5W.裁定
王都の鉄道が開通した。
開通式典の二日後に、陛下から王宮に出頭するようにと連絡が入った。
私達は、領主館に軟禁状態であったため、鉄道の開通式典には参加していない。
陛下から、どんな裁定が下されるのだろうか。
罰金であれば、何とかなるかも知れない。
今後はともかく、今はまだ金はある。
しかし、以前、アイテール様やニーケー様を害そうとした領主は、族滅の憂き目に遭っている。
重い罪に問われる可能性もある。
私の身一つで贖えるのであれば……。
いや、娘の婚姻先の事もある。何としてもロッサ家を守らなければ。
「貴方。王宮から呼び出しを受けたと聞きました。」
妻が心配して、私の元にやってきた。
「陛下から直々の呼び出しだ。」
「大丈夫でしょうか?」
「そうだな。大丈夫だと思いたいが、クラトス達が、鉄道の敷設を邪魔するような事をしたらしい。
私は、関わっていないが、我が領民が為出来したことだ。
何事も無しという訳には行かないだろう。」
「心配です。」
「館を囲んでいた騎士も、私と一緒に王宮に戻るそうだ。
私の身一つで、軟禁状態は解ける様だから、それほど心配する事は無いだろう。」
「でも、貴方がどうなるのか……。」
「そう、心配をするな。多分大丈夫だよ。
ただ、万が一のことはある。私がどうなろうとも、ムザルとステシイの事を頼んだぞ。」
それから私は、領主館を囲んでいた騎士達に同行して、王都へ移動した。
帆船で移動したので、王都に着いたのは、翌日の朝だった。
王宮では、騎士に導かれて、玉座の間に入った。
とても広い玉座の間の、遥か前方に、警備の騎士達何人かと、跪かされていたクラトス、エミリオ、ロニエの三人が居た。
その三人の居る場所に近づく。
私に気付いた三人が、顔を歪めて、
「領主様、申し分けないです。」
「ちょっと遣り過ぎたみたいです。」
「オレ達、どうなっちまうんでしょう?」
と話し掛けてきた。
三人は、抑えていた騎士に、「こら。話をするではない。」と叱り付けられる。
私は、三人の前に進み、玉座の正面に跪いた。
それから程なく、宰相閣下、国王陛下、近衛騎士団長、そして、アイテール様とニーケー様が一段高い玉座が置かれている舞台に現われた。
通常、領地貴族に裁定を下す場合には、高位の領地貴族が立ち会う。
この広い部屋の何処にも、侯爵閣下とか、伯爵閣下は居ない。
警備のために居る騎士の他は、今、お出ましになられた5名だけだ。
何となく違和感がある。
まともな裁定が下されるのだろうか。
陛下が、玉座にお着きになったところで、宰相閣下が巻紙を取り出して広げた。
宰相閣下は、良く通る声で、罪状について述べられた。
「ロッサ領にて、商いをしている、クラトス・ポムパ、エミリオ・ヌッチ、ロニエ・ベーラ。その方等、三名は、海賊に身を窶した知人に依頼して、王都の浮浪者を金で雇い、鉄道の敷設を妨害するべく、座り込みをさせたこと。相違無いか?」
「はい。」「相違ありません。」「申し訳ないこってす。」
三人から確認が得られたところで、陛下が直接話をされた。
「その方ら三人。王国が計画して実施した鉄道の敷設工事を妨害するとは、不届きである。その罪に応じた罰金を支払ってもらう。
それぞれ、d200ガリオン(=288万円)だ。」
私の後ろの3人から、息を吐く音がした。
この三人は、最悪処刑されるんじゃないかと思っていたのだろう。
そもそも、そんな思いをするぐらいなら、罪になるような事をしなければ良かったのだ。
「そして、ロッサ子爵。」
「はっ。」
陛下の声に、私は、頭を下げた。
「領地の者たちへの監督責任があろう。管理不行き届きと言える。」
ドン。
玉座のある辺りから音が聞こえた。
思わず、顔を上げて、陛下の方を見る。
玉座に居る陛下が、ニーケー様の方を見ている。
ニーケー様は、眉間に皺を寄せて、陛下を見ているのだが……睨んでいる……のか?
睨んで居る様に見える。
何があったのだ?
「いや、ニケさん。まだ話を終えていないのだが……。」
「陛下。王宮の文官が悪いんじゃないですか。それを管理不行届きなどと……。」
「いや。だから、まだ話には続きがあるのだ……。」
咳払いの音が聞こえた。
これは、宰相閣下の様だ。
なぜか、何時も真面目な顔をしている近衛騎士団長殿が苦笑いをしている。
「あー。今回の件。子爵から度々の陳情が有ったと聞いた。
その3人も、陳情を取り合ってもらえなかったために、困っていた子爵への義憤から行なわれた事だとも聞いている。
しかし、行なった事は、重大な罪だ。
子爵に相談無く行なったらしいな。
子爵もそのようなことをさせない様にしっかりと、手綱を握っているべきであ」
ドン
ニーケー様が床を蹴っていた。先程も床を蹴ったのか?
また、陛下が、ニーケー様の方を見ている。
ニーケー様は、陛下を睨んでいる。
「分った。分った。」
ニーケー様を見ていた陛下が、こちらに向き直った。
「あー。その。何だ。いろいろ有った訳だが、子爵が行なった陳情は、その担当者の上司にすら伝わっていなかった。
そもそもの原因は、そこに有ったのだ。
これは、王宮の罪だ。その担当者は公職を剥奪した上で、罰金刑としたのだが、資産が無いという事で、経済奴隷に処した。
ロッサ子爵。
申し訳なかった。
その上、1ヶ月近く軟禁状態にして、不自由をさせた。
謝罪として、d600ガリオンを(=864万円)を子爵に下げ渡す。
これで、どうか許して欲しい。」
陛下が、謝罪をされた?
「ロッサ子爵。領主思いの良い領民を持ったな。十分に労ってやれ。」
私への謝罪の金額が、3人の罰金の総額と同じなのは……そういう事か。
「陛下。お願いがあります。」
「何かな?」
「私に下げ渡されるd600ガリオンは、この後ろに控えている3名の罰金に充てていただきたいと思います。」
後ろから、「領主様!」、「そんな!」という声が聞こえてきた。
「そうか……その金は、子爵に渡すものだ。何に使うかは、子爵の思う様にしたら良い。」
「ありがとうございます。それでは、そのようにお願いいたします。」
「それでは、その3名は、釈放だ。」
後ろを見ると、クラトス、エミリオ、ロニエの三人が、騎士に従って、部屋を出て行くのが見えた。
三人は、泣いていた。
オイオイ。海の漢が簡単に泣くなよ。
それにしても、良かった。許されたので、ロッサ家は存続できる。
しかし……ロッサ領は、大変だな……これから。
「それでは、宰相。伝えてくれ。」
「ロッサ子爵。
王都からロッサ、王都からゼオンへの鉄道の延伸計画がある。
それは、ここに居る、アイルとニケからの提案だ。
大きな川の河口は、コンビナートを作るのに適しているのだそうだ。
王都の周辺では、ロッサ領、ゼオン領が該当する。
ロッサとゼオンにコンビナートを新たに造り、その場所と王都を鉄道で結ぶことになった。
火力発電所とコークス工場、電気で鉄を作る工場、製紙工場をそのコンビナートに造る。」
えっ?
宰相閣下は、今、何を言ったのだ……。
「それは……。
ロッサ領に、アトラス領の海沿いのコンビナートやコンビナートにある、火力発電所や、コークス工場、製紙工場を、ロッサにも造るという事ですか?」
「ああ、その通りだ。あと、電気で鉄を作る工場だな。」
電気で鉄を作る工場?
それは見た事が無い。鉄は、木炭を使って作るのでは無かったのか?
「鉄というものは、木炭ではなく、電気でも作る事が出来るのですか?」
「最近ニケが海沿いのコンビナートに電気を使って鉄を作る工場を造った。それと同じものを、ロッサとゼオンにも造ってくれるのだそうだ。」
「そうですか……。しかし、また、何故でしょうか?」
「今、鉄や紙は、アトラス領でのみ作っているのは知っているだろう?
アトラス領では、今、鉄の増産をしているのだが、如何せん、鉄の増産に見合う鉄を加工する者が少ない。
なにしろ、マリムの周辺には、街が無いのだ。
一方で、ゼオンとロッサを含めて、王都とその周辺の男爵領を合わせると、マリムの4倍以上の人口がある。
つまり、鉄を加工する者をマリムより増やす事が出来る。
それであれば、マリムから鉄を運ぶより、近くに鉄を作る工場が有ったほうが良いらしい……ニケ。これで合っているのかな?」
「ええ。宰相閣下。合っています。あっ。ロッサ子爵様、初めまして。ニーケー・グラナラです。ニケとお呼びください。
ほら、アイル挨拶して。」
「あっ。初めまして。アイテール・アトラスです。ボクの事は、アイルとお呼びください。」
「アイル様、ニケ様。初めまして。ラザル・ロッサです。」
「ロッサ子爵様は、何度もアトラス領の領主館にいらっしゃったそうですね。
何時も不在していて、御会いできず申し訳ありませんでした。」
「いえ。そんな事はありません。それより、私が訪問したことを良く御存じですね。」
「それは……。ね。アイル。」
「オイ、その説明は、こっちかよ。
実は、最近教えてもらったんです。
アトラス領で行っている施策のことを聞いてきた領地貴族の方は、ロッサ子爵様だけでしたので、両親も良く憶えていた様です。」
「そうだったんですか。」
「えーと。それで、今回、王都まで鉄道を引いたのは、陛下や騎士団長のお祖父様が、鉄の武具が欲しかったかららしいんですよね。
事前に、そう言ってくれれば、良かったんですけど。
まあ、アトラス領の生産品は、鉄だけじゃないから、鉄道が有った方が良いのは良いんですけど……。
ロッサ子爵様の領地は、鉄道の所為で、大変な事になるというのに、全然考慮してなかったみたいです。
申し訳ありませんでした。」
「いえいえ。隣の国の噂も聞いておりますので、致し方ない事だと思っています。」
「そうなんですね。ご理解いただき、ありがとうございます。
実は、マリムで鉄を増産できるようにしたんですけど、今度は、加工するのが追い付かなくなってしまったんです。
マリムには、鉄鍛冶師は沢山居るんですけど、これ以上、加工の手を増やすのは難しくて。
王都周辺なら、鍛冶師も沢山居るでしょうし、鉄の需要が増えれば、鉄鍛冶師をしてくれる人の調達も楽でしょうから。
王都で、鉄を大量に使うんだったら、近くに鉄を作る場所が有った方が、絶対に良いんですよ。
鉄なんて重いものを、遠いアトラス領から、コークスを使って運ぶなんて、燃料の無駄でしかありませんからね。
鉄を作る原料の鉄鉱石は、色々な場所で採れるので、その場所から川を使って運べば良いんです。
石炭だけは、アトラス山脈以外にあるのか分らないので、アトラス領から運び込みますが、近くで採掘できるようになったら、そこから運び込んでも良いですしね。
そんな訳で、鉄が必要なら、マリムから王都まで、鉄道を引くんじゃなくって、最初から、川の河口近くの海岸に工場を建てれば良かったんです。」
「河口の海岸は、そんな地の利があるのですか?」
「ええ。そうです。原料を運び込みやすいというのの他に、特に、火力発電所は、大量に冷却するための水が必要です。海の水を使えるのは、利点なんです。」
なるほど。それで、火力発電所が海沿いのコンビナートにあったのか……。
「それで、ロッサ子爵に問うが、この計画を受け入れるか?」
宰相閣下が苦笑いしながら聞いた。
突然の事で、何が何やら分らないのだが……。
これは受けるしか無いだろうな。
何しろ、ロッサは荷の集積地という以外にこれと言って何も無いのだ。
何もせずに領地を存続させることは困難だ。
「はっ。慎んでお受けいたします。」
「そうか。それは良かった。詳細の説明をするには、ここは、少し広すぎる。別室に移動するので、付いて来てもらえるか?」
それから、私と陛下達は別室に移った。部屋には、陛下、宰相閣下、近衛騎士団長、アイル様とニケ様だけだ。
護衛の騎士は、扉の外に移動した。




