアと呼んでください。よろしく。」
ボクはエリオさんと目配せした。ボクから自己紹介する方が良さそうだね。
「はじめまして。ボクは、ムザル・ロッサです。ムザルと呼んでください。よろしく。」
「私は、エリオ・ガラリアです。よろしく。私もエリオと呼んでもらえれば嬉しい。」
その瞬間、ゼリアさんは、目を見開いて、口をポカンと開けたままになった。
ああぁ。固まっちゃったよ。
エリオさんと最初に出会った時のボクもこんな感じだったんだろうか?




