12.圧気発火器
久々のお休みでまったりしていたら、グルムおじさんから相談があると言われた。
鉄の生産量が不足し始めてきたんだそうだ。
鉄は、マリムで加工されて、王国各地に広まりつつある。
これまで、陸送か、ボロスさんみたいに船を所有している商人が輸送していたのが、定期船が就航したことで、大量に他領地に販売されるようになった。
今、領都では、鉄製品の生産ラッシュになっている。
ただ、原料の鉄が不足して、生産が頭打ちになっているんだそうだ。
「たたら場を別な場所に新設するべきなのかと思っているのですが、どうですか?」
どうなんだろう?剣を作るために玉鋼が必要だって言うんだったら、たたら場の増設なんだけど。
今、増産している鉄製品って、農具や生活用品、馬車なんかなんだよな。
硬くて折れない刃毀れしないなんていう特殊な鉄製品じゃない。
大量に鉄を作るための方法は、前世に有った。反射炉とかで量産し始めて、最終的には高炉を作って、転炉で様々な組成の鉄製品を作っていた。
うーん。高炉か。高炉を作る頃合いなのかもしれないけど……。
高炉を作るんだったら、海沿いのコンビナートがまだガラガラだ。
そこに建設したら良いんだよね。
ただ、今、この世界は、前世とは全然違う進展をしている。一足飛びに電気を作ったのが大きく違っているんだよね。
高炉は、鉄の生産に特化している。酸化鉄から銑鉄を安く大量に作れる方法だ。
ただ、条件設定とか生産調整とかが難しい。
装置を止めるのもやっかいだ。
昔、電気がふんだんに使えなかった頃からの技術だ。
そうそう、高炉を使って、火力発電が出来たな。
でも、有るんだよな。海沿いのコンビナートには、火力発電所が。
既に、大量の電気があるんだったら、電気炉で鉄を作っても良いんだよね。
電気炉だと、様々な製品を作ったり、生産調整も簡単なんだけど。
どうしよう。
まあ、前世の歴史をトレースする必要もないんだったら、電気炉かな。
「たたら場を新設するのより、海沿いのコンビナートに大きな電気炉を作って鉄を生産した方が良いでしょうね。」
「また、新しい工場ですか?」
「ええ。新しい工場です。」
「今のたたら場はどうしますか?」
「新しい工場で作る鉄は、一般品の鉄になります。
たたら場で作る玉鋼とは少し違うので、たたら場はそのままで良いと思います。
電気炉工場が稼動し始めたら、少し減産する事になるかもしれませんけどね。」
通常の鉄鉱石を還元して鉄を作ると、様々な不純物が含まれる。
砂鉄を主原料にした、たたら場で作る鉄は、かなり不純物が少ない。
それに、原料が変わると、せっかく玉鋼で作っていた剣は作り方を変えなきゃならなくなる。
そのままなのが一番良いんじゃないかな。
そうとなったら、条件を考えないと。
助手さん達に聞くと、もうすぐゴムと肥料の生産条件が出揃うのだそうだ。
それぞれ、条件が確定したら、一気に工場を作っちゃうか。
一応、アイルを予約しておく。
アイルは、天体観測の結果から、光速度の精度が上がって、地球の単位との換算ができるようになりそうだと言っていた。
ふーん。でも、それが分ると何か良い事があるの?
ゴムと肥料の条件が出来たので、酸化鉄から鉄を作る条件を設定していく。
まずは、ベンチプラントを研究所に作る。
鎔融還元法という鉄の製造方法なんだけど、粉末に砕いた酸化鉄と炭素の混合物を燃やして高温で一気に鉄までに還元する。
まあ、地球で研究していたのは知っているから、方式を検討する事もなく、ただ、反応容器の大きさや素材、反応温度条件や、投入原料の状態を確認するだけだ。
大体の条件が決まった。
工場の設置場所は。
ゴムは、硫黄と炭素を使うから、海沿いのコンビナート一択だな。
肥料は、アンモニアとか硝酸を使うから、コンビナート一択。
電気炉は……火力発電所の側か。
工場を建設する前に、コラドエ工房のヤシネさんと、担当文官のボルジアさんを呼んだ。
「ご婚約おめでとうございます。特級魔導師の称号も頂いたんですよね。」
ボルジアさんの第一声がこれだった。
あれ?爵位授与式から、会ってなかったんだっけ?
私がバタバタしてたから、会ってなかったかも。
「どうもありがとう。それで、聞いていると思うんだけど、ゴムと肥料と鉄の工場を建てます。」
「ええ、大体のところは聞いてます。」
「生産方法や、ベンチでの製造結果は助手さんに説明してもらいますね。」
それから、助手さん達に、ベンチプラントでの実験結果と、具体的な工場での作業内容、必要な原料や作業者の見積、生産規模などを説明してもらう。
ふふふ。良いね。私が説明する必要は無くなってる。
皆、優秀だね。
半日掛けて、それぞれの工場の必要な情報を共有した。
「例によって、魔法で建造しちゃうんだけど、試験運転や生産調整はお願いしますね。」
「はい。了解しました。ヤシネさんも、大丈夫ですよね。」
「いや、人の工面が……どのぐらいで建ちます?」
「うーん。この規模だったら、3種類で、1ヶ月弱ってところかな?」
「そうですよね……解りました。どうにかしておきます……1月か……。」
ヤシネさんは、悩んでいる。相変らず人手が足らないのかな。
足らないのかもしれないね。
人口の1/3は相変らず、成人前の子供達だ。
「工場は、ぱぱっと作っちゃうけど、試験運転は、十分準備してやってもらえれば良いから。
鉄は、不足し始めているらしいけど、たたら場製鉄所はそのままだし、肥料は従来の製造方法があるからね。
ゴムは新しい製品だけど、お二人はどんな物かは知ってます?」
「ええ。何度か、ニケさんが魔法で作ったものを見せてもらいましたから。
課題は、どの品種を量産するかなんですよね。」
「まずは、馬車の車輪や揺れを抑える部分からかしら?馬車の工房と相談してみてね。
あと、ねえ、アイル。『圧気発火器』って作ってくれた?」
アイルがシリンダーにゴムを取り付けた円筒形の道具を出してくれた。
「何ですか?これ?」
アイルの助手さんが、円筒の内側に発火材とは言っても、紙を細かくしたものに、油を少し浸み込ませたものを設置して、ピストンを勢い良く押し込んだ。
「えっ。火が着いた。」
「いいでしょ。これだと、簡単に火が着くのよ。」
「魔法みたいですね。」
この道具は、空気を断熱圧縮して、温度を300℃以上にすることができる。紙の燃焼温度は200℃から300℃なので、紙に火が点く。
この世界で、火を着ける方法は色々ある。火打ち石のようなものを使ったり、摩擦熱を使ったりしている。ただ、かなりコツが必要なのと、それなりに手間が掛る。
マッチを作れば、直ぐに火が着くんだけど、領地で危険物の管理を決めた段階で、マッチの原料になる、硫黄、リンなどは、生産や流通に制限を掛るようになった。
そんな理由で、マッチを作ること自体を止めた。
まあ、『圧気発火器』は、良いゴムの使い方だし、これを見て、便利なものでも作ってもらえれば良いだろう。
「いいでしょ。ここにゴムを使っていて、空気が漏れないようになっているのよ。」
「便利です。これ、売れますね。どこかの工房に作ってもらいましょう。」
「ゴムの使い道は他にも、容器の栓にして、容器に空気が入らないようにしたり、中の液体が漏れないようにしたりもできるわ。
そこらへんは、各工房で、考えてもらってくださいな。」
「はい。そうします。」
もう、既に、マリムでは色々なものを独自に作ることができるようになってきている。
基本素材は、私じゃなきゃ作れないものが、まだまだ沢山あるんだけど、生活用品や工具なんかは、独自に作れるようになっている。
アイルは、鉄道の動力車みたいな、オーバーテクノロジーのものを作ってる。
私とアイルは両極端の物を作って、中間の物は領地の人達という関係が出来つつある。
ふふふ。また大量に考案が出てきて、ジーナさんは、大忙しになるんだろうね。




