5N.開通式典
その報告を受けたのは、アイルくんとニケさんが、後半の鉄道の敷設を再開した頃だった。
「陛下。お伝えしなければならない事が発生しました。」
呼び出されて、国王執務室から外に出ていた宰相のオルムートが、戻ってくるなり、暗い表情で伝えてきた。
無線機による連絡があったのだろう。アトラス領で何か起こったのか?
「何かあったのか?」
「はい。先日、アイルとニケの二人が鉄道の敷設を再開したのですが、チト男爵領の鉄道敷設場所に座り込みをする者が出ました。」
「アイルくんとニケさんは無事か?」
「二人には何事も無かった様です。その者達は、無抵抗で座り込んでいただけでしたので。」
そうか。二人には、何も無かったのだな。安心した。
座り込みか。
古い住居を取り壊すときなどに、座り込みをして、古い住居に縋り付く者が居たりすると聞いた事はある。
しかし、何も作っていない場所に、座り込むとは?
敷設の妨害しようとしているのか?
何故だ?
「それは、鉄道の敷設の妨害しようとしているのか?」
「多分そうだと思われます。
座り込んでいた者達は、チト領とアトラス領の騎士が排除しました。
その後、ミネオ子爵領に入ったところの敷設用地にも座り込んでいる者が居ました。
このまま王都まで、座り込んでいる者が居るかましれません。」
「座り込みをしている者達は、何故鉄道の敷設を妨害するのだ?」
「その座り込みをした者達は、王都の浮浪者で、金で雇われた様です。
王都で金を貰って、ただ座り込んでいれば良いと言われたと言っております。
そのため、何を目的としているのかについては判っておりません。
今、ジュペトに経緯を調べさせています。」
「そうか。とりあえず、アイルくんとニケさんの二人に何もなければ良い。
今回の敷設で、ようやく王都とマリムが繋がるのだろう?座り込みが影響して、遅れが出ているのではないのか?」
「遅れが出るのでしょうが、致し方無いかと思われます。」
8日ほど経ってから、今度は、ミネオ子爵領で座り込みがあった。
今回も排除してから、鉄道の敷設をしたと言うことだ。
さらに、10日ほど経って、パスカレーラ子爵領でも同様だったらしい。
段々と座り込みの人数が増えているという事だった。
座り込みの者達を排除するのに、かなり時間が掛った。
鉄道の敷設作業は、かなり遅れている。
それから、さらに、10日後には、ボルドニ子爵領でも繰り返された。
ここでも同じだ。排除して、敷設していると言う。
一体、誰がこのような事を。
アイルくんとニケさんは、困っているだろう。
あの二人を困らせるなど、以ての外だ。
関与した者達は、厳罰に処すべきではないのか?
8日後、リッチアルジ男爵でも同様だったらしい。
宰相から、かなりの人数の座り込みがあったと聞いた。
そして、ここは、男爵領だったため、騎士の数も、不埒者を収容する場所も不足した。
対応するために、王都から、王宮の騎士団を派遣することに決めた。
とは言っても、王都から、彼の地までの移動には、半月以上の日数が掛る。
役には立たないだろう。
今回、男爵領の収容施設から溢れた者は、アイルくんが檻を作って閉じ込めたらしい。
驚いた事に、その中には、チト男爵領で捕縛した者も居たということだ。
「宰相。なぜ、そのような不埒な者を解き放ったりするのだ?
重罪人ではないか?
処罰しておかなかったのか?」
「処罰と言いますと?」
「反乱罪に問えるのではないのか?その場合には極刑ではなかったか?」
「いえ。極刑になどは……。そもそも無抵抗で座り込んでいるのを、反乱罪などという重罪とは見做しませんので、それは無いかと。」
「国王の私が指示して、鉄道を敷設しているのだ。それを妨害するなど、反乱罪以外の何ものでもないだろう?」
「陛下。
無抵抗の座り込みの場合、その様な判断は致しません。
武力による騒乱や破壊行為に及んだ場合には反乱罪として極刑に処せられますが、今回の座り込みはそれには該当しません。
通例では、無抵抗で座り込みをしている者は、排除して、捕縛し、工事が終了するまで、牢に収監します。工事が終了した後は、解き放つという扱いです。」
「しかし、明らかに、王国の意向に敵対しているではないか。」
「敵対……ですか?
敵対と言うよりは、鉄道の敷設に反対しているのだろうと思われます。
隣国のテーベ王国の事もあったために、今回は止むを得ず、武具の入手に鉄道を使った輸送を急ぎました。
少し、性急に事を進めすぎたのかもしれません。」
「鉄道を通す領地からは、歓迎されて反対の意見は出なかったと聞いている。」
「そうですな。全面的に歓迎されていました。
鉄道が通らない領地で妬んでいる者が居るのか、鉄道により不利益を被ると思っている者が居るという事でしょう。
ただ、不思議な事に、鉄道の敷設に対して、どこの領地からも陳情が有ったという話は聞いていません。」
「それでは、一体誰が……?
そうだ。まだ敷設が終了していないのに、罪人を解き放ったチト男爵はどうなのだ?通例に反しているではないか。」
「そうですな……ただ、チト男爵を咎めるのは……。
領地を跨いで、工事をするなど、これまで有りませんでした。
既に、チト男爵領内の鉄道の敷設は終了しております。
チト男爵も困ったのでは無いですかな。
チト男爵は、そういう意味では、通例通りに対応したとも言えます。」
鉄道の敷設がスラス男爵領に差し掛かった頃、ようやく、この騒動を引き起している領主が判明した。
ガラリア湾の沿岸の領地を領有している、ロッサ子爵だった。
「ジュペトにしては、随分と時間が掛ったではないか。」
「それが、主犯は巧妙に、隠れてまして……。
座り込みをしていた連中は、王都の浮浪者達なんですが、そいつらに金を渡して座り込みを指示したのは、浮浪者の元締めみたいな連中なんです。
元締めを特定して、元締めに依頼したヤツを探したんですが……。
依頼していたのは、海賊の首領で、既に、逃亡。海のどこかに消えちまいました。
その海賊の事を調べると、元は随分前に潰れた商店主でした。
その潰れた商店はロッサ領にあった様です。
その商店がロッサ領にあった頃から、その商店主と繋りのあった者を順に調べていったんです。
ようやくロッサ領の商店主が、最近その海賊に繋ぎを取っていた事を突き止めることができたって訳です。」
「宰相。そのロッサ子爵のところへ、調査官を派遣してくれ。騎士も随行させた方が良いな。」
「そのように手配いたしましょう。」
「しかし、ロッサ子爵か。何度か晩餐会で会話をした事がある。良い領主だと思っていたのだが……とてもこの様な事をするとは思えない。」
本当にどうなっているのだ。ロッサ子爵なら、事を起す前に陳情するだろう。
なぜ、陳情もせずに事を起したのだ。
いや、子爵は関わっていないのか……。
「宰相。本当に陳情は無かったのか?」
「陳情が有ったとは聞いておりません。しかし、これだけの事を起す前に、陳情をしていないというのも不自然です。そちらも少し調べてみましょう。」
「あとは、段々と座り込みの者が増えている様ではないか。領地の敷設が終って、解き放っていては、人数が減ることは無いだろう。そちらもどうにかしてくれ。」
「そうですな。今、鉄道を敷設している場所から王都までは、小さな男爵領ばかりです。座り込みをしていた多数の者を、領地に留め置かせるのも場所や経費の点で困難でしょうな。チト男爵と同様に、解き放たざるを得ないかと思います。
留め置くように命ずるための連絡をするにも、何週間も掛ります。
一網打尽にして、王国の監獄に収容するのが良さそうですな。」
「今、騎士団を東方面へ派遣しておりますので、騎士達に捕縛と移送を命じましょうか?」
「そうだな。騎士達には、シアオから命じておいてくれ。」
近衛騎士団長のシアオが連絡武官に話をしに行った。これで、どうにかなれば良いのだが。
しかし、無理を通して鉄道の敷設を依頼しておきながら、この様な無様な事態になってしまった。
アイルくんとニケさんは、怒っているのではないか?
どう謝罪したものか……。
「陛下。まだ、何か?」
「いや、何、アイルくんと、ニケさんが怒っているのではないかと思ってな……。」
「陛下。それは大丈夫です。昨日も無線機で連絡しましたが、困惑はしていても怒っているという感じではありませんでした。」
「宰相閣下。アイル様とニケ様とは無線機で話が出来るのですか?」
突然、ジュペトが会話に割り込んできた。
「ん。ジュペト。どうした?」
「いえ。お二人のところに無線機があると、宰相閣下が、今、仰っていたので。」
「ああ、アトラス領とも連絡を取るために、二人の元には無線機がある。」
「そうですか。では、久々にお二人の声を聞いてきます。」
ジュペトは満面の笑みで、執務室を出ていった。
あいつは、二人の事を気に入っているからな。
「それで、二人は、困っては居るのだな?」
「まあ、それは、そうでしょう。でも、不満を口にする訳でもありませんでしたから、怒っては居ないでしょう。どちらかと言うと呆れているという感じでした。」
「そうか。それならば、良いのだ。しかし、二人には、迷惑を掛けてしまった。
償いとして、今回の騒動を起した者達を、厳罰に処する訳には行かないのか?」
「そうですな。唆した者は事情を聞いてからですが、罪に問えるとは思います。ただ、罰金刑ぐらいでしょうか。
座り込みをした者は、しかるべき時に放免ということになります。」
「重い罪には問えないのか?」
「それは、陛下の治世ですので、陛下がお望みであれば、出来ない事はありません。ただ、お止めになられた方が良いかと。」
「それは、何故だ?」
「座り込み自体、かなりの頻度で発生しています。
住居の取り壊しや改築の際に、馴染のある住居の取り壊しに反対したり、別れ難い住居に取り縋ったりする事は良くある事なのです。
無論、あまり望ましい事ではありません。しかし、心情的に理解できなくは無いのです。
そういった者に対しては、領地運営上の困難を避けるために、工事が完了するまで、牢に留置するだけで放免しています。
それも、止む無くそういった措置を取っているというのが実態です。
今回の件で、座り込み程度の事で、重罪にするという前例を作ってしまうと、そもそも座り込みという行為自体が曖昧なものなだけに、領主の意に沿わない行為をしただけで、際限無く適用されてしまう可能性があります。
領主の意に沿わないというだけで、重罪にしたりすると、住民の反発は酷いものになるでしょう。」
「すると、最後は暴動に発展しかねないという事か?」
「そういう事に成るとは言いきれませんが、重罪を課すためには、王国民に納得ができる理由が必要になります。
今回は、初めての王国全体の事業ですから、超法規的な措置とする事が出来ない訳ではありません。
しかし、隣国との事もありますので、避けた方が良いかと思います。
この事を隣国に利用されかねません。」
「それは、隣国の工作で、我が国に暴動を起されかねないということか?」
「まあ、あくまで可能性の話ではあります。」
スラス男爵領で、アイルくんが、座り込んでいる者を魔法を使って檻に閉じ込めた。
そして、その時の大魔法を見て、檻から逃れる事が出来た者は、蜘蛛の子を散らすように、居なくなった。
その後は、王国騎士団も合流したことで順調に鉄道が敷設された。
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王都まで、鉄道が繋がり、盛大な記念式典を行なった。
王都近隣の貴族を招いて、王国を横断する鉄道の運用開始を宣言した。
王都の民衆も、近隣の領地貴族も、開通を祝った。
しかし、主役となったアイルくんとニケさんの表情は暗い。
終始、アイルくんとニケさんは浮かない顔をしたままだった。
式典の間、一言も言葉を発しなかった。
やはり、あの座り込みが堪えていたのだろう。
式典の後、二人を連れて国王執務室まで移動した。
これからの事もある。何とか機嫌を直してもらえないだろうか。
執務室に入って、二人に声を掛けることにした。
「二人には、大変な目に会わせてしまったな。申し訳ない。
あの座り込みをした者達は、厳罰に処するから、それで勘弁して欲しい。」
アイルくんとニケさんの表情が怒りに変わった。
「陛下。そういうところなんですよ。」
えっ?どういうところなのだ……?
「私とアイルは激オコです。」
えっ。ニケさんは、何を言っているのだ?
激?
オコ?
なんだ?
それは?




