48.騎士服
「まあ、まあ、まあ。子爵様方、ようこそボーナ商店へお越しくださいました。
本日の観光は如何でしたか?」
その女性はリリスと名乗っていた。
ここ数年で、王国内最大規模の服飾品店になったボーナ商店の店主だ。
なかなかの人好きする感じの女性だ。
そしてやり手の店主のようだ。
今日使った観光馬車は、ボーナ商店が運営している。
サムロは、ボーナ商店に雇われていると言っていた。
上手い事を考えるものだ。観光馬車の終点はボーナ商店だ。
観光なんてものは、その土地特有の景観や見たことのない物を見て、買い物を楽しむ。その為に態々手間を掛けて移動するのだ。
終点が、有名なボーナ商店なら、虫が灯火に誘われるように、店内に入るだろう。
まあ、それで、今、私はボーナ商店の中に居る。
まんまと、期待通りになっているのは、何か癪だが、妻達は喜んでいるのだから良いのだろう。
妻たちは、店主が態々出迎えていてくれたので、ニコニコしながら新しい衣装の説明を聞いている。
随分と王都で見る衣装の金額と違って安いようだ。
桁が一つ違っているかもしれない。
店を見渡してみると、変った衣装が目に付く。
筒袖の衣装だな、これは。
店の奥の方に、船員達が着ていた衣装がある。
リリス店主が、一通り妻達に説明を終えたのか、こちらにやってきた。
妻達を見ると、気に入った衣装があったらしく、個別に店員と色々細かな事を話している。
「ロッサ子爵様、何かお気に召したものは、ご在ますか?」
「あそこにあるのは、船員が着ていた衣装ではないか?」
「左様で御座います。船員の制服は、私どもが誂えております。
他にも、鉄道員の制服、コンビナート、海沿いのコンビナートで働く者の制服を手掛けさせていただいています。」
「しかし、随分と変わった衣装ではないか。何か理由があるのだろうか?」
「これらの衣装の元になったのは、ニケ様の助手の方々の衣装なのです。
ニケ様の助手の方の仕事は、随分危険なものを扱うそうで、第一に動きやすいこと、第二にもしもの時に、衣装を脱ぎ捨てやすいことが必要と言われました。
従来の衣装では、装飾が多くて、色々問題があったのです。
実は、そういった事は、船員の方々や、鉄道員、コンビナートで働く人にも当て嵌ります。
それで、ニケ様にお願いして、鉄道員の制服を皮切りに、船員の衣装を考えていただいたのです。
これが、なかなかの評判になっています。今、マリムでは鉄道員と船員は花形の職業ですから、この制服を着ることが若い子達の憧れになっていますわ。」
なんと。またニーケー様の名前が出てきた。
こんどは衣装か。あの娘はどれだけ多才なのだ。
「実は、アトラス領の騎士様達も、この筒袖の衣装を使っているんですよ。」
「騎士もなのか?」
「ええ。先の戦争で、筒袖の防寒装備を着用されていたのですが、随分と動きやすかったそうです。防寒仕様でない普通の装備もこのような筒袖の装備を使われています。」
そう言うと、リリス店主は、奥にあった衣装を持ってきて見せてくれた。
ふむ。この衣装は人の形そのままなのだな。
騎士は、普通の服に防具を着けている。普通の衣装は、布が多く、布が余る部分は、防具の中に入れる。
それが時に引き攣れになって、動きの邪魔をしたりする。
最初から、この形の衣装なら、布の引き攣れを修正する必要は無い訳か。
しかし、良く見ると、この衣装は、沢山の布を縫い合せて作ってある。
これでは、作るのに手間が掛ってしまうだろう。
私が、騎士の為に作ったという衣装を見ていると、妻が側にやってきた。
「おや。もう注文は済んだのか?」
「ええ。流石、ボーナ商店の本店です。品質も価格も、王都とは大分違います。なにしろ、仕立てが丁寧で綺麗ですわ。
ところで、貴方は何を見ているのです?」
「ああ、これか。これはアトラス領の騎士の衣装だそうだ。」
「騎士の衣装?アトラス領は、他の領地とは色々と違うのですね。
でも、この衣装、沢山の布を縫い合わせてませんか?
これだと作るのは大変そうですね。
でも、縫い目が綺麗ですね。
先程も思ったいたのですけど、ボーナ商店の衣装って、縫製が綺麗ですね。
よっぽど優秀なお針子さんが居るんですね。」
そう言われて、見ると、確かに縫製が整っている。
この複雑な衣装を綺麗に縫えるということは、相当に腕が良いのだろう。
「それに……縫い目に乱れが全然ありませんね、凄い腕前としか言いようがありませんわ。」
「なるほど。そう言われればそうだな。流石ボーナ商店ということなのか。」
「ふふふふ。嬉しいですね。子爵様の奥様に褒めていただいて。私のところのお針子は優秀なんです。だけど、少し違うんですよ。ふふふ。」
私達夫婦の話を横で聞いていたリリス店主が、面白そうに笑っている。
「実は、この縫製はミシンという道具を使っているんです。」
「道具?裁縫をする道具があるのか?」
「事情を話すと少し長くなりますが……。
一昨年のことですけれど、当時のアトラス領は、北の国境で、隣国と睨み合いになっていました。
その場所は、秋には大分寒くなっていて、冬を越すためには、さきほど子爵様に話をした防寒装備が必要になったんです。
それで、ウチの店に大量の防寒装備の発注がありました。
宰相様からは、ニケ様に考えがあるという事で、ニケ様に全面的に助けていただきました。
その時に作った衣装が、筒袖の衣装です。
騎士様が寒さを感じることもなく、剣を振るうのにも邪魔にならない不思議な衣装です。
ただ、その衣装は、今の筒袖の衣装と同じで、沢山の布を縫い合わせて作らなければならなりません。
そして納期がとても短かかったので、間に合わせる為の人手の工面をどうするか悩んでいた時に、ニケ様がとても速く縫うことが出来る仕組を考えて、それをアイル様が形にしてくださったのです。
最初見たときには、どうして縫い合わせることが出来るのか不思議でしたね。
機械に布を通すと、縫えているんですから。
それが、ミシンという道具です。
今では、どの衣装もそのミシンを使って縫製してるんです。
ウチのお針子さんは優秀で、そのミシンを使って、騎士さんの衣装ぐらいでしたら、あっという間に作ってしまうんです。」
いやはや、そのお二人は、この領地の領民の生活に、どれだけ深く関わっているのか。
今日、一体何回、ニーケー様の名前を聞いただろうか……。
「それで、奥様、この筒袖の衣装だと、体の線が良く見えて、女性は、より魅力的に見えるんですよ。
女性が美しく見える衣装を多数取り揃えてあるのですが、興味は御座いませんか。」
「あら、でも、体の形が露になってしまうと……少し恥しいですわ。」
「でも、こういった衣装に、この用に、重ね着をすると、これまでの衣装とあまり見栄えは変らないでしょう?
でも、こちらの重ねた布は薄いので、美しい姿が僅かに見えるのですよ。
肌を出している訳ではありません。衣装が見えているだけですわ。
奥様の様に姿の美しい方がお召しになられると、殿方の視線が釘付けになりますわ。」
「あら、そんなものかしら?」
「実は、伯爵の奥方の……様が、今度の王宮晩餐会で……」
流石のセールストークだな。
少し二人で話をしていたが、興味を持った妻は、その筒袖の衣装を誂えてもらうことになったようだ。
私も3着ほど、衣装を新調した。
家族全員の採寸が終った。
今回、新調した衣装は、全て明日の昼には出来上がると言っていた。
例のミシンの威力なのだろう。普通は、何日も待たされるものだ。
支払いに手形は使えるそうだが、やはり商業ギルドでの確認が必要になると言われた。
これも、文官のヴァエルに頼んでおこう。
一通り用事も済んだので、宿に戻ろうと思ったところで、リリス店主から、夕食の誘いを受けた。
特に、夕食の場所を決めていなかったことと、商人の目から見た、船や鉄道の影響を知りたかったので、誘いに乗ることにした。
ボーナ商店の者に夕食の誘いを受けたことを、宿に連絡を頼んだ。
その店は、ボーナ商店から少し離れた場所にあるというので、馬車で移動することになった。
騎士も含めて移動となると小型の馬車1台では済まなかったので、2台呼んだようだ。
どうやら、その飲食店には、話が通っていたようだ。
店は沢山の客で賑っていたのだが、店の奥にある静かな個室に案内された。
その店は、海産物料理の店だった。
リリス店主の話で、フワフワパンが絶品だと聞いた。
一通り海産物料理を頼んだ。
料理が出てくるまでの間に、気になっていた事を聞いてみることにした。
「今、船でマリムと王都で大量の荷が運ばれるようになったのだが、マリムにはどのような変化があるのだろう?」




