31.ラザル・ロッサ
「ロッサ子爵様。国王陛下の使者の方が来られました。」
陛下の使者?一体何用だろうか?
ひょっとすると、お願いしていた航路の開設、あるいは鉄道をロッサまで延していただけるのだろうか?
領主館の中が随分と騒ついている。
国王陛下の使者が来られたからと言って、これほど騒つくだろうか?
領主館の入口まで、使者を迎えに行って、騒つきの理由が解った。
王国騎士が大勢居る。d1,000(=1,728)人を越えているだろう。
領主館が王国の騎士で包囲されているのだ。
いかにも文官と思われる者が、私の方にやってきた。
「これは、使者殿。王都から態々のお越し、ご苦労様です。
しかし、これは、また、随分と物々しい装いですが。
何か御座いましたか?」
「ロッサ子爵殿。少々、疑念がありましてな。今日はそれを確認しに来たのです。」
疑念?
何の事だ?
仮にも国王陛下の使者の方だ、このまま入口で立ち話という訳には行かない。
使者を領主館の中に通した。
騎士がd10(=12)人ほど付き従っている。
これは、尋常ではない。
応接部屋に使者を迎え入れた。騎士達も部屋に入ってくる。
使者殿を上座に誘導して、私は膝を着いて恭順の意を示した。
「ロッサ子爵殿、それでは話が出来ません。まずは席にお着きください。」
こう言われなければ、私は席に着くことはできない。
立ち上がって、下座の席に着いた。お付きの騎士は、使者の後ろに控えている。
「この度の使者を拝命した、ゲスアルド・ウィッゾと申します。」
「はっ。子爵を拝命しこの地を治めておりますラザル・ロッサと申します。」
「領主館までの道すがら、街の様子を見させていただきました。良い領地でありますね。中々に繁栄しているようで。」
「ありがとうございます。幸運な事に、貸与いただいた領地は、王都にも近く、ロッサ川が有るため、様々な商品が集積しやすいという地の利があります。
ロッサ川沿岸の産物は、一度ロッサに集められ、海を利用して王都やゼオンなどに運ばれています。」
「そうですな。地の利というのは大きい。
大きな川の河口は、伯爵や子爵が領有しているしているのは、王国でもそれだけ重要視しているという事になります。
しかし、今回の件はあまりに不味いですな。
鉄道の開通による不利益が我慢できなかったのですかな?」
鉄道が開通すると、ロッサの地の利が損なわれると危惧はしていたが、我慢?
どういう事なのだ?
「いささか、ご質問の意味が分りかねます。我慢とは一体どういうことでしょう?」
「ふむ。最近、ロッサが絡んだ、問題が生じましてな。
ロッサ子爵殿は、それを御存じ無いということでしょうか?」
何の事だ?使者殿は、鉄道と言ったな。鉄道はまだ敷設が終わっていないと聞いていたのだが。
ただ、今年中には、開通すると聞いている。
今は10月。そうすると敷設工事をしている最中か?
それなのに、今、明かに、ロッサ家が疑われている。
何かが有ったのだろうか……?
「申し訳ありません。寡聞にて知りません。
私が知っているかぎり、何か問題を起こした事は無いかと思います。」
「左様ですか。実は、国王陛下に、王国諜報機関のタウリン長官から報告がありましてな。
この件には、ロッサが関わっているという事です。
国王陛下は、随分と憂慮されています。」
それから聞いた話は、意表を突くものだった。
ロッサの商人達が、金を使って、王都周辺の浮浪者を集め、鉄道の敷設の妨害をしたらしい。
謀反と疑われるような事態だ。
一体、何てことをしたのだ。
「その件、ロッサ子爵家では、全く関わっておりません。」
「様子を見ると、どうやらその様ですな。ただ、疑念の払拭はできていません。
暫くの間、領主館は王国騎士団で監視させていただきます。
子爵閣下は、不用意に領主館から離れないでいただきたい。
出入りの者には、騎士が付くことになります。
ご理解いただけますかな?」
私や領主館に居るものは、軟禁状態になる。
それも仕方が無い。
受け入れるしかないだろう。
痛くもない腹を探られて、家を潰すことは出来ない。
「はっ。了解いたします。」
「左様ですか。くれぐれも、更なる問題は起こさないように願います。
では、私達は、首謀者の商店主を捕えて、事の顛末を調べなければなりません。
間違っても、その者達を庇い立てしませんように。
それでは、これで失礼します。」
そう言い残すと、使者のゲスアルド・ウィッゾ殿は、領主館を後にした。
しかし……厄介な事になった。
我が領地を繁栄させてくれていた商人が、謀反騒ぎなど……。
確かに、今年の春頃から、領内の商店主から陳情を受けていた。
鉄道が開通すると商売が成り立たなくなると言われた。
私もロッサの地の利が無くなる事は十分理解していた。
そのため、王都やマリムの国務館に使いを出してロッサへの航路の開設や鉄道の敷設をお願いしていた。
しかし、私の希望はなかなか応えてもらえていなかった。
その理由も理解できないことは無い。
鉄道も、自走式の大型船もアイテール・アトラス特級魔導師とニーケー・グラナラ特級魔導師のお二人の魔法で作られているらしい。
そして、お二人は、とても幼ない。年齢は、まだ6歳だ。
しかし、国王陛下は、二人を先のノルドル王国との戦争の首功として称えられた。
お二人が作られた戦装備が勝利に繋がったのだそうだ。
私は、爵位授与式で初めてお二人を見た。
本当に幼ない。
どうして、あのお二人にそのような事が出来たのか。
そして、国王陛下もお二人を随分と可愛がっておいでだった。
前代未聞の婚約式が行なわれたのも爵位授与式の日だった。
そして、アイテール・アトラス様は宰相閣下のお孫様で、アトラス侯爵の嫡男だ。
さらに、ニーケー・グラナラ様は、近衛騎士団長のお孫様で、グラナラ子爵のご長女で、アイテール・アトラス様の婚約者だ。
王国の中枢と深く関わっているのだ。
領地の為に、願い出た私の要望は、幼いお二人に無理を強いることになる。
暫くは待つようにという話だった。
この話は、領民、特に商人達には伝えたのだ。
そして、無理をすれば、宰相閣下や王国騎士団が黙っていない事も伝えた。
事の起りは、今年の1月だ。
1月20日に爵位授与式が行なわれた。
王都とマリムの間を定期船が運行する事と、王都とマリムの間に鉄道が敷設することは、その翌週に発表された。
爵位授与式の時には、既に決まっていたのだろう。
しかし、その時には、定期船というものも、鉄道というものも私には分っていなかった。
その後、2月と待たずに王都とマリムの間の定期船が運行を始めた。
噂では、恐しいほど巨大な船らしいという事だけを聞いていた。
まさに、大きな建物が海に浮んでいて、それが動くというのだ。
しかも、風で動いているのではない。
季節や天候には左右されないらしい。
それで定期船と言うのかと妙に納得していた。
大量の商品が、マリムから王都へ運ばれていてきた。
これまでも、マリムから様々な物品が王都に向けて送られてきていた。
その頃、伝え聞いていたのは、船1艘で運ぶ荷が、それまでの半月の物品の移動に相当するという事だった。
しかも、あの辺境のマリムから王都まで、たったの2日の航海だと言う。
我が領地からしてみれば、ロッサから多くの船が王都へ荷を運んでいたが、比肩する事自体が無意味な程の違いだ。
そして、3月1日、マリムに国務館が開設され、新規に設置された交通管理部門から、定期船の運行計画と鉄道の敷設予定地が発表された。
私は、状況を把握するために、多くの文官を伴って王都に向った。
3月に行なわれた晩餐会では、その話で持ち切りだった。
そこで、始めて知ったのだ。
我が領地は危機に直面しているということを。




