67.反射防止
久々におウチに帰ってきたよ。
長かったぁ。
後半は、お祖父様ズのところに泊ったので、楽だったけど。
前半の寝台車泊りは、シャワーだけで、お風呂に浸かることもできなかったからなぁ。
まぁ、色々あったけど、暫くは、鉄道を敷設することは無いだろう。もうお腹一杯だよ。
帰ってきて、直ぐに、足りなくなったと言われていた、超伝導素材を作り始めた。
アイルの魔法は、段々、『3Dプリンター』も吃驚になってきた。
鉱石運搬船を、早々と作って、「あとは、ニケの超伝導素材だけだな。」などと嘯いていた……。
「こればっかりは、そう簡単に作れないんだよ。」
言ってみたところで、誰にも本当の大変さを分ってもらえていると思えないんだよな。
それでも、大分慣れてきたような気はしてるんだけどね。
私とアイルが長期出張から帰ってきたので、王国立メーテスで事務長をしているバンビーナさんが、メーテスの主要メンバーに招集を掛けてくれた。
入学を申請した人数が分っていた方が良いので、2週間後、年が明けてから開校に向けた最終打ち合わせをする。
王都に住んでいる人も居るので、少し時間を空けた方が良いだろうしね。
鉄道や船が出来たので、王都から2日で来てもらえるんだけど、連絡が手紙だから、どうしても、何日か掛ってしまう。
しかし……まさか鉄道の敷設にこんなに掛るとは思ってなかった。
この出張の前に、メーテスの粗方は決めていた。不幸中の幸い?転ばぬ先の杖?ん。まあ、良かった。
担当の人って、主に助手さん達なんだけど、色々準備をしてくれていた。
主要な講義は、数学と物理と化学。前世の高校から大学の教養部ぐらいまでの範囲にする。
研究室は、当面は、私とアイルで分担することにする。
研究室には、教授、准教授、客員教授が居る。
今のところ教授を担当するのは私とアイルだ。
ちなみに、この名称は、日本語そのまんまだ。翻訳する事を考えたんだけど、メンドウだったのでヤメた。
そもそも技術用語は、全て日本語だからね。そんなものだと思ってもらうしかない。
実際に活動をしてみないと、上手く回るのかどうかは判らないけど、まあ、最初の内は仕方が無いよね。
メーテスの準備の進捗を助手さん達に聞いていたところに、アイルがやってきた。
アルミナと酸化チタン、出来れば弗化マグネシウムが欲しいと日本語で言ってきた。
『ん。何に使うの?』
『反射防止膜を作ろうと思って。そのために蒸着装置か、スパッタ装置を作ろうかと思ってるんだ。そこで使うターゲットにしようと思って。』
『蒸着は解るけど……スパッタ?何それ?』
『スパッタ装置というのは、薄膜を作る方法の一つだよ。
低真空になるようにガスを導入して、高周波を掛けると導入したガスがプラズマになるんだ。
そのプラズマがターゲットにぶつかって、ターゲットから素材を叩き出すんだ。
そうそう、蛍光灯を長く使っていると、電極のあたりが黒ずんでくるじゃない。あれも確かスパッタ現象だったんじゃなかったかな?
あれは、蛍光灯の中でプラズマ化した荷電粒子が電極にぶつかって、電極の極一部が叩き出されてガラスの表面に付着したものだったはずだよ。』
『ふーん。で、何故、突然、反射防止膜なんてものを作ることにしたの?』
『ロッサで、ヤシネさんと会ったじゃない。そこで、カメラの性能がなかなか上がらないから、助けて欲しいって言われたんだよね。
写真って、結構、評判になり始めてるらしいんだよ。
ラザルさんが、家族旅行でマリムに来たときに、ヤシネさんが家族写真を撮ってあげたらしいんだ。
ラザルさんの娘さんが、その家族写真を、嫁ぎ先に持っていって、評判になっているらしいよ。』
『でも、ヤシネさんは、暫くロッサに居るんじゃない?カメラなんて構っていられないんじゃないの?』
『それが、大分前から、ヤシネさんはカメラの性能の確認をしていないんだって。今は、バールさんがやっているらしいよ。
それに、バールさん、最近、写真館を始めたんだって。
本当に、写真が流行り始めているのかもしれないね。』
『バールさん……?あっ、絵描きの人ね。そう言えば、アイル、バールさんに、カメラを何台かあげていたわね。』
『バールさんて、陶器なんかを扱っているコモド商店の息子さんで、しばらくそこで、人物写真を撮っていたらしいんだよ。
お客さんが増えてきて、コモド商店に迷惑が掛るからって、専門の店を開いたらしいんだ。
バールさんが、昨日、やってきて、オレが作ったカメラと、マリムの職人が作ったカメラと何が違って、性能が違うのか聞かれたんだよ。」
『あっ、ひょっとして、アイルのカメラのレンズはARコートしていたの?』
『それは、普通するだろ?
それで、オレのカメラのレンズは紫色していて、職人の作ったカメラのレンズは透明なのに、何故、写真が暗くなるんだって、聞かれたんだ。
説明したんだけど……あれは……解ってくれたかな……。』
『また、干渉がどうのとか、共鳴がどうのとか言ったんじゃないの?』
『……。』
『まあ、いいけど。事情は分ったわ。でも、今、メーテスの立ち上げの最中なのに、そんな事していても大丈夫なの?』
それから、アイルは、メーテスとの絡みを説明してくれた。
物理研究所を立ち上げるのにあたって、各研究室には、テーマを与えたい。
何が良いだろうかと考えていて、真空蒸着やスパッタというのは良いテーマだと思い至った。
そもそも、この世界の人は、空気という概念が無いというか、捻れていると言うか不思議な理解の仕方をしている。
私やアイルの認識とはかなりズレている。
なにしろ、水中の泡も、風の元素と水の元素は混じり合わないという説明になる。
真空というのは、空気を認識させるのに役立つと思った。
気象の説明でも、大気圧の説明に随分と苦労していた。
風は誰にでも分る。でも、その風を引き起している、空気の話になると、理解できないみたいだ。
そして空気にも重さが有ることを説明して、実験して見せても、何か誤魔化された様に思っている。
そうなると、低気圧で上昇気流が生まれて雲が出来る事なんて、一体何を言っているの?ってことになる。
そして、物理現象は、共鳴の概念がとても大事で、それの説明をするのに、再現性が良い、光学を使って説明するのは、都合が良いらしい。
写真が流行し始めているのであれば、興味を持つ人も多いだろう。
真空を作る為には、かなり精密な機械加工が必要になる。
真空ポンプは、様々な物理現象を利用している。
スパッタを作るのには、高周波を発生させなければならない。
電気の性質や、電気回路設計の練習になる。
薄膜の設計には、光の波を扱うので、三角関数を多用する。分数オンリーのこの世界で、少数の概念を教える理由にもなる。
そして複素数の有用性も示せる。
多層膜の設計は、行列計算が必要になるので、数学の基礎的な部分を教えるのに役立つ。
そんな訳で、物理学の色々な基礎を学ばせるのにかなり適しているんじゃないかと思ったらしい。
そして、ゴムが量産出来るようになったので、シール材や真空ホースにゴムが使える。真空装置を作るのに都合が良い環境になった。
「ふーん。アイルなりに色々考えてはいる訳ね。」
「なんだよ。それは?」
必要な理由は分ったので、アルミナと酸化チタンと弗化マグネシウムを作ってあげた。
なぜ、この組み合わせなのかを聞いたら、酸化チタンは屈折率が高い透明な素材で、弗化マグネシウムは屈折率の低い素材。
反射防止膜を作るには、屈折率の高い素材と低い素材を何層か組合せるのが一般的だからだそうだ。
ん?酸化チタンって、着色しているんじゃなかったっけ?
化学量論の比率が狂いやすかった様な気もする。
アイル曰く、薄膜だったら大丈夫らしい。
しかし、弗化物ですか……これ、工場で作れるかと言われると……。
ただ、酸化物で、ガラスと比べて屈折率の低いものは少ないからなぁ。
ん。使えるものは、ひょっとしたら無いかな?
屈折率が低いのは……酸化ナトリウムあたりか……。
使えないね……。
沢山使いそうだったら、私の研究所で製造方法を考えてもらえば良いか。
どうせ、弗化ナトリウムや氷晶石は、アルミニウム工場で既に作っているからね。
アイルは早速、プリズムを作っていた。一応、今回作った素材結晶は複屈折性結晶だと注意したら、ギョっとしていた。
そうだよな、プリズムの軸で、屈折率が変わっちゃうものね。
それに、酸化チタンの薄膜を作るときに酸素欠陥が多いと、多分屈折率が上るかな?作り方で屈折率変わりそうだね。
まあ、研究するべきテーマらしくて良いじゃない。




