1N.魔法
「実は、王国立メーテスの研究内容を見まして、魔法の研究もするらしいですね?」
ジェメーラさんが私達に問い掛けた。
「ええ。とても大切な事ですから。それに、魔法現象が何故発生するのか、解っていないことが多い様です。」
とアイル。
魔法の研究については、そもそも私は魔法が何なのかすら解っていない。だから何をどう調べるのかさえ分らない。
多分、アイルは、熱力学的に奇しなところが無いか、何故、物を浮かべることができるのかといった物理的な面でいろいろ調べるんだろう。
先日、突然、ジーナさんが魔法が使えるようになった。
アイルはそれも取っ掛かりになるんじゃないかと思ったみたいだ。
今、アイルは、ダムラック司教さんのところに居る修道士さん達や司祭さん達が、魔法が使えるようにならないか調べている。
とは言っても、私とフランちゃんやセドくんと一緒に踊ってみてるだけだけどね。
ただ、残念な事に、今のところ、ジーナさん以外、使えるようになった人って居ないんだよね。
「なるほど、魔法が何故発現するのかといった事を研究するのですか……。
しかし、それは、魔法が見付かってからこれまで、何千年ものあいだ、様々な人が調べてきましたが、真実に辿り着いたことは無いですね。」
「魔法が何故発現するのかについて、解っている事って何があるのでしょう?」
「そうですなぁ。魔法使いの子供が魔法使いになる事が多い事。
幼ない頃に魔法が使えないと、一生使えることが無い事。
子供より成人の方が魔力が大きい事。
伝承魔法として伝わる魔法があるのですが、使える人は現われていない事。但し、これは、アイル様とニケ様、ランダン嬢が現われて、覆されましたけれど。
そんな感じで、起っていることについてはある程度系統立って知られていますが、それが何故かとなると……。」
なるほどね。理由は不明なままなのか。
あれ?やっぱりジーナさんの例って、有り得ないことなのか?
「ねぇ。アイル。ジーナさんの例って、かなり特殊なのかな?」
「どうなんだろう?ジェメーラさん。20歳を過ぎてから魔法が使えるようになった人が居るんですけど、これって、特殊なんですか?」
「えっ?そんな人が居るのですか?聞いた事は有りませんね。過去にもその様な事例は無かったかと思います。」
本当に特殊なのかな?
ひょっとしてジーナさんは、極僅かに魔法が使えていたけど、それが本当に僅かだったから気が付かなかったとかかも。
あとは、子供の頃に使えなかったから諦めて、大人なってから確認する人がいないとか?
あれ、でも、神殿の人達が使えないから、そんな事も無いのかな……。
うーん。ワカラン。
「そうでした。失念してました。今、ジーナさんを呼んできます。
ジーナさん、ずっと文官だったので、魔導師会の事も知らないかもしれません。」
ウィリッテさんが、慌てて応接室から出ていった。連れてくる心算なんだろう。
「その方は、ここにいらっしゃるのですか?」
アイルに代って、私が説明することにしよう。
「その方は、ジーナ・モーリさんです。モーリ男爵の娘さんで、王宮の文官をしています。今は、国務館で考案税調査部門の管理官として働いています。
今の年齢は……確か21歳と聞いた記憶があります。
ご両親、兄様は魔法が使えて、自分だけ使えなかったと言っていました。
そんな理由で、ジーナさんは、王国立文官学校に入り、主席で卒業し、王宮の文官になったそうです。」
その時、侍女さんが、紅茶とお菓子を運んできた。
確か、あの侍女さんウィリッテさんが外に出るあたりで、部屋を出てたな。
流石だね。いい仕事しているよ。
ウィリッテさんとジーナさんを待っている間、お茶とお菓子を楽しむことにした。
義父様とジェメーラさんは、昔語りを始めた。
ジェメーラさんは、義父様が王都で働いていた頃からの知り合いらしい。まあ、義父様も大魔法使いだから、親交があって当然か。
義父様とジェメーラさんの昔話を聞いていたら、扉の向こうで声がした。
「途中で中座しまして申し訳ありません。ジーナさんを連れてまいりました。」
扉が開いて、ウィリッテさんとジーナさんが入ってくる。
ジーナさんは、要領を得ない表情をしている。
ジェメーラさんが立ち上がって、ジーナさんと挨拶を交した。
「魔導師会?ですか?」
ジーナさんは、さらに困惑した表情になっている。
それから、ウィリッテさんが、魔導師会の説明をした。
「そんな会があるんですね。私、魔法とは無縁だったので知らなかったです。」
それから、ジェメーラさんが、ジーナさんに色々な事を聞いていた。
主に、魔法が使えるかをどうやって確認したか、その方法についてだ。
どうやら間違い無く、魔法は使えなかったみたいだ。
家族が皆使えたら、自分もって普通に思うよね。
それでもダメだったから、文官の専門の学校に行ったんだろうし。
魔法が使えるようになった経緯はアイルが説明した。
「それでは、ニケさんに合わせて、踊っていたら魔法が使えるようになったんですか?」
ジェメーラさんは、驚いていたけど。私達だって驚いたからね。
ジェメーラさんは、20歳過ぎて魔法が使える様になった例を知らないし、過去にも事例が無い。
大抵、20歳までに、魔法が使えるかどうかは調べ尽すのだそうだ。
そりゃ、魔法が使えれば、便利だし、勤め先も増える。
「すると、これまでの方法では判断できない魔法使いが居るかもしれないって事なんでしょうか?」
アイルがジェメーラさんに問い掛けた。
「そうなのかもしれないし、何か不思議な作用があったのかもしれないし……。判断は容易には出来ませんな。
しかし、まだまだ、魔法については、謎だらけなのは事実でしょうな。
確かに、研究が必要そうですな。
魔導師会でも、メーテスでの研究に協力しましょう。
如何ですか?」
「ありがとうございます。是非、お願いします。
ただ、未だどこから手をつけて良いのか分らないのです。」
「そうですか。では、時期が来たら、何時でも声を掛けてください。準備だけはしておきますよ。」
ジェメーラさんは、ジーナさんの方を向いた。
「ところで、ジーナさんは、どの程度の魔法が使えるのでしょう?
興味がありますね。」
「えっ、私の魔法ですか?私は、ニケさんに教えてもらった複写の魔法を使っているのですが……。
普通の魔法は、本当に、大したことはできないのです。」
それから、ジェメーラさんの求めに応じて、水の玉や火の玉を出して見せていた。
あれ?水玉の大きさが幾分大きくなっているみたいだね。
うーん。水玉の大きさって、何が効くんだろう?魔力ってやつかな?
それから、ジーナさんは、水玉を20か30個に分けて、お互いがグルグル廻るようにした。
これ、ジーナさんのお得意の魔法だね。
でも、水球の個数が随分増えたな。
ジーナさんは、複写の魔法が便利だけど、魔法で他に何か出来るとは思っていないんだよね。
もう、既に魔法とは無縁の文官として王宮に勤めていて、管理官にまでなっているから、魔法の恩恵は、薪に火を着けるぐらいだと言っていた。
「ジーナさんは、魔法が使えるようになって、どのぐらい経ちますか?」
「赴任してきたときからですから。3ヶ月ぐらいだと思います。」
「たった3ヶ月で、その様な魔法操作が出来るのですか……?
ふーむ。ジーナさんは、魔法の素養が有ったのかもしれませんね。
でも、使えなかった……。
やはり、良く分りませんね。
ところで、その複写の魔法というのは何なのですか?」
「えーと。その為には、何か文書が必要なんですよね。」
ジーナさんがそう言うのを聞いた侍女さんが、部屋を出ていった。さっきの侍女さんだよ。何かとても優秀じゃない。
直ぐに、何か書かれてある書類と紙とインクがジーナさんの前に置かれた。
書類の表題には、「侍女の心得」なんて書いてある。
そんな文書が有るんだ……。
「複写の魔法というのは、こんな魔法なんです。」
一瞬で、文書のコピーが出来た。
今のジーナさんだと、私より遥かに早いな。
うーん。前世のコピーマシンでも、ここまで早くは無かったかも……。
毎日、やっているからかな。
残りの30枚ほどの紙にも同じ文書を複写していった。
本当に早い。吃驚だよ。
「これは、また……驚きましたな。魔法にこんな使い方が有るとは……。」
「私の仕事には、とても役立ってるのです。魔法が使えて便利だと思ったのは……多分、これだけかもしれません。」




