53.地図
先程まで、食事をしていた場所に戻った。
既に食事は終えていたので、テーブルの上は片付けられている。
明日、ミネアに行くことが決まったのだが、ミネアという街が何処にあるのかを知らない。
「ミネアという街は、アトラス領のどのあたりに在るのでしょうか?」
「それなら、アトラス領の地図がありますから。」
グルム殿は、そう言って部屋を出ていった。
少しして、戻ってきたときには、大きな紙を巻いたものを持ってきた。
その紙をテーブルの上で広げた。
アトラス領とグラナラ領の地図だな。
随分と詳細に書かれてある。
「ここがマリムで、ここがミネアです。鉄道はアトラス山脈の西側を南北に走っています。キリル川の先で分岐して、アトラス山脈を越えて、ミネアまで繋がっています。」
ミネアの北側には、大きな湾があって、ミネアの対岸には、北から南に向けて半島がある。
このような半島が描かれている地図を見た事は無いな。
「この細い線は、何ですか?」
「等高線ですな。繋がっている線の場所は同じ高さです。海面の高さをゼロとして、高さがd1,000デシ(=172.8m)上ったところを順に表しています。」
「海の中にもありますね。」
「それは水深を表しています。」
この地図は、その場所の高さや海の底の深さも分るようになっているのか。
そんな地図を見たことは無い。
この等高線というのは、密に並んでいる場所と、間隔が広い場所があるが。
そうか、急峻なところは密になっていて、なだらかな地形だと間隔が広くなるのか。
鉄道が通っているところは、その等高線の間隔が大分広くなっているところだ。
なるほど、アトラス山脈で唯一低い場所を選んで、西側の鉄道から東の海岸まで繋ぐように鉄道を敷設したのか。
「素晴しいですね。こんな地図は見たことがありませんよ。」
「ただ、まだまだ、不正確です。なにしろアトラス領は広くて、測量を全ての場所に行なうことは出来ていません。
村や鉄道の周辺とか、ニケ様が指定した鉱石の場所、川の流域とかは重点的に調べてますが、そこまでですね。
そして、新たに領地となったアトラス山脈の西側は、まだ、キリル川の北ぐらいまでです。」
「しかし、これだけ正確な地図は、軍事的に秘匿すべきものなのでは?私などに見せても良いものなのでしょうか?」
「そうですな。ノルドル王国がそのままでしたら、軍事機密だったかもしれませんね。
今は、北と山脈に国境を有していたノルドル王国はありませんし、アトラス領の東は海で、その先の事は分りません。その先に国が有ったとしても、この情報を渡すことなど出来ませんでしょう。
まあ、そんな訳で、大陸の東端の地形など、今のところ、軍事的に意味は有りませんな。」
そうかもしれない。もし、アトラス領で戦闘が行なわれる時には、西から攻めてきた敵が大陸の東端まで到達したという事になる。
そんな事態になっているのなら、ガラリア王国は存在していないだろう。
この地図を良く見てみると、あちこちに何やら薄く書き込みがある。
何かが記載されているのだが、見たことの無い文字のようなものだ。
「この地図には、何かが記載されているようですが、これは?」
「ああ、この文字のようなものですか。これは、ニケ様が使われているエレメントというものを表す記号ですな。
ふむ。適当に、地図を持ってきたのですが、この地図は、鉱石の場所を記載したもののようです。」
何だろう。意味が良く分らないのだが……。そもそも、貴重な地図に書き込みなどするものだろうか……。
「ひょっとして、この地図は、何枚もあるのですか?」
「ええ。用途別に何枚もあります。ニケ様が原本を複写の魔法で何枚も作ってくださいます。それに、測量が進むにつれて、どんどん書き変わっていきますから、都度ニケ様に頼んで、複写魔法を使っていただいているんですよ。」
複写の魔法と聞いて、昨日リリス店主から聞いた話を思い出した。ジーナ・モーリという女性が使っているという魔法だ。
「複写の魔法というのは、ジーナ・モーリという女性の文官が使う魔法ですよね?」
「おや?子爵様は、ジーナ女史の事をご存じでしたか。もともとニケ様が使っていた魔法をジーナ女史が習得したと聞いています。」
そうだったのか。もともと複写の魔法はニーケー様が使っていた魔法なのか。
しかし、この大きさの紙に、これほどまで細かなものを、一体どうやって複写しているのだろう。
魔法の事なので、興味はあるが……。本人が居ないのでは、聞くことも出来ないか。
ふと、北にあるノアール川の支流のあたりに、不思議な記号(Au)があることに気付いた。
他の場所には同じ記号は見当らない。
「ここにある記号は、何ですか?」
「ああ、これは金を意味しています。先の戦争で、ノルドル王国は、この場所を奪おうとしたのですよ。ノルドル王国にとって、不幸なことは、この場所がアトラス領だったことでしょう。」
「すると、この場所から金を採掘しているのですか?」
「いえ。ここはあまりにも遠くて、気候も極めて寒く厳しい場所です。それよりは、こことかここで銅が取れますから、銅から金を分離した方が手間が掛らなくて良いのですよ。」
そう言えば、コンビナートでも、鉱石から銅を取り出して、そこから銀や金を取っていたな。
同じ記号(Cu)があちこちにある。アトラス山脈には、沢山の銅の鉱脈があるようだ。
ミネアの街のあたりから、北に向って、黒い線があるのだが、これが瀝青炭なのだろうか?
「このミネアのあたりから描かれてある、この黒い線は、ひょっとして瀝青炭のある場所なのですか?」
「ええ。そうですね。ミネアから北には、大量の瀝青炭があります。この線が描かれている場所で、瀝青炭が見付かっています。」
アトラス山脈の北半分以上の場所にその黒い線が描かれてある。
海沿いのコンビナートで、想像を絶する瀝青炭の量を聞いた。これだけ広い場所に瀝青炭があるのであれば、それも頷ける。
本当に大量に埋蔵されてるのだな。
その時、侯爵様と子爵様が部屋に戻ってきた。
二人とも憤っている様子だ。
「まったく、義父殿は、何を言っているのだ。」
「アイルとニケを気遣っているんだか、扱き使おうとしているんだか。」
「あら、どうされたんですか?」
「いや、鉄道の敷設についてだ。今の進捗が早いので二人に無理をさせるなと言ってみたり、年内には必ず開通させて欲しいと言ってみたり。一体何を考えているんだ。」
「ふふふ。それは、お父様も困っているんですよ。」
「訳が分らないだけだぞ。」
「孫のアイルやニケが可愛いから、無理はさせたくない。でも、陛下が年内に鉄道を完成させて欲しいと言っているから、それもどうにかしたい。板挟みなんですよ。」
どうやら、お二人は、無線機の部屋で、宰相閣下と話を続けていたみたいだ。
やはり陛下の希望で今年中には鉄道が王都まで繋がることになるようだな。
「そもそも、何で、アイルとニケに言わない。直接様子を聞いたら良いだろうに。」
「ひょっとして、お父様達、アイルとニケの無線機の周波数を知らないんじゃありません?」
「……。」
「なら、明日にでも教えて差し上げれば宜しいのではなくって?」
「ああ。そうだな。伝えていなかった様な気がするな……。」
その時に、私達の姿が目に入ったようだ。
「あっ。これはロッサ子爵殿。見苦しいところを見せてしまった様だな。
ところで、地図を広げて何をされていたのだ?」
「セメル宰相殿に、ミネアの場所を教えていただいていたのですよ。」
「ああ、ミネアか。けっこう北にあるだろう?マリムまで街道を通すのに、2月以上掛ったのだ。」
それから、ミネアの街を整備して、魔物に襲われたりしながら街道を通していった苦労話を聞いた。
辺境で、領地が広いのも大変な事だと思いながら話を聞いていた。
「それでも、鉄道が通ったお陰で、1日で移動できるようになった。海を船で移動するのも大体丸1日かかるが、船を出すとなるとそれなりに準備が必要になるのだ。
鉄道なら、機関車を動かせば良いだけなので、随分楽になった。」
「最初から、ミネアまで鉄道を通す予定だったのですか?」
「もともとは、南北に鉄道を通すだけの計画だったのだ。
なにしろ、拝領したのは良いが、高い山脈しかなくて、南北に長い領地なんて、どういう罰を受けているのかと思ったものだ。
アトラス山脈の東側は、船で移動することが可能なのだが、西側はそういう訳にはいかない。
アイルが鉄道を通せば、アトラス山脈の西側も船と同じ様に移動できるというのだ。
それで、最初はアトラス線と呼んでいる鉄道を通すだけの予定だった。
明日、ミネアに移動するときに、アトラス山脈を見てもらえば分ると思うが、山脈の途中が低くなっている。
海側から見てもミネアのあたりは、一段低くなっている。
それを見て、鉄道が通ると思ったらしい。
測量する者達に調べさせて、山越えの鉄道を急遽引いてくれた。」
「すると、鉄道を引いている途中で、思いついて山脈の反対側まで鉄道を引いたんですか?」
「そういう事になるな。そもそも、鉄道を引くなんて事は、アイルとニケじゃなければ出来ない。
二人の判断で、山を越えられると思ったのだろう。
このミネア線が有るのと無いのとでは、随分と違ってくる。
無ければ、アトラス領の大半は、アトラス山脈で分断されて、西と東で完全に別な領地になってしまうからな。」
それからは、鉄道を引いてからのアトラス領の調査の進捗の話になった。
鉄道がある事で、かなり北部まで、人を派遣することができた。
しかも、北部は、ノルドル王国の領地だった場所だ。
今でも、産業や植生などを調査する多数の文官を派遣して調査している途上という事だ。
ノルドル王国のだった場所は、畜産が盛んな場所らしい。
人口が少なく、乾し肉を作って、旧王都などに出荷していた様だ。
今は、鉄道があるので、比較的新鮮なままの肉をマリムに輸送できそうなのだ。
そのための街道を作ったり、することが山積みとの事だ。
その後、今日私達が写真を撮影した話になって、アトラス家、グラナラ家、セメル家の写真も見せてもらった。領主館で撮影しただけでなく、爵位授与式や、婚約式などの写真もあった。
私達家族も、その写真を見せてもらって楽しく過した。




