39.鉄船
「それでは、お部屋の説明をさせていただいても宜しいでしょうか?」
頷くと、その女性は、部屋の説明を始めた。
今入ってきた部屋は居間として使う目的の部屋だ。
居間と繋がっている部屋には、寝室の部屋が3つある。ベッドが二つ置いてあった。
風呂と便所。便所は水洗と言っていた。良く分らなかったのだが、用を足したら、レバーを捻ると、水が流れて汚物はどこかに流れ去る。
水はふんだんに用意されている。航行している間、使用した分を海から作り出すことも出来るのだそうだ。
風呂には、お湯が出るようになっていて、何時でも入浴ができる。
水は蛇口というものがあって、上に付いている回転するものを回すと出てくる。
寝室のベッド脇にはボタンがあって、それを押すと小さな灯りが灯る……
……
便利なのはとても良く分った。
しかし……見たことも無いもので溢れていた。
妻と娘達は目を瞠っている。
我が家にも欲しいなどと言い出す始末だ。
こんなもの、アトラス領以外には、存在していないぞ。
居間に戻ると騎士達は整列していた。
異常は無いと報告してもらった。
まだ、暫く説明が続きそうなので、入口脇で護衛体勢を取ってもらった。
それから、船内の説明になった。食堂の場所。酒を提供する場所。催しものをしている場所。それぞれ、サービスを提供する時刻が決まっている。
そういえば時刻はどうやったら分るのだ?神殿のように鐘を鳴らすのだろうか?
「時刻は、どうしたら分るのかな?」
「あちらに時計がございます。読み取るのはそれほど難しくはりません。短い針が時を示しています。それより少し長い針が刻を示しています。一番長い針は分を示して、細い針が秒を示しています。
今の時刻は、4時8刻9分8秒(=午後2時27分)でございます。」
そちらを見ると壁に丸い道具が取り付けてある。
あれが時計か。
外周には、今では普通に使われるようになった数字が並んでいた。
その時計というものを見ると、細い針がゆっくり動いているのが見えた。
どういう仕組みか分らないが、細い針と連動して他の針も動くのだろう。
しかし、便利なものだ。
「船内の食堂など全ての部屋には、時計が設置してあります。
どこに居ても、時刻を確認することができます。
ちなみに、この時計は電気で動いておりますので、欲しいと言われましても他の場所では使いようがありません。ご容赦ください。
ちなみに、今日の出港時刻は、5時(=午後3時)の予定です。」
まあ、時計を欲しいと言うやつは居るだろうな。
特に高位の貴族に頼まれたらやっかいだ。
きっと、何度も欲しいと言われたのだろう。
その後は、船の運行、管理をしている場所のために立ち入ってはいけない場所。
そして、万一、船が沈むような事があった場合に乗り移る小舟が設置してある場所の説明を受けた。
やはり沈むという事があり得るのだろうか。少し不安になった。
「ご説明は以上ですが、何かご質問は有りますか?」
部屋の説明は特に問題無かった。使ったことのないものばかりだが、使い熟せないほど複雑なものは無い。
部屋や船内についてでは無いが、やはり聞いておきたいな。
「この船は、鉄で出来ていると聞いているのだが、水より重い鉄が何故浮んでいるのだ?」
「よくある質問でございます。ちなみにこの船は、鉄の中でも特に丈夫で硬いと言われている鋼という金属でできております。
見ていただいた方が早いので、少しお待ちください。」
そう言い残すと、その女性は、浴室に向った。
そして、浴槽からお湯を汲む桶に水を入れてもってきた。
桶をテーブルの上に置いた。手には小さなガラスのコップがあった。
「ガラスが水より重いのはご存知でしょうか?」
ガラスも水に沈む。頷くと、その女性は続けた。
「この船が水に浮いているのは、こういう事になります。」
桶の中の水に、上向きのガラスのコップを乗せた。
ガラスのコップは半分ほど沈んだが、全体は水に浮いたままだ。
「このように、水に沈む素材でも、形によって水に浮かびます。」
なるほど、このガラスのコップがこの船か。確かに水より重いものでも浮ぶのだな。
なぜ、浮ぶのだ?コップの中が空だからだろうか?
すると、コップに水が入ると沈むのか……?沈むな。
「船底に穴が空いて、水が入ると、この船は沈むことになるのではないか?」
「その可能性が全く無いとは言えませんが、この船は水深が深い場所を選んで航海します。
船底が浅瀬に乗り上げて破損するといくことは万が一にもありません。
また、嵐の場合にも、陸に近い水深の深い場所を何箇所も選定しておりますので、嵐の時には、そのような場所で停泊して嵐をやりすごします。
また、船底の貨物室は隔壁で区切られていて、船底に穴が空いて水が入っても他の場所に水が入らないようになっています。
本当に有り得無いことですが、万が一船底に穴が空いたとしても沈まないようになっています。」
しかし……。外洋は海流が強いことが知られている。船が流されて本来の航路から外れてしまったら……?
「しかし、雨や霧で視界が悪いときに、うっかり陸に近付いたら?
沖に出すぎて速い海流に流されたりして、航路から外れてしまう事もあるのではないか?」
「それは、ありません。この船の推進装置は強力で、外洋の速い海流でも、強風の中でも航行することが可能です。
そして、この船と海岸の要所には船の位置を正確に把握するための道具が設置されています。
その道具があることで、夜間でも、視界が全く無い場合にも、船がどこに居るのか正確に把握できます。
この船は、正確に航路を辿って航行することが出来るようになっております。」
何重にも、問題が起きないような仕組が出来上がっているみたいだな。
「今、強力な推進装置があると言っていたのだが、どうやって船が動くのかな?」
「そのご質問も良くあるのですが、この場でご説明するのは少々難しいです。
先程入船された広い部屋の奥に、この船を模ったものが置いてあります。
それをご覧になれば、この船の構造、この船が動く仕組みの説明がございます。
申し訳ありませんが、そちらでご確認いただけませんでしょうか?
他にご質問はございますか?」
家族の面々の顔を見た。どうやら質問は無いようだ。
「どうもありがとう。とりあえず他の質問は無い。」
「左様ですか。良かったです。もし、何か質問したいことが出ましたら、この制服を着ている船員にご質問ください。私を呼び付けていただいてもかまいません。
申し遅れましたが、私は船室案内係りを務めているアマンダと申します。
それでは、失礼いたします。」
扉付近で、護衛をしていた騎士を連れて、そのアマンダさんという船員さんは、部屋を出ていった。
立板に水というのは、こういう事なのだろう。
随分としっかりした女性が船員をしている。
アトラス領と自領を比較してしまいがちになるのだが、やはり格の違いを感じてしまうな。
船員の女性が部屋を出るとすぐに息子が声を掛けてきた。
「ねぇ。父さん。その船を模った物を見たいよ。」
「まずは、荷解きしてからだろう。」
「あら、それは私がやっておきますよ。やはり男の子はそういったものが好きなんですね。荷解きは良いので、ムザルを連れて、それを見に行かれたらどうです。
貴方も、随分とこの船の事が知りたそうでしたね。」
そう言われると……まあ、その通りなのだ。
妻に礼を言って、ムザルを連れて、階段を降りて、入口のある広い部屋に向った。
入口の広い室内の奥には、この船と同じ形をしているものが置いてあった。
私が両腕を広げたよりも大きなものだった。
ところどころが切り取られていて、中の様子が分るようになっていた。
水中に沈んでいて見えない部分の形が良く分る。
この船の船底には板状のものが張り出している。
船の後部に、幾つもの捻れたものが軸に付いている。それが二つ。スクリューと記載してある。
そのスクリューの後ろに板が、ああ、これが舵なのか。
説明を読んでみると、そのスクリューが回転して、水を後ろに押し出すとあるが……なるほど、あの捻れで、水の流れを作るのか。
それで、風に頼らずに、船を進めることができる……。
理解は出来たが、これを思い付けるかというと、ムリだな。
これまで、風以外の方法で船を動かせなかったのも判る。
それに、このスクリューというものは、もの凄く大きい。
こんなものを回転させるなど、思い付いたとしても実現は無理だろう。
船底に発電機という道具が設置されている。これは、コークス?何だか分らないが、それを燃やすことで、電気を作っているようだ。
そしてその電気を使って、超伝導モーターという道具がスクリューを回す。
この超伝導モーターというものも随分と大きなものだ。
船底の1/4がこのモーターというもので占められている。
しかし、思っていたより、船の構造は複雑だ。
沢山の船室がある。客室が喫水線の上にあって、貨物の領域は喫水線の上まであるのだな。
説明が有ったように、船底の荷を積む部分には確かに壁があって、互いに独立しているようだ。
なるほど。どこかに穴が空いてもその穴の空いた区画以外の場所には水が入り込まない。しかし、上から水が廻ることは無いのか?
……水が入っても、喫水線のところまでだから……なるほど上手く出来ているものだな。
この船を作るのに、どのぐらいの時間が掛ったのだろう。
そう思っていたら、その説明も書いてあった。ニーケー・グラナラ様が大量の素材を魔法で作って、アイテール・アトラス様が船を作った。
製造に掛った時間は……1週間!?
これだけ複雑で、巨大なものを魔法を使って1週間で作ってしまったのか?
内装を整備するのに1月……こっちは、お二人ではなく、領民が実施したのか……。
規格外の魔法使いとしか言いようが無い……。
完成まで、1ヶ月ちょっとって……木造の小型船でも半年近く掛るのに。
ひとしきり、船を模ったものを、色々な角度で見ていた息子も満足したのか私の下にやってきた。
「ん?もう良いのか?」
「はい。でも、この船凄いですね。ウチの領地で見る船とは全然違います。」
「そうだな。アトラス家が、躍進したのも頷けるな。
もう良ければ、母さん達と船内を見て歩くか?」
息子が頷いたのを見て、息子と二人で客室に戻った。
もう荷解きは終っていた。
皆を誘って、船内を見学する事にした。
先ずはと甲板に出てみたら、人が沢山居る。時計を見ると、4時12刻を過ぎていた。
もうじき出港なのだ。




