4N.施策
まる1日観光をして、ボーナ商店のリリスさんに紹介された店で、夕食を食べて宿に戻った。
宿に「6時半(午後5時)にお越しいただきたい。もし良ければ夕食を一緒に」という伝言がアトラス侯爵から届いていた。
子供達が寝室に下ったので、文官達を集めた。
今日、私が見聞きした情報と、文官達が入手した情報の擦り合せを行なうためだ。
領地に戻って十分な検討を出来る情報を入手しなければならない。
鉄道が大量の荷を高速で運べることは、文官達も掴んでいた。
そして、鉄道が開通すると、ロッサ領に大きな影響が出るということも。
ロッサ領への影響については、ここで議論しても答えを出せる訳ではない。
大事な事は、鉄道計画の把握と輸送の際に発生する費用がどうなのかといった情報を得ることだ。
これは、領地に居ては、情報を入手すること自体難しい。マリムに居る間に、
現状の鉄道の運用状況の詳細情報の取得や、将来どうなるのかを見極めめないとならない。
これは、昨日指示をした、ユリアン、フラムル、ルークに引き続き依頼した。
そしてリリス店主から聞いた、これまでの関税と、船や鉄道での荷の運搬による利点を説明しておいた。
政策関連として、今日私の家族で観光をした際に得た様々なアトラス領での施策について、施策に掛る費用や実施体制などの詳細を調べてもらう事にした。
今日、観光したことで仕入れた項目を伝えていく。妻は、私の話に補足してくれた。
・アトラス領には上下水道が設置されていて、幼児の罹患率が激減していること。
・薬というものがあって、それにより幼児の死亡率が激減していること。
・出産を理由に、商店や工房から雇用契約を解除されないこと。
・幼児や子供を預かる施設があり、子供を産んだ母親が職業復帰しやすくなっていること。
・老人を介護する施設があること。
・テラコヤという子供が読み書きソロバンを習う場所が随所に有ること。
・精鋭養成学校という名前の学校があり、文官や商人を養成していること。
・領民台帳というものがあり、領民かそうでないかを判断できること。
・商業ギルド・工房ギルドで商人や職人の職の斡旋や管理がされていること。
・炭焼きという職により、経済的に苦しい領民に職を与えていること。
「領主様、奥様。それだけの内容をどうやって調べたんですか?」
ヴァエルは、私達が上げる施策についての項目の多さに驚いていた。他の文官達も同様だ。
「観光しながら、街の者に聞いただけだ。」
嘘は言っていないな。唯、街の者というのが、神殿の司祭や馭者のサムロだったってだけだ。
「これらの項目の幾つかはロッサ領でも実施できるかもしれない。
実施した場合の課題を抽出して欲しい。
項目が多いので、施策に関しては、引き続き、ヴァエル、ケッカで調べてもらうのだが、フラムル、ルーク、ユリアンも鉄道と船の運行についての調査の手が空いたら、手伝ってやってくれ。」
今日、文官達が仕入れた情報の報告を受けた。
あまり進んではいない。領主館や国務館での対応窓口を掴んだぐらいだった。
それでも、調査項目が明確になれば、情報を引き出すことも容易になるだろう。
文官達を労って、会議を終了した。
ヴァエルが部屋に戻る際に、商業ギルドに明日の朝、出向いて、今日のボーナ商店で購入した衣装の支払い手形の確認をしてほしいと頼んだ。
ヴァエルは、商業ギルドを訪問する時に、商業ギルドについて情報を得てみると言った。
文官達のと打ち合わせを終えて、妻と今日あったことを話し合った。
妻も、アトラス領があまりにもロッサ領と違っている事に戸惑っていた。
しかし。疲れた。
驚き疲れたのか、情報が有りすぎて、頭の中が整理できていないのかどちらなのだろう。
どちらでも良いか。早めに就寝することにした。
翌朝、宿の受け付けで、宿の側で、食事が取れる所が有るかと聞いた。
この宿の隣に、宿が経営するカフェが有ると言われた。
最初カフェと言われて、何か分らなかった。茶と軽食を出す店だそうだ。
昨日、食事をする場所として勧めなかったのは、開店が2時(午前8時)からで、昨日、宿を出た時刻には開いていなかった。
家族、文官、騎士を引き連れて、そのカフェというところで朝食を摂った。
この店の名前は、「海の雫」。宿の名前が「海の幸」。もともと港町だったからだろうか、「海」が店名に入った店が多い。
昨日、リリス店主に連れていってもらった店は「海の恵」だったな。
間違えたり、混乱したりしないのだろうかなどと、どうでも良い事を考えてしまった。
朝食は、フワフワパンと定番のベーコンと目玉焼き。
しかし、この物騒な名前は誰が付けたのだろう。卵を割って、そのまま焼いたものだ。無理やり目玉に見ようと思えば見えなくもないが……。
マリムではこの料理は、どこでもこの名称だ。誰も変だとは思わないのだろうか?
ベーコンとは何かを聞いたら、豚肉の塩漬けを煙の中で炙って水分を除いたものらしい。これもマリム特有の食材だ。良い香りがして、肉の味が濃縮されている。
この朝食、名前はともかく、味は良いのだ。
ベーコンを、固まりきっていない卵の黄身と合せて食べると、卵のほのかな甘みと、ベーコンの塩味、肉の味が相俟って、なかなか美味い。
息子は、店の人にベーコンの厚さの希望を伝えて、4倍ぐらいの厚さにしたものを頬張っていた。
朝食を食べながら、家族に今日何をして過すか確認した。夕方に領主館に行くまでは、昨日注文した衣装をボーナ商店で受け取る以外に、特に用事らしい用事は無い。
家族からは、当然の様に街の有名店を廻ると言われた。聞くまでも無かったな。
王都にも店を出している大店の本店があるのがマリムだ。
有名なところでは、雑貨や陶器、ガラス、メガネ等を扱っているエクゴ商店。
彩色陶器やガラス製品で有名なコモド商店。
昨日衣装を誂えたボーナ商店はアトラス布、紙製品でも有名だ。
そして、王宮にも家具を納めているルキト木工工房。
芸術的なガラス工芸品で有名なレオナルド陶器工房。
そうそう、名工と名高い工房主のガゼルが主宰しているガゼル鍛冶工房、鋼の剣を作っている。ここは……家族向きでは無いか……。
どの商店も工房も王国中に名を馳せている。
そう言えば、薬を生産している工房の名前も聞いたな。王都周辺では聞いたことが無かったのだがコラドエ工房と言っていた。
家族達と相談して、午前中に、エクゴ商店とコラドエ工房を訪ねることにした。
コラドエ工房は、私と騎士の意見が、少し……大分入っている。
連れてきた騎士達は、私達家族の護衛なので、家族が行く場所にしか行けない。
コラドエ工房に行くことを決めると、騎士達は心無し喜んでいたようだ。
ふむ、交代で時間をやって、鉄剣を誂えてやっても良いかもしれない。
まあ、後日だな。
仕事を任せている文官達と別れて、エクゴ商店へ向った。
この場所からだと、駅の方向に少し歩いたところだと聞いた。
エクゴ商店に着いてみると、大通りを挟んで、ボーナ商店が向いにあった。
ここが、この街の中心部という事なのだろう。人通りも多い。
エクゴ商店の中に入ると、まだ朝の時間なのに人が多い。
元々、雑貨店だったと聞いているのだが、取り扱っている商品は多様だ。
陶器やガラス製品が数多く置いてある。
家族には、この店で飛び付いて商品を購入するのは、控えてもらった。
衣装はボーナ商店一択なのだが、雑貨類は、コモド商店や、レオナルド陶器工房などでも売っている。
他の店の様子も見て、吟味して購入するように言い含めた。
電気を使って利用する道具も数多く置いてあった。
船や宿にあった、髪を乾かす道具、お湯を沸かす道具など、魔法があれば出来るものが多い。
しかし、殆どの者は、魔法が使えないのだから、有ると便利なのだろう。
そして、魔法では無理な、部屋を照らす照明などというものもある。
逆に電気を使うこれらの便利な道具があれば、マリムでは、魔法の優位性も限られてしまうのだな。
電気という不思議なものが必要なこれらの道具は、アトラス領では使えてもロッサ領などの他領では使えない。
王国全体で見ると、魔法の優位性はそのまま維持されている。
店を見て廻ると、見たことの無い製品が溢れている。見ているだけでも興味が尽きない。
奥に入ると馬車があった。
エクゴ商店では馬車も購入できるのか……。
馬車の価格が、思っていたより安かったことで、一瞬、ここで馬車の購入を考えた。
しかし、マリムからロッサ領までどうやって運ぶのかを考えて思い止まった。
今は、マリムから王都に向けて物が溢れ出している。昨日聞いた関税の問題もある。状況を見てからにしようと判断した。
そうは言っても興味がある。
商店で売り子をしている男性から、最新の馬車の仕組みを聞いた。
これまで、左右の車輪は車軸で繋っていたのだが、4つの車輪を独立にすることが出来たのだそうだ。四輪それぞれに揺れ止めが着くことで、馬車の揺れが大幅に改善された。
車輪が軽くなり大きくすることが出来た。そのため轍に嵌りにくくなった等々、様々な改良点をセールストークしている。
なるほど、日々、改良が行なわれているのか……。やはり様子見をして正解なのかもしれない。
天候の悪い時の移動には便利だろうが、特に困るという程の事も無い。
これまで、馬車が無くても何とか成っていた。
落ち着いてから考えても遅くは無いだろう。
1時(2時間)ほど、エクゴ商店の中を見て回った。子供達は、珍しい道具類に興奮していた。
妻に、そのうち、物の動きが落ち着いてきたら、馬車の購入を考えようと話した。
それに、ロッサ領へも定期船が運行するようになるかもしれない。
そうなれば、馬車の入手は随分と楽になる。
エクゴ商店の売り子に、コラドエ工房の場所を聞いて店を離れた。
コラドエ工房は、大きな通りから外れた小さな通りに面した場所にあった。
ボーナ商店やエクゴ商店の様な華やかさからは懸け離れている。
工房の中に入っても、店の中には客と思われる人が居ない。
店の中には色取り取りの絵の具や染料が置いてある。
ここは、染料の店なのか?
妻と子供達は、沢山並んでいる染料を見に行った。
「あっ。いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
年配の長身の男性が声を掛けてきた。
「ここで、熱を下げる薬を売っていると聞いたのだが。」
「ええ。扱っております。領民番号を教えていただけますか?」
領民番号?ああ、領民台帳に関わるものだな。
しかし、領民番号など何故聞くのだろうか……。
私が黙しているのを見て、再度声を掛けてきた。
「ひょっとして、他領の方でしょうか?」
「ああ。申し遅れた。陛下から子爵の爵位を頂いてロッサ領を拝領しているラザル・ロッサだ。」
「子爵様でしたか。それは失礼いたしました。私はコラドエ工房の工房長をしているヤシネ・コラドエと申します。それで、何か身分を証明するようなものをお持ちでしょうか?」
そう聞かれて、陛下から身分証明のために頂いているメダルを見せた。
「重ね重ね、失礼いたしました。確かに子爵様でいらっしゃるのですね。ロッサ領は、王都に近いロッサ川の河口にある領地ですね。」
私が頷くと、この工房長は、重ねて聞いてきた。
「それで、ガラリア王国の中央の領主の子爵様が、解熱剤についてお聞きになったのは何故でしょうか?」
それから、解熱剤の事は、マリム神殿で、幼ない子供達の命を救うのに有用なものだと聞いたこと。
この解熱剤は痛み止めとしてアトラス領の騎士団が沢山入手していると聞いた。
一緒に居る騎士達も大変興味を持っている。
そして、子供達の命が助かるのなら、是非我が領地でも使いたいと伝えた。
「なるほど、そういう事ですか。
しかし、ロッサ子爵様が領地でこの薬をお使いになるには、領主様の許可が必要になるかもしれません。」




