3W.入港
夕食を終えて、家族そろって、部屋に戻る。
護衛してくれた騎士も交代になって、先程まで護衛してくれていた騎士は食事に行った。
交代した騎士から話を聞くと、食事の内容は、ほとんど変わらなかったようだ。
デザートは果物だった。
砂糖を使った菓子は、1等船室の食堂だけの提供のようだ。砂糖というものは、よほど貴重なもののようだ。
あれほど甘い菓子は、これまで食べたことが無い。
不思議な甘さだった。
部屋に戻ると、妻や娘や息子は、今日の食事の事を頻りに話して燥いでいた。
確かに満足できる食事だった。しかし、あの食事は、アトラス領であれば、普通の食事なのだろうか。
あまりの相違に、妻や息子達のように、素直には喜べない自分があった。
マリム旅行代行店からは、マリム観光についての様々な資料をもらっている。
妻や娘達が、その資料を見ながらマリムに行ってからの事を楽しげに話している。
食べ過ぎぐらいに食べたので、まだ眠れそうにない。
娘達の話を聞いて過した。
9時(午後10時)になったあたりで、話を切り上げて、風呂に入って眠りに就いた。
翌日の朝食は、肉の燻製というものを厚切りにしたものに、卵を乗せて焼いたもの。目玉焼きという少しグロテスクな名前が付いたものと、フワフワパンだった。
味は悪くないというより、かなり、これも美味かった。
紅茶とともに食べた。
息子と娘は遊戯室に行くというので、妻と甲板に出てみた。
既に、船は外洋に出ていた。
かなり波が高いのだが、この船はほとんど揺れていない。
船が大きい所為かもしれない。
普通の帆船だったら、波に揉まれて、かなり難儀をする。
左舷のかなり遠方に陸地が見える。
陸から離れた場所を航行しているのだ。
このあたりまで出ると、海流の影響を受けると聞いているのだが、全くそんな印象は受けない。
強めの向かい風の中を、安定して船は進んでいた。
舳先の方では、打ち寄せる波で水しぶきが散っている。
「随分と波があるのに、ほとんど揺れませんね。」
妻が意外そうに呟いていた。
「船が大きい所為だろうな。これほど大きな船に乗ったことなど無いが、船が大きくなると、随分と違うものなのだな。」
「ロッサ領で、この大きさの船を持つことは出来ないのですか?」
「そもそも作ることが出来ないだろう。昨日聞いたように、この船は鋼で出来ている。木造では、この大きさの船を作るのはムリだろうな。」
「そうなんですね。やはりアトラス領というのは別格なんですね。」
淋しそうに、妻が言う。私には、慰める言葉を持ち合わせていない。
少し前までは、アトラス家は、私と同じ子爵だったのだ。しかし、食事といい、船といい、船の中の設備といい、別の世界の様だ。
「そうじゃなければ、先の戦争を殆ど単独で戦って、滅ぼしてしまうなど、出来ないだろう?」
「そうですね……。」
「他領と比べて落ち込んでも仕方があるまい。そもそも別な場所の領地なのだ。それより、アトラス領の事を知り、自分達の領地を良くしていく方が、どんなに良いかしれない。折角行くのだから、良いところを沢山見てこようではないか。」
「確かにそうですね。実際にマリムの街をこの目で見るのは、楽しみなんです。」
少し、妻の気分は良くなったのかもしれない。微笑みながら、海を眺めていた。
それから、私達は、催し物会場で、歌を聞いたり、寸劇を見たりして過した。
外洋を航行している船で、海を見ていても、何も代わり映えしないという事は知らなかった。
ようするに、外を見るのに飽きてしまったのだ。
マリムに近付けば、少しは変わるかもしれないが、今日のところは、何も変わらないだろう。
ただ、昨日と同じように、日の入りは見てみようと思っている。外洋で水平線にヘリオが沈むのを見るのは、どんな気分になるのだろう。
子供達は、遊戯室で遊んでいた。一緒に乗り合せた商人の子供達と仲良くなって、一緒に遊んでいる。
昼食には、パスタというものが出た。これも食べた事の無い料理だった。
食事に関しては、過去に食べたことの無いものばかりだ。珍しいという事自体に慣れてきている。
ようするに、食べて満足するかどうかだけなのだ。
そして、私も家族も皆、満足していた。
妻と連れ立って、夕日を見た。
大海原しか見えない西の海に、ヘリオは沈んでいった。
翌日。
今日の午後、この船はマリム港に着く。
朝、左舷を見ると、大陸ではなく、島がいくつも見えた。
グラナラ領の南東には、離島が連なっている場所があるらしいのだが、その島々だろうか?
それから、少しして、船は進路を東から北北東に変えた。
今は、どこにも陸地が見えない。
不思議に思った。
北西の方向に大陸がある筈なのだが、何故か水平線しか見えていない。
最初の日に説明を受けた時、この船は、どんな場合でも船の位置が判ると言っていた。航路を外れたとは思えない。
通りかかった船員に聞いてみたら、この海域に来ると、周りには陸地が見えなくなるのだと言っていた。
少し安心したが、何故、陸地が見えなくなってしまうのだろうか……。
昼食は、昨日と同じようにパスタだった。救いだったのは、種類がいくつもあって、そこから選べることだった。
昨日と違うパスタを注文してみた。
このパスタもなかなか美味かった。
そろそろ、マリムが近付いてきている頃だ。
妻達に、荷解きしたものを鞄に詰めるように指示した。
入港することろは、甲板で見ていたかったのだ。
甲板で、船の進行方向を見ると、陸地らしきものが見えている。
船が進んでいる先がマリムなのだろう。
段々と近付いてくる陸地の方を見ていると、何かが光って見えた。
目をこらして見るのだが、遠すぎて、何かは分らない。
しだいにその光っているものが見えるようになってきた。まだ遠いので、何かは判別できないのだが、沢山の柱の様なものが立っていて、その柱が日の光を反射しているようだ。
四半刻(=30分)ほどすると、はっきりと見えるようになった。
何本もの巨大な柱が海の上に屹立している。
柱からは、太い綱のようなものが延びていて、柱の中程にある物を吊っている。
とんでもなく大きな構造物だ。
さらに近付くと、それが橋なのだと分った。
これが……マリム大橋なのか……。
1月の晩餐会で、アトラス領近郊の貴族達が巨大な橋と言っていた理由がようやく解った。
あの時は、何を言っているのか理解できなかったのだが、確かに大きな橋だ。
長い橋なのかもしれないが、見た瞬間に感じるのは、巨大さだ。
それで、私が長い橋なのではと質問していたのに対して、アトラス領近郊の貴族達は、大きな橋と言っていたのだ。
あの橋もアイテール様とニーケー様が作ったと言っていた。
しかし……これまでは、乗っている船の大きさに圧倒されていたのだが、あの橋の巨大さを見てしまうと……この船ですら、ちっぽけなものに見えてしまう。
人が作ったもので、この橋ほど巨大なものは、無いだろう。
妻と子供達も橋を見て、呆けたようになっている。
「これがマリム大橋ですか?」
「そうだろうな。」
「お父様、これは、橋なのですか?」
「そうだ。橋だと聞いている。」
妻と上の娘のステリアだけが言葉を発していた。ムザルとステシイは言葉が出ないようだ。
船は、マリム大橋の近くまで来た。
あの柱、何本あるのだ?
1,2,3……52。随分と沢山の柱だ。
あまりに多くて、数え間違えているかもしれないが……。
また数え直す気にもなれない本数だ。
これ1本を立てるだけでも、大変だろう。
二人の魔法だと、難無く立ててしまえるものなのだろうか……。
前方に、大きな港が見えてきた。
この船と多分同じ大きさの船が2艘停泊している。
奥には、少しだけ小振りの船がある。
あれは、以前見た、アトラス侯爵1世号だろうか?
港が近づいてくる。
何本もの埠頭がある。
この大きさの船が、あと何艘も停泊できるだけの大きさがある。
埠頭が近付いたところで、これまでくぐもっていた音が止んだ。
多分スクリューというものを止めたのだろう。
小さな船が、この船に取り付いて、埠頭に寄せていく。
突然ガラガラガラガラという音がした。
音の方を見ると、錨を下したようだ。
船から、太い綱が埠頭に投げられて、船は埠頭に固定された。
広い埠頭には、大量の貨物が積み上げられていて、アトラス2という船に、積み込まれている最中だ。
この船が停泊すると、この船から荷が下され、新たに荷を積むのだ。
そして、ここから運ばれた荷は、王都の港で降ろされて、王国のあちこちへ運ばれていく。
ここに運び込まれた貨物だけで、どれだけの価値があるのか。
ロッサ領で扱う貨物もかなりの量にはなるのだが……この1/d100(=1/144)も有るのかどうか……。
その多量の貨物の中身は、ガラス製品、彩色陶器、鉄製品、アトラス布と高額で取引されているものも多いはずだ。
貨物の金額を比較したら、何クアト(=144)倍になるのか?
思わず溜息が出た。




