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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり 1
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1N.赤い顔料

今日は、朝から、ソロバンを作ってもらう商人のボロス・エクゴさんと職人のルキトさんと会った。

エクゴさんは名字があるのに、ルキトさんは名前だけ?


不思議に思って、ウィリッテさんに聞いたら、平民は普通は名前だけしかない。エクゴさんは、本当はボロスさんで、商店の名前がエクゴなので、便宜的に名字のような使いかたをしている。


屋号みたいなものかな。


名字があるのは、貴族か、準貴族だけだって。

カイロスさんの家も、領地の宰相をしているので、準貴族の騎士爵で貴族の範疇だ。

そういえば、ウチも騎士爵だったなと思い出した。


ルキトさんに、木工の方法を色々聞いた。木を切るのも、加工するのも石器を使っている。

石を割って、刃になりそうなところを研磨して刃物にする。

青銅の工具もあるが、割れたり刃が欠けたりするので、細かな細工以外では使わない。


うーん。古代文明だねぇ。


そんな訳で、穴を開けるのが凄く難しい。

青銅のきりのようなもので穴を空ける。その後、その穴を広げる。丸く細い綺麗な穴なんてどうやって作ったら良いか皆目分らない。

なんとか出来たとしても、歩留まりが悪すぎて現実的じゃない。


そういえば、地球で古いソロバンを見た記憶がある。輪投げの輪みたいなのが桁にくっついていたような気がする。

それでさえも、鉄があってのことなのだろう。加工するための道具が無さすぎる。


硬い木についても聞いた。木目が詰っていて硬い木はある。ただ、良い工具が無いため、加工はとても難しい。

たまに貴族や大商店から、丈夫なテーブルとして注文を受ける。

削るだけで、とても時間がかかる。

それを使って、桁を作ってほしいと言うと、目を剥いていたから、相当厄介なのだろう。


アイルには、加工するためのプランはあるらしい。でも、鉄が無いとそのプランも実行できない。


この世界で誰か鉄を発明してくれていれば良かったのに。なんで青銅器文明なんだよ。


まあ、青銅器があれば、鍋、釜、包丁、そういった物が作れなくは無い。鉄を作ろうと思ったら、青銅を鎔かすより遥かに高い温度の炉が必要になる。

高温で加工する技術がなければどうにもならない。

そんな面倒なことをする人が現われなかっただけなんだろうな。


ヒッタイト人は凄いね。そして、一旦鉄が発明されたら、あとは世界中に広がっていったんだろうな。


なんて事はどうでも良いか。どうにかして鉄を作らなければ。


地球に居たときも、恭平に言われて、高純度鉄を作った。

あれは大変だった。

この世界では何もないところから鉄を作るのかぁ。

そもそも、この世界に転生した原因も、元はといえば鉄のせいかもしれない。


鉄か。全てが鉄なのかぁ。


嘆いていても始まらない。


色々職人さんから話を聞いたあと、午後からは、ウィリッテさんにお願いして工具を作るための時間をもらったよ。

あれだけソロバンで盛り上がっていたから快諾してもらえた。


さて、どうやって鉄を作ろうか。

アイルに言わせると、純鉄ではなく鋼が欲しい。

それはそうだろう。純鉄は、作ってみて判ったがけっこう柔らかい。

まあ、炭素を混ぜれば良いので、鋼自体はできるだろう。


ただ、アイルの魔法で、鉄と炭素が分離しなければ良いのだけれど。


鉄を作ろうと思ったら、まずは、鉄を含む酸化物を探さないとならない。

多分、この世界でも鉄は酸化物で存在しているはずだ。

鉄は酸化数がいろいろあって、いろいろな鉱石がある。それらのうち、この世界で知られているものがあるかどうかだな。


ひとつは、砂鉄だ。砂に永久磁石を突っ込むとくっついてくる、例の黒い粉、四酸化三鉄だ。

集めようと思ったら、永久磁石があれば簡単って。


永久磁石がこの世界にあるんか?


これまで分離した、シリコンもアルミニウムも、そこらへんに転がっている青銅も磁性体じゃないから、磁石にならない。


鉄があれば簡単に磁石が作れるって?


結局堂々巡りしている。


倉庫にある砂から少しは取れるだろうけれど、本当に微々たる量だ。

あとは、浜辺に行って、大規模魔法で集めるとか。

アイルが言ってたけど、本当に大騒ぎになるだろう。


あとは、三酸化二鉄だろう。普通に鉄サビだ。赤い色をしていて、日本ではベンガラという赤い顔料として使われていたはず。


この世界にもあるかな。


ウィリッテさんや侍女の人達に、赤い顔料が欲しいと言ってみた。カイロスさんは知らないらしい。まあ、期待していなかったから良いけど。


赤の顔料は何種類かあるらしいので、それらを全種類、一袋ずつ入手して欲しいと頼んだところで、昼の鐘が鳴った。午後に、倉庫に持ってきて欲しいと頼んだら了承してもらえた。


アイルと昼食の時に話をした。


『アイルは鋼が欲しいのよね。』


『そうだね。純鉄に、微量の炭素を混ぜれば、鋼になるんじゃなかったっけ。』


『それはそうなんだけど、混合物って、変形の魔法を使うとどうなるんだろう。

魔法で作ったものは、高温で溶けた鉄が固まるのとは違うかもしれないのよ。

室温の純鉄は体心立方格子の結晶構造。

高温で鉄と炭素が溶けたものは、面心立方格子で結晶の形が違っているの。

体心立方格子のままの鉄だと、炭素が上手く溶け込まないかもしれないわ。』


『えーと。これまで加工していたのって、単一の物質だった?』


『アルミーシリコン共晶体以外は、みんな単一物質だったね。』


『そういえば、最初に砂だけを固めようと思ったときには、捏ねているうちに、だんだん塊ができてきていたな。』


『先に、分離の魔法で、炭素を溶け込ませて変形するのか、変形の魔法で混ぜた方が良いのか、分からないから実験してみないとならないわね。

それに、鉄って、相図が結構複雑な上に、室温で準安定な、マルテンサイトという状態が、普通に言う鋼なのよね。

上手く鋼にならない場合は、焼入れをすることになるわ。』


鋼が作れたら、キッチン用品のために、ステンレスを作りたいよね。


あっクロムが必要だな。顔料を探しに行ってくれた侍女さんには申し訳ないけど、再度、黄色の顔料も集めてもらおうかな。


ステンレスには、ニッケルやモリブデンが入ったのもあったわね。でも、今はムリかな。金属元素を色々見付けてからにしよう。


『ねえ、アイル。あとね、クロムを鉄に混ぜたものも欲しいわ。ステンレスを作りたいんだけど。』


『あっ。オレ、それも興味あるな。錆びない鉄は必要だろう。ステンレスって、鉄にクロムが混ったものなのか?』


『いろいろな種類があるんだけど。元素を探すのは今は無理だから。とりあえずクロムを混ぜたものを作ってみたいかな。錆びない上に、ひょっとすると鋼より硬いかもしれない。』


『鉄だけの塊とクロムだけの塊にならずに上手く混ざればいいってことなんだな。

どうだろう、やってみないと。

魔法で何ができるのか全然解ってないからな。』


そういえば、今回は大量に鉄粉を作ることになると気付いた。


うーん。金属の粉って、日本では、危険物指定されているんだよね。


これまでは、作っていた金属の粉は少量だったし、即座にアイルが塊にしてしまっていたから良かったけど、大量に粉を作るのは避けた方が良さそう。

魔法で作った粉って、原子レベルで分解しているような気がするから、凄く細かいわよね。

とても危険な気がしてきた。

分離するのと同時に塊って作れるんだろうか。これも調べた方が良いね。


赤い顔料を探しに行ってもらった侍女さんが、いくつか見付けたと伝えにきてくれた。

昼食はどうしているのか気になって聞いてみたら、急いで食べたと言っている。


侍女さんたちは大変だね。


顔料を探してきてくれた侍女さんに、御礼を言って、追加で黄色の顔料も探して欲しいとお願いした。


それが手に入ると、厨房用品を作ることができて、美味しいご飯が食べられると言ったら、喜んで探しに行ってくれた。


やっぱりご飯が美味しいのは、正義だね。


昨日と同じ倉庫に移動した。カイロスさんはどうするのかと思ったら、一緒に移動したいと言っている。

一緒にいても暇なんじゃなかろうか。宰相殿に報告しなきゃなんないのかな。


大変だね。


倉庫に着いて、赤色の顔料を見せてもらう。色目が違う4種類があった。粒子の大きさが違うだけで、同じものという可能性もある。


なんて思っていたら、アタリだった。


1種類はやけに赤いなと思ったら、鉛丹と呼ばれる四酸化三鉛だった。


他の3種類は粒子径が違う三酸化二鉄だったよ。


鉄の原料は見付かったので、この顔料のもとになる鉱石を大量に手に入れて欲しいと、ウィリッテさんに頼んだ。

ウィリッテさんは、少しこの場を離れると言って、館のほうへ歩み去った。


炭素の元になるものが必要なので、植木の手入れをしている男性に声を掛けた。


セアンと名乗った中年の男性は、領主館で20年以上の間、植木の手入れをしていると言う。


枯れ枝が欲しいのだけど、どこかから持ってきてもらえないかを頼んでみた。少しして、枯れた枝を何本も持ってきてくれた。


昨日から、私達が連れ立って、この倉庫にやってきているのを知っていて、興味を持っていたみたいだ。また、何かあったら声を掛けてくれれば、手伝うと言ってくれた。


そうしているうちに、ウィリッテさんが戻ってきた。


明日までに、搬送袋で36袋の鉱石をこの倉庫に運び込んでもらえるらしい。仕事が速すぎでしょう。出来る秘書さんは、やっぱり違うな。


聞いたら、領都マリムの北に、大量にその鉱石が採掘できる場所があるらしい。簡単に補充できる。

顔料を扱っている商店は、在庫を全て放出しても全然困らないらしい。


準備してもらった量が分からなかったので、ソド父さんの体重との比較でどの程度の重さになりそうかを聞いたら、12倍ぐらいだろうと言っていた。

ムキムキマッチョの長身父さんなら、80kgはありそうなので、1000kgぐらいにはなるだろう。


かなりの量の鉄が得られる。


ますます、粉の状態で鉄を作ると危ないな。


ウィリッテさんが、持ち込まれた枯れ枝を見て、何をするのか聞いてきた。

枯れ枝から炭を作ろうと思っていると言うと、生き物は、魔法に耐性を持っていて、生き物に直接魔法を掛けることは、とても難しいと言われた。

一旦完全に殺してしまった場合には、魔法を掛けることができるとも言っていた。

分離の魔法で、生き物から水を取り出して干涸びさせようとしても、それは出来無いことらしい。

枯れた枝なので、ひょっとしたら上手くいくかもしれないと言われた。


まず、完全に植物を殺すために、水の分離を試みた。

カラカラの枝ができたので、そこから、炭素を取り出してみた。なんとか上手く行ったみたいで、木の枝から炭を取り出したあとは灰色の灰のようなものが残った。


重さが計れないので、アイルに頼んで、適当な升を作ってもらって、升で計って、鉄に炭を混ぜてみる。


私の分離の魔法を逆向きに掛けて、鉄に炭素を混ぜ込んだものを作った。それをアイルの魔法で加工した場合と、アイルの変形の魔法で一気に鉄と炭を変形の魔法で形にする場合の違いを確認してみた。


炭素の量を無しから、少し過剰な程度に混ぜたサンプルまで、量を変えて混ぜた。

アイルは、それらの材料で、短冊状の薄い板を作った。

短冊がどの程度曲るのかを見るのだ。


ここは、カイロスさんの出番だ。短冊を折り曲げてもらった。


純粋な鉄は簡単に曲ってしまったが、炭の量がある程度増えると、剛性が増して、曲げても元に戻り、さらに炭の量が増えたところでは割れた。


丁度良い硬さの鋼の短冊は、なかなか良い音がした。地球にいたときに、両刃ののこぎりを弾いてみたときと同じ音だ。

一番弾性と剛性がありそうな粉の体積配合比率は判った。


混合してから、変形しても、変形のときに混合しても結果はほとんど変わらなかった。


試しに、作った炭素の量が異なる鉄を真っ赤になるまで、火の魔法で加熱した後、ゆっくり冷やしてみた。曲げてみると、割れてしまったり、曲ったままになったりした。


どうやら、魔法で炭素を混ぜた鉄は、最初からマルテンサイトになっているみたいだ。

マルテンサイトは、室温の鉄の結晶構造の体心立方格子が一方向に伸びて炭素が無理矢理入っている状態。

分離魔法や変形魔法の場合、室温の結晶構造に、無理矢理炭素を入り込ませているんだろうか。

鎔けた鉄を冷して固めたのとは随分と違うんだな。


金属顕微鏡や、X線回折装置があれば、どうなっているのか確認できるんだけど……。無いものを願っても意味が無い。


アイルの魔法を使うときの感じでは、先に混合してあった方が楽に変形するらしい。アイルに渡す前に、鋼にしてしまった方が良いみたいだ。


粉ではなく、鉄のインゴットを取り出せないか、魔法の調整に挑戦してみる。


残っていた顔料を使って、鉄を取り出す分離の魔法を掛けながら、変形の魔法を同時に使用してみる。

何度か試してみて、分離して即座に鉄の塊を得ることが出来た。

赤い顔料が鉄のインゴットに変っていく姿はなかなかシュールだった。


カイロスさんに、何をしているのか訊ねられた。


鉄の粉は、火が付くと、もの凄い勢いで燃える。大量の粉はとても危い。だから、塊で取り出せないか試していると伝えた。

カイロスさんは、何となく納得できない表情になっていた。

金属が燃えるとか経験が無いことは、理解するのは難しいよね。


さっき、いい感じになった、粉の配合比率で、鉄と炭のインゴットを作ってみた。


昨日、アイルが大量に作っていた1m棒に、目盛を付けてもらった。10cmごとに大きめの目盛、その1/12に少し小さな目盛,1/144に細い目盛を付けた。

この棒を使って、インゴットの大きさを測る。これで混合する比率を体積を基準にすることができた。


そんなことをしていたら、さっき染料を頼んだ侍女さんが、黄色の顔料を10種類ぐらい持ってきてくれた。


さて、クロムがあるだろうか。


黄色の無機顔料は、カドミウムや鉛、砒素、六価クロムなど毒になるものが多い。

この世界だと毒だと知らずに使っているかもしれない。


分離の魔法を慎重に掛けていく。クロムを取り出した残りが猛毒だと困ったことになるからね。


10種類のうちの一つが黄鉛おうえんだった。


これは、クロム酸鉛という。地球ではクロムイエローという顔料だ。


六価クロムと鉛の化合物なので……、普通に毒だね。


ただ、金属クロムを分離しても、二酸化鉛になるだけなので、粉にして散蒔ばらまかなければ、どうにかなる。先刻さっき練習しておいて良かったよ。

ただ、今回は、金属クロムと残りの二酸化鉛を固まりにしなきゃならなくって、少し苦労した。


侍女さんに、目的のものが見付かった御礼を言っておいた。


見付けたもので、厨房用の色々な道具が作れること、それを使って美味しいご飯が作れることを伝えたら、ものすごくいい笑顔になった。


ウィリッテさんにこの顔料の原料鉱物を、鉄のときの12分の1ぐらいの量を入手してほしいとお願いした。

こっちは急がないので、明日じゃなくて良いと言ったら、後で領主様にお願いしてくれるって。


今日、やっておくことがほぼ終ったところで夕方の鐘がなった。今日は終わりだ。


カイロスさんが、やっぱり作業する場所が必要なんですねと言っていた。


きっと、明日はもっと凄いことになるよ。

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