2W.座り込み
私とアイル、カイロスさんと相談して、翌日にはチト男爵領内の鉄道は、そのまま敷設した。
死守なんて言われてもねぇ。
放って置く訳にもいかなかった。
アトラス領と王都には、無線で状況を知らせた。
王都では、宰相閣下のオルムート・ゼオン様が対応してくれた。
アトラス領と王国からは、騎士団を派遣してくれるらしい。
唯、この状況が何故起こっているのか全然分らない。
チト男爵は、近隣の領主は反対する理由が無いと言っていたな。
今は、チト男爵領とミネオ子爵領の領境なんだけど……。
ミネオ子爵領の鉄道予定地には、沢山の人が居た。
あちこちで、ミネオ子爵の騎士と、その人達が小競り合いをしている。
相手は、武装していない人達だ、武力で排除という理由にもいかないのだろう。
随行していたアトラス領の騎士がミネオ子爵の元に向い、状況を聞いたミネオ子爵が領地の騎士を出してくれた。
ミネオ子爵の騎士達と、アトラス領の騎士達で、その人達を排除していく。
「ねぇ。これ、どうしたら良いんだろう?」
「何も出来ないから、人を排除してもらうのを待つしかないね。」
ようやく人が排除されて、鉄道の敷設を始める。ミネオ駅を作り終えたところで、領主の人が来た。
駅を作り終えるまで待っていたみたいだ。
「アイル様、ニケ様。この度は、申し訳ありません。ミネオ子爵を拝命している
サッスーク・ミネオと申します。」
「態々、お越しいただきありがとうございます。アトラス領のカイロス・セメルです。
敷設用地に入り込んでいた人を排除していただいた様で、御礼申し上げます。」
カイロスさんが、私達の代わりに挨拶をしてくれた。
あとは、駅の場所の先にも人が入り込んでいて、今、順次排除していると言われた。
排除した後は、騎士さん達が盾になって、領内の鉄道の敷設が完了するまで、安全を確保すると言っている。
やはり、隣の領地の敷設予定地にも人が居るらしい。
そして、集っていた人達は、王都周辺の浮浪者で、金を貰って座り込んでいたそうだ。
やれやれだよ。
一体何が起こってるんだろう。
アイルと相談して、鉄道を敷設する両側には、壁を作ることにした。
一応、他領の土地を使って壁を作るので、ミネオ子爵には許可をもらった。
ミネオ子爵と、今のこの状況が、何を目的としているのか分らないので、駅周辺以外は、壁で囲った方が、実際に鉄道を運用する際には安全だろうという話になった。
その日は、ミネオ駅あたりで停車して、状況をアトラス領と王都に伝えた。
王都では、何が起こっているのか調査をしてくれる事になった。
その翌日から、ミネオ領の残りの線路を敷設していった。
鉄道を敷設した両脇には、石の壁を作っていった。
高さは、4mぐらいだ。
簡単には攀じ上れないように、繋ぎ目の無い石の壁だ。表面を鏡面にすると光ってしまうので、艶消しにしてある。
当然足掛りになる場所は無い。梯子でも持って来ないと攀じ上ることは出来ない。
ミネオ領の敷設工事が終って、今は、パスカレーラ子爵領の手前だ。
もう、何度も見た風景が目の前に広がっている。
さらに座り込んでいる人数が増えている。
既に、パスカレーラ子爵の騎士団と小競り合いをしている。
困ったものだ。
それからは、ミネオ子爵の時と同じだ。
何とか人を排除して、パスカレーラ駅まで敷設を進める。
領主が詫びに来る……。
ボルドニ子爵領でも同じだった。
段々と座り込みの人数が増えているみたいだ。
何とかボルドニ子爵領の敷設を終えた。
やはり、ボルドニ子爵も詫びに来た……。
リッチアルジ男爵領の手前で、絶句してしまった。
もの凄い人が居る。
良く見ると、チト男爵の領地で見掛けた人も居た。
あの足を引き摺りながら歩いている姿は見たことがある。
間違い無く、チト男爵の領地に居た人だ。
この世界もそうだが、座り込みをした程度だと、厳罰には処されない。
何日か拘留したら、解き放される。
そして、王都に戻る振りをして、敷設されていない場所で座り込みをする。
このままだと、幾何級数的に人数が増えるんだろうな……。
「騎士さん達の増援が来るとは思うけど。この人数を処理するのは手間取るかもしれないな……。」
「そもそも、何で、鉄道を通すのに反対しているの?」
「分らないよ。どうしてだろう?」
「鉄道があると不利益を被る領地があるんじゃないかな。」
めずらしく、カイロスさんが、私とアイルの会話に入ってきた。
「えっ?不利益?」
私には、良く分らないのだけれども、物を運ぶのに、便利になるんだ。不利益になるなんて事、有るんだろうか?
「そう。不利益。鉄道が出来ることで、それまでの利益が失なわれる場所があるんじゃないかな。」
「そんな場所が有るのかしら?」
「でも、実際に鉄道が出来るのを邪魔しようとしているんだから。そうなんだろうね。」
「ふーん。でも困ったね。私達じゃどうにもできない。」
魔法を使って吹き飛ばしてしまったらと思った事もあるけど、騎士さんたちが武力で排除していないのに、そんな事をする訳にもいかない。
騎士さん達が排除してくれるのを待っているのだが、人が多くて、どうしても完全には排除できていない。
排除したと思っても、捕縛を逃れてまた敷設予定地に入り込んでくる人が居る。
やれやれ。
その日は、全く作業が出来なかった。
男爵領なので、騎士の人数も少ない。
他領地なので、アトラス領の騎士は、基本的にリッチアルジ男爵領の騎士の手伝いなのだ。
まいったね。
リッチアルジ男爵領に入ったところで、様子を見ていたら、リッチアルジ男爵が訪ねてきた。
排除した人達を拘留する牢の余裕が無くなってしまったのだそうだ。
何と。
このあたりから、停車駅は、男爵領になる。王都に近い領地は男爵領が多い。
街一つと周辺の農地だけの領地だ。
大体は、農地で作った作物を王都の商人に売ることで生計を立てている。
人口はそこそこ有っても、これほどの人数の囚人が発生することなど無い。
リッチアルジ男爵に相談して、鉄道の敷設用地の脇に、巨大な鉄格子の檻を作ることにした。
拘留する場所が増えた事で感謝されたけど、後で、その檻はどうするんだろう。結構デカくて重いぞ。撤去するのも大変だろう。
まっ、リッチアルジ男爵が考えることだな。
翌日は、排除した人を順次檻に押し込めていった。
目の前に檻が有ることで、座り込んでいた人達は、蜘蛛の子を散らすように、王都方面に逃げていった。
うーん。厄介だな。また、敷設する先の方で座り込んでいるんだろう。
でも、檻は効果がありそうだ。
次の領地では、檻を作るところからかな。
そんな事を考えていたら、アイルが鉄道を敷設する度に、捕えた人ごと檻を空中に浮かせて、前方に設置する。
まわりの騎士さん達からは、「おおっ。」と歓声が上がった。
そして、僅かに残っていた座り込みの人は、その様子を見た瞬間、慌てて王都方面に逃げていった。
完全に座り込みの人は居なくなった。
そりゃ、嫌だよね。捕えられて押し込められた檻が空中に浮かんでるんだ。
落されたら命も危ない。
それから、何とかリッチアルジ男爵の領地の鉄道敷設は終った。
もう、工事を始めて、1ヶ月経った。
王都まで1ヶ月程で敷設が終わると思ったのだけど。まだ半分も終っていない。
本当に、鬱陶しい。
予想していた通りに、スラス男爵領の敷設用地には、人が溢れていた。
スラス男爵の騎士さん達が、事前に報告を受けていたのか、排除に動いている。
だけど、騎士さん達の人数より、座り込みの人の人数の方が遥かに多い。
その上、皆、「鉄道反対」と書かれた木の札を掲げていた。
浮浪者の人達が文字を書けるとも思えない。
筆跡を見るとどれも同じだ。
この木の札を渡した人が居るんだろうな。
「で。どうするの?また檻を作る?」
「いやぁ。この人数だろ。滅茶苦茶大きな檻が必要になるんじゃないか。」
そんな事を話していたら、王都から無線で連絡があった。
「どうもぉ。ご無沙汰しております。アイル様、ニケ様。」
何か、聞き覚えのある声だ。
うーん。どこで聞いたんだっけ……。
「あっ、『スパイの親玉』!」




