66.関税
何人かが、「ニーケー様に」、なんて事を言いだしたら、発言の締めに、私の名前を言うのが流行り出した。
むむむむむむ。
仕方が無いので、少しだけ真面目に領主達の主張を聞いてみた。
結局、領主達の主張は、突き詰めると3つだと思う。
この会議の前半1/3ぐらいの領主の主張は、興味が無くて聞いてなかったから、他に無いとは言えないんだけど……。
ただ、主張している人達を見ると、あまり、独創的な意見は無さそうに思う。
一つは、単純に、これまでの領地運営に重要だった関税を寄越せというやつ。
理由は色々だったけど、魔物の被害がとか、川が増水したら溢れそうとか、とにかく領地経営が危機に陥いるらしい。どうにかして欲しいと訴えている。
結局のところ、既得権益を失ないたくないんだろうな。
お祖父さんにこっそり聞いてみたら、鉄道で荷を運搬する場合、これまでと同様の関税を掛ける根拠が無いんだそうだ。
これまでは、街道の整備や、街道に出てくる盗賊や魔物の排除などをしていたので、関税を掛けるのは当然の権利として行使していた。
だけど、鉄道にはそれは不要だ。
盗賊や魔物が出てきても、列車に跳ね飛ばされてお仕舞いだろう。
もう一つは、鉄道が領内に敷設された事で、領地が分断されて困っている。その迷惑料として、何がしかの金銭的援助が有ってしかるべきだってやつ。
それ、本当に困っているのか?
というより、そもそも土地は国王陛下の所有物だろ?
なんか、言う事が無くって、いちゃもん付けてるだけに見えるんだけど。
これも根拠が稀薄な主張だね。
三つめは、鉄道の運行を確保するためには、鉄道周辺の治安を維持する必要があるってやつだ。
その治安維持の費用を負担して欲しいと言っている。
誰の発案だか知らないけど、多少これなら理があるかもしれないと、領主の人達は思ったんだろうね。
後半で意見を言っている領主は、この事を言い募っている。
でもね。鉄道が通っているところは大半が辺鄙な場所だ。周りには畑や野原や森しかない。
そんな場所を、真面目に騎士達に見回らせたりするとは思えない。
そもそも、見回ったかどうかなんて、誰にも判らない。
あっ。そうか。
実施してるかどうか分らないし、検証のやりようが無いから都合が良いんだね。
ふーん。
最後のを除いて、鉄道や鉄道で運ぶ人や貨物の為になってもいないのに、鉄道が通っただけで、金を取ろうなんてのはダメだろ。
まっ、どうせ最後の主張が認められたからって、真面目に鉄道の周辺を見回ったりしないんだろうけど……。
主張を長々と述べる人が多かったので、領主達の主張を一通り聞いたところで、会議は一旦休憩になった。
国王陛下達と、別室に移動した。
「これまでと同じように関税が取れると思っていたんでしょうな。」
忌々し気に、宰相閣下が言っている。
宰相閣下は金を渡すのに反対なんだね。
「ただ、領地に還元されるものが、全く無いというのは避けた方が良いと、私は思うのだが。
鉄道を通した領地に不満が溜るのは不味かろう。」
陛下は、何か救済措置を取りたいのか……。
そう言えば、これまで関税の根拠になっていた事って、ちゃんとやっていたんだろうか?
「これまで、領地で街道の整備や盗賊や魔物の排除をしていたと聞いていたんですけど、それはちゃんとやっていたんですか?」
「商人達のそういった情報はかなりしっかりしているからな。
街道が荒れていたり、盗賊や魔物の被害があるという噂だけで、別な街道に迂回するようになる。
結果的に、商人達が寄付かなくなって、関税が取れなくなる。
そうならない為に、それなりに対応していたのではないかな。」
お祖父様が応えてくれた。
「じゃあ、これまでは、目に見える形で対応はしていたんですね?」
「そういう事になるな。」
「治安維持のために、鉄道のあたりに騎士を巡回させるなんて話、本当に実行するかどうか分りませんよね?」
「あの主張は、それなりに理があるように見えるが、実際は、実行されない案だろうな。検証のしようが無いのだから。
何か、目に見える形で、領地に協力させる事があったりしないだろうか?」
陛下から縋るような目で、こっちを見られてもなぁ。アイルの方を見ると、明後日の方を見て、完全に我関せずだ……。
うーん。目に見える形ねぇ。
鉄道を運行するのに重要な事っていうと、無事故だよな……。
事故を防止するとなると……。
あっ、良い事を思い付いた。
「今回の座り込みもそうですけど、列車が走っているときに、線路に人が入り込んだりすると、人身事故になるかもしれないんですよね。そうなると、鉄道は止まってしまいます。
あとは、鉄道を敷設した周辺の場所の除草をしないと、夏場に草木が繁茂したりして、運行に支障が出るかもしれないです。
そういった事が起こらないようにすることを、領主に依頼して、相応の協力金という形で支給したらどうかと思うんですけど。」
「それは、領地には、鉄道が安全に運行できるように対処させて、その費用を負担するという事か?」
陛下が私の案に食いついてきた。
「そうです。それで、3ヶ月とか、年間とか期間を決めて、その間、安全に運行できた領地には、謝礼金みたいなものを支払うのはどうでしょう?
もし、人身事故が起ったりしたら、お金を支払わないとか、罰金を取るとかすれば、真面目に安全を確保しようとするんじゃないですか?」
「なるほど、それなら、成果が分り易い上、支払い根拠も明確だな。
あと、除草とは何のためにするのだ?」
「鉄道って、畑とか、あまり人の居ない草原とか森の中を走っているんです。
そんな場所を放っておいたら、夏に、雑草が繁茂したり、木が生い茂ったりするんじゃないかなって思うんですよね。
そんな草や木が、運転している人の視界を妨げたり、列車の運行の邪魔をすると、危ないじゃないですか。
これも安全に運行するのに必要な事として、鉄道周辺の除草や木の撤去をしてもらうと良いと思うんです。」
「なるほど、それも、実施したかどうか、分りやすいかもしれんな。
宰相は、どう思う?」
「そうですな。それらなら、支払いの判断ができるでしょう。
今回の鉄道の事業利益は、もともと、王国とアトラス領で等分に分配する事になっていました。
安全に運行できるような協力をした領地にも利益を分配するというのが良いかもしれませんな。
最終決定は今後になりましょうが、とりあえず、王国に利益の1/3、アトラス領に利益の1/3,問題を生じさせなかった領地には、残りの利益の1/3を分けて渡したら良いかもしれません。
その領地を走っている鉄道の距離とか、周辺の人口とかで、少し色を付けますか。」
「この宰相の案は、セメル殿は、どう思われるかな?」
「アトラス領としては、それで良いと思います。」
「そうか。それでは、宰相には、その線で説明を頼む。領地の騎士が見回りするなどという、巫山戯た話を飲むよりは、全然良いだろう。
領主達も、少しは真面目に取り組んでくれるのではないか?」
それから、程なくして、打ち合わせは再開された。
宰相閣下が王国としての見解として伝えた。
「諸卿からの言い分について、陛下と吟味し、ここに居るニーケー・グラナラ特級魔導師からの助言も頂いた。
鉄道は、土地は国王陛下のもの、鉄道で使われる諸道具類は、アトラス領から貸与され、王国が運用している。
従って、これまで各領地が独自に掛けていた関税をそのまま認めることはできない。
鉄道によって、自領の産物も王国中に販売できるのだから、鉄道が王国全体の利となることは、諸卿にもご理解いただけるのではないか?
その為に重要な事は、鉄道の事業を安全かつ滞りなく実施することにある。
卿達が主張していた治安維持についてだが、それではあまりにも漠然としている。
積極的に鉄道の運行の妨げとなる事を排除し、安定した運行が実現出来るようにしていただきたい。
ただ、無償でこの様な事を、諸卿に依頼するという様なことは、王国としても不本意である。
一定期間、安全に運行する事を成し遂げられた領地には、鉄道にて運んだ人や荷より得た利益を還元することにした。
得られた利益の配分は、王国で1/3、アトラス領で1/3、諸卿の元には1/3を各領地に分割して支払うものとする。
領地毎の分配は、領地の鉄道の距離、人の多寡などを考慮して決定する。
一方で、運行を妨げる事態が出来した場合には、その領地には、罰を与えることになるだろう。
心して、安全に運行できるよう務められよ。」
「怖れながら、お聞きしたい事があります。
運行を妨げる事態とは、具体的にはどのような事になりますのでしょうか?」
「ふむ。
まずは、列車が走っているところに人が立ち入ったりしないようにすることがあるな。
人が列車に轢かれるような事態が生じれば、それは悲惨なことになるであろう。鉄道の運行も停止せざるを得ない。
あとは、領地内の鉄道は、人の寄らぬ辺鄙な場所を通っていたりするだろう。そのような場所で、雑草や木々が繁茂して、鉄道の運行に支障が出ることもあるだろう。
列車を動かしている者の視界を妨げたり、列車の運行に支障が生じてはならない。
まだ、正式な運用を開始する前であるから、他にも運行に支障を来す事あるかもしれない。
安全を妨げる事態が出来した場合には、周知の上、対応をしてもらう事になろう。」
「宰相閣下。先ほどの分配では、あまりにアトラス領の取り分が多いと感じます。再考願う事は出来ないのでしょうか?」
「それは、貴卿のところで、この事業に出資をし、運行に必要な人員を出し、道具類の修理、保全を行なってくれるという事かな?
それならば歓迎するし、配分比率も考慮するぞ。」
「……。」
それから、幾つかの質疑応答が行なわれた。
領主達も、ゴネ得狙いだったんじゃないかな。
真面目に保安対応していれば、幾許かの金を貰える様になったので、不承不承ながらも、納得したみたいだ。




