18.モックアップ
昼食を領主館でご馳走してもらった。
これから毎日、昼は領主館で食べて良いらしい。
昼食が終ったら、今度は、倉庫に移動した。
収穫した穀物を保管しておく倉庫の一つだ。
今は、収穫と収穫の間なので、この倉庫は空いている。
二人が作業する場所を建て始めたらしい。
昨日、ボク達が数字やソロバンを教えてもらっていた時、アウド様と、アイルさんとニケさんとウィリッテさんが4人で話をしていた。そこで、ウィリッテさんに、二人は魔法の制御についてお墨付きをもらった。そのため、魔法で作業するための建物を建てている。
新しい作業場所ができるまで、この空倉庫で作業をすることになっている。次の収穫の前には新しく建てている作業場所に移動する。
今回の『モックアップ』を作るのは分かったけれど、まだ2歳の幼児が作業って何をするんだろう。想像できない。
二人はお付きの侍女さんに抱き抱えられて倉庫に移動する。そうだよな。まだ二人とも小さいから、歩いていくのは大変だ。
ウィリッテさんも一緒だ。
下働きの男性が5人、桶に何か重そうなものを持ってついてきている。
あれは何だろう。
倉庫に着いた。かなり大きな倉庫だ。収穫時期には、小麦や大麦でいっぱいになるらしいのだが、今は本当に空っぽだ。
下働きの男性が桶を置いて帰っていった。桶の中を見たら、砂だった。
二人は、例の言葉で会話している。
『それで、何を原料に、ソロバンを作るのかを決めた?オレはニケが作ってくれた素材を加工するだけだから。』
『とりあえず、シリコン、アルミニウムーシリコン合金、アルミニウムあたりかなと。』
『窒化珪素とか、窒化アルミニウムとかじゃダメなの。たしか地球で見たときは、灰色の塊だった気がするんだけど。』
『あれは、焼結体のセラミックスでしょ。アイルが加工すると、どうやら単結晶になるみたいだから、窒化物も酸化物同様に透明になるよ。
多結晶の状態で変形できるんだったらそれもアリなんだけど、出来る?』
『全然自信が無いな。それで金属かシリコンということになる訳だ。
ただアルミニウムは柔らかくて、動かすとキズだらけになるんじゃないか?』
『アルミニウムの表面に酸化皮膜が作れれれば良いんだけど、これも試してみないとどうなるか分らないよ。』
『じゃあ、まずアルミニウムを取り出してくれ。
それで板を作るから、その後で、コーティングの効果を確認してみよう。』
二人の会話が終ったところで、ニケさんが、砂から黒い粉を取り出した。黒い粉が空中に舞い上がったかと思うと、床にまとまって、黒い山ができた。
アイルさんが、その黒い粉を纏めて、何枚もの板状の銀色のものに変えた。
なんで、黒いものが、銀色になるんだろう。
ウィリッテさんは、平然とした顔で見ている。
その後、二人は、2枚の板をウィリッテさんに渡した。
「ウィリッテさん、この2枚の板を合わせて少し擦り合わせてみてもらえませんか」
板の表側は平らで、板の裏側は、少し出張っていて指で摘める形になっていた。
ウィリッテさんが擦り合せた後の表面を見るとキズだらけだった。
『やっぱり、アルミニウムそのままだと、キズだらけになるね。』
『じゃあ、表面を改質できるかやってみるよ。』
ニケさんが、残った板のうちの2枚に魔法を掛けたみたいだ。
表面の状態が少しだけ変わった様に見える。
『どう思う。表面に酸化膜ができたと思う?』
『少し色目が変わったから薄い酸化膜はできているみたいだね。』
二人は、ウィリッテさんに擦り合せを頼んでは、魔法を掛けてを繰り返していた。
その内、金属の表面に色が付いて見えて、最後は虹色に輝いていた。
『うーん地金が柔らかいから、キズは付くね。あと、表面が剥れたりするなぁ。』
『じゃあ、今度は、別なもので確かめてみようか。』
『アルミーシリコンの共晶物で良いかな。』
また、ニケさんが、砂から黒いものを取り出して、それをアイルさんが同じ様に板状にする。
「ウィリッテさん。何度も申し訳ないけれどまたお願いします。」
また、板状の物を沢山作って、擦り合せては魔法を掛けるのを繰り返していった。
『少しはマシになったけれど、キズは付くね。』
『シリコンにした方が良いんじゃないの。』
『じゃあ、今度はシリコンね。』
再度、ニケさんが黒いものを取り出した。さっきから、何をしているんだろう。
アイルさんが、同じ板を1組作った。
「ウィリッテさん。これが最後です。またお願いします。」
また、ウィリッテさんが、擦り合わせた。
今度は、ほとんどキズが付いていない。
『やっぱり、これで作るのが良さそうだよ。』
『そうね。じゃあ、シリコンを分離するから。』
さっきから、繰り返しているのは一体なんなのか聞いてみた。
「アイルさんとニケさんは、さっきから、何をしているんですか?」
「ごめんね、意味が分らなかったよね。モックアップ用のソロバンの材質をどうすれば良いのか確認していたんだ。」
「最後のが良さそうだから、その最後の材料でアイルがソロバンを作って終りだから。」
そう言うと、アイルさんの手元には、3台のソロバンが有った。銀色をしている。
「あと1台は、分解して組み立てられるものを作らないと。」
と言うと、沢山のビーズの様なものと、分解された枠と、桁の棒が沢山出来てきた。
二人は侍女さんたちに指示して、それらの部品を組み立ててもらった。
バラバラにできるソロバンが1台出来上がった。
「これで、明日の準備は終りです。
ウィリッテさん、何度も同じことをしていただいてありがとうございました。」
「いいえ、どういたしまして。ただ、何をしていたのか、もう少し詳しく教えていただけませんか。」
ニケさんが、
「砂からは、先日の様に、透明な物も取れますが、金属も取れるんです。
ただ、その金属は少し柔らかくて、ソロバンを作っても上手く玉が動かないかもしれなかったんです。
それで、表面が固くなる方法を探していたんです。
結局取れる金属の一つが固いので、それを選んだという訳です。」
「それは、銀とかそういったものが取れるんですか?」
「いいえ、説明が難しいんですが、銀ではないです。違う金属です。」
結局、詳細は解らないけれど、ソロバンを作った銀色しているのは、固い金属らしい。
その前に作った金属は柔らかいので、擦ったときにキズだらけになった。
ニケさんは、砂から、違った金属ができる事をなぜ知っているのだろう。
ウィリッテさんは、それ以上突っこんで聞かなかったので、ボクもそれ以上に追求することはしなかった。なんとも不思議な話だ。
まだ、夕刻の鐘が鳴るまでに時間があるようなので、別な作業をするらしい。
アイルさんが魔法で創造した形がどれぐらい同じになるのかを見ると言っている。
ニケさんが、今度は白い粉を沢山砂から取り出した。
アイルさんが、細い透明な棒を魔法で12本作った。
並べて見ると、全て同じ形、長さだった。
これには、ウィリッテさんも吃驚していた。
『アイル。凄いわね。ここまで正確に同じものになるのね。』
『幅、奥行1cmで、長さを1mのイメージで作ったんだ。
ソロバンを作っている時に思ったんだけど、単位も含めて、頭に思い浮べた図面のままに形になるみたいだ。ソロバンの時には、ミクロン単位で図面を思い描いたから。』
『凄いわね。私には絶対ムリだわ。それで、これを長さの単位にするの?』
『そうもできるんだけど。重さの単位をどうしようかと思っているんだ。』
『重さは、1cm立方の水の重さを基準にするんでしょ。』
『ただ、この世界は、12進法だから……。』
『そうか、長さと重さ、どちらも都合の良いものが無いわけね。じゃあ、10cmを長さの基準にして、10cm立方の水の重さを重さの基準にしたら?
地球でもキログラム原器だったから丁度良いわよ。』
二人の会話が途切れたら、今度はアイルさんが立方体の容器を作り始めた。これも12個だ。
そして、全く同じ大きさだった。
そこで、夕刻の鐘が鳴ったので、あとかたづけを侍女さんにお願いして、お開きになった。
ボクは、家に帰るあいだ、今日の出来事を思い返していた。
アイルさんも、ニケさんも凄い魔法を使う。
そして、父さんが言っていたけど、ボクが知らないことも沢山知っているようだ。
ボクは、これでも、5歳の他の子供達より、勉強が進んでいたと思っていた。
数の計算も5歳で掛け算ができるので、凄く褒められていた。
でも、それは二人の前では、霞んでしまうようなものだったのかもしれない。
それに、二人ともまだ2歳だ。
家に帰りついた。その後、時を置かずに、父さんと兄さんが家に帰ってきた。
5人で夕食を食べた。
いつもなら、今日の出来事を面白可笑しく食事の席で話すのだが、今日はそんな気にはなれなかった。
夕食後、時間を作ってもらって、今日あったことを父さんに話した。
ニケさんが、砂からいろいろな物を取り出したこと、アイルさんが板を作って、ソロバンに向いている物を見つけ出すために何度もキズが付くかどうかの確認を繰り返したことを伝えた。
すると、父さんがこんなことを言い出した。
「巷では、二人のことは既に噂になっている。「新たな神々の戦いの時に生まれた、神々の知識を持つ子供」だと。
おおかた、お付きの侍女達から伝えられた噂話の類いだと思っていた。
しかし、昨日、数字とソロバンを目にして、儂は思ったのだよ。
その噂は、あながち間違っていないんじゃなかろうかと。
今の話を聞くと、単に知識があるだけではなく、知恵も有るということなのだな。」
次に、お金の話を聞いてみることにした。
お金の話をしていて、ニケさんが、お金の量は誰が決めているのかと聞いたこと、ウィリッテさんが、それは王国で行なっていることを教えていた。
ニケさんは、お金の量が変ると物の金額が変ってしまうと言っていた。
どうもアイルさんも知っているみたいだ。
なぜ、お金の量が変わると物の価格が変るのだろう。
「やれやれ、そんな事もアイル様とニケ様の二人は知っているのか。
まず、小麦や布や魚などの取引をする物があったとする。魚が大量に捕れた場合、魚の価格は、他の物品と比べて、どうなると思う?」
「それは、他の物より安くなります。」
「そうだ。魚は、小麦や布と比較して安くなるだろう。じゃあ、お金が大量にあったら、お金はどうなる。」
「あっ。他の物より安くなりますね。つまり、物の金額が高くなるということですか?」
「そういうことだ。だから、王国で使われているお金の量は、その時の状況で、調整しなくてはならない。
不作のため物の価格が高くなった時には、お金の量を少なくして、物の値段が上りすぎない様にするのだ。
そうしないと民の生活はどんどん苦しくなっていく。
しかし、こういった話は、大領地の宰相クラスの者しか知らない事だ。
お前の兄もそんなことは知らない。
二人は、驚くような知識があるな。」
また、王国どうしのお金の価値の話も聞いてみた。
「それも当然のことだ。他国の金との交換比率は、王国がどう布告しようが、変えられない。
できることは、さっき話をした、お金の量を調整することとか、他国の金を王国の金庫に蓄えたり放出したりすることぐらいだ。
ただ、そんなことは普通しない。
際限無く、そんなことをすると、王国の金庫が空になってしまって、王国が破産してしまう。」
「えっ、王国が破産するなんてことが有るんですか。」
「当り前だ。王国の金庫に金が無くなってしまえば、破産する。
国王は、所有しているものを売らなければならなくなる。
そんな状態になれば、民のために金を使うこともできなくなる。
そうなると、王国民は皆他国に逃げてしまう。
だから、他国との交換比率など、商人に任せておけば良いのだ。
気に入らなければ、収穫量を増やしたり、鉱山を開発したりして、国の力を大きくすれば良いだけだ。
ところで、ウィリッテ殿は、それらの話にもきちんと回答していたのかな?」
「ええ。アイルさんとニケさんの色々な質問に的確に応えていたと思います。」
「そうか。彼女は、単なるインテリという訳では無いのかもしれんな。」
そう言って、笑っていた父さんの顔は、少し怖い感じがした。




