49.関税
「あら、最初から真面目なお話ですね。
マリムから、王都やその周辺の領地へは、これまでも大量の荷が運ばれてましたから……マリムには、それほど大きな変化は無いんじゃないでしょうか。
マリムで生産できる量にも限りがありますからね。
それでも年々荷は増えています。今後、ますます増えると思いますけど。
大きな変化あるのは、マリムより、王都周辺じゃないですか?
遠い王都まで、沢山の領地を経由して荷を運んでましたので、関税を各領地で取られてました。船で運ぶと目的の王都へ着くまで、関税が掛りませんでしょ。
マリムほどでなくても、王都でも手に入りやすい金額になると思います。」
「それほど関税の影響があるのか?」
「ふふふふ。あらあら、それをロッサ子爵様が仰られるのですか?
アトラス領は、東の端の領地でございますでしょ。中央の王都周辺まで、何デイル(12)もの領地があります。各領地での関税がそれほど高くなくても、総額にするとかなりの金額になります。
それに、物の金額は、前の領地での金額で計算しますから、王都に着くまでに、関税が加わった金額に関税が掛って、最後にはとんでもない金額になります。」
なるほど、それは見落していたな。自領での関税の事を考えたのだが……。
関税に関税が掛るのか。
それも仕方が無いのだろう。入ってくる荷の金額に関税をかけるのだ。もともとの生産地での価格は意味が無い。
大体、関税は、荷の金額の1/12から1/24と聞いているのだが……。
ん。掛け算しなければならないのか?簡単に計算出来ないな。
「最終的に関税は、どのぐらいになるのだ?」
「王都までの経路も色々ですからねぇ。
安いところは、盗賊が出たりするので、関税だけでは済まない部分もあります。
でも関税だけ見て、安いところで、元の値段の8倍ぐらいにはなりますね。」
なんと。
ボーナ商店の金額が破格に安いと思った……運送費の所為だろうと思っていたのだが関税の所為だったのか。
鉄道は、どうなるのだ?
「船の利点は理解できたのだが、鉄道はどうなるのだ?他の領地を通るだろう?」
「そうですねぇ。
どうなるんでしょう?
領地を跨いで、鉄道なんてものが走ること自体初めての事ですからね。
私達商人も、とても気になっているところです。
ただ、関税を取るための理由がありませんからねぇ。
鉄道が通る領地では頭を悩ませているんじゃありませんか?」
「関税を取るための理由?」
「あっ、そうでした、ロッサ領は、川と海との交易が主でしたわね。
街道にある領地は、関税を街道の整備に費用が掛ることを理由にしています。
鉄道は、アトラス領で管理するでしょう。
アトラス領のように鉄を生産できなければ、修繕も出来ません。管理なんて、鉄道が通るだけの領地には無理でしょう?
そして、鉄道が通る土地は、そもそも国王陛下のものです。
鉄道が通る領地に関税を掛けるための理由が無いのですよ。
陛下の肝煎りで通した鉄道から、どうやって関税を取るのか。
ふふふふ。
見物ですね。」
楽しそうに微笑んでいるが……やはり大店の店主なのだな。
こちらの肝が冷える。
関税か……ウチの領地でも、川と海で荷を積み替えるときに関税を掛ける。
荷卸しの人工を管理するにも金が掛るのだ、ある意味それは正当な請求だと思うのだが。
しかし、本当に、鉄道はどうなるのだろう。
「それならば、船だけで荷を運んだ方が良いのではないか?」
「それは、これからの状況次第なんですけれど……。
船で荷を運ぼうと思うと、如何しても積み卸しに時間が掛りますね。
こちらの手元を離れて、支店に着くのが大体2週間ぐらいでしょうか。
ただ、これまで、2月は掛っていましたら、とても速いのです。
既に、王都での在庫の持ち方の調整をしています。
そのぐらい、色々影響は出てくるですが、鉄道だと、もっと速くて、4日ぐらいで届くのではと思っています。
船だと嵐の時には、大幅に遅延しますし、暫く出荷できないかもしれません。
関税がどうなるのかというのもありますが、これまで街道を使っていた時もそうでしたが、結局のところ、経路は複数あった方が良いんですよ。」
ふーむ。そういう事になるのか。
本当に、これからの状況を見ていかないと分らないのだな。
十分に聞きたい事は聞けた。
丁度料理も来たので、話題を替えてみる事にした。
「しかし、観光馬車とは、上手い商売の方法を考えましたね。」
「ええ。売上にかなり貢献してくれています。
でも、これは、私が考えた訳じゃないんですよ。」
「また、ニーケー様ですか?」
「いいえ。ジーナさんて言う女性の王宮文官の方です。」
ジーナ?なにか聞き憶えがあるのだが……。
「王宮の文官が、このアトラス領に?ああ、国務館に来た文官の人ですか?」
「ええ、その方も国務館に異動になって来てますね。
でも、最初に会ったのは去年の博覧会の時でした。
王宮の、考案税の調査官として、視察にいらっしゃったんですよ。
ジーナさんは、ニケ様の考案の担当で、随分と勉強熱心な方です。
ずっとニケ様やアイル様の研究所に通って、学んでいたそうです。
一通り視察が終った後で、マリムの街の観光に、馬車を使ったと仰ってたんです。
それでこの商売を思い付いたんですの。」
ニーケー様と知り合いのジーナ……。
あっ。
爵位授与式の晩餐会での場面を思い出した。
「ひょっとして、そのジーナさんというのは、ジーナ・モーリという名前では?」
「ええ。よく御存じですね。モーリ男爵の末娘さんだそうですよ。」
「いえ、その娘さんの事は良く知らないのですが、爵位授与式のときの王宮の晩餐会で、アイテール様とニーケー様と親し気に話をされていましたから。」
「あら、晩餐会の時にニケ様達は、ジーナさんと会えたのですね。
それは、よかったです。
アイル様もニケ様も、ご親戚以外には、王都には知り合いが居ないので、ジーナさんと会うことを楽しみにしてました。」
「それで、そのジーナさんは、今は国務館に居るんですか?」
「ええ。とても優秀な方で、今は、国務館で管理官をされています。
赴任してきたときに挨拶にいらっしゃって、いろいろ役に立つ提案をしてもらいました。
そうそう、私は魔法の事は良く分らないのですが、先日会ったときに聞いた話では、ジーナさん、突然魔法が使えるようになったと言ってました。
ジーナさんは、もともと魔法が使えなくて王宮の文官になったのだそうですけれど、そんな事もあるんですね。
その時、複写の魔法というのを見せてもらいましたが、それが、また、吃驚するような魔法で……」
話を聞いていて、混乱してきた。
成人してから魔法が使えるようになった?
あの娘は、どう見ても20歳ぐらいだった。
どういう事だ。
そんな話は聞いたことがない。
しかし、王宮で文官をしていたのなら、魔法は使えなかったはずだ。
魔法が使える貴族の娘は、他の有力な貴族との政略結婚のための大切な財産になる。
親は、王宮で文官になんかにしないだろう。
本人が希望したところで、絶対に反対する。
しかし、何が有ったのだ?
これも、ニーケー様達が関わっているのだろうか……。
「ロッサ子爵様?どうかされました?」
「いや、申し訳ない、成人になってから魔法が使えるようになるという事を聞いたことが無いので、少し驚いてしまった。
それで、その吃驚するような魔法というのは、どんな魔法だったのだ?」
複写の魔法の説明を聞いたが、それは、また、とんでもない魔法だった。
紙に記載されている文字をそのまま、別な紙に写す。
一体どうしたら、その様な事が出来るのか想像も出来ない。
私が言葉を発することができなくなっているのを見て、リリス店主は、また面白そう微笑んでいた。
「ふふふふ。私、これまで、貴族の方々と色々とお話をしましたけれど、魔法の事で貴族の方を驚かすことが出来たのは初めてです。ふふふふ。」




