37.ティアラ
妻の下に行くと、息子は、晩餐会で出た料理に夢中だった。
今回、初めて連れてきたからというのもあるだろう。
食べる勢いが止まりそうもない。
妻に聞くと、周辺の領地の子供達とも仲良くなったそうだ。
それは好ましい事だな。
妻と息子の下に移動したので、私も食事を摂ることにした。
アトラス領の周辺領地の貴族と話していて、食事は摂っていなかった。
というより、最初に注いだ酒の事も忘れて、話に聞き入っていた。
これまで、アトラス領に関して、関心を持た無かったことが悔やまれる。
この大陸の東の端で、とんでもない事が起こっていた。
辺境と思っていたのだから、仕方が無いと言えば仕方が無いのだが……。
妻は、私が熱心に話をしていたのを見ていたので、何の話をしていたのかを聞いてきた。あの場所で、アトラス領の近隣の貴族達から聞いた事を掻い摘んで話した。
妻も、信じられなかったようだ。
今度、家族で、マリムに行ってみようと思っていると言うと、妻は嬉しそうにしていた。
家族旅行なんてした事が無かったな。
まあ、領地内を移動するだけで、結構な時間が掛るのだ。
他所の土地に向うのは、王都を訪問する時ぐらいだ。
それも、帆船で移動するから、他領の領都に家族で行ったことは無い。
きっと娘達も喜ぶだろう。
食事を終えて、デザートをお茶とともに楽しんだ。
どうやら、この習慣もアトラス領から齎されたものらしい。
妻が、友人達から聞いたのだそうだ。
お茶もそろそろ終ろうかという時に、陛下が来場された。
「国王陛下、ご来場です。」
晩餐会を取り仕切っている文官が声を上げた。
我々は、席から一度立って、その場に跪いた。
「皆、楽にしてくれ。」
陛下の御言葉で、皆が立った。
私は、その時、陛下の方を見た。
何時もの晩餐会と違って、王家のご家族が大勢いらっしゃる。
アトラス家とグラナラ家の面々も一緒だ。
宰相閣下と近衛騎士団長のご家族も一緒に入場している。
この時刻まで、王家、宰相家、近衛騎士団長家、アトラス家、グラナラ家は別室で話をされていたのだろう。
この状況だけで、アトラス家とグラナラ家が特別な家だという事が判る。
それに、先程まで聞いていた話もある。
これから、この両家が齎すもので、王国が大きく変わっていくのだろう。
アイテール様も、ニーケー様も大人に混って国王陛下の脇に立っていた。
婚約式の時の衣装から着替えられたようだ。
最近の王都の流行を取り入れてある、あの衣装は……トマッシーニではないか?
この短い時間にトマッシーニ服飾・宝飾品店の衣装を誂えるとは……。
その時に、ニーケー様の祖母で近衛騎士団長のシアオ・サンドル様の奥方のロゼル様が王妹姫であることに気付いた。
以前、フローラ様が、アトラス家に縁付いて、あんな辺境にと思ったことがあった。
しかし、家系を吟味すれば、アイテール様は、王位継承権のある宰相閣下の孫。
ニーケー様は、王妹姫の孫、国王陛下の姪孫ではないか。
血縁だけでも、特別な家だったのだ。
あのお二人の婚約式に、王家の家族が勢揃いしていたのは……。
背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
神の国の御使いと神殿に認定される程の魔力と知識を持っている幼ない子供が、王家の血筋と繋っている……。
至尊の存在として対応しなければならないのだ……。
今、気付けて良かったのだろう。
気付いていない貴族も多いかもしれない。
アイテール様とニーケー様が、グラナラ子爵殿、ユリア様と会場を歩き始めた。
侯爵様は、国王陛下と宰相閣下と歓談している。
繋ぎをつくるのなら、アイテール様達の方か。
同じ事を思った貴族が多いのか、お二人と母親の周りは人垣になっている。
切っ掛けでもなければ、話し掛けるのは難しいだろう。
4人は、晩餐会で出される料理の事などを話しているようだ。
何か切っ掛けは無いものだろうか。
その時ニーケー様が、遠巻きにしていた一人に声を掛けた。
「あら、ジーナさん。」
誰に声を掛けたのだ?
あの娘か?
身形を見ると、それほどの家の娘では無さそうだが……どんな繋りがあるのだろう。
ニーケー様がその娘に声を掛けると、アイテール様達は、その娘の元に移動して行った。
「やっと会えた。お久しぶりです。元気そうで何よりだわ。」
ニーケー様から積極的に声を掛けている。
一体、あの娘は何者なのだ……。
二人で話をしているのだが、人垣越しだから、何を話しているのか良く分らないな。
「あらあら、ジーナ・モーリさんは、奥床しいのですね。」
ユリア様の声が聞き取れた。
あの娘の名前は、ジーナ・モーリと言うのか。モーリ家?聞いた事の無い家だな。
しかし、本当に親し気に話をされている。
アイテール様も良く知っているみたいだ。
断片的に聞こえてくる話に耳を傾むけていると、あのティアラやネックレスは、アイテール様が魔法で自ら作り出したものらしい。
ティアラやネックレスに付いている宝石はダイヤモンド。あの硬い宝石が見事な輝きをしている。
そして、アイテール様のフィブラとそこに付いている宝石はニーケー様が魔法で作り出したものだそうだ。
あの不思議な宝石は、アレキサンド……?なにか呪文のような名称の宝石らしい。
今は赤く輝いているが、日中は緑色をしていた。
やはり、あの宝石は、色が変わるのだ。
色が変わる宝石なのかとは疑っていたのだが……。
近くで見ると、石の中に虹のようなものが見える。
しかし……色が変わる宝石など……聞いたことも見たこともない。
このお二人の魔法の凄さを垣間見た思いがする。
それから私は、そのジーナ・モーリという娘が、アイテール様やニーケー様と話をしているのを唯見ていた。
何やら、私が知らない事を話をしているようだ。
あの三人は、当り前の様に話をしているのだが、全く理解できない。
どうにか、話掛けることが出来ないかと思っていたのだが、この様子だと、下手に声など掛けない方が良いみたいだ。
周りに居る貴族達も同じ思いをしている様子で、唯、三人の会話を困惑顔で聞いている。
二人がジーナ・モーリという娘と話をしているのを見ているうちに、子爵夫妻は、陛下の下へ行ってしまった。
半時ほど、三人は会話をして、アイテール様とニーケー様は両親の下に戻ってしまった。
二人を見送っている間に、二人と会話をしていたジーナ・モーリという娘は姿を消していた。
お二人に会うためだけに晩餐会に来ていたのだろうか?
そして、それから間もなく、アトラス家とグラナラ家は、8時になる前に、会場から去っていかれた。
幼い子供も居たので、お休みになられるのだろう。
陛下も一緒に会場を後にされた。
その後は、知り合いの貴族と話しをして過した。
話題の中心は、両家の事と、お二人の事だ。
話の内容は、噂の域を出ていない。
誰も、アトラス家やグラナラ家、ましてや、アイテール様やニーケー様の事を良く知らないのだ。
何とか、アトラス家やグラナラ家と繋ぎを作りたいと思ったのだが、そもそも上手く行きそうな気もしていなかった。
アトラス領の情報が手に入っただけでも良かったと思うことにした。
8時半には、会場を出て、宿に戻った。
妻と息子は、興奮しながら、今日の事をあれこれ話している。
確かに、近年無かった事が一遍に起ったのだ。興奮するのも無理は無い。
翌朝、日が出て間も無い時間に、ガリア港に向った。
港に着く前から、目に入っていたのだが、そこには巨大な船があった。
魔物と鼠の話をしていた貴族が居たが、本当にその通りだと思った。
我が領地にも船は沢山あるが……。
この船とは比べることもできない。
多分運べる荷も、領地の多くの船の全てを合わせたより多いのではないか?
この巨大な船一つとっても、現世とは隔絶しているものがある。神の国には、きっとこのような船があるのだろうと漠然と思った。




