24.彩色
「それで、これは、ニケさん達には見せたの?」
ジーナさんも、そんな事を言い出した。
そんな簡単に、ニケ様なんかに会えないだろうに。
「いいえ。考案税の申請が先かなって思って、ここに連れてきたから。まだよ。」
「そうなの。じゃあ、これからニケさんのところ?」
「そうしようかと思って。それに、ふふふ。この時間からだったら夕食の時間になるわ。」
「あっ。それ良いわね。じゃあ、私も行くからちょっと待っていて。」
ボルジアさんとジーナさんは、何を話しているのだろう?
ヤシネさんを見ると、微笑んでいる。
何だか分らないままに、オレは領主館に連れて行かれた。
初めてだな。領主館。
デカい建物だ。
また、領主館の入口で警備している騎士達にオレ以外の3人が挨拶をしてそのまま領主館の敷地に入る。
ここでも顔パスなのか。しかも3人とも。
オレは3人の連れだからか、特に何かを誰何されずに中に入った。
そのあと、ボルジアさんは、入口に居た侍女と思われる女性と会話して、そのまま領主館の中へ。
オレは誘われるままに、領主館の中に入った。
領主館は思っていたより質素な感じがする。
王都に居た頃、先輩に連れられて貴族様の屋敷を訪問した事があったが、至る所に絵画や武具が飾られていた。
高位貴族の家には、ガラス製の宝飾が置かれている事もあったな。
この館には、絵画が全然見当たらない。
侯爵家の領主館にしては、本当に質素というか簡素というか。
そのまま会議室の様な場所に案内された。
中央には大きな机が有って、机の周りに椅子が12脚あった。
壁には、黒板がある。
壁際のチェストの上には、最新のガラス工芸品や、彩色陶器が置いてあった。
見覚えが有るのだが、ウチの商店が販売したのだろうか?
あまり商売の事を知らないので、良く分らない。
5人で、机の下手側に並んで座った。
何故か、オレが中央に座らされた。
領主館の侍女さんが入ってきて、オレ達の前に紅茶と、菓子を置いていった。
「遠慮しなくて食べて良いんですよ。」
菓子を食べながら、ボルジアさんが、オレに話してきた。
それなら、少し頂こうかと思って、菓子に手を伸ばしたところで、扉が開いて、子供が二人入ってきた。
二人ともまだ幼なさが残る子供だ。
男の子の方は、黒髪で、軽くウェーブがかかっている。目の色は茶色だ。目鼻立ちが整っていて、なかなかの美男子だ。
女の子の方は、綺麗なブルネットのストレートの髪だ。目の色は緑青。はっとする程の美少女だ。
羨しくなるほどお似合いの二人だ。
多分、この二人がアイル様とニケ様なのだろう。
「いらっしゃい。ボクはアイテール・アトラス。アイルと呼んでください。」
「私は、ニーケー・グラナラです。ニケと呼んでくださいね。」
挨拶をされた。多分、他の人達は見知っているのだろうな。オレを真っ直ぐに見ている。
「始めまして。バール・コモドと申します。」
「それで、ボルジアさんが、素敵なものを見せてくれると言う話でしたけど?
何なんですか?」
「バールさんが、写真を使って、素敵なものを作ったんですよ。」
オレは求めに応じて、彩色した写真をお二人にお見せした。
二人共、オレの彩色写真を見て嬉しそうだった。
「これで、各波長の感光材料を開発しなくて済むわね。しばらくは、これで良くない?」
「うーん本当は『フルカラー』の写真乾板を作って欲かったんだけどな。」
「えー。だって、『フルカラー』でネガとポジの感光剤作るのって面倒じゃない。」
「まあ、『フルカラー』は、そのうちで良いよ。確かに普通の写真だったら、これで行けると言えば行けるからな。」
二人が何を話しているのか、全く分らない。間違い無く、この国の言葉だと思うんだが……。
ただ、満足してくれている様子なのだけは理解できた。
「ねえ。これは、考案税申請はしたの?」
ジーナさんに、ニケ様が質問した。
「ええ。先程申請書を作って回しておきました。」
「そう。それで、作製方法は公開されるのね?」
「その予定です。宜しいのですよね?バールさん?」
「あっ、はい。それで良いと思ってます。」
「そう。それにしても上手いわね。バールさんって、絵を描く人だったりするの?」
ニケ様が、オレを凝視めて聞いてきた。
こんな美少女に凝視められると……。
オレは俯いて
「王都で……5年ほど……修行していたことが……あります。」
「あっ。やっぱり。絵心が無いと、これは描けないわよ。ね。アイルもそう思わない?」
「そうなんだな。だから、ここまで上手く彩色できるんだ。」
「あっ。そうだ。良い事思いついた。」
ニケ様が側で控えていた侍女さんになにかを告げていた。話を聞いた侍女さんが部屋を出ていった。
それまで、隣で、菓子を食べながら紅茶を飲んでいたヤシネさんが、突然、
「それでですが、バールは、カメラが使いたいんだと言っているんですよ。あと現像と定着の方法も知りたいと。
それで、アイルさんとニケさんに相談して教えてもらえばどうかと思ったんですが。」
などと言いだした。流石にそれは無理だろう。
「あっ、良いですよ。それで、ニケは何をまた思い付いたんだ?」
「ほら、この前、家族写真を撮ったじゃない。あれに彩色してもらえたら良いかなと思って。」
「ああ。それは良いな。それで、今、侍女さんに写真を取りに行ってもらったんだ。」
「でしょ。もし、彩色してもらえるんだったら、アイルがカメラを作ってくれるわ。あと私が現像や定着の方法を教えてあげるわ。良いわよね、アイル。」
「ああ。そのぐらい別に何でもないからな。」
えっ?無理じゃないのか?どういう事なんだ?
その時、外に出ていた侍女さんが、幾つものガラス板をワゴンに乗せて部屋に入ってきた。
また、随分と写真の枚数が有るんだな。
ニケ様が、これは私の家族。これはアイルの家族などと言いながら、一枚ずつ見せてくれる。
どの写真も、皆笑顔で、幸せそうな雰囲気を醸し出している。
なるほど。これを彩色して飾りたいのか。分らなくはないな。
ただ、問題が有る。アイル様とニケ様の髪の毛の色、目の色、肌の色などは、今見て知っているが、そのご両親、宰相様ご一家については、オレは知らない。
その話をすると、ニケ様が
「じゃあ、今日、夕食を一緒に食べましょう。そうすれば問題は無くなるわ。」
えっ?夕食?一緒に?どういう事だ?
オレが意味が分らず狼狽えていると、
「バールさん。アイルさんご一家、ニケさんご一家、宰相様ご一家は、何時も夕食を一緒にされるのよ。」
「ふふふ。ジーナさん。それを狙って来てましたね。」
「えっ。分ります?」
「それは、分りますよ。でも。今日は賑やかになりそうで嬉しいわ。
ヤシネさんも、ご一緒で良いのですよね?」
「いやぁ。申し訳ないな。」
国務館でのあの謎の会話の意味が分った。
皆、オレを出汁にして、領主館の夕食が目当てだったんだな。
しかし……そんな畏れ多いこと。大丈夫なのかオレ。
「それで、この写真に彩色してもらうことって出来る?」
並んでいる写真を見た。
まあ、何とかなるだろう。
ただ、緊張するだろうな。何しろ、侯爵様と子爵様ご一家の写真だ。失敗したらどうなるのだろう。
悩んでいたら
「あっ、失敗しても良いわよ。またネガから複製すれば良いんだから。好きなように彩色してもらって良いわ。」
あっ。ヤシネさんの所で見た複製が作れるんだな。なるほど。やはり便利だな。この写真ってやつは。
それなら、やってみるかな。面白そうだ。
「それなら……やらせて頂きます。」
「ありがとう。じゃあ。アイル。バールさんの為にカメラ作ってきて。私は写真の説明しておくから。」
それから、黒板を前に、ニケさんが、どうして写真の撮影が出来るのかを教えてくれた。
ヤシネさんが寒天と言っていた部分に秘密があったんだな。銀なのか。あの黒いところは。
現像というのは、光が当たって、銀になったところを太らせるらしい。
時間を長くするとどうなるのかを聞いた。
段々濃淡が濃くなって、最後は真っ黒になるのだそうだ。
なるほど、光が足りなくて、濃淡が薄い場合には、そこで調整することもできるのか。
説明の途中で、アイル様が、何人もの若い男性を引き連れて戻ってきた。皆それぞれに何かを抱えている。
一人の男性の手には、一抱えの箱。
カメラなのか?あれから殆ど時間が経っていない。
魔法で作ったんだろうな。
他のものは、何だろう。
「ニケ説明は?」
「あとは定着だけだからもうすぐ終るよ。そしたら、アイルはカメラの説明をしてあげて。」
それから定着というものを説明してもらった。写真乾板の寒天の中には、銀の化合物?があって、それを溶かしてしまうのだそうだ。
そうしておかないと、光が当たるとだんだんと黒くなっていく。
その後、アイルさんが、カメラの仕組みを教えてくれた。
この前は、像がボケないように回したつまみを触ったけれど、他にも、絞りとかシャッタ時間の設定とかがあった。
解らないことがあったら、時間がある時には、何時でも教えてくれると言ってくれた。
他の道具は、ネガから写真を作るための光源、砂時計、赤い照明、あとは照度計と言っていた。
その場所の明るさを測る道具で、それによって、絞りやシャッタ時間を調整すると良いという話だった。
カメラの性能と、写真乾板の性能で、そこらへんは微妙に変わるから、試行錯誤が必要なんだそうだ。
「えーと。これらの道具は、貸してもらえるってことなんですよね?」
「いいえ。差し上げますよ。だって、私達の写真に彩色してくれるんでしょ?」
「えっ。それは……対価として合わないというか……」
「あっ。じゃあ、写真1枚毎に対価も支払います。それでどうです?」
「はい?いえ、その逆で、頂くものが高価すぎるという意味だったんですけど。」
「でも。これらって、原価、ほとんど掛ってないんですよ。ね、アイル?」
「そうです。研究所にあるありあわせのモノで作っただけですからね。」
なんだか意味が解らない。ヤシネさんは、笑っている。
助けを求めたら
「まあ、アイルさんとニケさんだからな。あの鉄道だって船だって、ありあわせの物で作ったって言いかねないからな。」
「えぇ!そんな事ないですよ。ボロスさんに鉱石を運んできてもらってますから、対価を支払ってますよ。流石にあれは、只じゃ出来ないですよ。」
「まぁ、そういう事だよ。このお二人にとって、カメラの道具一式なんて、あの鉄道や船に比べたら、全然大した事じゃないんだよ。
な。私が言ったとおり、相談してみるものだろう?」
何と言って良いのか判らない。
固辞したのだが、結局、写真撮影の機材一式を貰った上、写真の彩色は1枚ごとに料金を貰うことになってしまった。




