17.単位
早めの朝食を食べて、急いで家を出た。
今日から、領主館で、アイル様とニケちゃんの教育に参加する。
そう言えば、父さんは、ニケちゃんのことをニケ様と呼んでいたけど……。
領主様のご子息のアイル様とは違うはずなのに、なんでだろう。
領主館へ着く。
二人は食事を終えて、アイル様の部屋に向ったと聞いた。
そのまま、アイル様の部屋へ向う。
入口に居た侍女さんに挨拶をすると、そのまま部屋へ通された。
部屋に入ると、二人は、何か話をしていた。
ウィリッテさんは未だ居ない。なんとか間に合った。
明日はもう少し、早く起きたほうが良いかもしれない。
二人の話に耳を傾けてみるけれど、何を話しているのか解らない。
何か言葉自体が違うようだ。
『ニケは、鋼が作れると思うか?』
『鉄鉱石さえあれば出来るかもね。あとは、炭素と混ぜれば良いから。
ただ、鉄鉱石が手に入るかだよねぇ。鉄鉱石の砂鉄を集めるには磁石が必要だな。
アルミも青銅も磁石にはならないでしょ。磁石が必要だと鉄が必要。ダメだな。
いっそのこと、海岸の砂鉄を広範囲に集める大魔法を使うとか。』
『そんなことしたら、大騒ぎになるよ。』
『でも、なんで、鋼が必要なの。』
『ソロバンの加工装置を作ることになるんじゃないかと思っているんだ。』
『えっ動力は。あっ人力で動かすの?』
『陶芸の轆轤って、人力で回しているじゃない。あんなののもう少し大掛りなもの。旋盤があれば、ソロバンが作れると思うんだ。』
『あら、いつのまにか、カイロスさんが来たみたいね。』
『そうだね。日本語はここで終りにしようか。』
二人はボクに気付いたのか、にっこり微笑んで、挨拶をしてくれる。
二人は、名前に「さん」付けで呼んでほしいと言われた。ウィリッテさんにもそうしてもらっていると言われた。
昨日の魔法の事を聞いてみた。ボクは魔法は殆ど使えない。憧れるな。
ニケさんの家は、魔法を使える人が生れないと言われていたのだけど、ニケさんは凄い魔法が使えている。
二人に聞いたけど、二人も何故魔法が使えるのかは分からないみたいだ。
そんな話をしていたら、朝の鐘の直前に、ウィリッテさんがやってきた。
石版を渡された。ここでボクが使うために持ってきてくれたらしい。
「今日は、お金の話をしましょうか。」
「お金の単位だけじゃなくて、長さとか重さとか時間とかの単位も教えてください。」
とアイルさんが言う。
「長さと重さと時間ですか?少し難しいですね。お金の説明が終ったら、他の単位の説明もしましょう。
今日は、お金の話をすることになったので、領主様から、お金を借りてきました。」
そう言って、トレイをテーブルの上に載せる。
ピカピカの6種類のお金が載っていた。
金貨、初めて見たよ。
最小の貨幣は、小銅貨でガントという単位で呼ばれる。
大銅貨は、d10ガント、
小銀貨は、d100ガント。
纏まった金額を表わすのには、ガリオンを使う。
1ガリオンは大銀貨で、d1,000ガント。
昨日、予算の話で出てきた単位だな。
それより上の貨幣は、10ガリオンの小金貨と100ガリオンの大金貨がある。
市場には殆ど出回っていないらしい。
見たことが無い訳だ。
でも、領主館にはあるんだ。
ひと通りの説明が終ったところで、アイルさんが質問をした。
「お金な価値がどの程度なのか想像できないんですが、
1ガントで買えるものにはどんなものがありますか?」
「小魚が1匹とか、小袋の豆とか、でしょうか。」
「じゃあ、大人が一日働くとどのぐらい貰えるんですか。」
「軽作業だとすると、1/2ガリオンぐらいでしょう。」
「職人さんの場合は?」
「よほど腕が良いと変ると思いますが、1ガリオンよりは少ないと思います。」
「えっ、昨日、ソドおじさんが言っていた1回の食事に2/3ガリオンというのは、かなり豪華な食事ですね。」
「アウド様が、随分と食べると言っていましたから、そうなんじゃないでしょうか。まあ、沢山食べて、お酒を召し上がるのなら、そのぐらいの金額になるかもしれませんね。」
「アイル。じゃあ、職人さん一人で一日に2台はソロバンを作らないとダメってことね。」
「そうなるかな。原料の費用を考えると、1日で3台は作らないとダメかもしれないね。」
『じゃあ、この世界の技術云々関係なく、加工装置が要るわね。鉄か。全ては鉄なのね。』
『なに、それ。だから、鉄を作る方法を考えてくれよ。』
途中から、また、知らない言葉が出てきたけれど、ウィリッテさんは、平気な顔をしている。ウィリッテさんは、この言葉は解るのだろうか。
二人で不思議な言葉で話合いをしているあいだに、こっそりウィリッテさんに二人の会話の意味が解るのか聞いてみた。全く解らないそうだ。そして時々二人はこうなるらしい。
しばらく待って、話が落ち着いた頃合いを見て声を掛けるらしい。
ちょっと待っていると、ニケさんが悩み始めて会話が止った。
そこに、ウィリッテさんが声を掛けた。
「お金の説明は、これで良いでしょうか?」
二人は、二人の世界から戻ったみたいだ。
「青銅のお金は無いんですか?」とニケさんが聞いた。
青銅のお金は、かなり昔にはあったらしい。ただ、青銅の製品が沢山出回って、クズ青銅から偽の金を作られる事が多くなって無くなったそうだ。
「お金を新たに作る場合にその量はどうやって決めているんですか?
銅や銀は錆びるから、作り直したりしますよね。」
ウィリッテさんが、困った顔をしていた。
そもそも、お金って錆びるのか?
錆びたら新しいお金を作るのは解るけど、量ってなんだ。
錆びたら同じだけ作りなおすんじゃないのか?
「貨幣を鋳造しなおすのは、王国が行なっています。鋳造する量は、収穫量や税金徴収の金額を見て決めているらしいです。私は詳しく知らないので、カイロスさんのお父様に聞いた方が良いかもしれないです。」
父さんが知っているかもしれないのか。今度聞いてみよう。
それより、何でそんな質問をしたんだろう。
「ねえ、ニケさんは、何故、お金を作る量の質問をしたの?」
「だって、お金の量が多くなると、物の金額が上がるでしょ。お金の量が少くなると物の金額が下るじゃない。誰かがお金の量を調整しないと大変なことになるから、どこかで調整しているんだろうと思って。」
言っている言葉は解るけれど、何を言っているのかが解らない。お金の量で、物の金額が変るってどういうことなんだ。
そのとき、昨晩父さんが、「あの二人の知識は大変なものだ」と言っていたのを思いだした。
「それじゃ、他の国のお金とはどういう関係になっているんですか?」
ニケさんの、次の質問に移ってしまった。お金の量と物の金額のことは父さんに聞くしかないかも。
「各王国で、別々なお金を使っています。ただ、貨幣の重さは同じにしてあるそうです。
ただ、王国の力で交換比率は決まっていますね。
隣のテーベ王国とこちらのガラリア王国では、今は、テーベ王国の貨幣のほうが価値が僅かですが高いですね。」
「ふぅ〜ん。それは商人達が決めているんですよね?」
「そうですね。商人達がその国で作られる作物や物の価値で決めていますね。」
えっ。なんで。お金は王国が作っているのに、他の国とのやり取りの比率を商人が決めている?そんなこと奇しいんじゃないか?
「なんで、商人が比率を決めるのです?王国が決めれば良いんじゃないのですか?」
「そう思うよねぇ。でもそれは無理だから。王国がいくら何をいっても、交換の比率は、その国が生産した商品の価値できまってしまうから。」
「そうなんです。昔、大陸に国が多かったころ、それをしようとした国がありました。しかし、その国は、あっというまに、破産してしまったそうです。」
えっ。国が破産?なにそれ。
そんなやりとりをしていたら、アイルさんが、
「だんだん元の話題から離れてます。お金の特性の話はそろそろ良いでしょうか。
そろそろ、長さや重さや時間の単位について教えてもらえませんか。
カイロスさんは、いろいろ疑問に思っているかもしれないけれど、多分お父さんに聞けば教えてもらえると思うよ。」
お金の特性?お金に性質なんてあるのだろうか?この内容は、アイルさんも知っているのか?
確かに、ボクの教育じゃないから、ここらの話は父さんに聞くほうが良いかもしれない。
「わかりました。父さんに聞いてみます。」
「じゃあ、長さと重さと時間の単位でしたか。ではその話をしましょう。」
それからの話は、面白かったけど、長さと重さの単位なんて必要なんだろうか。
昔は、統一した長さの単位があったらしい。その時の国王が自分の指の長さとか足の寸法から単位を決めた。
国王が代替わりして、その国王の指の長さや足の寸法で単位を決めなおして皆困った。
四代目になった頃には、誰もその単位を使わなくなった。
今は統一した長さの単位は無い。長さの単位は色々で、布地は布地の長さの単位があったり、食器は食器で大きさの単位がある。建物の大きさは、建物の大きさの単位があり、農地の大きさも別な単位だ。
しかも、領地によってまちまちに設定されている。
重さの単位は、やはり、体重を重さの単位にした国王がいた。国王の体重が変わる度に、基準が変わったため、その国王の時世で廃れた。
軽いものの重さは小銅貨の重さを基準にして、小さな天秤で量っている。
担がなければならないような重さを量ろうとするには、大きな天秤を作らなきゃなならないけど、それはしないみたいだ。
袋の大きさとかで代用している。穀物の量も、決められた袋の中に小麦を詰めて、袋の数を数えている。
誰も困っていないんだったら、別に長さの単位とか、重さの単位とか必要無いんじゃないだろうか。
そう思っていたら、アイルさんが、今回のソロバンを作るのに、複数のところで分業しようとすると、動かなかったりすることがある。
同じ単位を使っていないと諍いの元になるんだと言っていた。
そんなものなのかなと思うが、良く解らない。
最後にアイルさんが時間について聞いていた。これは知っていると思っていたら、ボクが知っているより細かな決まりがあった。
「1時は、1日を12等分した時間です。
1刻は、1時を12等分した時間です。
1分は、1刻を12等分した時間です。
1秒は、1分を12等分した時間です。
ちなみに、
1週間は、6日です。
1月は、36日、1月と7月が37日あります。年によって、7月が36日の年があります。
従って、1年は、434日か433日です。」
「刻」は知っていたけれど、「分」や「秒」は知らなかった。1秒は、心拍4回分ぐらいの時間だそうだ。でも、そんな細かな時間が必要なんだろうか。
太陽の動きで時間を測るので、夏は時間が長くなり、冬は時間が短くなる。
気にしたことがないから知らなかった。
皆、神殿で鳴らした鐘で時刻を知る。
日の出が1刻で、日の入りの時刻が7刻と決っている。
鐘は、2時と4時と6時に鳴らしている。
皆、2時で仕事を始めて、4時で昼食、6時で仕事を終える。
それでウィリッテさんは、朝の鐘の少し前にやってきたんだ。
それにしても、アイルさんも、ニケさんもたくさん質問をする。
ウィリッテさんは、それに全て応えているのは正直凄いと思う。
ボクも知らないことを聞こうと思うのだけど、だいたい二人が質問してしまうんだよな。
二人は利発だと言われるのは、こんなところなのかもしれない。
ボクは、二人の役に立つ様になれるんだろうか。
昼になって、午後から二人に何をするのか聞いてみた。
ソロバンを加工する職人さんが、明日来る。そのためにソロバンの『モックアップ』を作ると言っていた。『モックアップ』ってなんだ?
聞いてみたら、ソロバンを作ってもらうために、職人さんに参考にしてもらう同じ形をしたものなんだって。
昨日のソロバンをそのまま渡すと、大変なことになりそうなので、他の素材で作って渡すことにしたそうだ。
そうだよな。姉さん達が大騒ぎしていたし、父さんが家宝にすると言っていたから。
一緒に居ていいかと聞いたら、良いといってもらえた。
午後も立ち会うことにした。




