1W.常識と非常識
それから、ジーナさんは、考案税調査官の仕事の説明をした。
過去の文書をそのまま残しておかなければならない事。
その為には、書き写す手間がバカにならない事などだ。
そんな話をしている最中に、あの侍女さんは、ちらばっていた紙を纏めて胸の前で抱えている。
何やら嬉しそうだけど……あっ、手書きで複写しなくて済んだと思っているかも……やるな。この侍女さん。
そんな話をしていたら、6時(=午後4時)の鐘が鳴った。
ジェメーラさんを夕食にご招待して、お泊りいただくことになった。
夕食は、ウィリッテさんと、ジーナさんも一緒だ。
ジェメーラさんは、私やフランちゃんやソドくんの踊りを見たいのだそうだ。
どうせ、また、今日もダムラック司教が神殿の人を一人連れてくる。一緒に踊ることになるだろうな。
でも、毎回一人ずつなんだよね。
アイルがジーナさんの時と環境を同じにしたいと言ったんだけど……ダムラック司教が領主館で毎日食事が出来ると思って同意したとしか思えない。
私としては、一編に済ませてしまう方が楽と言えば楽だ。
毎回知らない人に振り付けて踊るのは面倒なんだけどな。
夕食までの間、魔法談義になった。
ウィリッテさんが、1級魔法使いの申請をしたときの話を聞いた。
魔導師会に、分離魔法が使えるようになったと言っても、信じてもらえなかったんだそうだ。
態々、アトラス領まで、魔導師会の人が見に来たらしい。
その頃には既に、私の分離魔法や、アイルの変形魔法の事を魔導師会では知られていたので、実際に出来るかどうかの確認だったのだそうだ。
もともと、分離の魔法と変形の魔法は、何の役にも立たない魔法と言われていたのだが、アトラス領の発展は、分離魔法と変形魔法の二つの伝承の魔法に依るものだ。
これまで使い手が現われなかった、分離魔法が使える魔法使いというのは、衝撃的なものだったらしい。
私とアイルが使えるのを隠蔽するために、ウィリッテさんが、ある意味、盾になってくれていたみたいだ。
そのあと、自然と、ウィリッテさんがダイヤモンドを魔法で作り出して商売をしていた話になった。
「ダイヤモンドというのは炭なのですか?」
「そうなのです。信じられませんでしょう?」
ウィリッテさんとジェメーラさんがそんな話をしている。
それなら、実際に見てもらった方が早いという事で、厨房から木炭を持ってきてもらった。
ウィリッテさんにダイヤモンドを作る実演をするかと聞いたら、私とアイルが居るところでは、恥しいと言われてしまった。
アイルが木炭からダイヤモンドを作った。
山積していた木炭からなので、かなり大粒のダイヤモンドになっていた。
そして、形状がブリリアンカットになっている。
ブリリアントカットは、私には出来ないんだよね。
「炭が、この様な透明なものに成るのか……。それに、この輝きは。ここまで輝いているダイヤモンドは見た事がありません。」
「ダイヤモンドがより輝いて見えるような角度で構成されている形なんですよ。」
「しかし、どうして、炭がダイヤモンドになるのでしょう?」
それから、私は、ジェメーラさんに、エレメントと結晶の説明をした。
ジェメーラさんは、容易には信じられないと言っている。
ウィリッテさんが、エレメントについて理解して初めて海水から塩化ナトリウムを取り出せたこと、炭素の結晶構造を思い描く事でダイヤモンドを作り出すことが出来たことを伝えてくれた。
ジェメーラさんは、ウィリッテさんの説明で、一応信じてはくれたみたいだけど……納得はしていないだろうな。
この世界は、元素は4種類で、それらが組合さって、万物が有るというのが普通の常識だ。
約d80(=96)種のエレメントが組合さっているというのは、一般的な常識からは、かけ離れている。
私が説明した事は、この世界では非常識極まりないらしい。
そして、世の中には、鉛から金を作ろうとしている魔法使いがかなり居るらしい。
中には成功したと吹聴している魔法使いも居るんだとか。
どうやって成功したんだろう?
手品かな?
実は、その話自体は、聞いた事がある。
やって来た魔法使いの求道師がそんな事を言っていた。
鉛と金の違いは、そこに含まれている火の元素と土の元素の量と組合されかたの違いなので、鉛から金を作ることが出来ると信じていた。
ウィリッテさんが、分離魔法が使えるようになったという話は有名で、分離魔法さえ使えるようになれば、絶対に、鉛から金を生み出せると言いきっていた。
多分、私やアイルが分離魔法の使い手だとは知らなかったみたいだ。
魔法で、船や鉄道を作る大魔法使いという事を知っているだけの様だった。
何か、哀れを感じてしまったんだよな。
そもそも、分離魔法が使えないのは、物質に対しての認識が間違っているからで、分離魔法が使えるという事は、エレメントの概念を知ることだ。
そうなると、4元素の考えは間違っているという事になる。
鉛から金を生み出そうとするのは、無駄な努力をしている事になってしまう。
どこをどう取っても、溝は埋まらない。
そんな話をしていたら、ダムラック司教が神殿の人とやってきた。
もう夕食の時間になったんだね。
ダムラック司教は、今日の夕御飯のメニューが気になっているみたいだ。
やっぱり、夕食目当てに来てるよね。
間違い無いよ。
夕食時には、ジーナさんが隣に座った。
「ジーナさん、また、更に腕を上げましたね。」
「えっ。腕ですか?」
「ええ。さっきの複写の魔法。とても速かったです。私でもあれほど速く複写は出来ないです。」
「あっ。複写の魔法ですか。そうですね。確かに速くなっているかもしれません。
毎日、何クアト(=144)も複写してますから、少しは鍛えられたのかもしれませんね。」
「そんなに、複写するんですか?」
「ええ。でも、それって、アイルさんとニケさんの考案申請が多いんですよ。
でも、アトラス領からの申請も順調に増えていますね。
今はニケさん達の申請の倍に近くなってきました。」
「へぇ。それは良い事ですね。」
「それに、毎日魔法を使っている所為か、だんだん魔力が大きくなったという実感はあるんですよ。」
何か、嬉しそうにしているけど……。大変じゃないのだろうか。
そうか。そんな分量の書類を書き写すことを考えたら、複写魔法が無いとムリかもしれない。
コピー機械が有れば、魔法を使わなくても済むのだけど。
ジーナさんは、複写魔法で満足しているから、良いかな。
コピー機械を作るには、トナーや帯電ドラムを作らなきゃならないからなぁ。
まっ。作るのは、今じゃないよね。
夕食後、私とフランちゃんとセドくん、そして、ダムラック司教様が連れてきた神殿の人と踊って見せた。
今日の人も、魔法は使えるようにはならなかったな。
ジェメーラさんは、フランちゃんとセドくんが幼いのに魔法が使える事に驚いていた。
二人とも、この踊りを私と一緒に踊った所為で、2歳の時から魔法が使えたと聞いて、何やら考え込んでいた。
「ジェメーラさん。どうかしました?」
踊りも一段落したので、考え込んでいたジェメーラさんに聞いてみた。
「いえ。この魔法を振り付けにした踊りに効果が有るのか、ニケ様が踊っているから効果が有るのか、どちらなのかと思いましてね。」
ふーむ。どっちだろう。確かめるのは、難しそうだ。
その言葉に、アイルは反応してたけど……また、変な事を考えたりしないだろうか。
翌日、ジェメーラさんは、訪問して得るところが多かったと言って、領主館を去った。




