13.教科
初夏が近い。
草木が元気で緑が色濃くなってきた。
いやぁ、働いたなぁ。爵位授与式から戻ってきて、素材を作って、ダムを作って、鉄道を半分ほど敷設して、工場を作って。
とても年長さんの少女の働きじゃないよね。
しばらく、何もしないで、まったりと休息だぁ。
自室のベッドの上で思い切りダラけていたら、アイルがやってきた。
「あっ、やっと見付けた。
研究所にも、クリスタルパレスにも何処にも居ないから探したよ。
助手さん達も見てないって言っていたから、自室かなと思ったらアタリだった。」
「ん。何か用事なの?」
「そろそろメーテスの事を考えなきゃならないかなと思ったんだけど。
相談に乗ってくれないか?」
「えぇぇ、私だって忙しいのよ。」
「だって、今は何もしてないんだろ?」
「そんな事ないよ。休息という、とっても大切な事をしているんだから。」
「……」
「アイル。アイルも働き過ぎよ。そのうち過労で倒れるよ。」
「そうかな?そんな感じは全然無いんだけどな。毎日徹夜したりしないで、しっかり寝てるし。」
「それは、若いからよ。気付かないだけなのよ。」
「いや、若いとかそういうのでは無いんじゃないか、こんなに幼いんだから。」
「いいの。とにかく、今日は、休息日なんだから。」
「じゃあ、明日だったら良いのか?」
「明日も休息日よ。」
「……あのなぁ……。
じゃあ、休息しながらで良いから聞いてくれよ。」
アイルは、あれだけバタバタしていたのに、国務館に出向してきた文官さんたちに、王国立文官学校の教育カリキュラムを聞いていいたらしい。
当然だけど、理系の教育は皆無だった。経済学や法学のようなものはそれなりにあった。だけど、それも、前世の小学校で習う社会ぐらいの内容だったらしい。
ウィリッテさんに、王国立魔法学校のカリキュラムを聞いたら、こちらは、四元素を元にした、世界観の教育はあるけれど、科学的な考え方は皆無だった。
そんな訳で、本当に基礎的な事を教えられているだけ。
本格的に様々な事を学ぶのは、社会に出て、仕事を通じてという状況だ。
前世の基準で考えると、それらの学校を出た生徒のレベルは、中学生入学程度のようだ。
もし、研究者を育成しようと思うのであれば、少なくとも、前世の高校卒業ぐらいの知識を身につけてもらいたいところだ。
「すると『高校』の『物理』、『化学』、『生物』、『地学』、『数学』を教えなきゃならないってことなのね。」
「まあ、そういう事になるかな。」
なるほど。理解はした。但し、高校の理系の科目って、どの程度の内容だったけ?
全然覚えていない。
高校から大学に入ると、教科の範囲等という意味の無い概念は一気に無くなる。
多分受験や高校の指導要領とかの所為だっんだろうけどね。
そんな意図的に区分された知識の領域に意味が有るはずもなく。
そんなもの憶えていなきゃならない理由が無い。
必要だと思う事を教えてあげれば良いだけだよな。
ただ、問題もある。
化学だと、有機化学はともかくとして、高分子化学を教えるかどうかだな。
地学というか物理学だと、地動説や、ガイアが丸いという事を教えるかというのもある。
前者は、自然環境に影響があって、後者は、ヘタをすると宗教裁判になったりするかもしれない事だ。
高分子については、環境に影響を与えることを理解した上で制限を掛けるので良いかもしれないけど……地動説はどうするんだ?
「ねぇ。アイル。地動説や惑星の形についてはどうするの?」
「そうなんだよな。それをどうするのか……悩ましいな。」
「それは、私達じゃ判断出来ない事だよ。」
「ただなぁ、ノルドル王国との戦争の時に、白夜や極夜を経験した騎士さん達が沢山居るんだよ。
この説明は、ガイアが丸い事以外では説明が難しいよね。
それに、何となく気付いているんだと思うんだよね。
それに、王都とマリムで時差が有る事も、知っている人は知っている。
まあ、時差は何とか誤魔化せるかもしれないけれど。
誤魔化してしまって良いもんなんだろうかな。」
「えっ?本当に誤魔化せるの?」
「南中する時刻が場所によって違うのは、ヘリオが移動しているからという説明ができるんじゃないかな?」
「じゃあ、日の出や日の入りの時刻が違うのは?」
「あれ?そうか。南中時刻だけ誤魔化してもダメか……そもそも地面が平坦だとするのは、無理があるんだ。どこかで破綻するのか。」
もし、地面が平坦だったら、平坦な地面の上にある全ての場所の日の出と日の入りは同時のハズだ。
南中時刻が場所によってズレるんだとすると、日の出から南中までの時間や、南中から日の入りの時間が場所によって違わなきゃならなくなる。
それに、白夜や極夜なんて現象も発生する訳がない。
そう言えば、ノルドル王国との開戦前に、王都と無線連絡しているところに、ダムラック司教、同席していたよね。
時刻がマリムと王都で違っているのは、知っているはずだよね。
すると、必然的に、日の出の時刻と日の入りの時刻が場所によって違わないと奇しいことになる。
天動説と地動説は、どうなんだろう。
どっちかを中心に据えるとやっぱり破綻するんだろうか?
惑星と恒星のどっちが中心にあるかなんて、多分、座標軸の原点の問題だろ。
何か破綻するような要素があるんだか、無いんだか……うーん……ワカラン……。
前世の科学は、様々な試行錯誤を繰り返した挙句、多分正しいと思えるところまで到達したんだよ。
それを知っていながら、間違っていたと分っている事をどうにか辻褄合わせするなんて……ムダな事だよなぁ。
だけど、それをしなきゃならなくなるのかも知れないんだ。
エレメントの説明をするのも、ひょっとすると大変な事だったりするかな……。
「あとは……天動説と地動説か……。天動説のままでも破綻はしないかもしれないけど。美しくないな。言及しないというのが解なんだろうか……。」
アイルが悩んでいる。まぁ悩んでくれ。私には良く解らん。
それから、あれこれ話をした。
結局、アイルも、高校で習ったのがどんな内容だったのか、ほとんど憶えてなかった。まあ。そうだろう。
地学については、私もアイルの履修してなかったので、どんな教科だったのか知らなかった。
なんとなくだけど、地質や気象なんかだろう。地質は化学で詳細を説明できる。気象や造山活動は、物理で詳細を説明できそうだ。
生物は、細胞とか、生体組織とか、遺伝とかだろう。大体のところは私が解る。
ただ、この惑星の生物についての知識は無い。
以前、植物を纏めたことがあるけど、それより詳しい情報は、誰か知っている人を見付けてもらう他無いな。
あとは、魔物か。それは全然解らないから、研究所が出来てから研究するしかないね。
数学は、線形代数、幾何学、解析学、統計学といったところを教えれば良いだろうという事になった。まあ、アイルが居るからどうにかなるだろう。私もそのあたりなら分る。
前世の大学では、情報工学なんていうものもあったんだけど、コンピュータも無いので、今は不要だな。
あとは、農学部、医学部、薬学部などが有ったけど、それは、適宜対応していく。
そこまで進めば凄いけど、暫くはムリだろうな。
結局、ガイアが巨大な球形状の大地だという事に宗教的な問題があるのかは、今度、夕食にやってくるダムラック司教と相談してみる事にした。
多分。多分だけど、地動説に言及しなければ、証拠が有ることだから、無用の争いにはならないんじゃないかな……。




