18.求道師達
王宮に、王国立メーテスの募集要項を伝えた。
同時に、講師も募集してみた。
まあ、講師については期待するだけムダだよね。
募集要項を伝えたら、今度は研究機関の建築だ。
場所の選定を行なわなきゃならない。
将来の拡張を考えて、広い場所が必要になる。
あとは、領都に近い事だ。
候補地は、海沿いのコンビナートの北。以前、花火の試験を行なった場所だね。
コンビナートの北。もう、高さが半分ぐらいになってしまった岩山のあたり。
水の便を考えると、川に近いコンビナートの北だけど、そのあたりは農地が広がっている。
義父様は、気にしなくても良いと言ってくれた。
農地候補の場所は沢山あるんだそうだ。
既に初夏なので、作付は終っている。
その場所で農業をしていた人達には、今年の収穫の補助を出して、鉄道の駅の側にある新規農地と交換すれば、不満は抱かないだろうと言っていた。
申し訳ないね。
岩山を完全に崩して、広大な土地の土台を作る。
崩した岩を利用して、講義棟、研究棟を作っていく。
コンビナート駅の北側に接する場所だ。
大学のキャンパスの様なものが出来上がった。
大学事務をする人達に、整備をお願いした。
私の助手の一人のバンビーナさんに、事務長になってもらった。
バンビーナさんは、神殿の修道士から文官になったオバちゃんだ。
研究開発の現場を経験していて、神殿との繋りもある。
対外折衝などで、働いてくれていた。
あとは、どのぐらい人が集まるかだね。
ある時、アイルと私に面会したいという人がやってきた。
如何わしい雰囲気の人だと言うので、大きな会議室で、会う事にした。
お父さんが同席した。
壁際には騎士さんたちが整列している。
会ってみると、40代ぐらいの貧相なオジさんだった。
身形はあまり良くない。髭は伸び放題で、埃で汚れた服を着ている。
「これは、これは、特級魔導師であらせられる、アイル様とニケ様のご尊顔を拝見できる事、恐悦至極でございます。」
どうやら、誤解しているね。この人。
お父さんとお付きの侍女さんに挨拶している。
ちらりと私とアイルを見たけど、意外そうな表情だった。
「それで、お前は何者だ?」
あぁ、不機嫌だねお父さん。
「あっ、失礼いたしました。私奴は、万物の成り立ちを解明した求道師のガビイと申します。
お見知り置きいただきますよう、よろしくお願いつかまつります。」
「陛下より、子爵を拝命しているソドだ。」
「えっ。子爵様であられましたか?
では、アイル様とニケ様は、何処に?」
「どうやら、誤解しているようだが、アイルとニケは、そこにいる。」
「……なんと……。」
こっちを見た目が思いっきり驚いている。
まあ、そうだろうけどね。
しかし、何しに来たんだろう。求道師という人には初めて会ったよ。
陛下が言っていたけど、やっぱり世捨て人という印象だ。
「これは、失礼をいたしました。改めて、特級魔導師のお二人に御会いできたこと、恐悦至極に御座います。」
「それで、何の用だ?」
お父さんは切れ気味だね。
「えー。先日、王都にて、メーテスの教員の募集を見ました。これは、神が私に与えた天職でございます。
ガイア神が、私達にお与えになられた天地の事でありましたら、私に不明な事などございません。
かならずや、お役に立てると自負しておりまする。」
そういれば、メーテスの教官も募集したな。
それに応募しに来たのか。
しかし、大仰な事を言っているな。
「では、いくつか質問をさせていただきますが、良いですか?」
にやにや笑いをしながら、アイルが口を開いた。
「はい、もちろんです。私に不明な事などございません。」
「では、まず、この大地の形について教えてください?」
「はて?大地の形とは?
大地とはどこまでも続くものでございます。
形などございません。
しいて言えば、山や平野があり、海が御座います。そして、その永遠に続く陸地の南の端に私達は居住しているのでございます。」
そんな事、ドヤ顔で言われてもね。
「無限ですか……それは、どうして、そう考えられるのですか?」
完全にアイルは悪戯小僧の顔になっている。
「良く聞いてくださいました。
これが、私が当代一の求道師である所以でございます。
無限に続くという説を唱えているのが、私でございますので。
海が東より西に強い流れがございます。大地が生半可な大きさであれば、直ぐに東の海の水は枯れてしまいましょう。
それが枯れずに流れ続けているのは、無限に続く東の海から西の海へ水が流れているからです。
この無限というものを考えることが肝要なので御座います。」
「すると、東の海からヘリオが昇ってきますが、ヘリオは無限の彼方にあるということですか?」
「いえいえ、ヘリオが移動するための大きな通り穴が、大地の下には御座いまして、その穴の出口が、海の遠く東のかなたに空いているのです。
毎朝その穴からヘリオは出てきて、やはり西の海のかなたに空いている穴に入り、大地の下を移動して、翌日また天空に昇ります。」
それからアイルは、様々な質問をしていった。
証拠らしい証拠もなく、辻褄合せをしている答が返ってくる。
よく、そんな見たことも無いことを考えつくよな。
二人であれこれ話をしているのを聞いていて、このオジさんは、無限で全ての説明が付くのだと信じているみたいだ。
世の中に様々なモノが有るのは、無限に小さな四元素の元があって、それが無限の組み合わせをするので、様々なモノが有るんだそうだ。
段々飽きてきたぞ。
最初は面白い事を考えるもんだと思ってたけど、全て想像の産物だよ。
証拠が何処にも無い。まあ有ったら吃驚だけどね。
証拠が無いだけじゃなくって、話が荒唐無稽なため、論破する証拠も無いのかな……これは?
「そうですか。無限ということで、全て説明するという事なんですね。
ところで、数は無限に有りますよね。
分数ではない数全てと、分数の数全てではどちらが多いのでしょうか?」
「それは分数全ての数に決っているではありませんか。全ての分数の集まりの中には、約分すると分数では無い数が含まれています。
つまり、分数全ての集りの中に分数で無い数が全て含まれる訳です。
ですから、分数全ての方が分数で無い数全てより多いのです。」
アイルは、なんだか嬉しそうだよ。
確か、自然数全体の集合と有理数全体つまり分数全体の集合は、同じ濃度だってことを聞いたことがあるな。
実数全体の集合の濃度は自然数の集合の濃度より大きかったんじゃなかったけ。
アレフ・ゼロとアレフ・ワンがどうたらって話だ。
連続体仮説って話もあったな。
「それなら、こちらを見てください。」
アイルは、立ち上がって、この部屋にある黒板の前に移動した。
黒板に、
1/1 2/1 3/1 4/1 ……
1/2 2/2 3/2 4/2 ……
1/3 2/3 3/3 4/3 ……
1/4 2/4 3/4 4/4 ……
と書いていく。
「こうやって、分数の分子を1ずつ増やして右に書いていって、分母を一つずつ増やして縦に並べていくという規則を定めると、全ての分数を並べる事ができますよね。」
「実際に全て書くことはできないが、その様に並べていけば、全ての分数は網羅されますが?
それがどうかしましたか?」
「ええ。そして、こうやって数字を振っていきます。」
アイルは、赤色のチョークで、1/1の脇に1を、2/1に2を、1/2に3を、3/1に4、2/2に5と並んでいる分数の列に、斜めに数字を書き込んでいく。
「この規則は、無限に続けることができますよね。」
「そうですが……」
「こうやって書き続けたら、全ての分数に数字を振ることができませんか?」
「……。
えっ、そんなバカな。
それでは、無限の個数には大小が無いのです。
無限というのは、ただ一つだけなんですよ。」
「いいえ。そんな事はありませんね。単に分数の全ては数え上げる事ができるというだけです。
数え上げることができないものは、沢山考えることはできます。
かなり特殊になっていきますけどもね。」
「えっ。そんな……」
それからアイルの反論が続いた。
白夜や極夜の話。場所によって日の出と日の入りの時刻が違うという話なども伝えた。
思いっきり凹まされて、その人は帰っていった。
うーん。面倒だ。こんな人が他にも居るんだろうか……。
なんて思っていたら、時々、訳の分らない人がやってくるようになった。
面会の最初から面倒な事にならないように、私もアイルも特級魔導師の時に貰ったメダルを着けて会うようにした。
多い時には、1週間に12人なんて事もあったな。
どの人も、ある意味同じだ。
何かの分野を専門にしている求道師なんだそうだ。
最初は、講師に採用できるかと思って期待しながら、その人達の話を聞いていたんだけど……。
ダメだね。
何だか、誤解と迷信の塊のような人達ばかりだった。




