28.写真館
オレは家に帰ってから、家族に事の顛末を伝えた。
前日に、話していた内容が衝撃的だったのか、帰ったのが8時半(午後9時)過ぎにもかかわらず、家族は全員起きて待っていた。
オレの絵が売れて、しかも、それが信じられないような大金になった事、侯爵家子爵家、マリム神殿の専属絵師になった事を伝えると、両親も兄達はとても喜んでくれた。
両親と兄達には感謝しかないな。
好きなことをさせてもらったのは本当にありがたい事だ。
その翌日からは、忙しくなった。これまで、暇にしていたのが嘘のようだ。
最初に依頼されていた、写真への彩色をするために、暫く領主館に通わせてもらった。
写真に写っている衣装、背景に写り込んでいる風景の色合いが分らないとならない。
侯爵様、子爵様、宰相様一家が写真を撮るときに着ていた衣装を見せてもらった。
写真を撮ったのは冬なのだそうだ。
背景をどうするか聞いたら、なるべく忠実に描いてほしいと言われた。
ただ、今は、夏だ。
当時の様子は、想像するか、教えてもらう他無い。
写真撮影をしたのは、クリスタルパレスの中と周辺の花壇だと言う事なので、現場の確認に行った。
クリスタルパレスを初めて見たときには、肝を潰した。
ガラスと鋼で出来ている巨大な構造物だ。
現場で、草花の管理をしていた人が居たので教えてもらおうと声を掛けた。セアンさんと言っていた。アイル様とニケ様、お二人のことは赤ん坊の頃から知っていると言っていた。
「えっ、そうすると、赤ん坊の頃のニケ様が、冬でも花が見たいと言い出してこれを建てたんですか?」
「ええ、そうですね。アイル様は、しきりに、こんなものは不要だと言いながら、ニケ様のために、建造してましたね。
昔からあのお二人は仲が良いんですよ。」
「ちょっと待ってください。ニケ様が赤ん坊だったら、アイル様も赤ん坊だったんじゃないんですか?」
「ええ。二人とも生れて半年も経たない頃から会話が出来たそうですし、2歳の頃には、大魔法を使ってましたからね。あれは、不思議な光景でしたね。」
「それで、この巨大な建物は、冬に草花が花を咲かせるようにするためだけの建物なんですか?」
「まあ、そうですね。ただ、今は、それだけでも無いんです。ゴムって知っていますか?」
「ええ。最近コラドエ工房で生産を始めた素材ですよね。」
「ゴムは、ゴムの木の樹液から作るんです。ゴムの木というのは、温暖な所で育つので、クリスタルパレスはちょうど良かったんですよね。
先の戦争の時に、偶々《たまたま》クリスタルパレスでは、ゴムの木を増やそうと苗木を大量に育てていたんですよ。
その苗木達から急遽ゴムの樹液を採って、騎士さん達の装備を作るのに使ったんです。
そのお陰で、北の地で、騎士さん達は存分に戦えたと聞いています。」
少し寂し気にセアンさんは、話していた。
何かあったのだろうか。
聞くと、幼い苗木のいくつかは、樹液を採った所為で枯れてしまったのだそうだ。
日に焼けた肌をしている初老を絵に描きたいと思ってしまった。
働いているところを写真に撮るのが良いかもしれない。
昨年の冬に領主様達ご一家が写真を撮ったときにこの場所には何が咲いていたのかを聞くと、不思議そうにしていた。
そうだ。まだ自己紹介していなかった。
「あっ、申し遅れました。バール・コモドと言います。昨日、この領地の専属絵師になりました。」
「あぁ。そう言えば、その話は聞いています。
昔のマリムの町並みの絵を描かれていたそうですね。今度領主館に飾られるそうなので、拝見しようと思っていました。
もう、皆、昔のマリムの街の様子など、想像出来なくなるほど、街の様子は変わってしまいましたからね。貴重な絵だと思いますよ。」
なんか、このオジさんとは仲良くできそうだ。
その後、その当時、クリスタルパレスにどういった花が咲いていたのか。
クリスタルパレスで写っている植物がどういったものなのかを教えてもらった。
準備が出来たので、早速写真に彩色を施していく。
とりあえず、3枚、侯爵家、子爵家、宰相家の彩色が出来たところで、領主館を訪問した。彩色写真は、喜ばれた。そのまま全ての写真をとお願いされた。
枚数が多いんだよな。
今回の彩色では1枚あたり、d16ガリオン(=36万円)を貰った。
結構な儲けになる。
流石、アトラス領主様周辺には金があるのだと思った。
半月ほど掛けて、d20(=24)枚の写真の彩色を完成させた。
都合d600ガリオン(1,724万円)が手に入った。
家族に、今迄通り、絵を描き続ける事と、彩色写真を手掛けたいと伝えたら、全面的に協力してくれることになった。
オレは、父と兄に頼んで、コモド商店の店舗の一部を借りた。
まずは、肖像写真、家族写真の撮影を始めることにした。
どのぐらい注文が有るのか分らない。
最初の頃のお客は、両親の知り合いの伝で来た人達だった。
金額は、高めなのだが、概ね高評価だった。
自分の絵姿が形になっているというのが新鮮だったのだろう。
お貴族様や、王都の大店の店主ぐらいしか、自分の肖像画なんて持っていない。
それほど、繁盛するとは思っていなかったので、撮影の合間に、写真の設定でどう写るのかを試してみた。
やはり、絞りがとても大切だという事は解った。
照明を色々な位置に置いてみて、なるべく人が明るく、顔に変な影ができない様に工夫した。
2週間ほど経つと、客が増えてきた。
評判を聞いてやってきた客だ。
客達は、オレが、侯爵家と子爵家の専属絵師だと知っていた。
その噂が広まるとともに、客は増えていった。
オレが撮影して、彩色するとなると、1日に捌けるのは、12組が限界だった。
あまりに人気が出て、新規の撮影は、予約をしてもらうことにした。
捌き切れない状況が2週間続いて、予約の待ちが1ヶ月近くなってきた。
打開するために、従業員を雇う事にした。
幸い、絵が売れたり、領主館で写真に彩色したときに得た金があったので、人を雇う事自体には何の問題も無かった。
どこまで任せる事になるか分らなかったので今後の事も思って、絵が得意な人を雇うことにした。
オレが専属絵師だと言うことで、弟子になりたいというヤツらが、沢山やってきた。
見込がありそうなヤツを4人選んで、従業員になってもらった。
この頃から、コモド商店の片隅で作業するのも限界になってきた。
予約時刻前から、写真を撮っているところを見たがる客が居て、コモド商店の営業に支障が出始めた。
知り合いに頼んで、空いた店舗や、空きそうな店舗を調べてもらった。
マリムの街中の一等地に空が出来たと聞いて、移動することにした。
その場所は、もともとは飲食店だったのだが、料理人が代変わりして、客足が遠のいてしまい店を畳んだそうだ。
店舗の引越しをした時に、アイル様に頼み込んで、カメラをもう2台作ってもらった。
まだ、領地で製造しているカメラの性能は不十分だった。
度々、領主館に呼ばれて、領主館にあるカメラで写真を撮ったりしていたので、すんなり新しいカメラを譲ってもらった。
従業員は、12名になった。3台のカメラで写真を撮ることで、2ヶ月後には、予約待ちは半月ぐらいになった。
その頃から、記念に写真を撮るという事は普通の事になってきた。
人それぞれに、記念になる日に写真を撮りにきた
子供が生まれて1年無事に育った記念、子供が5歳になって見習いになった記念
15歳の成人の記念、結婚式の記念、子供が精鋭養成学校入学した記念、精鋭養成学校卒業の記念、退職の記念、70歳の記念。
なにかにつけ、記念日を作って写真を撮りにくるお得意様が増えてきた。
ある時、ヤシネさんが、原価の上乗せが不要になったと連絡があった。
どうやら、ヤシネさんのところで、写真乾板に使えるガラスの生産が始まったのだそうだ。
オレの所、カメラを開発する工房などから、大量の写真乾板の依頼を受けていたアイル様が、ガラス板を魔法で作る事が面倒になって、ニケ様と協力して工場を建てたんだそうだ。
写真乾板の価格はとても安くなった。1枚あたり130ガント(=1806円)になった。
そのお陰で、彩色写真の価格が1ガリオン600ガント(=3万円)。無彩色の写真の価格が600ガント(=1万円)まで下げる事ができた。
価格が安くなったことで、更に写真を撮影したい人が増えた。
オレの店、「バール写真館」の従業員は、d20(=24)人まで増えた。
アイル様にお願いして、カメラも10台に増えた。
優秀な従業員が、彩色も行なうようになって、オレが手を出す必要もなくなってきた。
領主館から度々、依頼されていて、手を付けることができなかった絵の作製を始めた。




