N.神様の御籤
複写魔法を習ってから、3日ほど一向練習したことで。何とか紙1枚分の複写が出来るようになりました。
魔力が増えてきたのか、それほど時間も掛らなくなっています。
さらに4日。練習を重ねて、何枚もの書類を複写できるようになりました。
今は、大体、1秒(=4秒)に6枚ほどの書類を複写できています。
これなら、考案税の申請書を複写出来そうです。
人手の協力を、アトラス領の文官、ボーナ商店、エクゴ商店、コラドエ工房、レオナルド工房にお願いしていましたが、まだ暫くの間、移籍は待ってもらっています。
私には、一応目論みがあります。
それは、王宮の考案税調査部門に保管してある、アトラス領の申請書の複写を入手する事です。
アトラス領の考案税申請は、他の領地とは一線を画しています。
アトラス領で考案されるものは、他領では、まず、考案される事がありません。
ですから、アトラス領の考案で確認しなればならないのは、過去にアトラス領で考案されたことがあるかどうかです。
過去のアトラス領の考案申請書があれば、新規の申請書をどのように記載すれば良いか判断が付きます。
他領で考案されるような考案を、アトラス領から申請する場合は、王宮で申請の許諾判断をしてもらえば良いのです。
練習を開始して、3日目には、行けそうな感触が持てましたので、大量の紙とインクをボーナ商店に発注しました。
アトラス領から申請された申請書は膨大です。
最近の考案税申請書は、ほぼ全てアトラス領からのものですから当然です。
それを複写できるだけの紙が王都に保管されていることは無いでしょう。
大量の紙を生産地のアトラス領から運び込むことにしました。
今回、発注した紙とインクを使い切らなくても良いのです。どうせ、そう遠くない将来、使い切るでしょう。
事務所設立のための費用の半分ぐらいを使い果しましたが、理由を説明すれば、補填してもらえると思います。
大量の紙を注文をした事で、リリスさんが、態々《わざわざ》、国務館を訪問してくださいました。
「この度は、大量発注頂きまして、ありがとうございます。再来週には使用したいという事ですしたよね?
少し生産と販売の調整が必要になりましたが、何とか間に合いそうです。」
「申し訳ありません。今の予定では、再来週の中ほどに、王宮に移動して、そこで使用する予定なんです。
船便で、王都まで運んでもらいたいんですけど、対応は可能ですか?」
「多分大丈夫だと思いますが、少し調整が必要かもしれませんね。最悪、ジーナさんの船と同じ船で運べないかも知れませんが……前後2日以内に移送できるようにします。」
「ありがとうございます。宜しくお願いいたします。」
「ところで、この大量の紙とインク。何に使われるのですか?」
リリスさんに、過去4年分の、アトラス領からの考案税申請書の複写を入手する予定だと伝えます。
「あら、まあ、それは、どうやって書き写すんですか?とても直ぐには出来ませんでしょ?」
「ふふふ。私、複写魔法が使えるようになったんです。」
「魔法ですか?ジーナさんは、魔法も使えたんですね。そう言えば、家名をお持ちですから、領主の娘さんなんですよね?」
「ええ。王国の西の方の片田舎の領主の娘です。
でも、先週、ここに赴任してくるまで、魔法は使えなかったんですよ。」
それから、何度となく、説明した魔法が使えるようになった経緯を説明します。
「あらあら、ニケさんが関わっているのですか。何となく納得ですわ。」
マリムでは、「ニケさんが」と言うと、「まあ、じゃあ、そんなものだろう」みたいな応答が返ってきます。信じ難い事でも、とんでもない事でも、アイルさんや、ニケさんが絡んでいると知ると、納得してしまうみたいです。
マリム大橋や、鉄道を目の当たりにしているのですから、当然なのかもしれません。
「それで、何とか魔法っていうのは何なんですか?」
「ちょっと見せますね。」
練習に使っていた、考案税の申請書を1枚取り出して、リリスさんの目の前で、白紙に複写してみせました。
「あら。凄いですね。一瞬で、全く同じ書類が出来るんですか。
なるほど。これなら、大量の書類を作ることが出来ますね。」
「私、魔法が使えるようになったのはそれなりに嬉しかったんです。でも、魔力が小さいみたいで、あまり何も出来そうにない魔法だったんです。
せいぜいが、薪に火を着けることが出来る程度でしたから。
それでも使えないよりは良いなと思うぐらいでしたね。
でも、魔力が小さくても複写魔法は使えるみたいで、とっても嬉しいんです。」
「そうですね。この魔法は便利かもしれませんね。
書き写さずに、同じものが沢山出来るんですか……。
いいえ、便利なんてものじゃないですよ。
これが出来れば、大勢のお針子さん達に、新しい服を作る手順書を、直ぐに渡せるじゃないですか。
良いわね。羨しいわ。
今度、私もニケさんにお願いして、魔法を使えるようにしてもらおうかしら。」
「なんか、今、アイルさんが、研究しているみたいですよ。相談してみたら良いかもしれません。
ただし、使えるようになるのか、ならないのか、そればかりは分りません。
実は、私が魔法を使えるようになった時に、同席されていた、子爵様やユリア様、セメル宰相様のご一家も試してみたんです。
残念な事に、他の方達は、魔法は使えるようにならなかったんです。」
「あらあら、それじゃ、子爵ご夫妻や宰相様ご一家はがっかりされたでしょう。
でも、魔法ってそんなものなのかもしれませんね。領主様のご家族でも使えない人が居たりするらしいですから。
ジーナさんもそうだったんですね?」
「そうです。私の家族で、私だけ魔法が使えなかったんですよ。
でも、こればかりはどうしようもない事です。」
「神様の御籤と言われていますからね。」
「籤に当らなくても、出来ることは一杯ありますし、籤に当ったら当ったで、大変だったりしますから。
どちらが良いのかは、分りませんよね。」
「私は、大魔法を見たことが無かったので、どんなものなのか知らなかったんです。
ニケさんが、漂白剤を作ってくれたときに初めて見ました。
でも、何が起こったのか、良く分らなかったんですよ。
アイルさんとニケさんが生まれてから、2度ほどマリムの街は大改造してます。
それまで、マリムの街は、全く変わらなかったので、街の改造を見たのは、その時、初めだったんですけど、侯爵様は、大変そうでしたわ。
でも、あの時、初めて魔法って本当に凄いものだって思ったんですよ。」
「この街を改造するのは、大変だったんじゃないですか?
改造するのに、どのぐらいの時間が掛りました?」
「確か、2週間ぐらいでした。見る見る街の形が変わって。
凄かったです。」
「それは……凄いですね。侯爵様は、凄い魔法使いじゃないですか。」
「あっ、でも、フローラ様、アイルさん、ニケさんと4人で作り変えてました。」
「アイルさんとニケさんも手伝ってたんですか。お二人は、王国随一の大魔法使いですから……何となく納得です。」
そうです。このアトラス領には、大魔法使いが何人も居るのです。
私の実家では、ちょっとした農地の改造だけでも、祖父、祖母、父、母、兄の5人で、苦労していました。
魔法じゃなければ難しい事だけに、領主一家で行なわなければなりません。
それほど魔力が無い我が家では、僅かな農地を耕すだけでも大変です。
こんな大都市を作り変えるなんて……我が家には絶対無理です。
「でも、魔法って不思議ですよね。私達平民の家でも、本当に偶に、魔法が使える人が出るじゃないですか。
どうして、魔法が使えたりするんでしょうね。」
そうですね。魔法が使える人って、何が他の人と違っているんでしょう?
これまで、様々な人がその疑問を解こうとしていたらしいです。
でも、誰も答を見付けられないままです。
アイルさんが研究すると言ってましたけど、ひょっとするとアイルさんだとその謎を解明してくれるかもしれませんね。
「その謎は、これまで、沢山の人が解き明かそうとしてましたけど、答は出てないみたいですね。
血統が関係しているのは、ある程度はっきりしているみたいですけど。
領主貴族は、魔法が使える女性と結婚して子供を作りますが、私みたいに魔法が使えない子供も生まれますからね。」
「でも、やっぱり、魔法が使えるのは憧れますよ。便利そうじゃないですか。」
「でも、平民で魔法が使えると、便利使いされて大変だって聞いたことがありますけど。」
「そうですね。そんなところはありますね。魔法が使える平民は、行商や、商品を運ぶ仕事に就く事が多いです。
何日も移動する時に、火を点けるのが楽だったり、水を簡単に手に入れることができますからね。
仕事が無い辺鄙な場所だと、職に困らないから良いんでしょうけど、あまり儲からないんですよね。
やっぱり、街で商店を構えていた方が良いんです。でも、街に居るとあまり魔法の利点が生かせないです。
せいぜい、薪に火を点けるぐらいでしょうか。
それも、工房なんかだったら、種火を途切らせなければ済んでしまいます。
これから、船や鉄道で商品を運ぶようになると、ますます利点が無くなってしまいますね。」
「そうですね。
私、魔法が使えるようになって、とても嬉しかったんですけど、最初は役に立ちそうな事を思い付けなかったんです。
今は、考案税調査の仕事を立ち上げなければならなくって、リリスさんに相談したように、人手をどうやって工面するかの方が大切でしたから。
その時に、複写魔法に気付いたんです。
これも、ニケさんが使っていたから気付けたんです。
この魔法が使えると、何人も人手が要らなくなりますから。
とっても助かります。」
「やっぱり、その魔法、良いですねぇ。私も使えるようにならないかしら。」
「でも、大変ですよ。このところ、毎日毎日、ずっと、練習して、やっと使い熟せるようになりました。
最初のうちは、頭が痛くなってきて……。
最近になってやっと普通に使えるようになったんです。」
「あら、そんなに大変な魔法なんですか?
さっき見たときには、簡単そうに見えてましたけど。」
リリスさんに、どうやって魔法を使うのかを説明しました。
「えぇ!そんな事をしていたんですか?
それは……とんでもないですね。
そもそも、ニケさんは、どうして、そんな事に気付いて使っていたんでしょう?
頭が奇しくなりそうな事ですね。
私には、とても無理そうです。」
「慣れると、何とかなるんですけどね。それまでが大変でした。
アイルさんですら、ニケさんの頭の中が変だって言ってたぐらいですからね。」
「私、魔法が使えなくても良いかもしれません。」
「まあ、普通に生活していたら、魔法なんて、無くても困らないですよね。」
リリスさんとの魔法談義はこれで終りました。
その後、最近の商品情報を色々教えてもらいました。
バインダーという商品を扱うようになったのだそうです。
これも、ニケさんの発案で、アイルさんが作ったものを鍛冶師の方が作れるようになった商品だそうです。
紙に穴を空ける道具を使って、紙束に穴を空けて、それを束ねるものらしいです。
聞いてみると便利そうです。私のところは、大量の資料を保管しておかなければならないので、使えるような気がします。
王都から戻ったら、見せてもらう約束をしてリリスさんと別れました。
さて、また、複写魔法の練習しないとなりませんね。
一人で、一向練習をしていると、やっぱり辛いです。
リリスさんと話が出来たのは、良い頭休めになりました。