68.度量衡
年が明けた。
私とアイルは7歳になった。数えで7歳だから、日本だったら、早生まれの小学校1年生にってとこだね。
ただ、この世界での就学は1月開始らしい。私達の満年齢は、まだ5歳なので幼稚園の年長さんかもしれない。
まあ、どうでも良いんだけど。
ふふふ。やっと就学年齢か。ここまで長かったな。
定期船と鉄道が運行するのに伴なって、年の初めに度量衡制定の布告がされた。
船も鉄道も運賃は重量や容積で決めている。
なし崩し的にアトラス領で採用していた長さと重さの単位が使われていたんだけど、これで、正式に王国の統一単位になった。
長さと重さ以外にも布告された単位があって、それは温度だ。
長さの単位はデシ。これは、前世の10cmぐらい。
アイルに言わせると正確に10cmらしいんだけど。その根拠は、アイルの魔法で、10cmと指定するとその長さになるからだって。
それが、正確かどうかは、どうでも良いんだけどね。前世の単位と比較してどうするのだ。
重さは、キロ。これは、前世の1キロぐらい。1立方デシの水の重さ。
アイルに言わせると……以下同様。
温度は、標準大気圧で水が凍る温度を0℃、水の沸点をd100(=144)℃としている。
12進法を使っているので、色々違っているけど、定義の仕方は前世と同じだ。
ただ、標準大気圧というのが問題なんだけど、アイルが過去、マリムで測定していた気象データで、測定した大気圧を平均して決めた。
まっ、ある意味、いいかげんなんだけど、仕方が無い。
平地なら、気圧によるけど、大体0℃で水が凍り、d100℃で水が沸騰する。
ただ、温度には、ゼロとマイナスの数字が出てくるんだよね。
これが一般的に認知されるかというと、自信が無い。
ゼロは、商人達は十分認識し始めているんだけど、マイナスってのはね。
この世界には、ゼロもマイナスの数も概念として無かったモノだから。
アトラス領では、この前の戦争の時に、氷点下の温度を使いまくってたから、十分認知されていると思う。
だから、アトラス領では、普通に使われている。
だけど、他の領地の人がどう思うのか、私達には分らない。
これも慣れだから、慣れてもらうしかないよね。
標準大気圧は、ガイアの重力やあれこれを計算して、18.36キロ・デシ/平方秒とアイルが言っていたけど……これを知ってどうしたいのだ?
前世の値と比較すること自体にあまり意味は無いのだけれど、水銀柱の高さで考えた方が楽だ。
標準気圧、d30℃(=36℃これが地球での25℃相当)での水銀柱の高さは、8.15デシ(=815mm)だった。
地球では、760mmだったので、ガイアの方が気圧は若干高めのようだ。
標準原器、標準温度計は、アトラス領にある。
長さの原器はコージュライト製。重さの原器はアルミナの単結晶で作ってある。
標準温度計は、水銀温度計だ。取扱注意だね。
複製原器と標準温度計は、随分前に、王宮にも送ってある。
今後、標準原器、標準温度計は、王国立メーテスの物理研究所で、厳重に保管する事にしている。
希望する領地があれば、王宮で複製したものを有償で渡すことになった。
でもね。これ、私とアイル以外の人に作れるとは思えないんだけど……。
どうするんだ?
王国立メーテスの入学申請書は、昨年一杯が提出期間だったので、既に募集は締め切っている。
王国全土の紙の普及具合が良く分る状態になっていた。
バンビーナさん曰く、申請書の傾向としては、王都周辺だと紙の領地もあるけれど、大半は木簡だ。
木の板が山になっている。
もっと紙を沢山作らないと、紙は普及はしないかな。
木簡は、削ると使い回せるから、コスパは良いんだよね。
まあ、ボチボチやってくしかないな。
木簡だらけの入学申請書をバンビーナさんが紙の上にリストとして纏めてくれている。
開始当初の、王国立メーテスには、3つの研究所を作る予定だ。
一つ目は、アイルが運営する、物理研究所。
二つ目は、私が運営する化学研究所。
そしてもう一つ、国務館が運営する、国務館研究所だ。
それぞれの研究所には、研究室を置いている。
物理研究所は、アイルが教授となり、それぞれの研究室には准教授が居る。
研究所長はアイルだ。
・物理研究室 准教授 未定
・気象研究室 准教授 ウテント
・天文研究室 准教授 ダビス、ピソロ
・電気研究室 准教授 アルフ
・機械研究室 准教授 セテ
この研究所の詳細は、私はあまり良く分らない。アイルはアイルでが色々考えているみたいだね。
化学研究所は、私が教授となり、やはりそれぞれの研究室には准教授が居る。
研究所長は私だ。
・鉱物研究室 准教授 ジオニギ
・無機化学研究室 准教授 ヨーランダ
・天然物研究室 准教授 キキ
・石炭化学研究室 准教授 ギウゼ
・分析化学研究室 准教授 カリーナ・ドナル
・薬剤研究室 准教授 ビア
こんな感じで、本人達の希望を聞いて、助手さん達を振り分けてみた。
鉱物研究室は、もともと、新しくアトラス領になったアトラス山脈西側の鉱物資源調査をするために作ったんだ。ロッサとゼオンにコンビナートを作ったことで、それらのコンビナートで使う原料のための資源探索も行なうことになったんだよね。
その話をしたら、ジオニギさんは、王国中を旅して歩けるって、喜んでいた。
石炭化学は、ギウゼさんの担当だ。今後、クラッキングなんかをして、石炭から様々な物を作ってもらう予定だ。
キキさんと、ビアさんは、ヤシネさんと繋がりが深いので、薬や天然物化学の研究をしてもらう事にした。天然物化学は、動植物や菌類から、天然の有機物を抽出して、薬効を調べたりしてもらうつもりだ。そして、それを化学合成できるようになると良いんだけどね。
カリーナさんは、薬を作る時に使用している分析機器に興味があった。それで、分析手法や、様々な素材の分析データをまとめてもらう事にした。
ヨーランダさんは、自己主張しなかったので、無機化学ということにした。農薬なんかに興味があるみたいだから、そういった方面の研究もしてもらう予定。
一応こうやって分けたんだけど、また、砂糖のプラントみたいに、何かのプラントを作ることになったら、皆で協力して対応してもらう。
そして、国務館研究所は、教授が不在で、当面は、アイルか私が管掌する。
一応研究所長は、ウィリッテさんになってもらった。
准教授に任命した人達は、全員、国務館の管理官の人達だったりする。
・農作物研究所 (ニケ) 准教授 アルフレド・ベレッチ 客員教授 セアン
・交通研究所 (アイル) 准教授 ギアン
・経済研究所 (ニケ) 准教授 ロッコ・ギウスチ、バール・アラピ
・魔法研究所 (アイル) 准教授 エドガー・バルトロッチ 客員教授 ジョルジ・ジェメーラ、ウィリッテ・ランダン
アルフレド・ベレッチさんは、国務館の農作物管理部門の管理官。
ギアンさんは、交通管理部門の管理官だ。
ギアンさんは、経歴がちょっと特殊で、元々アトラス領の騎士だった。電気の敷設なんかを専門として、工兵みたいな事をしていた。
先の戦争では、雪上車の動力調整や運転、整備なんかで活躍した。
アトラス領で、船や鉄道を運行するようになって、その管理をする仕事を任されていた。
国務館の交通管理部門が出来た時に組織統合されて、その部門の管理官になった。
ロッコ・ギウスチさんは、国務館の産業管理部門の管理官。
バール・アラピさんは、国務館の貨幣管理部門の管理官。
この研究所の准教授の人たちは、国務館の管理官と兼務だし、研究を主体的にしてくれる訳でも無い。
何で、こうなったのかと言うと、この世界の人達の誰もが、科学的な検証方法に不慣れだというのが理由だったりする。
散々、求道師と称する人達と会って、判った事がある。
この世界の人は、現象や状況を、経験と称する先入観で捉えて、検証するという事をしない。そういった事に慣れていない人ばかりだった。
どうしても、過去に上手く行った事例を踏襲することを良しとする傾向が強いのだ。
何千年も続いてきた、青銅器文明の世界では、それでも良かったのだろうな。
だけど、私とアイルが、産業革命のスイッチを押してしまった。
これから激変する世の中で、そのままで良い訳が無い。
僅かずつでも、科学的な思考方法を学んでもらう事が必要だ。




