61.防波堤
「そうすると、ロッサに、アトラス領でみたコンビナートが出来て、王都からそのコンビナートまで、鉄道が敷設されるのですか?」
なんとか、頭を整理しながら、妻に今日あった事を説明し終えた。
妻は怪訝そうにしながらも、理解した様だ。
「そうなんだ。どんな裁定が下るのかと思っていたのだが、そういう事になった。
これまで行なっていた陳情は、全く上には伝わっていなかったらしい。
何とも残念な事だが、結果的には、そのお陰で、急遽、鉄道が通り、コンビナートが出来ることになった。
多分、良かったのかも知れない。」
「そんな事ってあるんですね……。」
一通り説明をしたのだが、妻には信じられない様だ。
そうだろう。直接、陛下や宰相閣下から聞いた私も、まだ信じられない。
「それと言うのも、アイルさんとニケさんのお陰だ。」
妻は、アイルさんとニケさんに向って、貴族の礼の動作をした。
「アイテール様、ニーケー様、ありがとうございます。」
妻は、私の方に向き直って
「それにしても、貴方は、アイテール様とニーケー様に、随分と気安くなっていますね。」
私を責めるように言い始めた。
「それは……ここに来るまでに、色々と話をさせてもらったから……。」
「ステファニーア・ロッサ夫人。ボクとニケの事を、貴族の方から様を付けて呼ばれるがは気不味いので、呼び捨てにしてくださいとお願いしたんです。
ご夫人にも、そうして頂けたら良いのですが……。」
「あら。そうなの。嬉しいわ。これから、仲良くしてくださいね。そうしたら、アイルさんとニケさんとお呼びします。私の事もステアと呼んでくださいね。」
「それで、私は、これから、アイルさんとニケさんに、コンビナートの予定地を案内しなきゃならない。詳しくは、戻ってきてからで良いかな?」
「でも、もうお昼ですから、食事をされてからにしては?」
「アイルさん、ニケさん。アトラス領の食事の様には行かないが、昼食はどうだうだろうか?」
「多分、騎士さん達の分も含めて、準備してきていると思うんですよ……。」
「そうね。沢山持ってきたはずなの。」
聞くと、肉パンを大量に船で運んできたのだそうだ。
逆に、奥様達もご一緒に如何ですかと聞かれてしまった。
「あら、それじゃ、工場を作るところを見せていただけるかしら。」
結局、息子のムザル、娘のステシイも付いて行くことになった。
再度、小型船に乗り込み、ロッサ川の南側に向う。
速い船足に、妻も子供達も驚いていた。
移動の最中に、風が強くて、波が高い時には、どのぐらいの高さの波になるのかを聞かれた。
嵐の時に、人の背丈の4倍ぐらいになるのを見たことがあった。
潮の満ち引きで、どのぐらい海面が上るのかも聞かれた。
人の背丈ぐらいだと応えた。
ロッサ川の南側の浜の付近に小型船が着いた。
ロッサ川の河口付近には、橋が無い。
そのため、ロッサの街は、川の北側に広がっていて、南側は、何も無い浜が続いている。
かなり南には、入江になっている場所がある。漁師達はそこで暮している。
アイルさんは、船に乗っている道具をしきりに見ながら、紙に何かを書いている。小型船は、アイルさんの指示で、浜を何度か往復した。
「アイルさん。これは、何をしているのですか?」
アイルさんの手が止まったところで、質問をしてみた。
「あっ、これですか?これは、このあたりの水深を調べていたんです。水深については、おおよそ解りました。河口に近いところは、かなり水深が浅いですね。それで、こんな具合にしようと思っているんですけど、どうでしょうか?」
そう言うと、浜と川の図を描いてくれた。
川の水が海に合流しているあたりから、海に向けて線が引かれていて、それが途中で南に曲っている。
そして、かなり南の辺りにも海に向って線が描いてある。こっちは、途中から北に向って曲っている。
「これは、防波堤と言って、硬い石で出来たものです。これで、川から流れてきた砂が港に入るのを防ぐとともに、嵐で波が高い時に、港の波を防いでくれます。
二つの防波堤で囲まれた場所を浚渫して、水深を深くします。
そうすれば、大型の船が停泊することができるようになるんです。」
何となく何をするのかは分ったのだが……。意見を言う根拠はどこにもないので、ただ頷いていた。
それより、こんなものをどうやって作るのだろう。
「じゃあ、こんな感じで作っちゃいますね。じゃあ、ニケお願い。シリコンとアルミを海底からとりだして、酸化しちゃおうか。」
「いいよ。それで、どの範囲でやるの?」
「あそこに見える河口から、あっちに見えている松林あたりまでかな。」
「ふーん。分った。」
ニケさんが返事をすると、はるか彼方の渚あたりの海が、突然泡立った。
そして、黒い粉の様なものが空中に浮んだと思ったら、それがみるみる白くなっていく。
まわりは、霧のようなものが立ち籠めて風が逆巻いている。
白い粉のようなものが、河口のあたりに積み上がっていって、海に向って高い壁になって伸びていった。
妻と子供達は、目を見開いている。息子は口まで開けていた。
「ニケ。もう良いよ。」
アイルさんが、合図した途端に、海の泡立ちが収まった。
どうやったのか、全く分らなかったのだが、先程描かれていた防波堤というものが出来上がっていた。
「それじゃ、南に移動してもらえますか?」
小型船を操縦している騎士にアイルさんが声を掛けると、船は海岸沿いを南に移動する。
「このあたりかな?船を停めてください。」
先程防波堤を作っていた場所より、かなり南に移動した。高い壁の様だったものが遥か遠くに見える。
「じゃあ、またニケお願い。今度は、あの岩のあるあたりから、先刻の松林ぐらいまでかな。」
また同じ様に、波打ち際の海が泡立って、白い壁が海に向って延びていく。
防波堤と言っていたものが、小型船を囲うようになった。
それまで、波に揺れていた船は、ほとんど揺れなくなった。
海が凪いだように波が小さくなった。
遠くの沖にある壁のところでは、波飛沫が上っている。
なるほど。防波堤というのは、本当に波を防いでいるんだ。
その後、小型船を北側の防波堤の脇に停泊させた。
船の甲板よりも、防波堤は高かったので、アイルさんが、階段を作った。
船から降りて、防波堤の上に移動した。
「じゃあ、お昼にしましょうか。」
ニケさんの言葉で、二人の侍女さん達は、船から、食事を防波堤の上に運んできた。
騎士達が、組立式のテーブルと椅子を小型船の船倉から防波堤の上まで運んだ。
防波堤の上は、かなり広かった。ロッサの街の大通りの何倍か広い。
その真ん中にテーブルが置かれ、その上に肉パンと飲み物が並んだ。
テーブルに着いて、食事になったのだが、周りは不思議な光景だった。
海の中に、真っ直ぐに延びる白く平坦な道のようなもの。
遥か彼方で、それが南に曲っていて、その先では時々波飛沫が上っている。
「それにしても凄い魔法ですね……魔法だったんですよね?」
妻が食事をしながら、アイルさんとニケさんに問い掛けている。
「ええ。魔法です。ニケが分離の魔法で、海底の砂や石から必要なものを取り出して、ボクが、変形の魔法でそれを固めたんです。」
「ステアさんも、魔法を使うんですよね?」
「ええ。主人の手伝いで、土魔法を使いますけど……変形の魔法って、普通の土魔法とは全然違いますね。私達は精々土を固めてごつごつした岩にするぐらいで。
最初からこんな形にする事など出来ませんわ。」
「これ、王国立メーテスで教えようと思っているんですけど、魔法使いの人が入学してくれるかどうか。聞いたところでは、入学の申請をした人達は、文官志望の人が殆どで、魔法使いの人は居ないらしいんですよ。」
それから、二人は、妻と王国立メーテスの話を始めた。教えるつもりの内容は、工場で使っている様々な技術も含まれる様だ。
やはり、息子を入学させるのが良いかもしれない。
しかし、息子は魔法使いだが……何故、魔法使いの応募が無いのだろう。
「何故、魔法使いが入学を希望していないのだろう?」
妻と二人が話しているのに割り込んで、質問をしてみた。
「多分ですけど、魔法が使える人って、領主候補だったり、領主の奥さん候補だったりするからだと思うんですよね。成人でそういった人って、領地の事を学ぶ方が優先されるんじゃないかと思います。」
「ウチの息子を、その王国立メーテスに入れたいのだが、まだ応募はしているのだろうか?」
「まだ、応募を受け付けていた筈ですね。確か今年一杯は願書を受け付けて、開校は来年2月を予定しています。」
「あら、貴方。ムザルは、領地の事を学ばせるんじゃなかったのですか?」
「その予定だったのだが、これから、この領地がどうなるか分らないだろう。
ここに工場が建って、鉄道が通って、これまでの領地の運営の仕方とは大きく変わっていく。
多分、何年も試行錯誤が続くだろう。
それを経験させても良いのだが、それよりは、今後の領地に役に立つ知識を学んでもらったほうが良いと思うのだ。
何しろ、マリムを訪問したときに、分らない事だらけだったじゃないか。」
「そうですね。知らない事、分らない事だらけでしたね。」
「まあ、今すぐ決めなくても良いのだが、私は、ムザルに新しい事を学んで欲しいと思っている。」
「ボクは、来年、マリムに行くことになるの?」
「まあ、できればそうしてくれ。」
「……。」
息子のムザルは、何やら考え込んでいる。
何を考えているのやら。




