35.晩餐会
爵位授与式の晩餐会は、通例通りに、6時(午後4時)から始まった。
最初のうちは、爵位の低い者が多い。
子爵の私達は、6時半(午後5時)ぐらいに参加するのが常だ。
アトラス領の件で、出遅れている私は、今日は開始の時刻に会場に入った。
妻と子供は、6時半ぐらいには参加するはずだ。
爵位の高い貴族が会場に入るのは、場が大分温まってからになる。
陛下が顔を出されるのは、7時半(午後7時)ごろだ。
それまで、順次、高位貴族が参加していく。
高位貴族が最初から居るという事はよほどの事が有る場合だけだ。
高位の貴族が、早い時間から参加すると、高位貴族と繋りを持ちたい、大勢の男爵や子爵に囲まれてしまう。
会場に入ってみると、随分と人が多い。
見渡すと、伯爵位の貴族の姿もある。
やはり、今日は、特別なのだと思った。
どの領地の貴族も、少しでもアトラス家やグラナラ家の情報を得たいと考えているのだろう。
今回の爵位授与式は、80年ぶりの式典という事もあって、かなり遠隔地の貴族も出席している。
これまで、アトラス家もそうだが、王国の東端に近い領主の殆どは晩餐会に態々出てくることは無かった。
何か王宮や王都に用事が有って、その時に、晩餐会が開催されれば出るという程度の参加状態だったはずだ。
狙い目は、王国の東の領地の貴族だな。
そうは言っても、東の領地の貴族とは面識が無い。
ベリーの酒をグラスに注いでもらって、会場の中を歩く。
広い会場の中には、沢山のテーブルがあって、何人かで座って、食事をしたり飲みながら会話をしている集団が沢山ある。
テーブルが並んでいる間をゆっくり周回していく。
何人もの知り合いに会った。声を掛けられたが、皆、王都周辺の領地貴族だ。
あまり見覚えの無い貴族達の集団が居た。
12人ほどで集まって談笑している。
その近くで、酒を飲む振りをして、会話に耳を傾ける。
「マリム大橋から見た夕日は絶景でしたな。」
「ええ。私も見ましたが、空を移動している気分になります。」
「あの大きな橋も、あのお二人が作ったんでしょうか?」
「そうじゃないですか?ダムラック司教が話されていましたでしょう。」
「しかし、あの小さな子供が、あの巨大な橋を……どうやって作ったのでしょう?」
「やはり魔法じゃないですか?何しろ特級魔法使いですからなぁ。」
「そう。それ。特級ですよ。一級じゃないんですよね。あの年齢で、どれだけ魔力があるんでしょうか。」
「しかし、博覧会の時には、姿を見ませんでしたね。」
「ほら、あの事件があったじゃないですか。オルシ伯爵とリシオ男爵が共謀して二人を誘拐しようとした。結局国王陛下の怒りを買って、両家ともに潰されましたな。」
「そうそう。噂では、あの二人が誘拐犯を魔法で撃退したらしいですな。」
「そんな事が有ったから、貴族が集まるところには出て来なかったんじゃないですか?」
「なるほど。まだ子供ですからな。グラナラ子爵殿は、ニーケーお嬢様をそれは可愛がっているらしいですぞ。」
どうやら、アトラス領の事情を知っていそうな貴族達のようだ。
「失礼。皆さんは、アトラス領近傍の領主の方々でしょうか?」
「ええ。そうですが、貴方は?」
おっ。これは、アタリの様だ。
「これは、失礼しました。私は、ロッサを拝領しているラザル・ロッサと申します。」
「ロッサ様ですか。あっ、ロッサ川の河口にある領地の方ですね。確か、ロッサ子爵でしたな。」
「よくご存知で。貴方は?」
「アトラス領に隣接するキャステーロを治めている、セッテ・キャステーロと申します。私も子爵位を授与されております。
実は、私の領地は、ロッサ川が流れておりまして。ロッサ子爵殿には、多分交易でお世話になっていると思います。」
「あっ、キャステーロ子爵殿でしたか。他の方々もアトラス領近傍の領地貴族の方ですか?」
集まっている人たちは、それぞれ自己紹介をしてくれた。
ヴィンセンティ男爵、マン子爵、ポーリ男爵、マッフィア子爵、セルヴァッジオ子爵、サーバ子爵、ロマーニ男爵、ボナッチ男爵、ダルテリオ男爵、デステファーノ男爵、ボナッチ男爵だった。
それぞれの領地は、アトラス領に隣接しているらしい。
「それで、先程話していた、マリム大橋というのは何なのですか?」
「マリム川の河口に掛っている橋なのですが、これが、また、とんでもなく大きな橋なんですよ。そこに鉄道が通っているんです。」
「それは?橋ですよね?大きいというのは……?」
橋は、川があれば掛っているものなのだが……長いというのは分るのだが、大きいというのはどういう事なのだ?
「ロッサ子爵殿は、マリムへは行かれた事は無いんですよね?」
「ええ、実は、アトラス領の事は、全くの不案内な次第で。今日の爵位授与式と、先程の婚約式で、驚いてしまいまして。出来れば色々教えていただければ、ありがたいのですが。」
「そうなんですね。うーむ。マリム大橋の説明は……。見ていただければ、その大きさが驚くほどのものだと分るんですが。」
「その橋は、2階建になっていて、上の階は鉄道が通っているんですが、下の階は、人や馬車が通れるようになっているんですよ。
それで、人が歩いて渡るとしたら、どのぐらいの時間が掛るかを地元の人に聞いてみたんです。」
「それは、初耳ですね。あの広い川。川なんですかね?海と言っても良いようですが。あれを人が渡るとどのぐらいの時間掛るんですか?」
「1時(2時間)では渡りきれないと聞きましたよ。まあ、あの川幅なら、そうなりますかな。」
渡るのに1時以上掛る橋?そんな物は見たことが無い。そもそもそんな場所に橋なんか作らないだろう?
「それは……また、とんでもなく長い橋なんですね。でも、それは、大きいのではなく長いのでは?」
「いえいえ。大きいんですよ。川の中に、何本も山よりも高くて、それはそれは太い柱が立っていましてね。そこから、あれは、鋼というんでしたっけ?」
「ステンレスと聞きましたよ。」
「そうそう。そのステンレスという鉄の合金でできている綱のようなもので、橋を吊っているんですよ。吊り橋と言うのだそうです。それが延々と続いているんです。」
……何を説明してもらっているのか皆目分らない……やはり、実際に自分の目で見ないと理解するのはムリな様だな……
「ちなみに、鉄道という物で橋を渡るのにはどのぐらい時間が掛るのですか?」
「1刻ほどでしょうかね?どうですか?」
「私も1刻ほどだったと思いますね。」
「ええ。私もそう思います。」
人が1時以上の時間で移動する距離を、1刻で移動できる?馬を走らせてもそれは無理なのではないか?
「それは……鉄道というのは、とても速く移動できるんですね。」
「それは、そうですよ。領地を統治するために作ったものですからね。
アトラス家が今回貸与された領地は、未開のアトラス山脈を丸々ですから。
あんなものを受領したら、普通に困るじゃありませんか?
アトラス侯爵様も領地の絵図面を貰ったときに頭を抱えたんじゃないですかね。
これまで、アトラス領は、海沿いの領地でしたから、高速で移動できる船を作ったらしいんです。
その船を使えば、東側の領地の北の端まで2日で移動できるそうです。
でも、西側には海がありません。
それで、アトラス山脈の西側の領地を南北に移動できるように鉄道を作ったと聞きましたね。」
「そうそう。それで、鉄道の終点はアトラス川の源流近くらしいです。アトラス川の源流は、アトラス山脈の北の端のほうです。マリムからその終点の駅まで、鉄道だと2日で移動できると聞きました。」
「馬を使って移動しても、1月か、2月掛る距離を2日ですから。鉄道は速いですよ。
それに、貨車を繋げば、一遍にいくらでも貨物を運べますしね。あれは凄い考案品ですよ。」
そんなに速く移動できるものなのか……貨車を繋ぐというのは何なのだ?
「その、貨車というのは、何ですか?繋ぐというのも良く分らないのですが?」
「鉄道というのは、地面に……何と言ったかな……。」
「線路ですよ。鉄でできたレールという物を繋げるんです。」
「そうそう。その線路があってですな。その線路の上を、機関車というもので動かすんです。
そして貨物というのは、その機関車の後ろに繋がっている箱のようなものですな。車輪が付いた箱を沢山繋げて機関車が曳くことで、沢山の箱を動かせるのです。
その箱にも種類がありまして、天蓋着きで人が中に乗れる箱とか、天蓋が無くて鉱石や木材を積み込む箱とか、天蓋の付いている荷物を運ぶ箱とか、何クアトも箱を繋げて走ってました。」
沢山のものを繋げて曳く?そんな事をしたら動かなくなるんじゃないのか?
「そんなに、沢山のものを曳いて動かなくなったりしないんですか?」
「それが、その……そうそうレールというものを地面に置くことで、沢山繋げても動くらしいです。」
「沢山の貨物を曳いている鉄道を見ましたが、あれは壮観でしたな。そして、アトラス領は、領地内で、あれほどの荷があるのかと。流石、勢力のある家は違いますなぁ。」
話の内容の半分も理解できていない。
ただ、尋常ではない事だけは判る。
しかし、ここに居る領主貴族の面々は、どうして他領の事をこれほど詳しく知っているのだろう?
アトラス鉄道全線の路線図と駅名を、「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep17に載せました。
アトラス線の駅名は隣接領地名から採ったものもあります。ガリア線の駅名の大半は通過する領地名です。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/17/




