52.予約
「これから、話すのですか?手紙ではなくて?」
また、侯爵様、子爵様、宰相殿、そしてフローラ様が、何故か困った顔をしている。
四人で、何やら小声で、話を始めた。
「いや……まあ、良いのではないか?どうせ鉄道の駅や港には設置するのだし、マリムの街では秘密でも何でも無いのだから。」
それから、侯爵様が無線機という物の話を始めた。
遠く離れた場所と会話が出来る道具が有ると言うのだ。
それは、魔法を使っているのかと聞くと、アイテール様が作った、電気で動く普通の道具だそうだ。
ノアール川で戦闘が開始された時には、その無線機を使う事で、前線の砦から連絡が入った。
そこで、陛下に戦闘の開始を伝えて、善後策を話し合うために、小型船は無線機を乗せて王宮に向った。
ところが、王宮に無線機を持ち込もうとして、王宮の文官の抵抗に会った。
見るからに怪し気な道具を陛下の元に置くのを躊躇ったらしい。
何とか無線機の説明をして、陛下や宰相閣下、近衛騎士団長と会話できるようになったときには、戦闘が終了していた。
なるほど、それで、先程の話になるのか。
何となく納得したのだが、その無線機というのは、とんでもない道具ではないか。
軍事の事は分らないが、戦況を即座に伝える事が出来るなど、これまで無かった道具だ。
「それで、軍事機密にするという話になったのだが……無線機というのは、アイルが4歳になったばかりの頃に作ったものだ。
便利なので、マリムの街では、警務団の詰所、マリムにとって重要な場所のダムや浄水場、コンビナートなどに設置して使うようになった。それが戦争の1年以上前なのだ。」
困り顔で、子爵様が話された。
「今では鉄道の各駅にも設置している。ミネアの代官屋敷にも設置してある。
今、アイルとニケが鉄道を敷設しているが、何時でも連絡が取れるようになっている。
当然、王宮の陛下のところにも、国務館にも設置している。
あの当時もそうなのだが、今さら軍事機密と言われても、それが無いとマリムの街の安全の維持や街の管理が出来ない。
実は、今、テーベ王国が怪しい動きをしているらしいのだ。
対抗するために、鉄道の敷設なども、国内の物流を向上させて備えたいのだ。
軍事的にも重要になりそうな、この無線機なのだが、生活の維持にも使われている。
この無線機を、どう管理するのか、王国では、まだ決まっていないのだ。
ただ、この道具はアイルとニケが協力しないと作ることが出来ない。
半導体とか言うものが必須なのだそうだが、当然ながら我々には全く解らん。
まあ、そんな事もあるので、この話はここだけに留めておいてもらうのが良いと思う。」
話を引き継いだ侯爵様がかなり物騒な話をされた。
ノルドル王国だけでなく、テーベ王国にも不穏な動きがあるのか……。
もし、ノルドル王国が存在していて、両国が同時に攻め込んできたら、どうなるのだろう。
ノルドル王国が滅んだことで、今は、テーベ王国だけを見ていれば良くなった。
それで、あの陞爵だったのだな。二階級の陞爵とは、随分と異例だと思っていたのだが、そういった理由もあったのだろう。
この時、コンビナートと海沿いのコンビナートでの応答を思い出した。
「ひょっとすると、私達家族が、コンビナートや海沿いのコンビナートを訪問した時には……?」
「ああ、コンビナートと、海沿いのコンビナートから無線機で連絡があった。
先触れで、今日訪問されると聞いていたので、丁重に対応するように伝えたのだ。」
これで、何となく引掛っていたことが理解できた。
そう言えば、マリム大橋に奇妙な道具があったな。
「昨日、マリム大橋を渡ったときに、鶏の形をしたものが付いている回るものがありましたが、あれも無線機という道具を使っているのですか?」
今度は、宰相殿が応えてくれた。
「それは、風見鶏ですな。あれは気象観測をしている道具だそうです。アトラス領には、既にd100(144)ヶ所以上の場所に設置してあります。
全てアイル様が無線機で、各場所の情報を領主館に送っています。
2年ほど前の大きな嵐、颱風と言っていましたか。
それがマリムに来るのが分ったのが、そういった気象観測のお陰だったそうです。
今では、専門の文官が付いていて、異常が発生していないかを確認しています。」
やはり、この領地は、おなじガラリア王国の領地とは、様々な事が違っているのだ。
無線機については、宮中晩餐会などで話をするのは流石にマズい。
陛下もご存じならば、私から話が広がったとなったら、本当の意味でヤバいかもしれない。
自然と噂になったあたりで、初めて聞いた振りをするぐらいが良いだろう。
とりあえず、無線機の話はそこまでにして、ミネア旅行をどうするかという話に戻った。
そう言えば、瀝青炭の採掘もミネアでやっていると聞いていた。瀝青炭の事を聞いたら、アトラス領の瀝青炭は、ミネアから北部に層を成しているのだそうだ。
それも興味がある。
マリム滞在は、当初の予定で1週間の積りだった。あまり時間も無いので、早速明日からミネアに向うことにした。
それを聞いて、侯爵様が無線機で、マリム駅の鉄道を運営しているところへ連絡をしてくださることになった。
無線機を置いてあるという部屋に皆で移動した。
四角い道具が机の上に置いてある。何本か壁から線が出ていて、それが道具に繋がっている。
この部屋には、そういった道具が8台ほどあった。
無線で連絡をしているところを見せてもらったのだが、それらのうち、1台の前に行って正面にあるボタンやつまみを操作した。
四角い道具から声が聞こえる。どうやら、マリム駅の担当者と会話をしている。
侯爵様は、箱の前にある丸みを帯びたものに話掛けていた。
会話が成り立っているので、本当に先方と話をしているのだろう。
明日の3時(午前10時)のマリム駅発の寝台車と食堂車を準備してくれることになった。
寝台車とは、椅子を操作すると、寝台となって、夜間は睡眠を取ることが出来る車両なのだそうだ。
定員はd20(=24)名と言っている。それならば、何人か文官も連れて行くことにしよう。
食堂車は、言葉通りに、食事が摂れるのだそうだ。
鉄道の手配が終ったところで、
「それで、何時、マリムに戻る予定です?」
ミネアへ行って、着いた日と翌日に見学をして、その翌日に帰る予定を伝えた。
「それでは、グルム。頼む。」
今度は、セメル宰相殿が、無線機のつまみを回して、ボタンを押した。
少しして、機械から声が聞こえてきた。
「はい。グロスです。」
「あっ。私だが、連絡が有ってな。変りなくやっているか?」
「ええ。特に何も問題は無いです。今日、船が着きましたので、明日から積み込みになります。」
「そうか。実はお客様がそちらを訪問する。明後日と明々後日の二泊だ。
お客様は、ロッサ子爵様とご一家だ。奥様と娘様2人と息子様1人だ。」
「えっ。子爵様ですか?初めてですね。貴族の方がいらっしゃるのは。
えーと。お子様の年齢は?」
「おっ。そうか……。
ロッサ子爵様、今話をしているのは息子のグロスです。
お話しになりませんか?」
突然、こちらに振られた。あっ、娘達の年齢を聞いていたな。
「ラザル・ロッサです。初めまして。」
「あっ。ロッサ子爵様ですか。初めまして。グルムの息子のグロスと申します。ミネアで代官を勤めています。」
「明後日から、お世話になります。よろしくお願いいたします。」
「初めて貴族の方をお迎えするので、色々と行き届かない事もあるかもしれませんが、ご容赦下さい。
それで、お部屋を準備するのですが、娘様と息子様のご年齢は?」
「ああ、上の娘が19、息子が15、下の娘が13だ。」
「分りました。それでは、御夫婦に1室、娘さん達はそれぞれ個室でも大丈夫でしょうか?」
「ああ、ありがとう、それでお願いする。」
「他に帯同される方は、いらっしゃいますか?」
「同行している騎士が3名、文官が5名居るのだが、全員連れては行かないかもしれない。」
「わかりました。それぞれ部屋だけは準備しておきます。それで、こちらに到着される時刻は?」
これは、私には分らない。何時、ミネアに到着するのだ?
先程まで、話をしていた宰相のセメル殿の方を見ると、会話を替ってくれた。
「グロス、私だ。子爵様達は、マリムを3時(午前10時)発の鉄道で移動される。そちらに着くのは……」
顔を見ずに自己紹介をしたのは初めてのことだ。
初めて無線機というものを使って、少し興奮したのか、鼓動が速くなっている。
しかし、便利なものだな。
ミネアという街がどのぐらい離れているのか知らないが、普通に会話しているのと然程変わらない。
相手の表情が見えない不便さはあるが、連絡などだったら全然問題は無いだろう。
その時、別な道具から、ブー、ブー、ブーという大きな音が聞こえてきた。
侯爵様が、音を出している道具の前に移動した。
硬い表情になっている様だが、何なのだろうか?
侯爵様は、道具のボタンを押して、「はい。アウドです。」と応えた。
「おっ、今回は、随分と早いな。」
「無線機を使っていたので、無線機の部屋に居りました。それで、義父様、何かありましたか?」
「鉄道の敷設はどうなっている?」
「それは、今日の朝にご報告したとおりです。夕刻にはサルチ領の敷設が完了したそうです。」
「随分と予定より早いではないか?あの二人に無理をさせたりはしていないだろうな?」
「いえ、そんな事はありませんよ。二人の判断で進行度が決まっているのですから。」
「しかし、早すぎないか?」
「早く終らせて、領地に戻って来たいのではないかと思いますが。」
「それが、無理をさせているという事なのだ。」
「ならば、鉄道の敷設を停止したら如何ですか?そもそもの負担は、それなのですから。」
「いや……それは、陛下の強い要望であるからな。まあ、無理をさせていないのであれば、それで良い。
ところで……」
小声で、隣に居たセメル殿に確認した。あの会話なら、王国宰相閣下なのは分っていたのだが、やはり宰相閣下だった。
小声話を続けた。
「よく、お二人は話をされるのですか?」
「ええ。ほぼ、毎日ですね。
それだけ、色々依頼したい事もあるのでしょう。
それに、もともと、アウド様の上司ですし、義父様ですから。
部屋から出たほうが良いかもしれませんな。
今日の雰囲気だと義親子の口喧嘩になりそうな雰囲気です。
顔が見えない所為なのか、多少口調が荒くなっていく事があります。
無線機の弊害じゃないかとも思うのですが……。」
直ぐに、セメル殿に促されて、部屋を出た。
しかし、本当に便利なものなのだな。
今の無線は、王宮からのものだ。
王宮とマリムとは、とんでもなく遠い。
そんな場所と、顔を見ることはできなくても、話が出来るのか。
息子のムザルが、私の服を引いた。
「最後の人は、誰だったの?」
「王国宰相閣下だ。」
「えっ!」
目の玉が飛び出そうなほど目を見開いている。
この年齢なら、姿を見ることも声を聞いたことも無いだろう。雲の上のお方だ。
妻も娘達も驚いていた。
私も、遠くに見たことは有っても、直接話をさせて頂いたことは無い。




