17.募集
お茶の品評会が終った。お母さんは、グラナラ領の農園が、緑茶と紅茶の両方の部門で優勝したので嬉しそうだった。
農園の名前を全面に出して、販売すると息巻いていた。
やっぱり新茶は美味しいね。
一番良い事は、領地で沢山作ってくれる事だな。
これからは、何時でもお茶が飲める。
昨年は、少しずつ生産量が増えていったけど、量は少なかった。
これからは、好きな時にお茶会もできる。
貴族令嬢による貴族令嬢のためのお茶会だよ。
ふふふ。
でも……アトラス領には貴族令嬢が居ないんだよね。
私とセリアさんと、フランちゃん。
毎日夕食を一緒に食べてる。
うーん。この3人で、お茶会の意味があるのか?
何か、おままごとして遊んでるようなもんだろ。
態々他の領の人を誘う訳にもいかないしなぁ。
あれ、ジーナさん達って、貴族令嬢じゃなかったっけ?
国務館の女性って……ウィリッテさん、ジーナさん、マリエーレさん。
ん。3人だけ?
いや、多分管理職の人が3人だけで、女性の職員さん達も居るんじゃないかな?
……居るのかな?
今度、ウィリッテさんに聞いてみよう。
私のまったりライフは、継続している。
生れてから、これほどのまったりは、身動きが出来なかった、1歳の時以来だ。
あれから、周囲に振り回されて、色んなものを作ったけど、何時も課題があって、それを実現するのに追われていたな。
しなきゃならない事が、何も無いのって、なんて楽なんだろう。
最近は、午前中、超伝導素材を作って、昼からは、身の回りの物を整備している。
洗濯鋏やら、泡立て器など、前世に有って、今世に無いものを作っている。
やっぱり、不便だものね。色々無いと。
簡単なものなら、変形魔法でチョイチョイと作れるから便利だわ、魔法って。
そうそう。タオルケットも作った。
毛布も良いけど、チクチクするからね。
タオルケットをリリスさんに見せたら、大絶賛していた。
でも、織るの大変じゃないかな。
知らなかったんだけど、リリスさんの所は、もともと織物を作っていた商店なんだそうだ。糸から織物を作ることで大きくなったらしい。
織機を工夫すると言っていた。
何か作る度に、助手さんの誰かがやってくる。
侍女さんから、研究所に詰めている助手さんに話が廻ってるみたいだ。
多分、考案税の申請をしてるんじゃないかな。
考案税を申請すると、公開されるらしい。
そうすると、自動的に、誰かが作るようになって、世の中に広まる。
今現在、私名義の考案税の件数が何件あるのか不明だ。
ジーナさんあたりは知ってるんだろうか……。
まあ、解ったところで、特に意味は無いんだけど。
先日のダムラック司教と話をして以来、度々アイルが訪ねてくる。
もう、何を研究しても大丈夫だと思ったんだろうね。
頻りに、王国立メーテスの設立内容を相談してくる。
どんな講義が必要かについては、大体決まってきた。
でもね。誰がそれを教えるの?
私とアイルでやっても良いけど、大変だよ。
そもそも、アイルに、教師なんて出来るんだろうか?
高校の時に、生徒に背を向けて、一向黒板に話し掛けていた先生が居たけど。
アイルのコミュ障だと、そんな感じになりそうなのが目に浮んでくるぞ。
私のところは、助手さん達にお願いできるんだけど、アイルのところは大丈夫なんだろうか?
そんな感じで、毎日まったりしている。
あれ?全然まったりしていない気もする……。
セアンさんが、やって来た。
セアンさんは、領主館の植栽管理をしてくれている人だけど、今は、アトラス領の農業試験場も手伝っている。
手には丸々とした大根みたいなものを持っていた。
にこにこしている。
「ニケ様。豚飼草で、糖分の多い品種が見付かりましたよ。」
おおぉ。砂糖だ!
豚飼草が、実は『甜菜』だったという事が解ったのは、今から2年前だ。領地内で、砂糖の含有率の高い豚飼草を探して、品種改良に着手した。
その時だったな、領地に農業試験場を作ったのは。
ただ、この草。二年草なんだよね。
普通に考えても、品種改良の試験結果が出るのは二年後だってことになる。
あれっ?早過ぎないか?
「えーと。それって、改良結果というんじゃなくって、見付かったってことなんですか?」
「そうなんですよ。農業試験場で、新たに領有したノルドル王国の作物を調べてたんですけどね。北部の山間地で、甘い根菜が有るっていうんで、調べてみたら、豚飼草だったんですよ。」
おぉ、やるなノルドル王国。
でも、それだったら、知られていても良いんじゃないのか?
砂糖を作ったら、大きな利益になった筈なのに。
「それって、何で、広まってなかったんです?」
「その場所の特異品種だったみたいですよ。寒冷地で、あまり農作物は作られなくって、主に畜産をしていた場所の様です。
豚を太らせるのに効果が有るからと、それなりに品種改良していたみたいですね。
その地では、葉を食べさせるんじゃなくって、根を食べさせていたようです。」
なるほどね。畜産のために、飼料ぐらいは工夫するか。
「それって、どのぐらいの量を栽培していたんです?」
「それが、けっこうな量らしいです。砂糖の事は伝えずに、南部の小麦を渡したら、好きなだけ持っていっていいって言われたらしいですよ。」
何か騙してないか?それ。
でも、確か甜菜って、寒冷地で育てていたような気がする。
その周辺で大々的に作付すれば、その地方も潤うんじゃないかな。
それは、後で義父様達に相談だな。
助手さん達を招集した。
というのは、嘘です……。
私が自室で、ゴロゴロしてただけで、助手さん達は皆、研究所で、それぞれの仕事をしてたんだけどね。
私が、研究所に移動しただけだ。
研究所で、砂糖プラントを作ると宣言する。
アイルも引きずり込む。
だって、砂糖だよ。砂糖。
助手さん達の目も輝いていた。
それほど複雑で難しい事ではない。甜菜を砕いて煮詰めて、不純物を取り除いて水分を除くだけだ。
ただ、水分を除くために、空気中で加熱すると、カラメルになってしまうので、少し工夫が要る。
ある程度の水分量になるまでは、蒸気で加熱する多重効用タンクを作った。
ある程度高濃度になった砂糖液の結晶化は、真空乾燥だ。
アイルに小型の装置を作ってもらって、助手さん達に条件確認していってもらう。
うーん。スムーズだな。
不純物を除去するのに、炭酸カルシウムや二酸化炭素が必要になる。砂糖プラントは、原料が入手しやすい、コンビナートに造ることにした。
開始して、1週間で、工場が出来た。
おおぉ。大量の白い粉。砂糖だぁ。
これで、小麦を魔法で分解合成して砂糖を作らなくて良くなった。
領都でもお菓子を作り放題だよ。
義父様達に話したら、義母様、お母さんは喜んでいた。
甘いは正義だよね。
グルムおじさんは、もともとの産地だった領地の北部で、甜菜の大々的な作付を
推奨した。
その地に居た人も、それまで豚の餌でしか無かったものが、それなりの価格で売れる事を喜んでいるらしい。
農業試験場には、さらなる糖分含有量の向上のための品種改良と、生育条件の最適化などを依頼した。
砂糖のフィーバーが収まった頃、アイルが、そろそろ、王都にメーテスの募集要項などを王宮に伝えた方が良いと言ってきた。
本格的な夏が来る前でないと、来年の入学生も集まらないだろうという事らしい。
カリキュラムや研究テーマは大体決まっているんだけど、教員をどうするかが悩みだ。
助手さんたちは、皆、教授になってもらおう。
授業を分担して、個人研究をしてもらう。
そろそろ独り立ちしてもらっても良いと思うぞ。
アイルも私も教鞭を取ることにして……こんなに幼ないのだけど、大丈夫だろうか。
イメージとしては、高校生か大学生ぐらいの若者に、幼稚園生が教えるって。
絵面がヤバすぎる……。
そんな事を言ってられないよね。
誰か良い人が居ればいいんだけど、助手さん以外には、ジーナさんぐらいしか思い浮ばない。
ジーナさんは、ダメだよな。忙しすぎる。
教員も公募した方が良いんだろうか……でも、今の世界って、つい忘れがちになるけど、青銅器文明まっただ中だよな。
鉄を使っている領地は有るんだろうけど、作っているのは、アトラス領だけだ。
一を聞いて十を知るような人、どこかに転がってないだろうか。




