2N.延伸
ガラス板が作れるようになったんだけど、製造したガラス板で写真乾板を作ってみたら、表面の平坦度が足らなかった。
表面の平坦度が足らないと、像が歪む。
アイルが作っていたガラス板は、完璧な平面だったからね。
危うく本来の目的が達成できなくなりそうになったので、アイルがあわてて研磨装置を作った。錫が大量に手に入ったのは、研磨装置を作るのに役立った。
錫で定盤を作って、研磨剤として酸化第二鉄と酸化セシウムを微粉にして使用した。
写真乾板のサイズなので、バッチ式の研磨装置で、写真乾板を研磨した。
ただねぇ。これだと、写真乾板用のガラス板の金額がかなり高くなる。
他にガラス板の平坦度を必要とものがあれば、それらと一緒にインラインの研磨をすることで、コストは下げられる。
まあ、全てのガラス板の平坦度を上げても良いんだけど。
それもムダだよな。
窓ガラスに、研磨までは必要ないんだよな。
平坦度が必要なガラス板か。
この世界に、液晶パネルなんて無いしね。
大体、平坦度が問題になるのは、光学的な機能が必要なガラスだなと思ったところで、鏡は平坦じゃなきゃダメだと気付いた。
なるほど。鏡か。鏡だったら沢山作っても需要があるよね。
この世界の鏡は、金属の板の表面を磨いて作るものだ。
研磨の精度も悪いから像は歪むし、顔全体が映るぐらいの大きさの鏡でさえ、結構な重さだ。
ガラス板の鏡は、きっと皆、気に入るはずだ。
ただ、鏡を作ろうと思ったら、ガラスに鍍金しなきゃなんないんだよね。
方法だけ教えて、ヤシネさんのところで、考えてもらうのも良いんだけど……。
鏡を作る方法は、ある意味簡単だ。銀鏡反応と呼ばれる反応を使う。
硝酸銀を還元することで、ガラスの表面に銀の薄膜が付く。
反応時間を調整することで、完全なミラーからハーフミラーまで調整できる。
銀なので、空気中の硫黄などが反応して黒くなっていくので、それを防ぐために、裏面に銅などの金属をメッキする。
銀も銅もコンビナートで大量に作っているから問題は無い。
廃棄する時には分別して、銅や銀を回収しても良いかもしれない。
あまり難しいことも無いから、研究所で条件だけ決めて、あとはヤシネさんのところで対応してもらおう。
あっ、その前に、インラインの研磨装置をアイルに作ってもらわないと。
バールさんの神殿壁画が完成したので、マリム大聖堂でお広めがあった。
吃驚だよ。
でも、これ、私なんだよね。ふふふ。大きくなったら、こんな感じになるのかぁ。
グラマーな美人さんだよ。ふふふ。
アイルも凛々しく描かれているし。
義父様や義母様も吃驚していた。
自分達がモデルだものねぇ。
ダムラック司教やるな。ドッキリじゃない。
お父さんは、あんまりにも驚いて、口をあんぐり開けて言葉が無かった。
神話の事は分らないけれど、多分、何かの戦いの様子を描いたんだろうね。
内容を聞いたら、神様の名前が出てきた。
大人達は納得していたけど、私には何が何やらチンプンカンプンだよ。
どうやら、絵の中の私とアイルが倒しているのは、双子の神のメクシートらしい。
ああ、あの超新星爆発の残渣ね。
ふーん。
この世界の人はこういうイメージで世界を理解しているんだ。
リアルなマンガの絵を見ているみたいだったな。
何時の間にか、まったり期間が終了してしまった。
仕方が無いので、また、素材作製に従事することになった。
鉄道が王都に繋がるまでの我慢だな。
毎日、午前中に超伝導素材を作って、午後からは鉄。アイルはそれを使って、電力線や線路、鉄橋の部品なんかを作っている。
大陸横断鉄道だものな。とんでもない量の資材が必要になる。
それでも、鉄道の半分は既に完成していて、残りが半分だというのが救いだよ。
いよいよ、十分な資材が完成して、鉄道の延伸作業を開始した。
アトラス鉄道ガリア線は、キリル川のところまで敷設が終っていて、川の手前のルブラノ駅までは運行が行なわれている。
既に、旅客も貨物も盛んで、大量の人や貨物を運搬している。
鉄道で移動しても、まる1日掛る。
私とアイルとカイロスさんは、暫くの間、寝台車で生活することになる。
鉄道の敷設は、アイルが主体で実施する。私は補助だね。
殆どやることは無い。
敷設作業をしている領地の領主が来たら、カイロスさんが対応する。
基本、挨拶だけだ。
私とアイルは、安全確保の意味もあって、鉄道を敷設する間、それぞれの領地には訪問したりしない。
私達の専用寝台食堂車で寝起き、食事をして、列車の先頭で、魔法を使って、線路を敷設していく。
領都や領主館にお招きしたいと言われても行かない。
途中の領地で私達が訪問なんかしたら、面倒事が発生する状況しか思い浮かばない。
メンドウは嫌だからね。
国務館の交通管理部門で、特別ダイヤを組んだ。
私達や、資材を運搬するために、既に運行している鉄道をあちこちで停車させて、その合間を縫うようにして資材をキリル川のところまで運び込んだ。
特別列車と大量の貨物。
目立たない訳がなかった。
途中の駅や沿線では、見物の人が沢山居た。
既設のキリル川の鉄橋を過ぎたところで、前方の鉄道を敷設するために空いている地面に何かがあった。
「あれは、何かしら?」
「何だろう?」
私もアイルも、何かが置いてある様にしか見えなかった。
そのうち、その置いてあるものが、モソモソと動き始めた。
最初、何かが置いてあるのかと思ったけれど、良く見ると蹲まっている人だ。
「あっ、あれは、人が座り込んでいるのね。」
そんなに沢山の人ではないけれど、鉄道を敷設する場所に人が居る。
何故?
これから鉄道を敷設する場所に人が居ると、敷設が出来ない。
同行した騎士さんに、人が居ることを伝えると、騎士さん達は、即座に人を排除していった。
騎士さん二人に抱えられて、一人ずつ、敷設する場所から蹲まっている人が、外に運ばれていった。
一通り排除が終ったところで、騎士さんに、どういった理由で人が居たのかを聞いてみた。
「ここに居た理由を聞いてみたんですが、どうやら金で雇われてこの場所に居たみたいです。」
何だか訳が分らない。
状況を確認するために、チト男爵の元へ、騎士さん達が向った。
線路を敷設する場所から人を排除できたので、チト駅まで鉄道を通した。
夕刻になって、今回、線路敷設用地に人が座り込んでいたことがあって、チト男爵ヘ向かった騎士さんとチト男爵が私達のところまでやってきた。
「アイル様、ニケ様。エルフォ・チトと申します。この地で男爵として領主を務めております。」
40歳過ぎぐらいの人だな。何か顔色が悪い。責任を感じているのかもしれない。
カイロスさんが対応する。
私とアイルも同席する。鉄道の敷設に影響するからね。
「これは、態々お出で下さりありがとうございます。鉄道敷設の場所に人が座り込んでいた件ですよね。」
「ええ。その話を聞き、領内を確認してきました。
この駅の先の我が領地にも、座り込んでいた者が居ました。
その者達全員は、我が領の騎士達の手で捕縛し、排除しました。」
「そうなんですね。それなら、鉄道を敷設するのには、支障は無いんですね?」
「ええ。ただ、隣のミネオ子爵の領地にもそれなりに座り込んでいる者が居る様で……。
その者達は、他領地に居るため、私達の手で排除することは出来ません。」
うーん。鉄道の敷設を邪魔したいんだろうか。でも本当に何でだろう?
まあ、排除されているんだったら良いんだけど。
「それは……。何か事情が解っていますか?」
「捕縛した者を尋問したのですが、その者達は、王都周辺に居た浮浪者のようです。
座り込んでいた理由を聞きましても、金を貰ってという話です。
金を支払った者が居るはずなのですが、一体、誰なのかは、今の段階では不明です。
申し訳ございません。」
「鉄道の敷設に反対している人が居るってことなんでしょうね。」
「いえ!我が領地でそのような者が居るはずがありません。鉄道の敷設を一向楽しみにしていました。
領民も皆そうです。
領都の商人達は、それは、それは、喜んでいましたから。」
「いえ。チト男爵のところでという話ではありませんよ。周辺の領地でどう考えているのか……。」
そう言えば、魔術師会の人が、アトラス領の事や鉄道の事を妬んでいる領主が居ると言っていたけど、そんな理由なんだろうか?
でも、そうなると、国王陛下や宰相閣下の決められたことに楯突いている事になるよね。
もし、そんな事をしたら、その領主は、大丈夫なのか?
「いえ。それも有り得ません。
確かに、鉄道の駅が出来る、私のところは周辺から羨まれました。
しかし、周辺の領地も、鉄道の効能は良く解っています。
これまで、王都やマリムへ産物を送るのには、キリル川を使って、キリルから海を輸送する他ありませんでしたから。
我が領地だけでなく、周辺の領地も、遥かに短かい時間と費用で、領内の産物を二大都市に送ることができます。
その効果は絶大です。
一体誰が、鉄道の敷設の邪魔をしたいのか……皆目分りません。」
カイロスさんが、困惑顔で、私とアイルの方を見る。
そんな目で見たって、私にも分らんがな。
「それで、明日はどうしましょうか?」
アイルがチト男爵に聞く。
「今、私の領地の騎士を使って、領地内の鉄道の敷設場所には人が入れないようにしています。隣の領地までの場所の確保は、我々にお任せください。」
まあ、それは、そうするのが当然かも知れないけれど、隣の領地でも同じ事が起るんだよね。
「明日、どうするかは、アトラス領や王都と相談して決めます。少し時間が掛るかもしれませんが、騎士達にそのまま守らせているのは、大変じゃないですか?」
「いえ。とんでも無いです。鉄道の開通は、我が領地の悲願となっています。何日でも死守する心算です。」
死守って、浮浪者が、敷設用地に入り込まないようにするだけなんだけど……。
まあ、死守っていう気分なのかな。
「そうですか。ご助力感謝します。方針が決まり次第、ご連絡します。」
それを聞いた、チト男爵は、帰っていった。
さて、どうなるんだろう?




