59.短慮
秋になった。
領地の方針は決まり、毎月の様に、王宮と実際の鉄道と定期船の運行管理を実施しているマリムの王国国務館の交通管理部門へ陳情をしている。
成果は捗々しくない。
ロッサまでの鉄道の延伸については、アイテール様とニーケー様への負担が大きい事を理由に、前向きの回答はもらえていない。
定期船のロッサへの寄港は、まだ時期尚早と言われて、こちらも難航している。
定期船は、王都とマリムの間で、相変らず、4隻の大型船で運行している。荷揚げ荷卸しの時間を短縮するのは、容易では無かった様だ。
王都やコッジ、ヨネス、バトルノの埠頭の工事もまだ半ばだという事だ。
先に埠頭を準備してくれれば考えても良いという話が出た事も有った。
しかし、寄港の当ても無く、大掛かりな港の整備など出来る訳が無かった。
ある意味、門前払いの扱いだった。
一々、特定の領地の領主の言い分を聞く必要は無いという態度だ。
上司に会わせて欲しいという願いも、聞き届けられる事は無かった。
あれから、アイテール様やニーケー様にお会いできないかと思い、2度ほどアトラス侯爵家を訪ねてみたのだが、不在で会えなかった。
1回は、砂糖というものを作る工場を建てるためにコンビナートへ行っていて不在。
もう1回は、王国立メーテスという学校を建設していると言っていた。
お二人に会いたいと思うのは、領地の施策について、直接話を聞きたかったからだ。
しかし、ロッサ領がどうなるのか分らない状況で、お会いしても意味は無いのだと思い直した。
訪問は、その2回だけで、お二人に会う事は諦めた。
今は、まだ、王都に向けた鉄道が開通している訳では無いので、ロッサの街は、これまでと、ほとんど変わっていない。
毎日のように、川を下ってくる大量の荷をロッサで卸して、海船に積み替えて、王都やゼオンなどへ送り出している。
今は、穀物や果実などの作物の収穫時期だ。
例年と変わらず、活気に溢れている。
しかし、目に見えないところでは、様々な変化がある。
幾つもの大きな商店が、スラス男爵領やミセーリ男爵領に支店を出したと噂されている。
今のところ優勢なのは、ミセーリ男爵領らしい。出遅れた商店がスラス男爵領に出店し始めたところだと宰相に聞いた。
鉄道が開通すれば、この二つの領地から王都に向けて荷を運べるようになる。
それを見越して、大きな商店は、着々と準備をしているのだろう。
主に海運を生業としている商店も、キリルやコッジに支店を出したらしい。この二つの領地であれば、鉄道や定期船の影響が無い、西の領地への荷を扱うことができる。
様々な商店が、水面下では、ロッサから脱出の機会を伺っているのだ。
それも致し方無いと思う。
商人達も、生き残るのに必死なのだ。
大きな商店は、金があるので、将来性の有る場所に商店を展開していく。
割を食うのは、中小の商店だ。
それでも、大商店の下請けとして、一緒に移動することにしている店も多いと言う。
宰相と商人担当管理官のディオが調べたところでは、2/3近い商店が移設の準備をしているらしい。
既に、移転に軸足を移した商店も、好き好んで移転する訳では無い。
出来れば、これまで通りの商いをしたいのだ。
「鉄道が通りさえしなければ」、「鉄道の計画を何とか押し止められないのか」
そんな陳情話を度々聞いた。
どの商店主にも、くれぐれも、軽挙妄動に走らない様に注意をしていた。
そんな中、クラトス・ポムパ、エミリオ・ヌッチ、ロニエ・ベーラの三人が度々、領主館を訪ねてくるようになった。
それぞれ、ロッサに店を構える、ポムパ商店、ヌッチ商店、ベーラ商店の店主だ。
大きな店では無いのだが、古くからロッサに根付いている商店だ。
私が領地に戻る時を見計らって、3人で連れ立ってやってくる。
この三人は、最初の鉄道の敷設を説明した打ち合わせの際に、最後まで声を上げていた。
典型的な海の漢達だった。
悔しいのだろう。何か悪事をした訳でもないのに、仕事を追われてしまう事が。
毎回、私の国務館への陳情の成果を聞いてくる。
今のところ、領地に活気があるのだが、鉄道が敷設されて運行が開始したらと思うと、かなり憂鬱に成る。
領主としては、あり得ない事だが、この3人が、私の話を聞いてくれる事が、ちょっとした救いになっていた。
「今回も国務館で担当者に陳情をしたのだが、どうにも手応えが無いのだ。」
「だいたい、オレ達が将来に不安を抱えている事、お上はご存知なんですかね。」
私の呟きにロニエが憤る。
「多分、取り次いでくれていると思うのだが。」
「そもそも、ロッサ子爵様を上司に会わせないって、一体どういう事なんですか?」
エミリオが不当だと私を問い詰める。
いやいや、私の所為じゃなかろう?
「お忙しいのだろうと思うのだよ。船にしても、鉄道にしても、まだまだ運行を始めて1年と経っていないのだから。様々な決めなければならない事があるのだと思うのだ。
今のところ、鉄道の関税がどうなるのか、決まっていないと聞いている。
関税については、鉄道が敷設された沢山の領地の利害関係が有るから、調整も必要なのだろう。」
「鉄道ってやつには、関税が掛かるんですかい?」
ロニエが興味を持ったみたいだ。
「そうなるんじゃないかと、以前アトラス領を視察したときに、ボーナ商店の店主が言っていたな。」
「するってぇと、まだ船に利があったりするんですかねぇ。」
「それは、実際に鉄道が運行して、運用方法が決まらないと分らないね。
ただ、アトラス領内を運行しているアトラス鉄道の料金は、驚くほど安いから、かなり関税が掛らないと、船は太刀打ち出来ないんじゃないかな。」
「そうなんですかい?」
この3人は、ロッサを離れて、どこかに移る気が無いらしい。
鉄道や、定期船が運行しても、ロッサから、小さな海辺の街への荷はそれなりに有って完全に無くなる訳ではない。
雇っている商人が多い大商店では、全く物足りない仕事だ。しかし、これまで、この3人は、何艘かの海船を使って、そういった仕事を行なっていた。
3人の最大の関心事は、ロッサに荷が集るかどうかだ。
そんな彼らにとっては、鉄道がロッサに敷設される事や、定期船の寄港は利に適っている。
そして、これからの領地にとっては、税収の大幅減でも、税収を無くさないための生命線の様なものだ。
「鉄道に関しては、王都まで開通した後の事だから、陳情を地道に繰り返す他無いのだ。
大型の船も、港の準備が整っていないことから、コッジやヨネス、バトルノには寄港してもいないのだ。何とか寄港する港として取り上げてもらうために、こちらも陳情を重ねてみるよ。」
「そんなのは散々やってきたんじゃないですか?」
「無視されていると思いますよ。」
「直接国王陛下に陳情ってぇのは出来ねぇんですかい?」
「それは、本当に最後の手段だよ。」
「でも、鉄道が開通しちまったら、他の領地の連中から陳情が行くんじゃねぇですか?」
「いや、来年の税収が減れば、それを理由に話をする事も出来る筈だ。
他の領地とは扱いが変わると思う。」
「そんなことで良いんですか?」
「もっと、はっきりと、困っている事を分らせてやらねぇと。」
「いやいやいや、あまり無理な事をしても、お叱りを受けるだけで、上手く行くものも上手く行かなくなる。」
「そうですかねぇ。オレだったら、もっとはっきり分る形でガツンとやってやるんですけどねぇ。」
「そうだな。」
「そうだ。」
怪し気な雰囲気になったので、再度、言い聞かせることにした。
「おいおい。くれぐれも、短慮で奇しな事は止めてくれよ。下手なことをすれば、陛下や宰相閣下、王国騎士団の怒りを買う事になるんだぞ。」
思えば、それが、3人との最後の会話だった。
それから、1月ほど経って、王宮文官のゲスアルド・ウィッゾ殿の訪問を受けた。
謀反の疑いを掛けられそうになった。
そして、クラトス、エミリオ、ロニエの三人が、王都に連行されたと報告があった。




