64.ロッサ橋
「でも、これ、橋ですよね。」
文官のユリアンが、私に同意を求めてきたが、私に聞かれてもそんな事は分らない。
その落ちてきた石の塊というのは、欄干もある石造りの立派な橋にしか見えない。
間違いなく、二人が作った橋だと確信はしている。しかし、橋を作るという話は聞いていなかった。
「ユリアン。悪いが、君が橋といっているものを使って、向こう岸まで行って、戻ってきてくれないか?」
「えっ。私がですか?」
そんな事言っても、私に話し掛けたのは、お前だろう。
「若いんだから、一っ走りして、戻ってきてくれ。」
渋々、ユリアンが、橋らしきものの上を走り始める。
橋と思わえるものの入口は、騎士達に固めさせて、他の者が通行できないように防いだ。
暫くして、息を切らしながら、ユリアンが戻ってきた。
「はぁ、はぁ、領主様。この確認、本当は騎士の仕事ではないですか?」
騎士にやらせるべきだったかなと、頭を過ったのだが、今更だな。
ユリアンには、話題を振ってしまった己が身の不運と思ってもらおう。
「騎士達は、ここの群集を抑える必要もあったし、我々の護衛でもあるからな。そういう訳にもいかないのだ。
それで、どうだったのだ?」
「これは、かなりしっかりした橋ですね。コンビナートに繋がっていました。
向こう岸には、蔵のようなものが沢山建っていました。」
「そうか。それならば、ここを渡って、コンビナートまで行くか。」
今回は、何人かの騎士を先行させて、橋の強度を確かめさせながら進んだ。
かなりの幅がある。荷車4台がすれ違っても大丈夫なほどだ。
我々の後ろに騎士を配置して、領民が我々より先行しないようにした。
領民達が、我々のあとを、足元を気にしながら、ゾロゾロ付いて来る。
橋を渡り終えたところには、沢山の大きな蔵が建っている。
今、ロッサにある蔵より二回りは大きい。
数にして、優にd100(=144)棟ぐらいはある。
海沿いと川沿いに並んでいる。
それぞれ、蔵と川、蔵と海の間には、荷揚げ場があって、川岸には船着場もある。
奥の方には、高い煙突がある工場が2つ見えた。そして、背の低い工場が今まさに作られていた。
みるみるうちに工場の形になっていくのだが……あれは、何なのだろう。
領民達が、建造中のコンビナートに入り込まないように、橋の出口付近を騎士達に守らせた。
私達は、今、形になったばかりの工場と思われる場所に移動した。
そこには、アイルさんとニケさんの姿があった。
「あっ、ラザルさん。いらっしゃい。今日は随分人数が多いですね。」
「アイルさん、ニケさん。作業中に、邪魔をしてしまうが申し訳ない。
領主館の者を連れてきたのだ。
あの煙突があるのは、マリムで見た火力発電所の様に思うのだが……。」
「ええ。電力が沢山要りそうだったんで、マリムに作った火力発電所を2つ作ったんです。あと、あっちにあるのが、コークス工場。それも二つ造りました。
今、作っていたのは、製紙工場ですね。」
「そうですか……。しかし、あんな複雑なものを、半日でこんなに造ったのですか……。」
「これらは、皆、既にマリムで造ったものの複製ですからね。同じものを造るのは、早いんですよ。ね。アイル。」
「まあ、全く同じものですからね。原料さえ有れば、そんなに大したことじゃないんで。」
「……。」
大したことが無いなんて事だけは絶対に無いと思うのだが……。
「まっ、それがアイルなんで、気にしないでください。
ただ、これらの工場はまだ動かせないんです。電気配線とかは、これからです。配線作業って、結構時間が掛かるものなんですよ。
そのために、ウチの騎士さん達に来てもらってます。ウチの騎士さん達は優秀なんですよ。領地に電灯を付けた頃からの熟練者です。
あっ、そうそう、試運転は、マリムの領地から来た人にやってもらいます。
ラザルさんやステアさん達は、ヤシネさんと会った事がありますよね?」
「ヤシネさん?ですか?」
「あれ?奇しいな。
ヤシネさんは、お会いしたことがあると言ってましたけど……。
あっ、ヤシネさん!子爵様達がいらっしゃいましたよ!」
ニケさんが、後ろを振り向いて、誰かに手を振っている。
ニケさんの呼び掛けに気付いた、長身の男性が、こちらに歩いてきた。
「これは、子爵様、ご無沙汰いたしています。ヤシネ・コラドエです。」
思い出した。家族写真を撮ってくれた人だ。確か工房主だった筈だが……。
「こちらこそ、ご無沙汰しています。そして、マリムでは、お世話になりました。
娘が嫁ぐときに、写真を宝物のようにして持っていきました。なんと感謝したら良いか。」
「それは、それは。喜んでもらえて、何よりです。
それで、今回、アイル様とニケ様の依頼で、このコンビナートの工場の立ち上げ試験と、ロッサ領の方に、工場の運転方法を教えるために参りました。
しばらく滞在することになりますので、宜しくお願いいたします。」
「そうだったのですか。それは心強い。是非、マリムから来られた方々は、領主館に滞在してください。マリムの様な訳には行かないでしょうが歓待させていただきます。
……あっ。」
そうだった。駅を造る為に、領主館は取り壊す予定だったのだ。
「あっ、そうそう。」
突然ニケさんが会話に割り込んできた。
「川沿いと海沿いには、ロッサの街と同じように、蔵を建てておきました。
これから、川を使って、鉄や紙の原料を運んでくることになるでしょうし。
ひょっとすると、他の荷も保管するかなぁと思って、かなり多めに建てておきました。
瀝青炭は、当面、ミネアから運んでくることになりますから、その保管場所は、コークス工場がある、あっちに造ってあります。」
そう言って、コンビナートの最奥の方向を指差した。
「それで、あそこに建てた蔵を利用すれば、今、海沿いや川沿いにある蔵の代りに使えませんか?
そうすれば、街の海側に駅が作れるんじゃないかなぁと思ったんですよ。
朝会ったときに、領主館を潰すような事を仰ってましたけど、駅は、海沿いに有ったほうが、後々領都を広げるのに、制約が無くて良いような気がします。
検討してみてくださいね。
返事は、朝、工場を造り終えるまでと言ってましたけど、明日でも明後日でも良いです。
コンビナートには、無線機が置いてあります。電気工事をしている騎士に頼んでもらえれば、それで連絡がつきますから。」
私と一緒に来ていた者達が、騒ついている。
「それで……段取りが悪くって……。
先刻、製紙工場を作っている最中に、橋が無いと、荷物を移すのに難儀するかなぁと思って、慌てて橋を作ったんですよね。
どうやら、領民の人達を驚かせちゃったみたいです。
ごめんなさい。
橋はちゃんと岩盤に支柱を通してありますから、そう簡単に壊れたりしません。
ただ、鉄道を通すとなると、荷重に耐えられないかもしれないんですよ。
ね。アイル。」
「おい。またか?
一応、あの橋は、かなり頑丈で、大勢の人が乗ったり、人や馬が荷車で荷を運んだりする程度であれば、全然問題は無いです。
ただ、列車の重量は、とんでもなく重いので、あの橋に通す訳にはいかないんです。
鉄道用には、別途橋を造ることになります。
もし、その鉄道の橋を作った後で、この橋が要らないのであれば、取り壊す事も出来ますので、それも、考えておいてください。
一応、川船であれば、下を潜れる程度には、橋脚は上げてあります。」
話し終えると、アイルさん、ニケさん、ヤシネさんは、別な工場を建てるために、移動していった。
「領主様。」
宰相が声を掛けてきた。
「これなら、領主館を潰して、駅を作らなくて良いんじゃないですか?」
「そうですよ。海岸や川岸の蔵を潰してしまえば、海の側に鉄道の駅を作れますよ。」
宰相の言葉に重ねるように、オットが話した
「商店主達に、協力してもらって、蔵の荷をこちらに移してもらえば良いんです。
それに、このコンビナートは、こんなに平な固い地面ですよ。荷運びも、今の蔵がある場所の土の地面や石畳と比べたら、随分と楽じゃないですか。
居住している街から橋を渡る必要がありますが、船は日中にしか動かせません。荷の積み卸しも日中だけです。通ってもそれほどの事は無いです。」
ディオもその案に賛成のようだ。
「でも、何でこんな簡単な事。思い付かなかったんでしょうね。」
ケッカがそんな事を言い出した。
「おいおい。このロッサ川に橋を掛けて、対岸に蔵を造るなんて事、想定外だろうが。」
「あっ。そうでした。この広い川に橋が掛けられるぐらいなら、もう、とうの昔から橋がある筈ですね。」
「それじゃぁ、オット。商店主達に協力を要請してくれないか。今晩、また説明会を開く。
あと、エルビス。騎士達に、このコンビナートを終日警備するように命じてくれ。」
エルビスとオットは、橋を渡って街に戻っていった。
この川に橋を掛ける事は、過去に何度か考えたことはある。
しかし、ロッサ川の水量は多く、橋を掛ける困難さや費用に見合う利を見出せなかったのだ。
そんなやりとりをしている間に、製紙工場がもう一つ完成していた。
今は、製紙工場で使用する素材を作る工場を建てている。
私達は呆然とその様子を見ていた。
夕刻にまだ間が有る時刻に、鉄を造る工場が出来上がった。
ニケさんが、挨拶にやってきた。
「一応、工場の設備だけは出来上がりました。あとは、配線や微調整なんですけど、それは、騎士さんや、ヤシネさん達が行ないます。
私達は、明日から、王都から鉄道を引き始めますので、今度お会いするのは、鉄道がここまで延伸してきたときになりますね。」
その後ろで、アイルさんが、警護している騎士の人達に、測量とかいうものを頼んでいた。
「ラザルさん。この騎士達が、鉄道の敷設のための測量をします。領地のあちこちに立ち入りますので、ご容赦ください。」
そう言えば、地図を見せてもらった時に、測量という言葉を聞いた事があった。
鉄道を敷設するために、地図を作るという事なのだな。
「了解した。その騎士さん達も今夜は、領主館に滞在してもらえるかな。
後で、了承を示す文書を渡すことにしよう。それが有れば領地内はどこでも立ち入ることができるようになる。」
「ありがとうございます。それじゃ、ニケ。王都に帰ろうか。」
「それでは、ラザルさん。アトラス領から来た人たちの事。よろしくお願いします。」
二人はそう言うと、小型船に乗って、去って行った。
その夜、集ってきた商店主達に、蔵の引越しの依頼をした。
明日中に、蔵にある荷を、新たにコンビナートに建った蔵に移動するように命じた。
商店主達は、皆、思いの他協力的だった。
既に、橋やその先にある蔵や工場を見ていたらしい。
昨日、私は、ロッサに鉄道が通り、コンビナートに工場が造られると説明をした。
ただ、そんなに容易に信じられる類いの話では無かっただろう。
あの時、領民からしてみれば、何だか良くわからない現象が起こって、海に壁が出来ていただけだった。
今日、巨大な船がやってきて、沢山の蔵と工場、大きな橋が目の前に出現した。
信じられなくても、信じる他無くなっていた。
コンビナートには、今、使っている蔵より二回りほど大きい蔵が沢山ある。
保管できる荷の量を大幅に増やせる。商人なりに、いろいろ期待するところがあるだろう。
あの橋の名前は、ロッサ橋と命名した。
そのロッサ橋を使って、商人達が蔵の荷物を引越ししている間に、ロッサの駅を港近くに造ってほしいと無線機でアイルさんとニケさんに伝えてもらった。
荷の引越しを終えた蔵から、順次、妻と息子に手伝ってもらって、海沿いの蔵と川沿いの蔵を全て撤去していった。撤去には、丸二日かかった。
多分、あの二人なら、一瞬で終る作業じゃないかな。
撤去が完了した夜、コンビナートに灯りが灯った。
ヤシネさんは、火力発電所の試運転だと言っている。
領都の人々には、驚きの風景だった様だ。夜遅くまで、ロッサ橋から、コンビナートを見ている沢山の人々が居た。
その翌日、王都から鉄道を引いていたアイルさんとニケさんがやってきた。
その日のうちに、ロッサとコンビナートに、沢山の引き込み線を敷設して、駅舎を建てた。
見る見る内に、それらは完成していった。
その時、ふと、昨日までかけて、蔵を撤去する必要は無かったんじゃないかと思った。
多分、蔵が建っていても、荷が置いてなければ、一瞬で、撤去してしまったかもしれない。
ニケさんが言っていた、場所を空けてくださいというのは、ひょっとすると、利用していない状態にするだけで良かったんじゃないだろうか……。
これは……妻や息子には言えないな……。
マリム大橋よりは小振りの、それでも見上げるほど大きな吊り橋も出来た。
こちらはロッサ大橋と命名した。
ロッサ橋は、便利だったので、そのまま残してもらった。
二人は、妻の領主館への誘いを固辞して、作業が終ると鉄道で王都に戻っていった。
これから、ゼオンでコンビナートの建設とゼオンまでの鉄道を敷設しなければならないのだそうだ。
長らく続いていたロッサに纏わる話はここまでです(少しだけ、次話でも出てきますが……)。話は王都を経てアトラス領に移っていきます。
ロッサ線とゼオン線を加えたアトラス鉄道全線の路線図と駅名を、「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep18に載せました。
アトラス線の駅名は隣接領地名から採ったものもあります。ガリア線、ロッサ線の駅名の大半は通過する領地名です。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/18/




