30.抗議
「あっ、『スパイ』の親玉!」
思わず、私は口に出してしまった。
「…………あのぅ。『スパイの親玉』とは何でしょうか?」
困惑した声が無線から返ってきた。
「ごぶさたしております。タウリン長官。アイルです。」
「これは、どうも。アイル様。ジュペト・タウリンです。
ニケ様。さきほどの『スパイの親玉』という言葉は、何でしょうか?」
「あっ、気にしないで下さい。タウリン長官。ニケです。ごぶさたしています。」
ジュペト・タウリンさんは、王国諜報機関の長官さんだ。
マズいね。
でも、『スパイ』も『親玉』も日本語だから、ん?スパイは英語かな?まあ、意味は分らないよね。
「ニケさん。ジュペト・タウリンさんって誰?」
カイロスさんが、小声で、私に聞いてきた。
「ジュペト・タウリンさんって、王侯諜報機関の長官をしている人よ。」
私も小声で応える。
「どうも。はじめまして。タウリン長官。カイロス・セメルです。」
「おや。アトラス領宰相様の息子さんですか。はじめまして。アイル様とニケ様に同行されていたんですね。」
「それで、タウリン長官が無線で連絡してきたのは、ひょっとすると、この騒動について、何かが分ったからですか?」
「ええ。まだ、詳細までは掴めてませんが、この騒動を引き起したのは、ロッサの商人達の様です。」
「ロッサですか?それは、ロッサ川の河口にあるロッサ子爵の領都ですよね?」
「カイロス様。流石ですね。ロッサと聞いて、すぐにお分りですか。」
「すると、ロッサでは、王都とミネアの間に鉄道が通ると困るんですね?」
「ええ。鉄道が開通すると、ロッサの商人達は不利益が発生すると思ったんでしょう。
今、王国の使者が、ロッサ子爵の元に向っています。
王都で、浮浪者を勧誘していたロッサの商人達の手先は捕縛しましたので、これ以上妨害する人が増えることはないでしょう。
ただ、残念ながら、既に妨害に駆り出された人が自然に減るということもないので、排除には今しばらく時間が掛ると思います。」
「それで、ボク達は、どうしたら良いんでしょうか?」
アイルがタウリン長官に問い掛けた。
「そうですね。新たに妨害をする人が増えるという事は無いので、妨害者が排除できたら、そのまま作業を続けてもらえば良いと思います。
王都からは騎士団が、ロッサ川に向けて、鉄道敷設用地に座り込みをしている者を順次排除しているところです。
そちらからだと、事前に、鉄道を敷設する領地の領主に依頼して、排除をしていってもらう他ないですね。」
「分りました。妨害する人が排除されたら、順次鉄道を敷設していきます。情報ありがとうございました。」
「いえいえ。当然の事ですから。また、何か分りましたらご連絡さしあげます。」
無線通信の会話は終了した。
カイロスさんが言っていたように、不利益を被るところってあったんだね。
私は、そのロッサという場所を良く知らなかったので、カイロスさんに教えてもらった。
今回の鉄道の敷設は、キリル川の先、王都までの区間だ。
その間に、大きな川が二つある。
一つは、王都の脇を流れるガリア川。この川は、上流で、アトラス川に分岐して、アトラス山脈に源流がある。
そして、王都との中間地点にロッサ川という名前の川がある。このスラス男爵領はロッサ川に面している。そして、この川も源流はアトラス山脈だ。
ロッサというのは、その川の河口にある、ロッサ子爵の領都のようだ。
「そのロッサ川の河口には、ロッサの街があるんだ。そこは、ロッサ子爵の領地なんだけど、多分ロッサ川沿岸の物資の集積地になっているんじゃないかな。」
「すると、鉄道が通ると、そのロッサ川の物資は、鉄道に流れて、ロッサには行かなくなってしまうのか。」
「そうじゃないですかね。輸送する荷物が全て鉄道を使うかは分りませんけど。
ロッサ川沿いの産物は、ロッサ川の側にある、スラス男爵領かミセーリ男爵領を経由して、王都やマリムに運んだ方が、ロッサで積み替えて、海を経由するより、遥かに時間も費用も掛らなくなりますね。」
「でも、座り込みなんてしても、結局鉄道が通ってしまえば、どうにもならないんでしょ?」
「そうなんですよね。だから邪魔をする。
でも、武器を取ったら内乱になってしまうから、首謀者は死罪になります。
きっと、それを避けようと思ったので座り込みってところなんでしょう。」
「ふーん。じゃあ、ロッサ子爵も関わっているのかしら?」
「それは、私には分りません。王都で、この騒動を起こした人を見付けたみたいですから、時間が経てば、はっきりするんじゃないでしょうかね。」
「まあ、それは、ボク達の役目じゃないな。それにしても、この人達をどうしたら良いんだろう。」
そこに、スラス男爵がやってきた。30代ぐらいの比較的若い人だ。
「アイル様、ニケ様。この地で男爵として領地を治めているステファン・スラスと申します。始めてご尊顔を拝します。」
「あっ。初めまして。アイルです。」
「ニケです。」
「アトラス領宰相の次男のカイロス・セメルと申します。初めまして。」
「どうにも、申し訳ありません。折角鉄道を通していただくのに、この様な事になってしまって。」
「先程王都から連絡がありましたけれど、この騒ぎを引き起こしたのは、ロッサ領の商人らしいです。
スラス男爵の所為では無いです。」
「そうなんですか?ロッサの商人の仕業ですか……。なるほど、鉄道が通ると困ると思ったのですね。
しかし迷惑この上もないです。」
「そうですね。本当に迷惑な事です。
ところで、ここに居る人達はお任せしても大丈夫なんですか?」
「いえ。それにも困っているのです。
私の領地では、これだけの人を収容する場所は有りません。」
そうか。この前の領地のリッチアルジ男爵のところでも収容所が満杯になったって言ってたな。
「少し試してみたい事があるんです。
スラス男爵の騎士さん達も巻き込まれちゃうと思いますが、危険は無いのでご容赦いただけませんか?」
「えっ?何をするのですか?」
「ちょっと大きな檻で全員を囲っちゃおうかと思うんですよね。」
そうアイルが言うと、線路用に準備していたレールが、何本も地面の下に潜り込んだ。
何本ものレールが次々と地面に埋まっていく。
ん。何をしているんだ?
続いて、空中にレールが何本も浮かんだと思ったら、座り込みをしている人の最後尾から、鉄道の敷設場所を囲うように、手前に向かって地面に刺さっていく。
レールが杭のように刺さっている、奥行1km、幅が40mぐらいの巨大な矩形の囲いが出来た。
当然、そこに居た人たちは、レールで出来ている杭の内側に閉じ込められた。
その後、レールが細くなりながら上に延びて、空中で繋がった。
ズズズズズ
低い音がしたと思ったら、地面から巨大な鳥籠のようなものが浮んでいく。
中には、人が一杯入っている。
最初に埋めたレールは、地面の下で、格子状になって、周辺のレール?囲い?と繋がったんだ。
鉄格子のようになっている籠の底の部分から、土が下にこぼれ落ちていく。
中に囲われた人達は、その鳥籠の様な物の中に居て、外に逃れることができない。
そのまま、その鳥籠は、空中を移動して線路の敷設予定の場所の脇の地面に降りた。
「すみません。騎士さん達も檻の中に入れちゃいましたけど、扉から外に出してあげてください。」
中に捕えられた人達は、皆、腰を抜かしてしまったのかへたり込んでいる。
流石に騎士さん達は、立ち竦んでいるけれど、へたり込んではいない。
手前の鉄格子の所に、扉が有り、そこから騎士さん達が外へ出てきた。
しかし、相変わらず、アイルは器用な事をする。ん。力技かな?
まあ、一網打尽にしてしまったな。
檻の中には、何人居るんだろう?数千人は入っているな。
遥か彼方に人が居たはずなんだけど、あの魔法を見て、どこかに消えてしまっている。
「これは……また……何と言うか……。」
顔色の悪くなった男爵様が呟いている。
慣れていても、吃驚するような事だからなぁ。アイルの魔法は。
初めて見たら、肝を潰すよね。
とりあえず、わんさか居た座り込みの人は、全て檻の中に入ってしまったし、檻から漏れた人も何処かに行ってしまったので、鉄道の敷設を開始することにした。
マリムから王都までのアトラス鉄道ガリア線西部の路線図と周辺地図を、「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep16に載せました。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/16/




