58.ロッサ
大量の荷物とともに、マリムからロッサに戻った。
一番大きな荷物は、これから変わりつつある王国の情報だった。
ロッサに戻った私は、宰相のエルビス・ロペスと、商人担当管理官をしているディオ、税収担当管理官のオット、妻のステファニーアと会議をした。
私の発言の補足をしてもらうために、今回の旅行に随行した若手文官のヴァエル、ユリアン、フラムル、ルーク、ケッカにも同席してもらった。
「すると、鉄道が開通すると、ロッサ川沿いの物資は、ロッサを経由せずに、スラス男爵領か、ミセーリ男爵領を経由して鉄道で運ばれる可能性があるという事ですか?」
宰相のエルビスの質問に、私は頷いた。
「そして、その鉄道というもので、川船d200(=288)艘分の荷が一度に運べるなど、有り得る事とは思えませんな。」
エルビスは、首を捻りながら、そう言う。
商人担当管理官のディオ、税収担当管理官のオットも同様だ。
容易には信じられない事だろう。
私もこの目で見ていなければ、信じられなかった。
「私もこの目で見ましたけれど、とても、沢山の荷を引いていました。しかも、とても速いのですよ。風で移動する船とは比べものになりませんわ。」
説得するように、妻のステファニーアが皆に伝える。
「すると、本当に、大量の荷が、海を経由せずに、王都まで運ばれることになるのですか。」
「やっかいな事になりましたな。」
オットの言葉に、ディオも同意する。
「それに加えて、王都−マリム間の大型の定期船だけでなく、王都−ゼオン−コッジ−キリル−ヨネス−バトルノ−マリムを継ぐ、大型の定期船が運行する予定だ。
まだ、港の整備が完了していないため、暫く時間が掛るだろうが、王都、コッジ、ヨネス、バトルノでは、港の拡張工事が行なわれている。」
船による輸送も大幅に変わることを皆に伝えた。
「すると、ガラリア湾内の海運も大幅に変わると言う事ですか?」
エルビスの声には、諦めの色が漂っている。
ディオとオットの顔色が悪い。
暫くの沈黙の後で、私が会議の主旨を切り出す。
「この計画は、国王陛下直々のものだ。
それに、今話す事は出来ないが、陛下が将来起こりえる問題に対処しようとされている。
鉄道の敷設は、容易に覆すことは出来ない。
既に、キリル川までの敷設に取り掛かかっていて、直に完成するだろう。」
皆、じっと、私の目を見ている。
「鉄道が完成し、定期船の運行が本格化すると、荷の運搬の状況が大きく変わるだろう。
そうなった時に、このロッサがどうなるだろうか?
アトラス侯爵から聞いた話では、キリル川より西の鉄道が開通するのは、早くて今年の秋以降だ。
定期船については、王都、コッジ、ヨネス、バトルノへの寄港は、港の整備が完了してからになるだろう。
何時とは明確ではないが、まだ時間が掛るはずだ。
それまでに、何か打つ手が無いかという事を話し合いたいのだ。」
税収担当管理官のオットが、ロッサにおける荷動きについて説明をした。
ロッサの税収の3/4は、川の荷運びと海の荷運びを行う商人の積み替えによって齎されている。
両方を行っている商人が多い。川船と海船は構造が大きく違うので、どうしてもロッサで荷の積み卸しをしなければならない。
荷動きの実態は、
・川から海へ向う荷が全体の2/3を占めている。これらのうち3/4は王都へ向けた荷だ。残りはゼオンやキリル、コッジに向う荷で、どれも同程度だ。
・海から川に向う荷は全体の1/3。この荷の内、王都からのものが3/4ある。
「川から海へ向う荷は、ロッサを経由しなくなると見た方が良いでしょうな。ロッサへ運ばず、王都まで荷を動かして、王都からゼオン、キリル、コッジへ向うことになるでしょう。
海から川に向う荷のうち、王都以外から、ロッサ川の流域へ向う荷だけが残りそうです。」
諦めの口調で、オットが説明する。
先の説明であれば……。
「すると、税収は、今の16/48、概ね1/3に減ってしまうということになるのか?」
オットが力無く頷きながら、言葉を重ねた。
「積み替え以外の税収は、他の場所からロッサで消費される荷によって齎されています。ロッサが衰退すると、それらの荷も当然減ります。
そうなると、税収は、1/6ぐらになるかもしれません。」
妻の顔色が悪い。周りを見ると、全員が苦悶の表情だ。
税収の大半は、文官や騎士を雇うのに使われている。
そこまで、税収が減るとなると、それらの者を解雇しなければならなくなる。
しかし……深刻な状況だと思ってはいたのだが、ここまで深刻な事態だとは……。
「ありがとう、オット。ロッサが深刻な状況になる事は良く分った。皆で打開策を考えたいと思う。」
それから、若い文官も含め皆から様々な案が出た。しかし、この状況を打開できる案は出てこなかった。
これまで、ロッサは、荷の中継地として繁栄していた。
中継地としての価値がここまで無くなることなど考えたことは無い。
一番の問題は、ロッサには特産品と呼べるようなものが無いことだ。
他からの荷の集積により、商業の街として栄えていたので、街の特産物は必要としていなかった。
職人もそれなりに居るが、他の領地と比較して、特徴と呼べるものが無いのだ。
商人が大勢居たため、その商人達が使うものを作っていただけだ。
将来、荷の集積地としての利点が無くなれば、商人もこの地を離れてしまうだろう。
「ですから、今、この地には、荷の集積する倉庫、海と川へ荷の積み卸しをする場所があります。他の地では、これから造ることになります。
早急に鉄道を通してもらい、定期船も停泊するようにすれば、最悪の事態は避けられるのでは無いですか?」
若い税収担当文官のユリアンの主張だ。
そして、殆ど有効な策が無いなかで、主流になり始めていた。
「しかし、その様な事になると、商人達が所有している川船、海船が不要になるばかりでしょう。そうなれば、商人達は、この地を離れてしまいます。」
これは、商人担当管理官のディオの主張だ。
結局、この二つの主張が全てだった。
領地を守るためには、定期船の就航は最低限必要だ。
海から、ロッサに荷が入るようになれば、ロッサ川沿いの領地への荷運びの仕事は残る。
鉄道が敷かれれば、なお良い。
中継地としての使用していた、これまでの設備を利用する事ができる。
しかし、そうなると、商人達が持っている海船は近隣の小都市への運搬に使うだけになる。利に聡い商人は、そういった小都市の多い、キリルやコッジあたりに移ってしまうかもしれない。
それに、キリルやコッジであれば、鉄道の影響が無い、西の領地への対応も可能だ。
川船は、利用し続けることになるだろうが、ロッサを拠点にする意味はあまり無い。
これまで、こういった商人達が商売をしやすいようにと、税を優遇していた。
そのため、ガラリア湾で海運を行なっていた商人は、ロッサが王都に近いこともあって、好んでロッサ領に本店を構えていたのだ。
結局、鉄道とロッサ川が交差する場所での、川船と鉄道の荷の積み替えについてはロッサ領としては口を挟むことは出来ない。
ロッサ領が生き残るためには、ロッサへ鉄道を引いてもらうことと、定期船のロッサ港への入港をしてもらう以外の手を見出せなかった。
「やはり、この話は、商人達に伝えるべきです。」
強い口調で、ディオが言った。
「その通りだ。
鉄道が敷設されることは、耳の良い商人なら既に知っているかもしれない。そうで無くとも、時間が経てば否応なく知ることになるだろう。
これに対して、領地がどう動こうとしているのかは、伝えておかないとならない。
もし、それを聞いて、ロッサから離れる決断をするとしても、商人達にも準備する時間が必要だろう。」
私の言葉を聞いて、ディオは、荷の積み卸しを生業としている商人達を集めた。
説明で、紛糾する事が事前に分っていたので、事前に打ち合わせの時間を限らせた。
商人達を集めて、鉄道や定期船の運行が始まることを伝えた。
中には、その話を頷いて聞いている者も居た。知っていた者も居る様だ。
しかし、大半は驚いていた。どうやら、知らなかった者が可成の人数居た。
領地としては、ロッサへの鉄道の敷設と定期船の寄港を願い出る心算だと伝えた。
もし、それ以外に、領地の商人達の為に有効な手立てがあれば、是非提案して欲しいと頼んだ。
商人達の反発は、想定していたとおりだった。
自分達の仕事、商売を無にするようなものの運行を阻止すべきだと言う者が大半だった。
陛下の計画に追従しても、ロッサの為には為らない。計画そのものを嘆願により中止してもらうのが良いと言い出すものも居た。
こんな場で、テーベ王国の怪しげな話をする訳には行かない。
国王陛下が決められて、覆すことが出来るものでは無い事を説明した。
それでも納得出来ない者が、かなりの人数居る。
声高に言い募るものが多かったのだが、次第に声を上げるものは、少なくなっていく。
声を上げる事を止めたものは、新たに、鉄道が通る領地へ移籍を考えているのかもしれない。
あるいは、この難局を如何に商店の利に繋げるかを考え始めたのだろう。
ひょっとして、何か良い案が出てくるかと期待しても居たのだが、そういった話は出て来なかった。
時間になったので、何か案を思い着いたら、是非、個別に聞かせて欲しいと言って打ち合わせを終了した。
この打ち合わせが終った後で、宰相のエルビスと相談をした。
「これから、王宮とマリムにある王国国務館に陳情に行くことになる訳だが、それとは別に、やっておきたい事があるのだ。
今、ロッサで鍛冶や陶器を作っている親方を集めて、若い者をマリムに修行に出さないかを相談したいと思う。」
「それは?何故ですか?」
「まあ、今更ではあるのだがな。
彼の地の職人の技術は素晴しい。あの街中で競うように、様々なものを作っている。
此の地で、それが何の様に役立つかは分らんが、少しばかり種を撒いておきたいのだ。」
「しかし、それには年月が掛かりましょう。」
「それでも良いのだよ。6年後になるか12年後になるか。衰退したロッサを故郷と思ってくれて、此の地に戻り、何かを生み出してくれるようになれば。
例え、定期船と鉄道の誘致が敵わなくとも、領民の助けになるんじゃないかと思うのだ。」
「左様ですか……。」
「まあ、今ならロッサにも金がある。この期を逃すと、こんな細やかなことも出来なくなるかもしれない。
若い優秀な職人の行く末の為だと思えば、仮にこの領地に戻って来なかったとしても、良いでは無いか。」
「わかりました。そういう事でしたら、職人の親方達を集めます。」
後日、親方達を呼んで、腕の良い若手をマリムに留学させたいと伝えた。
領地として、マリムまでの運賃と支度金を出すと伝え、親方の推薦を募った。
やはり、マリムという場所が良くなかったのだろう。
色々な産物が有ることは知ってはいても、大陸の東の果ての辺境の地だ。
そして、頻繁に魔物が出るような場所だ。
良い噂以上に悪い噂の方が強かった。
工房の跡継ぎに成る様な者を、資金の提供があっても、そんな場所へ送り出すことに躊躇いがあったのだろう。
中々人は集まらなかったが、それでも15名の推薦があり、その若者達をマリムに送り出した。




