57.ミネア観光
翌日。
朝食の後、ダムを見に行くことにした。
グロス代官に聞くと、途中で、魔物が出ることもあるらしい。
ミネアに駐留している騎士が、護衛として付いてくれた。
この騎士達は、定期的に、マリムと人員を交換して、マリムで鍛えられた者だけが、ミネアにやってくる。
武力に関して一定の水準以上の集団だ。
ダムまでは、馬車が行き来できる道があるという事だったので、馬車に乗って移動する。
周りに騎士d20(=24)人が囲んでいる。
今日も、代官殿は、同行してくれた。
途中で、小振りの魔物が3度ほど襲ってきたが、一瞬で切り捨てていた。
流石、練度が違うのだろう。
あとは、鋼鉄の剣の威力だろう。
ロッサ領は、ガラリア王国中央に有るので、ウチの騎士達は、魔物と戦った事は無い。対人護衛が任務だ。
1時ほどして、ようやくダムに辿り着いた。
マリム川の本流と言えそうなほど広い川を堰き止めていた。
二つの山の間に、長い道が通っていて、下流側は、急峻な斜面になっている。
そして、上流側は、ダムで堰き止められて、湖になっている。
湖の先は見渡せないほど遠い。遥か彼方まで湖だ。
下流側の急峻な傾斜の壁の一番下から、大量の水が吹き出していた。
ダムは、圧倒されるほどに、巨大な建造物だった。
このダムが、アトラス領にあるダムで一番小さいのか?
「グロス殿。このダムが、3つあるダムのうち、一番小さいと聞いたのだが……。」
「そうですね。規模としては、このミネアダムが一番小さい筈です。ここには、発電装置が8基しかありません。マリムダムは12基あります。最近作ったキリルダムは16基あると言ってましたから、一番小さいですね。
あっ、そうそう、水の力で発電するという観点だと、コンビナートの発電設備が一番小さいですが……ただ、あれはダムとは言っていないですね。」
事も無げに、そんな風に言う。
キリルダムというのは、ここの倍の規模なのか……。
想像出来ない。いや、この倍だと……ムリだ。
この領地は、やはり奇しいだろ。
「想像を絶する大きさですね。」
「そうですね。とても大きいです。でも、アイルさんとニケさんは、このダムを半日で造っちゃいました。」
「……。」
どれだけの魔力があると、こんな巨大なものを半日で造れるのだ……。
そんなとんでもない魔法使いが居るから、さも当然のように思っているのか……。
私達の会話を聞いていた妻や子供達、文官達、騎士達が吃驚している。
言葉が出ないようだ。
それから、ダムの構造や、補修のための堰、発電装置などを説明してもらった。
ダムの下の方まで階段が続いていて、下に降りると、8ヶ所の水の排出口から物凄い勢いで水が流れ出している。
こんな風景は、他領地の誰も見たことなど無いものだろう。
下から、ダムを見上げると、その大きさに圧倒された。
一通り、ダムを見学して、街に戻ることにした。
街に戻ると昼の時間になっていた。
代官屋敷に戻って、昼食を頂いた。
食後、街の詳細を見せてもらうことになった。
中心となる商店が並ぶ場所は駅の周辺にあった。
その中に、神殿もあった。
この神殿は、現状、マリム神殿の分室という扱いなのだそうだ。
商店のある中心部から外れると、綺麗に区画された住宅街が広がっている。
建物の無い区画もある。
それらは、皆公園になっている。
マリムの街を模して街は作られているそうだ。
この街にも上下水道がある。
その為か、嫌な臭いもせず、とても綺麗な街だ。
浄水場は、街の中のミネア川の上流から水を引き、消毒をしている。
消毒は、海水に電気を使って作られた、次亜塩素酸というものを使う。
ダムが有るため、電気は、容易に手に入る。
やはり電気が無いと、ダメなのだろうか。
下水処理場も視察した。
各家庭などから、下水を通ってきたものは、一箇所に集められて、空気を混ぜながら沈殿させるのだそうだ。
空気を混ぜ、沈殿したものは、酷い臭いがしなくなる。
上澄みの水を川に流している。
今、この街の人口は、約d40,000(82,944)人らしい。
浄水場、下水処理場のどちらの施設も、マリムと比べて、1/12ぐらいの規模だと言う。
ロッサには住民台帳のようなものは無いので、正確に領都民の人口は分らないのだが、d60,000(124,416)人ぐらいだろうと言われている。
ロッサで下水道を作ろうと思った場合には、この下水施設の3/2倍ぐらいのものが必要になるのだろう。
「領都マリムで下水処理場を作ったのは、私が、まだ、父の元で、文官の修行をしていた頃でした。
作物が育たなくなってきた畑をどうやって、復活させるのかを。ニケさんとその助手に人達が調べていたんです。
結局のところ、畑の栄養を我々が食事という形で消費してしまっているため、土に栄養が無くなる事が原因だそうです。
だから、排泄したものを戻せば良いって話だったんですが……。
私は、糞尿を畑に撒くのかと思ってしまいましたが、違ってたんですよね。
肥料を作る原料を得るために下水処理場を作ったんです。
下水処理場で、処理して、堆積した泥と、コンビナートで空気から作られたものを混ぜて、肥料を作っています。
肥料を、畑に使う事で、作物が作れなかった畑で、作物が作れるようになったそうです。」
肥料という言葉は、最近聞くようになった。アトラス領から齎されていたのか。
これもニーケー様か……。
アトランタ王国あたりでは、別な名前で、作物が作れなくなった畑をもとに戻す方法があるらしいのだが、それと似たものなのだろうか。
ガラリア王国では、地面を深く掘り返して、畑を復活させている。
ただ、これにも限度がある。何度もは出来ないのだ。
それを打開できると言われている肥料は、こんな方法で作っていたのか。
下水道が有ると、排泄したものが街に散乱することは無くなる。
マリムやミネアが綺麗な街並を維持しているのは、その所為だ。
こんな仕組をロッサ領でも実現できたらとは思うのだが。
設備を作るだけでも大変だ。
それに、上水は、ポンプというもので汲み上げて、各建物に供給している。
これは電気が無いと動かない。
博覧会の時に、他の領地の領主が電気を使いたいと要求していたと聞いたが。
確かに、同じ事をしようと思うと、どうしても電気が欲しいと思うのだろう。
街の大きさが、ロッサとあまり変わらない所為か、文官達が、色々と質問をしている。
そのままロッサで同じ事は出来ないのだと分って残念がっていた。
私も残念だよ。
街を見た後で、瀝青炭の採掘場所へ案内してもらった。
その広い場所の地面は瀝青炭で出来ていた。
そのまま北に向って、延々と瀝青炭の地面がある。植物は生えていない。
そんな地面を掘って、馬車に積んで、出荷している。
掘った地面の下も、瀝青炭だ。
この無限とも言える量の瀝青炭で、鉄道が走り、船が航行するのか……。
「この地面の下に、どれだけ瀝青炭が埋まっているか、まだ不明なのです。
ただ、あまり深く掘ると、それはそれで、掘り出す手間が掛るので、適当な深さまで掘ったら、あとは少し北の場所を掘るという事にしています。
これで、約2年掘りつづけた状況なので、今の調子で掘っているだけだと、d20(=24)年経っても、あまり風景は変わらないと思います。」
グロス代官が採掘場所の説明してくれた。
瀝青炭の、とんでもない埋蔵量を聞いていたのだが、偽りでは無かった。
その後、代官屋敷に戻った。
さらに一晩泊めてもらった。
翌朝、マリムに戻る寝台車に乗った。
私達が帰るまで、往路で乗った寝台車と食堂車は、ミネア駅に停っていて、整備と水や食品類の補充をしていた様だ。
来たときと同じ車両に再度乗り込んだ。
また、1日掛けて、鉄道でマリム駅に戻った。
マリムに戻った日から、文官達には、追加で補足調査を実施してもらい、終り次第、自由時間にした。
私達家族は、陶器、ガラス器などの買い物をした。
騎士達には、順に休んでもらい、マリムでの自由行動を許した。
こうして、私達のマリムへの旅行は終った。




