41.夕食
案内係の女性が部屋を出たところで、隣の部屋で荷解きをしていた文官を集めた。
文官は5名同行させている。アトラス領の調査をするためだ。
どの文官も若い。色々噂で聞くと、常識では理解出来ない話が多い。頭の固い年配者より若い者の方が良いだろうと考えた結果だ。
宰相が若手の優秀な者を選んだと言っていた。
この文官達を取り纏めているのが男性のヴァエル。
あとは、ユリアン,フラムル,ルークの男性文官。女性が一人居て、ケッカという。
ヴァエルとケッカは内政を担当していた。ユリアンは税金管理、フラムルとルークは商人の管理だ。
文官達に、幾つかの指示を伝えた。
明後日、領主館を訪問したいとヴァエルに先触れしてもらう。
鉄道と船の運行やアトラス領の財政状況などについて、出来る限りの情報を入手したい。
領主館や国務館を訪問してもらう必要もあるだろう。
これは、ユリアンとフラムルとルークで協力して調査をしてもらう。
あとは、支払いの時期に合わせて、金の管理を頼んでいるヴァエルに商業ギルドに手形の確認をしに行ってもらう。
気になるのは、領民台帳と商業ギルドだな。我が領に無い内政面での施策も調べてもらう様にヴァエルとケッカに指示した。
どうやら、物品が珍しいだけでなく、統治方法にも、他の領地にない制度が有るようだ。
それは、是非、我が領地で参考にしたい。
先程、宿の女性と会話していた内容は、文官達も聞いていた。随分とやる気になったようだ。
家族と、今後の予定を再確認する。
妻や子供達は、観光が第一目的だ。というより、他の目的など考えてはいないだろう。
明日は、先程聞いた観光馬車で、観光だな。
とりあえず、荷解きだな。あとは今日の夕食をどうするかだが……。
「今日の夕食はどうする?」
「それなら、この店に行ってみたいです。」
マリム旅行代行店の資料に出ていたお勧めの食事処らしい。妻の言葉に、娘達も目を輝かせている。
馬車の中で、妻と子供達が何やら話をしていたのだが、夕食の場所を選んでいたのか。
文官のユリアンに、夕食の予約のため店に向かわせた。家族と文官、騎士で13名だな。
荷解きをしている間に、文官のユリアンが戻ってきた。7時(午後6時)に13名の予約が取れたそうだ。
子爵一行だと伝えたら、個室を準備してくれる事になったと言う。
ふむ。中々良い仕事をするじゃないか。
今は何時だろうかと思い、壁に目を向けると、期待通りに壁には時計があった。これも、その電気とやらで動いているのだろう。
まだ、食事には半時(=1時間)ほど時間がある。
今、外に出て、街を半時も歩き廻るのは面倒だ。
食事の時間前に薄暗くなるだろう。そんな時に、知らない場所を歩き廻るのも不用心だ。
部屋には、茶葉とお湯を沸かす道具があった。
女性の文官ケッカが、茶を淹れましょうと勧めてきた。
彼女は、船の中で、茶の事が気に入ったらしく、厨房の船員や給仕の船員に茶の淹れ方を教えてもらったと言っている。
なかなか優秀ではないか。人選は合っていたのかもしれないな。
全員で、茶を飲んでいると、窓の外が急に明るくなった。
何事かと思い、ベランダに出てみると、通りの脇にある柱の上部が光っている。
全く気に留めていなかったのだが、通りには、沢山の柱が立っていたようだ。
「あら。本当に街灯が光るんですね。」
「えっ。何?、何?」
妻の声に反応して、子供達もベランダに出てきた。
「わあ。明るいわ。」
「凄い。」
「沢山光ってる。」
確かに、明るい。通りの彼方に居る人の姿もはっきりと見える。マリムの街が夜も明るいというのは、その通りだったのだ。
日中ほどの明るさは流石に無い様だが、昼の様にというのが、比喩としては、間違っていないのだろう。
周りを見ると、この通りだけでなく、街の全ての通りが明るくなっているようだ。
「この灯りは、街灯と言うのか?」
妻に聞いてみた。
「ええ。例の資料にそう書かれてました。「夜のマリムは街灯で明るい」と。どういう意味なのかは分らなかったのですが、本当に明るいのですね。」
街灯か。我が領地には、そんな物は無い。というより、王都を含めて、どの領地にも無いだろう。
夜の街は、夜間営業している店の前だけ、ほの明るいぐらいで、空でセレンが光っていなければ、漆黒の闇だ。
道を歩く場合には、蝋燭を中で灯しているランタンを使わないとならない。
その場合にも足元は暗くて、細心の注意をしていないと、何かに躓いてしまう事がある。
この街でランタンは、不要なのだな。
予約の時刻の2刻(20分)ほど前になったので、全員で、予約した店に移動した。
街中には、あちこちに時計があった。
時刻が分って、とても便利なのだが、王都も含めて、どこでも見なかった道具だ。
この領地では、時計は珍しいものでも何でもないのだ。
私の持っている常識……知識……やはり常識か。それが悉く覆される。
面白いと思う反面、恐しいとも思える。
店には、予約時刻の少し前に着いた。
肉料理の店のようだ。
肉が焼ける芳ばしい匂いがする。
先ほど予約をした文官のユリアンが店の中に入って、話をしている。
この店は、大繁盛しているようだ。店の中は客でごったがえしていた。
「あらあら、子爵様。ようこそいらっしゃいました。さあどうぞ。お席は用意してあります。」
文官と一緒に出てきた中年の太めの女性が挨拶をしてきた。
「こんなに客が居るのに、迷惑ではなかったのか?」
「いえいえ。とんでもございません。子爵様にご来店いただくなど、とても名誉な事ですから。」
その女性は、そう言うと我々を奥へ誘ってくれる。
周りには、沢山の客が居た。
周りの客からは、注目を集めている。
我々は黙々と後に続いて行った。
案内されたのは、広い部屋だった。
16人分の椅子があり、中央に大きなテーブルがある。
テーブルには白い布が掛けてある。
各々、席に着いた。席には、紙のメニューがある。
料理の名前と簡単な説明が記載されていた。各々の料理には絵が付いていて、何となく雰囲気だけは分る。
「このハンバーグステーキというのは何だろう?」
「肉を細かく砕いて、それを固めて焼いたものらしいですよ。これが名物らしいですわ。肉に香草やチーズが入っていて、焼き方を指定できのだそうですよ。
これも資料にあったので、どんなものなのか……。」
「しかし、随分と手間の掛ることをするものだ。肉をそのまま焼けば良いのではないか?」
「でも、私はこれを食べてみたかったんですよ。私はこれにしますが、貴方はどうされますか?」
子供達に聞くと、皆、このハンバーグステーキというものにするらしい。
一人で別なものを食べてもな……。
「じゃあ、私もこれにしようか。」
私達の話を聞いていた、文官や騎士達も、全員ハンバーグステーキにしたようだ。
付け合わせの野菜や、スープと共に注文をすることにする。
全員同じメニューだった。
これでは……完全にお上りさんの集団ではないか……。
私と妻はベリーの酒を頼んだ。他の者も、ベリーの酒か、エールを頼んだ。
ロッサ領から一緒に来た面々と、一同に会しての食事は、初めてだったので、今後の観光や調査が上首尾で終えられることを祈念して乾杯をした。
下の娘だけは、ベリーのジュースだった。
出された料理は、流石に名物と言われるだけあって、美味かった。
一手間掛けるだけの意味がある。
肉を砕いてあるために、食感は柔らかく、それでいて肉の旨みが引き出されていた。
中から、チーズが蕩け出てきて、そのチーズの香りと肉の香りが合わさって、何とも言えない旨みになっていた。
野菜には、例の酸味のあるタレが掛かっていた。
スープは、船で味わった、黄金色のスープだった。
食事が終って、皿が片付けられた。
最後にデザートが出るのだ。
皿を型付けている女給さんに、料理が大変美味しかったことをシェフに伝えてくれと言付けたら、デザートと共に、シェフが挨拶にやってきた。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「とても美味しかった。肉に一手間かけるだけで、あのような料理になるとは。素晴らしい。」
「ええ。私も肉の旨みを堪能させていただきましたわ。」
「過分な言上、恐縮で御座います。その賞賛は、是非ニケ様にもお伝えください。」
ん。ニケ様?この料理も、ニーケー様が考案したのか?
「すると、この料理もニーケー様が作られたものなのか?」
「はい。まだ、ニケ様が2歳になられたばかりの頃、領主館の厨房の侍女達に指示して作られたのが発祥でございます。
私共は、その基本の作り方に工夫の手を入れているだけでございます。」
「あら、2歳の子供……赤ん坊が、侍女達に指示して作らせたのですか……それは……流石に無理なのでは?」
不思議そうに妻がシェフに問う。
「いえいえ。あのお二人は、この料理を作られる前に、ソロバンを考え出されて、魔法でソロバンを作るための道具を作られました。決して、偽りでは無いと思われます。
私の妹が、領主館の厨房に勤めておりまして、その妹から調理法を教わったのです。」
「それは……また……何と言うか……。」
妻の表情を見ると、随分と驚いている。
「あのお二人は、この領地にとっての宝です。
特に、ニケ様は、その行動と容姿から、女神様とも聖女様とも言われています。
私の孫娘も、ニケ様がお作りになられた薬というもので、幼い時に命を救われています。」
なんと、この領地には、あのお二人の逸話がどれだけ有るのか……。
その後、シェフは、デザートの説明をして厨房に戻って行った。
デザートは、ゼリーというものだった。豚や牛の皮の部分を煮込んで作るものらしい。赤い色をして透明で、ブリプリしている食感の菓子だった。
甘いのだが、それほどでは無く、きっと砂糖以外の甘味を使っているのだろう。
紅茶を飲みながら、デザートを食べた。
「ねえ。貴方。先程の話は本当でしょうか?2歳の赤子は、真面に話など出来ませんよ。」
「なあ。今から6年ほど前に、生れて直ぐに話をした赤子の噂を聞いた事は無いか?」
「ええ。それは聞いた事がありますね。東の辺境の領地で、男の赤子と女の赤子が、生まれて半年もしない内に話し始めたという噂話ですよね。」
「それが、噂じゃなくて、アイテール様とニーケー様の事じゃなかったかと思うのだよ。確か、婚約式の時に、ヘントン・ダムラック司教様もそんな話をしていたと思う。」
「えっ。あれは噂話でなくて、本当の事?でも、そんな事ってあるんですか?」
「いや、そこを驚いてもなぁ。
今朝、マリム大橋を見ただろ?たった5歳の二人の子供がマリム大橋を作ったって話とどちらが信じられる?」
「あの橋を、お二人が作ったんですか?それは本当ですか?」
「あんなもの、誰にも作れないだろう?
それに、乗ってきた船だってそうだ。
誰かがとてつもない魔法で作ったっていうことなんだろうけれども、この領地の大魔法使いは、あの二人の子供なんだよ。
それは陛下も認めているんだ。」
「それは……そうですが……信じられません。」
「そうだよな。私もこの目で見るまで、高を括っていたんだ。
しかし、あの橋を見てしまうと……。
あの二人じゃなければ、一体誰がという事になるんじゃないかな。」
それから妻と二人で、お二人の事や、アトラス領、マリムの街の事を話した。
皆がお茶を飲み終えたので、宿に戻ることにした。
金を管理しているヴァエルに支払いを任せて、宿に向った。
しかし、今日は、疲れた。
様々な事を見聞きして、頭の整理が追い付かないという感じだ。




