16.品評会
昼食を終えて、マリエーレと連れ立って、領主館に向いました。
新茶品評会の会場は、クリスタルパレスと言っていましたね。
領主館に入ると、クリスタルパレスまでの順路が掲示されていました。
昨年、博覧会で領主館の研究所を訪問していた時に、かなり離れていた場所に見えていました。
キラキラ輝いていたので、名前だけは聞いた事があります。
そう言えば、大浴場の屋上からも見えていました。
初めて、近くで見ました……大きいですね。
「ジーナ。これ、何?」
「私も詳しく知らないわよ。」
「中に、木が生えているわ。中に林を作ってるのかしら?林を建物で囲ったのかしら?
何なの、これは?」
矢継ぎ早に質問されても……私にも何だか分りません。というより、マリエーレと同じ気持です。
半球の建物ですが、外壁は全て透明な板で覆われています。
そして、マリエーレが言っていたように、中に木が何本も生えています。
そして、沢山の花が咲いているようです。
今の時期には見掛けない、夏の花が多いようです。
大きなクリスタルパレスの周りは花畑になっています。そして、沢山のテーブルがありました。
まだ、時刻は5時前ですが、沢山の人が居ます。
近付いていくと、侍女姿の女性に、板と鉛筆を渡されました。
この板は、紙ホルダーというものですね。リリスさんの店で見ました。
2枚の紙が挟まれています。
1枚目と2枚目は、ほとんど同じです。一番上に、緑茶と書かれた紙と、紅茶と書かれた紙です。
表があります。
左の端の欄に、沢山の名前がありました。
上段には、産地、香り、味、特記事項とあります。
沢山の名前は、どうやら産地名のようです。
香り、味、特記事項の覧は何も書かれてありません。
この部分に何かを書けということなのでしょうね。
下の方にある説明には、各産地のお茶を賞味して香り、味を6段階の数字で評価して欲しいと書かれてあります。より好ましいものは6だそうです。
産地だけでも、d30(=36)以上あるみたいです。
「ねぇ。私達、品評会の審査員になってるの?」
興味津々なのでしょう。マリエーレは嬉しそうです。
「そうみたいね。でも、沢山あるわね。緑茶と紅茶で、d60(=72)もあるわよ。
こんなに、お茶って飲めないわよね?」
会場のテーブルのあるところに近付いてみて、謎が解けました。
小さなガラスの容器が沢山並んでいます。
会場の入口脇に説明がありました。
産地毎にテーブルが分かれているそうです。
そして、ガラス容器の外から、色合いを見てから、口に含んで、香りと味を評価するのだそうです。
これなら、お茶でお腹がタプタプになったりしませんね。
今は、各産地それぞれに、準備をしています。
どの産地も緑茶と紅茶を用意しています。
淹れたてを味わってもらうために、大量のお湯を沸かしている最中です。
お茶が冷えないように、容器を温めるオーブンが置いてあります。
開始時刻になりました。
演台の上に、男性が立ちます。
男性の前には、なにか道具があります。
男性が道具に近づいて話始めました。
「みなさん。お集りくださりありがとうございます。
これから、今年、生産された新茶をご提供させていただきます。
ご挨拶させていただくのは、アトラス領で収穫担当管理官を拝命しているブリートです。
昨年から、アトラス領とグラナラ領の領境周辺で、レペの木の植栽が進み、広大な土地からお茶を産するようになりました。
各農地では、今回、始めて新芽を摘んで新茶を作っております。
お茶は、作製者のニケ様からは、
原料となるレペの木の育成状態、お茶の生産方法など、まだまだ改良の余地があると聞いております。
今回、農家の方々の努力により……」
開始の挨拶のようです。
集った人は、おおよそd200(=288)人は居そうです。もっと居るかもしれません。
皆、挨拶に聞き入っています。
「……紅茶、緑茶それぞれの部門で、最優秀の農家には、大金貨1枚(=288万円)。
味で最も得点が高かった農家には、小金貨2枚(=48万円)。
香りで最も得点が高かった農家には、やはり小金貨2枚(=48万円)。
が報奨金として進呈されます。
出場されている農家の方々は、日頃の丹精の成果を遺憾無く発揮していただきたいと思います。
それでは、国務館の農作物管理部門管理官のベネッゼーレ様にご挨拶いただきたいと思います。」
あの道具はマイクというものですね。脇に置いてあるスピーカーから、大きな音が出ています。
拡声魔法という魔法が知られていますが、魔法を使わなくても、声を大きくすることができるようです。
これも、ここで初めて現物を見ました。
アトラス領では、魔法が使えなくても、魔法のような事が出来ます。
不思議です。
ここは、王国内でも屈指の魔法使いが居る領地なんですけどね。
「ただ今、ご紹介に与りました、国務館農作物管理部門管理官のサブリ・ベネッゼーレと申します。
この度は、新茶の品評会の実施の運びとなったことお喜び申し上げます。
このお茶というものを初めて飲んだとき……
……
これを以って、ご挨拶とさせていただきます。」
国務館の管理官の長い挨拶が終って、女性の文官の方がマイクの前に立ちました。
入口にあった評価の際の注意事項が伝えられました。
最後に、最初に挨拶をしていた人がマイクの前に立ちました。
「それでは、お集りの皆さん。各産地の準備も整ったようです。
新茶の味と香りをお楽しみいただき、ご評価の程、宜くお願いいたします。」
新茶の品評会が始まりました。
集まっている人達は、一斉に入口付近にある、リストの最初の産地の試飲テーブルに移動していきます。
マリエーレもそれに釣られて、端のテーブルに移動しようとしています。
「マリエーレ。ここにリストがあるんだから、どこから始めても良さそうよ。
真ん中あたりの空いているところから始めましょうよ。」
「えっ。そうなの?一番上から順番に試飲するんだと思っていたけど……真ん中あたりは人が殆ど居ないみたいね。」
リストの真ん中に記載されている農家さん達が提供している場所へ移動します。
そこには見知った人が居ました。
「リリスさん。ごぶさたしてました。」
「あら、ジーナさん。お久しぶり。ここで会えるとは思ってませんでした。
えーと、お隣の方は、確か、ジーナさんの同期の方でしたよね。」
「はい。マリエーレ・ドナチと言います。」
「この品評会には沢山の人が居ますね。みなリリスさんみたいに、商店の人達なんでしょうか?」
「主な商店主は殆ど参加しているみたいですけど、それだけじゃないですね。
ほら、あそこに居る、年配の男性は、引退した文官の人ですし。
若い人から、年配の人まで様々な人が居ますね。
ジーナさん達みたいに、現役の文官の人も居るんじゃありませんかね?
多分、領主館では、いろいろな人の好みを調べたいんじゃないかしら?」
テーブルに居た産地の人が、緑茶と紅茶を渡してくれました。
「あっ、ありがとうございます。」
「あら、いい香りね。いつものお茶とは随分違ってるわ。やっぱり新茶って美味しいわね。」
さっそく口を付けたリリスさんが感嘆しています。
私も口に含みます。良い香りが鼻に抜けていきます。
ほんとうに香りが違います。
そして、苦味が少なくて、少しだけ甘みを感じます。
それは、緑茶の方がとくに強く感じました。
「ねぇ。ジーナ。緑茶って、飲んだ事が無かったんだけど、これも美味しいね。」
「そうね、美味しいわね。官舎に緑茶を置いてもらっても良いかもしれないわ。
リリスさんは、普段は、紅茶ですか?緑茶ですか?」
「私も、緑茶は飲んだ事が無かったのよ。でも、緑茶も美味しいわね。」
それから三人で、お茶を提供しているテーブルを廻りました。
産地によって、微妙に味や香りが違っています。
リリスさんに、産地の場所を教えてもらったり、感想を言いあったり、最近の出来事について話したりしながら廻りました。
楽しいです。
「あっ、そう言えば、鉄道で制服を使い始めたそうじゃないですか。
評判が良いって聞きましたよ。」
「ええ。そうなの。最近は、制服の様な服を作ってもらえないかという問い合わせもあるのよ。」
「リリスさんの予想通りだったって事ですね。」
「ええ。筒袖の衣装は流行るわよ。
あっ、そうそう、来月の1日から、ウチの店も制服に替えるのよ。
是非見にきてくださいね。」
「えっ、そうなんですか。それは見に行きたいですね。
マリエーレ。一緒に行きましょうよ。」
「その制服って、女性用も有るんですよね?それは見てみたいわ。」
これで、来月、二人で休暇を取って、マリムの街廻りは決定だわ。
リーサとエリイも誘わなきゃ。
全ての出場産地を廻ったので、評価結果を係の文官さんに渡しました。
そのまま、会場から少し離れた場所に案内されました。
そこには、丸テーブルと椅子が沢山配置してあります。
どのテーブルにも、お茶菓子が置いてあります。
奥の方に、侯爵様ご一家と子爵様ご一家が居ました。
「こちらで、お気に入りの産地のお茶を提供させていただきます。
空いている席にお座りになられて、注文をお願いいたします。」
今回廻った中で、一番気に入ったお茶を提供してもらえるみたいです。
「あら、まあ、嬉しいわね。」
「そうですね。三人で、お気に入りが違っていたら、飲み比べてみたいですね。」
「あら、まあ、ふふふ。とっても良い考えね。」
私達は、侯爵様や、子爵様にご挨拶をして、空いている、4人掛けのテーブルを見付けて座ります。
それぞれが、お気に入りだった産地の紅茶と緑茶を注文しました。
紅茶も緑茶も三人とも違う産地でした。
まず、緑茶を頼むことにしました。
侍女姿の女性が、3つのティーポットを持ってきてくれます。
お願いをして、先程、品評会で味見をしていたガラスの容器もお願いして、12個持ってきてもらいました。
自分の分のお茶はティーカップに、二人分は小振りのガラス容器に注ぎます。
早速飲み比べてみます。
三種類とも、味と香りが違っています。リリスさんは苦めで香りの強いお茶でした。マリエーレが選んだのは、甘めで、香りが控え目のお茶です。
私のは、その中間という感じです。
でも、どのお茶も美味しいです。
緑茶の次は、紅茶をお願いしました。
緑茶と違って、紅茶は、リリスさんのは、甘めで香りが控え目です。
理由を聞いたら、仕事中に紅茶を飲む事が多くて、なるべく香りが強くないものを選んだのだそうです。
お茶菓子を食べながら、御互いに選んだお茶の感想を話します。
これも、とても楽しい一時でした。
お菓子を食べながら雑談していたら、優勝の農園の発表がありました。
緑茶部門も紅茶部門もグラナラ領の農園だったそうです。
ユリアさんが、表彰台に登場して、農園主に、証書と大金貨を渡していました。
嬉しそうにしています。
次点は、グラナラ領とアトラス領で、それぞれ2ヶ所の農園になったようです。
始めてのお茶の品評会を楽しんで、リリスさんと別れました。




