1W.鋼
今日は、午前中から倉庫で作業だ。
昨日から、アイルは、加工する装置をあれこれ考えていたみたい。
私は鋼を生産しなきゃ。
昨日の炭だけだと足りないので、植木を管理しているセアンさんに、また枯れ枝をお願いしないと。
アイルに、お世話になっているセアンさんのために、片刃の鋸と鉈、剪定鋏を作るように頼んだ。炭の原料を貰っていると言ったら了解してくれた。
朝食を終えて、倉庫に移動した。
ウィリッテさんもカイロスさんも一緒だ。
倉庫には、昨日頼んでおいた鉱石が搬入されている。
昨日残っていた炭と、今日運び込まれた酸化鉄を使って、鋼を作る。
その鋼で、片刃鋸と鉈、剪定鋏を作ってもらった。
侍女さんにセアンさんを呼んできてもらった。片刃鋸、鉈、剪定鋏を渡して、道具の使い方を教えてあげる。とても喜んでいた。
これまで、石斧で作業していたみたいだ。
片刃鋸と鉈は、木の持ち手が必要だと伝えると、自分で付けられると言っていた。
昨日、貰った、木の枝を大量に欲しいと伝えると、「ちょっと待っていて。」と言ってどこかに行った。
少し経つと、セアンさんが、山のように枝を持ち込んできた。
見ると切ったばかりの枝が多い。
セアンさんは貰ったばかりの道具を早速使ってみたんだね。
昨日のウィリッテさんの話だと、生木を炭にするのは難しいらしいのだけど、どうなるんだろう。
時間は少しかかったけれど、水魔法を使って、乾燥木材が作れた。
ウィリッテさんは、私は魔力が大きいので、なんとかなったんだろうと言っていた。
ウィリッテさん経由で、作業を手伝ってもらう4人の男性の使用人を領主館から借りた。
セアンさんも興味があるのか手伝ってくれることになった。
私が素材を作ったり、アイルが部品を作ることが出来ても、それを運んだり、組み立てたりするのはムリだ。
手伝ってもらわないとならない。
私は、ひたすらに、鉱石から鉄のインゴットを作って。炭の塊を作って。両方を混ぜて鋼を作り続けた。
アイルは、出来上がった鋼を使って、まず、台座になる枠を作っていた。
その後は、大量の部品を作っている。
ボルト、ナットやベアリングもあった。どう見てもオーバーテクノロジーじゃない。
レンチやドライバーもあったよ。
作った部品は、男性の使用人にお願いして、取り付けてもらっていた。
昼食で休んで、午後になった。
アウドおじさんとソドお父さんとグルムおじさんの3人が見学に来た。
3人とも、目を剥いていた。
それはそうだろうなと思う。
この古代文明真っ盛りの世界に、鉄工所が出来てるんだから。
自分達の幼い子供が、なにやら作っているんだけど、その作っているものが想像を遥かに越えまくっている。
誰かが、作業の様子を伝えたんだろうね。
きっと、上手く説明することなんてできなかったんだろう。
一体何をしているのかと思って、連れ立って来てみたらしい。
アイルは、男性の大人達と忙しく動いていたので、私が相手をした。
でも、困るんだよ。質問されても。この世界の単語で適切なのが無いんだ。
この世界に無かったものを上手く表現できる単語が思い付かない。
明治維新に、西欧の科学を取り入れた人達は、苦労して適切な日本語に翻訳している。その言葉を使って日本人は科学文明を急速に発展させたらしい。
私にそれを求められてもムリだから。
四苦八苦しながら、3人に何をしているのか、何を作っているのか、どう機能するのかを伝えていく。今日やっていることの中で、一番疲れたよ。
一通り説明したら、3人は、困惑しながらも満足して、仕事に戻った。
私は、残っていた鉱石を全て鋼に変えた。
ステンレスを作るときには、炭素を取り除いて、クロムを混ぜれば良いので、まあ、楽といったら楽だろう。
アイルはと見ると、なにやら試行錯誤している。どうやら、旋盤の回転数が人力では足りなかったみたい。変速機と弾み車とクラッチを作っていた。
アイルに潤滑剤が欲しいと頼まれて、牛脂から、高級脂肪酸を分離した。ちなみに、この高級というのは、炭素数が多い脂肪酸のことだ。
粘度がある程度高くて、固形化しないものというリクエストだった。炭素数をイメージしながら、牛脂から分離してみる。
有機物の分離は始めてだったけど、なんとかなった。
脂肪酸の酸の部分を、アルキルに改変できないかと思ったら、なんか出来たっぽい。化学反応も制御できるんだとすると、本当に魔法は反則技だよ。
この技術が地球に居るときにあったら、あんなことや、こんなことを苦労しなくても出来たんじゃないかと思ってしまった。
夕方の鐘が鳴ったころには、アイルの装置もだいたい出来上がっていた。
明日、もう1台同じものを作ると言っている。
理由を聞いたら、1台の装置が何かを作っている時に、他の作業ができないからだって。
一つの作業しか出来ないと段取りを取るのが難しくなる。
2台作って、あとは、職人さんが、効率を考えて、段取りをつければ良い。
2台目は、試行錯誤しないので、半日もあれば出来ると言っている。鋼の方も、全体の1/4ぐらいの消費なので、まだまだ、余裕がある。
1日に生産出来るソロバンの台数を増やして価格を下げないと、グルムおじさんとお父さんがまた言い争うことになるものね。
明日、私はする事が無いので、セアンさんに、領主館内の庭木を見せてもらうことをお願いした。「喜んで。」と了解してもらえた。
楽しみだ。
アイルくんは、思う存分、機械を作るのを楽しんでくれ。
翌日。
今日、私は、アイルとは別行動だ。
ウィリッテさんもカイロスさんも、アイルと倉庫の中へ。
私は、お付きの侍女さんと倉庫の前でセアンさんを待っていた。
朝の鐘が鳴ってほどなくして、セアンさんがやってきた。昨日渡した、選定鋏を腰に差している。早速使ってくれているんだね。
マリムの街も、領主館も、マリエムとマリム・ガラリアが婚姻して、アトラス領を拝領してから作られた場所なので、まだ70年ほどしか経っていない。
そのため、樹齢何百年の大木というようなものは、まだ無い。
領主館の庭は、セアンさんのお祖父さんが作った。
100年、200年後に育った木々が、心地良い木漏れ日を作るように。
生垣は、丈夫な木々を選び、長い年月が経っても様子が変らないように。
そう考えて作った庭や建物周辺の木々の配置だと言っていた。
そして、冬以外の季節は途切れることなく庭園には花が咲いている。
春になったばかりの、この季節でも、色々な花が咲いていた。あまり日本では見なかった花ばかりだ。
梅や桜は……無いみたいだな。
もう少しすると、オリーブの花が咲くと言っていた。
オリーブは実を見たことはあっても花を見たことはないな。どんな花なんだろう。
手入れされた庭や庭木を見せてもらって、少しほっこりした。
セアンさんが、昨日渡した剪定鋏で、花束を作ってくれた。部屋に飾れる。かなり嬉しい。
それをセアンさんは、お付きの侍女さんに渡してくれた。侍女さんは、花を部屋に飾っておきますと言って、一度、領主館に行き、戻ってきた。
せっかくなので、セアンさんの、日常の草木の手入れのやり方を聞いた。
木でできた鋤や鍬で土を掘って植え替えをしている。
青銅のスコップのようなものは有ったな。
どれも、力を掛けられなくて、作業が大変そうだ。
アイルに園芸用の道具も作ってもらおう。
昼の鐘が鳴るまで庭を案内してもらった。
セアンさんには、午後に渡したいものがあるからと言って別れた。
昼の食事の時に、アイルに進捗状態を聞いた。2台目の装置は出来上がっていた。
人力で動かすために、いろいろ工夫したらしい。
クラッチの形がどうたら、フライホイールのためにどうたら、いろいろ話してくれるのは良いけど、それ、ほとんど分らないから。
ただ、誰にも話す相手が無いから、堰を切ったようにいろいろ話しているんだね。
聞くだけだったら、相手になってあげるよ。
午後からは、ドリル、バイトなどの旋盤に使う刃物や、鑿、玄能、鋸、鉋、錐、鑢など木工に使いそうな道具を作る予定だと言っている。
午前中お世話になったセアンさんのために、土仕事に役立つ、シャベルや、鋤、斧などを作ってほしいとアイルに頼んだ。
午後になったので、また、作業場所に移動した。
最初に、シャベルや、鋤、斧などを作ってもらう。一瞬で鋼の塊がそういった道具の金属の部品になる。いつ見ても訳が分らない。
セアンさんは、自分で木の持ち手を付けると言っていたけど、
明日、木工職人さんに使ってもらう、鑿や玄能、鋸、鉋、錐、鑢は木の持ち手を付けておかないとダメじゃない?
アイルもそう思っていたらしい。そうなると木材を調達しないとならない。
セアンさんがきたので、シャベル等を渡す。そのときに、持ち手になる木材をお願いをした。
材料になる木材を変形の魔法で加工しようとしたら、金属のように上手く変形しなかった。
変形はダメだけど、切り刻むことはできる。
どうやら、植物の繊維がジャマして変形が上手くいかないみたいだ。
切り刻んだものを元に戻すのも上手くいかない。
金属とは様子が違う。
試行錯誤した結果、木材の加工は、イメージしたものを木材から削り取って取り出すという感じでやると上手くいくことが分った。
アイルは、木が削って欲しがっている形が見える。なんて、どこかの木彫刻家みたいなことを言っているよ。
木彫もできるようになったので、必要な工具を作っていく。
セアンさんには、お弟子さんが居るらしくて、追加で園芸用の道具を欲しがっていた。これもアイルに頼んで、追加分を作ってもらった。
アイルの変形の魔法がかなり上達したみたいだ。ドリルが一瞬でできたときは流石に驚いた。
アイルの頭の中はどうなっているんだろう。私には絶対無理だね。




