60.叱責
「ロッサ子爵。今回の件、本当に申し訳なかった。
本来なら、周辺の領地に相談をしてから、実施すべきだったのだ。しかし、隣国への対応もあって、鉄道の敷設を急いだ私の所為だ。
その上、陳情を受けていながら、握り潰すという所業をした文官の所為でもある。
その文官は、鉄道や自走船という、これまで無かったものを扱うことで増長していた様だ。」
再度、陛下が私に謝罪なさった。
「いえ。謝罪など、勿体無いことでございます。
それより、我が領の商人を釈放していただき、ありがとうございました。」
「いや。悪かったのは王宮側であるからな。
それに、ニケさんには、鉄道の開通式典の後で、叱られてしまった。
相談していれば、他の対応も有ったとも言われた。」
「はははは。ニケは豪気よな。その歳で、陛下を叱り飛ばすのだからな。」
何時も無表情の近衛騎士団長殿が笑っている。
「そうなのだ。その上、理は、ニケさんに有るので、言い逃れも出来ずであった。
アイルくんは、大変だな。本当に婚約しても良かったのか?」
「えっ?それは……昔からそうでしたから、別に、普通ですよ。」
目の前に繰り広げられる遣り取りは、とても国王陛下を交えたものでは無かった。
その様子に驚いて呆然としていたら、宰相閣下に声を掛けられた。
「ロッサ子爵殿。良いかな?」
「はい。宰相閣下。」
「今日、他に集った者が居ないことに気付いていたかな?」
「ええ。随分と不思議に思っていたのですが……。」
「今回の裁定の折、他の領地領主達を立会わせなかったのは、コンビナートの建造について、相談しなければならなかったからだ。
こういう話は、他領の者が聞くと、あれこれ面倒な事を言い出しかねないのでな。」
「そういう事だったのですか。」
「それで、これからの事について、相談をしたいのだが?」
「はい。相談というのはどういった事でしょうか?
突然の事で、何が何やら分りかねていますが。」
「はっはっはっ。
実は、私も同じだ。この件は、三日前に突然決まった事だ。
なに、子爵殿には、コンビナートを建設する場所と鉄道を通す場所だけ決めてもらえれば良い。
その場所に、コンビナートを建造し、アイルとニケが鉄道の敷設をするのだそうだ。」
「場所……ですか。」
突然場所と言われても、どう考えたら良いのだ?
思い悩んでいたら、宰相閣下は、アイル様達に話し掛けられた。
「そうそう、アイルとニケ。私のところと、ロッサ子爵のところ、先にどちらに取り掛かるのだ?」
「お祖父様のところは、コンビナートの設置場所は決まったのですか?」
「いや。まだ、少し調整が必要だ。なにしろ、川が二つあるのでな。一応候補は幾つかあるのだが、最終決定には至っていない。」
「そうなんですね。
えーと、ロッサ子爵様は、アトラス領にあるコンビナートと海沿いのコンビナートはご覧になったんですよね?
川の近くで、海沿いのコンビナートのような場所が必要なのですが、対応出来そうな場所はありますか?」
そう問われて、アトラス領にあった海沿いのコンビナートを思い描いた。
なるほど、あれほどの広さの土地が必要になるのか。
あの面積だと、街の側という訳には行かないだろう。
川の北側の街がある場所の海沿いには、倉庫が並んでいる。
川の南側の海沿いは、何にも使っていないので、広大な場所がある。
「ロッサの街からは、川を渡ったところになりますが、ロッサ川の南の海岸に広い面積を取れる場所があります。その場所を候補にしたいのですが?」
「良さそうな場所があるのですね?
それじゃ、その場所を見せてもらっても良いですか?
じゃあ、お祖父様、その場所が良さそうだったら、先にロッサの方を片付けてから、ゼオンでも良いですか?」
「ああ。それは構わないが、どうやって、ロッサまで行くんだ?」
「実は、三日前に、小型船をこちらに向わせていましたので、もう王都に着いています。それに乗って行こうと思っています。」
「そうか。あの船か、それならばロッサまで、1時(=2時間)ほどで着くか。」
「あと、素材が何も無いと工場なんて作れませんから、一緒に、必要になりそうな物と作業をしてくれる人を鉱石運搬船に積み込んで移動を依頼してあります。
今、鉱石運搬船はこちらに向けて移動中なんですよ。
多分、今日か明日、ガラリア湾に来るので、実際の作業は、その船が着いてからでしょうね。」
「アイル。まず、埠頭を造っとかなきゃならないから、今日の内に、埠頭と工場の土台を造っちゃえば?」
「そうか。それなら防波堤も……」
アイル様とニケ様は、二人で話をしている……。
あっという間に、出来上がってしまうような事を言っているのだが……。
二人の話し合いが終ったのか、ニケ様が陛下の方を向いた。
「それじゃ。これから、私達、ロッサで作業しますね。
ロッサ子爵には案内をしてもらわないとならないんですけど。
陛下と宰相閣下から、ロッサ子爵様への用事は、まだ何かあります?」
「いや、今日のところは無いな。一通り終ったところで、今後の事は話したいと思うのだが……。」
窺うような目で、陛下が応えた。
「はい、じゃあ、来週か、再来週にですね。進捗は無線機でお伝えします。」
「今日は、二人はどうするのだ?」
近衛騎士団長殿がニケ様に聞いた。
「えっと。今日のところは工場は作れないと思うんですよね。
多分、防波堤や埠頭、コンビナート用地を作ったら、お祖父様のところに帰ると思います。」
「そうか。それでは、今日も夕食を作ってもらう様に頼んでおこう。
明日からは、ロッサか?」
「ええ。でも、もう慣れたんで、多分1日で終るかも?
どう思う?アイル?」
「まず、原料が届いたかどうか確認してからだな。」
「あっ。そうね。それ次第だわ。」
「まぁ。良い。では、夕食までには帰ってきなさい。」
「はい。分りました。」
ニケ様は、ロッサ領で、埠頭と工場用地を造って、王都のサンドル家に戻るつもりらしい……。
やりとりを聞いていると、近所に遊びに行くような雰囲気だ……。
その後、時を置かず、陛下や宰相閣下、近衛騎士団長と分れ、王宮の式典館を出た。
外には、馬車が待っていた。
d20(=24)人ほどの騎士が居る。
馬車に乗り込んだ。馬車の中は、私とアイル様とニケ様、そして二人のお付きと思われる侍女2人の5人だ。
乗り込むと直ぐに馬車は走り始めた。
「子爵様は、大変だったでしょ?」
馬車が走り始めてすぐに、隣に座っていたニケ様が声を掛けてきた。
大変だったのは、今日の出来事だ。あとは、普通に陳情していたり、領内の商人とやりとりをしていただけだ。
中々上手く行かなかったけれど、それは普通の仕事だ。大変と言うほどの事はないな。
「今日がどうなるのか、気が気でなかったですね。」
「あら?でも何度も陳情のために、マリムにいらしてましたよね?」
「アイル様とニケ様のお陰で、船の旅は快適でしたし、マリムの街も快適でした。
あの快適さをロッサでも実現したいと思っていたのですが、これからのロッサの事を考えると、実施出来なかったのがちょっと残念でしたかな。」
「えーと。子爵様。私達より大分目上の貴族の方に、様を付けて呼ばれるのは……ちょっと抵抗があります。呼び捨てにしてくださいませんか?」
「そうそう。ボクの事も呼び捨てでお願いします。」
「いや。お二人は、特級魔法使いであることですし、様を付けても何ら不思議では無いと思いますが。」
「いいえ。魔法が使えるだけで敬われるとかは無いですから。魔法なんて、そもそも生まれ付きの個性みたいなものです。」
「そうだね。別に魔法は使えた方が良いけど、それだけだから。」
「不思議な考え方をするのですね……それでは「さん」を付けて呼ばせてください。私の事も、ラザルで結構ですので。」
ロッサに着くまで、お二人と様々な話をした。
様々な産物を生み出した事。
色々な料理の話。目玉焼きは、やはりニケさんが命名したそうだ。
そして、様々な施策を実施した経緯などだ。
魔法の事、アトラス領に今度作られる王国立メーテスでは、本格的に魔法についても研究するということだ。
そう言えば、神々の知識と呼ばれている二人の知識を教える学校が出来ると聞いていた。
我が領地に、工場が出来るのなら、息子に学ばせても良いかもしれないと思った。
王都の港には、小型船と言っていたd40人ほどが乗れる船が停泊していた。
帆船だと、中型の船ぐらいの大きさだろう。
その船に乗って移動すると、本当に1時(=2時間)も掛らずに、ロッサに着いた。
二人は、コンビナートを造る場所を見たいと言ったのだが、私が頼み込んで、心配している妻に、無事を伝えたいと言うと、了承してくれた。
二人を伴って、領主館に戻った。
私が戻ると、妻は穏かに微笑んで、
「お早いお帰りでしたね……」
とだけ言った。
目が潤んでいて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
随分と心配を掛けてしまった様だ。
妻にアイルさんとニケさんの二人を紹介すると、今度は、物凄く吃驚していた。
そして、王宮で、陛下や宰相閣下に提案されたことを伝えた。




