46.テラコヤ
昼食を食べてから少し時間があった。
サムロとの約束は、4時9刻ぐらいだった。あと3刻(30分)ほど時間がある。
海浜公園の奥まで歩いてみる事にする。途中でも間に合う時間に戻れば良いだろう。
木々が、景観と調和している。公園の遥か先には海と漁をする船が見える。広い場所は草地になっている。
そろそろ戻ろうかと思ったところで、少年少女の一団がやってきた。
全部で6人だ。手には、皆同じ皮袋を持っている。
まだ5歳ぐらいの子供達が、話をしながらこちらに向ってきた。
「今日、ジョセは、随分頑張ってたじゃないか。」
「でも、今日はそれほど取れていないよ。そろそろ、北の方で採った方が良くないか?」
「でも、それだと、あのビムル達に会うことになるよ。またジャマをするんじゃないかな?」
「オレは、折角採った砂鉄を取られそうになった。警務団の人が掴まえてくれれば良いのに。」
ふと気になって、声を掛けてみた。
「君達は、公園で何かしているのかい?」
声を掛けられた子供達は、身構えた様だ。
騎士を連れた大人なんて、警戒するのは当然だろう。
砂で少し衣装が汚れているが、綺麗な服を着ている。浮浪児ということは無さそうだ。
「えーと。お貴族様ですよね?」
年長と思える子供が怖々声を出した。
「私たちは、マリムに観光にきた他領の者なのだが、この領地には不思議な事が沢山あって、つい声を掛けてしまった。
驚かせてしまったかな?
申し訳ない。」
私が謝ったことで、少し警戒を解いてくれたみたいだ。
「ごめんなさいね。
あなた達は、同じ袋を持っているでしょ?少し気になって。
一緒になにかを捕っていたのかしら?
魚?貝?」
妻も興味を持ったのか、私の代りに問い掛けた。
「いいえ。サテツを採ってたんです。」
やはり、女性からの質問の方が応えやすかったみたいだな。
しかし、サテツとは何だ、いいえと言っていたから魚とかではないのか?
「あら、サテツ?それは何かしら?」
妻の質問に応え始めて、次第に打ち解けて、話をしてくれるようになった。
サテツとは、黒い粉の事だった。
海岸や川岸の砂地で取れる鉄の原料だと言う。
袋の中を見せてくれたが、本当に黒い粉だ。
白い砂浜に、こんなものが有るのか?
黒い石を皮袋に入れて、それを砂の中でかき混ぜると、皮袋にくっついてくるのだと言う。
魔法なのかを聞いたら、魔法じゃないのだそうだ。
また、不思議な事が増えたな……。
この子達は、親が同じ工房で働いている、近所の幼馴染。
他にも沢山の弟や妹が居るのだが、その子達はまだ幼なくて、託児所に居る。
多分、世話をしている大人に連れられて、公園の何処かで遊んでいるはずだと言っていた。
この子たちは、朝から、連れ立って海岸の砂浜で、サテツ取りをしていた。
そろそろ昼食を食べようという事になって、戻ってきた。
この砂鉄を領地の係の人に渡すと、金になる。
両親からもらった小遣いと合わせると、結構な量の串焼きになる。
いつも食べる串焼き屋台は同じなので、少しおまけもしてくれるらしい。
屋台で、腹が膨れたら、大浴場で体を洗って、遊んで、家に帰るという日課らしい。
何とも逞しいものだ。まだ5歳ぐらいだろう。
そう言えば、お金は、大丈夫なのだろうか?
こんな子供だと、誤魔化されるんじゃないか?
お金の計算が出来るかを聞いたら、テラコヤというところで、ソロバンと字の読み書きを習っているので、簡単な計算は出来ると言う。
試しに簡単な足し算と掛け算の問題を出したら、即答だった。
問題を出した私のほうが慌てたぐらいだ。
それから、少し話をしていたら、歳の幼ない子供がお腹が空いたと言いだした。色々話をしてくれた事に礼を言って、子供達とは別れた。
子供たちは、公園の入口の方に走っていった。
「驚きましたね。この領地の子供は、皆あんなに優秀なんでしょうか?」
「両親は、工房の職人だと言っていたから、皆そうなんじゃないかな。」
商店主の子供なら、読み書き計算は習わされるが、職人の子供は読み書きなど出来ないのが普通だ。ロッサでも文官になるのは、商店主の末の方の子供だ。
領民に、読み書きの出来る者はほとんど居ない。
「それに、精鋭養成学校という学校の事も言っていましたね。卒業すると、大店や文官に引く手数多だとか。」
最後に子供達と話した内容には驚かされた。この領地には、平民にも学校があって、教育を施すようになっている。
子供達と立ち話をした所為で、予定より2刻ほど遅れて、観光馬車を停めたところに戻った。
サムロは、待っていてくれた。
直ぐに馬車に乗り込んだ。
「旦那。どうでした?美しい公園だったでしょう?」
確かに美しい公園だった。そして綺麗だった。食べ物屋が沢山あるのだから、食べ残しやゴミが有っても不思議でないのに、屋台の主人達が、それらを全て回収していると騎士の一人が聞いてきていた。
そして、水の出る蛇口や、便所が各所に有った。
戻る途中で、皆で便所に入ったが、ここの便所も水洗だった。
汚物入れもあって、綺麗な便所だった。
「そうだな。美しくて綺麗な公園だった。」
「そうでしょ。マリムの領都民は、この綺麗な街が誇りなんですよ。」
そう言えば、これだけ馬車が街中を通っているのに、道に馬糞はほとんど落ちていない。
「街に馬糞があまり落ちていないが、それも誰か掃除しているのか?」
「ええ。乗合馬車をやっている商店が、あちこちの商店などから金をもらって、街中を掃除していますね。」
なるほど。そんな商店もあるのか……。
「ところで、サムロは、テラコヤというものを知っているか?」
「テラコヤですか?子供が読み書きソロバンを習うところですよね。」
「知っているのか。そのテラコヤというのは何なのだ?それと、領民の子供達は皆、テラコヤに通っているのか?」
少し、言葉がキツくなってしまったかもしれない。
「旦那。どうかされましたか?」
「いや。何……」
それから、公園で5歳ぐらいの子供達に会ったこと。その子供達が簡単な計算が出来ること。テラコヤに通っていると聞いたことを話した。
「ああ。そういう事ですか。テラコヤっていうのは、引退した商店主や文官が子供達を集めて読み書きソロバンを教えているんですよ。
メガネってものが出来たんで、目に不自由しなくなった、引退した人達が、ニケ様に言われて始めたんですよ。
多分、領都の子供達は皆テラコヤに通っているんじゃないですかね。殆どの6、7歳の子供は、読み書きや簡単な計算が出来るようになっていますから。
自分の子供に不愉快な思いをさせたくないって、親達が通わせてますよ。」
「しかし、その時分になると、工房の職人の子供は、下働きを憶えるんじゃないのか?」
「その時分の子供って、あまり役には立たないじゃないですか。遊びたい盛りだし。どうせ大したことも出来やしないですよ。これまで、子供を預ってくれるなんてことは無かったから、目の届くところで下働きでもってことだったんだと思いますよ。そんな、どうでも良い、下働きをさせてるぐらいなら、読み書きソロバンが出来たほうが絶対に良いですからね。
それに、生活が苦しい家庭の子供には、領主館から補助が出るらしいですから、殆どの子供が通っていると思います。」
「これも、ニーケー様が考えたのか?」
「ええ。そう聞いています。あと……なんだったっけ。あっ、そうそう精鋭養成学校ってのもニケ様が提案したんだそうです。
宰相閣下が、文官が集らないとボヤいていたのを見兼ねて、時間は掛るけれども、人を育てないと文官は増えないってんで始めたらしいです。
今年から、卒業する子供が出てきて、みな大店に雇われたり、文官になっりしたみたいですね。」
しかし……。またニーケー様か……。明日は絶対に話を聞いてみなければ。
「しかし、サムロは、詳しいな。」
「ははは。私も今は御者なんてやってますけど、ちょっと前まで、商店に勤めたんですよ。
ただ、その商店主がちょっと無茶な商売をしようとして、潰れちゃいまして。
職を失なったときにテラコヤでもやってみようかと思ってたんです。
それで、少し詳しいんです。」
「じゃあ、サムロは読み書きも計算もできるのか?」
「ええ。そうです。
この観光馬車ってのは、ボーナ商店が運営してるんで、私もボーナ商店に勤めていることになってます。
ボーナ商店が御者を募集した時に、読み書き計算が出来ることってなってましてね。
この観光馬車ってやつは、やってみて分ったんですが、文字が読めたり計算が出来ることが必須なんですよ。」
まったく理解が出来ない。何故、馬車の御者に読み書きや計算を求めるのだ?
「ははは。不思議に思いますでしょ。私も最初は不思議だったんです。
お客さんの中には、読み書きも計算もお出来きにならない方が大勢います。
今日は、子爵様御一行なんで、随分と楽をさせてもらってますが、観光地にある注意書きを読み聞かせたり、昼食の時の金銭計算なんかを手助けするのも仕事なんですよ。」
なるほど。そう言えば、コンビナートの中は注意書きが至るところに有った。絵が描かれていて、絵だけで何となく意味は分るようになってはいたが、文書を読み聞かせれば、どのように危険なのかはっきり分るだろう。
もし、理解しないで、危険なことをしてしまって、怪我をしたり、工場が止まったりすれば、ボーナ商店に責任が向くかもしれない。
流石、大店だな……。
「もうすぐ、今度の訪問先のガラス研究所ってのに着くんですが、そろそろ不思議な物が見えてきます。
あっ、見えましたね。前方に、金属の巨大なものがありますが、あの下がそのガラス研究所ってところです。」
前方を見た。まだ、随分と離れているのだが、建物越しに、巨大な球のようなものが見える。
「大きいね。あれ何?」
下の娘が聞いてくる。
「申し訳ありません。私は、何度も説明を聞いているんですが、ちゃんと説明できる自信が無いんで、あの場所に着いたら、説明する人に聞いてください。」
それから間も無くして、ガラス研究所という場所に着いた。
大きな建物の脇には、驚くほど巨大な球状の金属で出来ているものが建っている。
「私は、ここで、馬車を見てます。
門を潜って先に行くと、ガラスの作り方なんかを、説明してくれる場所や、ガラス細工の体験などが出来るようになってます。」
馬車を降りて、建物へ続く門を入っていった。
説明展示場というところへ至るための説明板が立っていた。
なるほど。字が読めない人達には、馭者さんが、説明しなきゃならない訳だ。
説明展示場という所を入ると、何人かの先客が居た。
壁には、大きな紙にガラスの作り方の説明が書いてある。
色ガラスに使われる鉱物と色ガラスの展示もある。
係の人に聞いたところでは、この建物の脇にある巨大な球状の建造物は、沢山の炉へ空気を送っているのだそうだ。
火に息を吹き掛けて火を大きくしていると思えば良いらしい。
ふむ。船の中で、息子達が遊んでいた、射的のコルクも空気で飛んでいたらしいが。
色々と使えるものなどだなと漠然と思った。
少し興味が有ったので、真面目に内容を見たのだが……これは、巧妙に大事な部分が隠されているようだ。
なかなかやるな。
私の領地でも、このような重要な内容は、隠蔽するだろう。
ここでは、一歩進んで、情報を開示している振りをして、実は肝心な事を隠蔽している。
「ガラスの原料はケイサなど」と記載があるが、そもそもケイサが何なのか分らない。聞いたこともない。そして、この「など」のところが肝心なのだ。
この程度の情報で、ガラスが作れるのであれば、長い歴史の中で、誰かが作っていた筈だ。
あとは、赤い色ガラスの原料が巧妙に分らなくなっている。
多分、赤色のガラスは、良く知られているものが原料になっているのじゃないだろうか。
情報の隠蔽という観点で、なかなか興味深い展示だった。
妻や子供達は、色ガラスの鮮かさに目を奪われていた。
確かに綺麗なものだ。
失伝していた製法が蘇えったのは、本当に良かった。
その後、ガラス細工をしているところを見学した。
そして、自分達でもガラス細工体験をした。
ガラスの加工が、こんなに熱いドロドロしたものから形を作っていくことに驚いた。
複雑なガラスの容器を作る事が、熟練した技術の上に為されているとは全く知らない事だった。
ガラス細工体験に、子供達は、かなり楽しんだ様だ。
下の娘は、妻と合作で、小さなコップを作っていた。
私は……まあ、一応容器にはなったかな……。




