7.人手
昼食の後、丘を降りてボーナ商店に向います。
久々に見る、マリムの中心地は、さらに人が増えて賑ってました。船の運航で、マリムを訪れる人が増えたからでしょうか。
鉄道の運行本数も増えているようです。
移住した人も増えているかもしれません。
ボーナ商店の右手の注文服の売り場に入っていきます。
以前、私の服を見立ててくれた売り子の人を見付けました。
売り子の人も覚えてくれていたみたいです。
リリスさんにお会いするのには、どうしたら良いのかを訪ねたところ、応接室に案内されました。
以前、リリスさんに通してもらった応接室より、豪華な部屋です。
以前は、紙の売り場の奥でしたが、今回は注文服の売り場の奥です。
こちらの方が、よりお金持ちが案内されるのかもしれません。
そんな事を考えていたら、扉がノックされました。
返事をすると、凄い勢いで扉が開きます。
「ジーナさん!遂に決心してくださったのですね!本当に良く来てくれました!」
リリスさんは、満面の笑みです。捲し立てる様に話してきました。
えっと……多分、誤解なさってますよね。これは。
どう説明しましょうか?
困りました。
「リリスさん。御久し振りです。昨年は、色々お世話になりました。」
「それで!もう住む所は決まりました?何時から働いてもらえます?」
ダメです。完全に誤解してます。
「えーと。申し訳ないのですが、王宮の文官を辞めたのではなく、国務館に異動となりまして……
昨日、国務館の考案税調査部門に管理官として赴任してきたので、ご挨拶をと思って訪ねたのですが……。」
「えっ?今、なんて仰ったのですか?」
やはり、落ち着いてもらわないと、伝わらないみたいですね。
今度は、ゆっくりと、はっきりと伝えます。
「昨日、王国国務館に赴任しました。
考案税調査部門の管理官に任命されました。
今後、王国国務館に管理官として勤務いたします。」
しばらく、リリスさんは目を瞬いていましたが、突然気落ちした表情になりました。
どうやら伝わったようです。
「あら、いやですねぇ。私ったら。
てっきり、ウチに来てくれるとばっかり……そうですか……。
でも、お若いのに、管理官ですか?
やっぱりジーナさんですね。出世なさったんですね?」
「いえ、私一人だけの事務所ですから、出世と言うのか、都落ちというのか……」
「あら、まあ。でも出世は出世ですよ。
でも、お一人だけで仕事になるのですか?」
「そうなんです。一人ではどうにもならないので、人手を探そうとは思っているのです。そのためにも、まずは、実態がどうなっているのか把握したいんです。
そんな理由で、ご挨拶がてら、訪問させていただきました。
リリスさん。勝手に突然訪問したのですけれど、お時間は大丈夫でしょうか?」
「ええ、幸い今日は、急ぎの用事はありませんから大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。」
お礼を言って、今の考案税の申請状況や、国務館に事務所を作らなければならなくなった経緯を説明しました。
リリスさんは、アトラス領からは、1日あたり、28件の申請が出ている事に驚いていました。
でも、半分は、アイルさんとニケさんからのものだと伝えると、納得はした様子ですが、それでもその他で1日14件になる事に驚いています。
「ウチは、とてもそんな件数の申請はしていませんね。せいぜい、2,3日に1件あるかどうかですね。」
「ただ、件数は多いのですけど、申請書の体を成してないものが多くて困っています。」
「そうなんですね。
ウチでも結構苦労しているんです。
なかなか申請を認めてもらえないんです。」
私は、アイニーケ申請を理解できる数少ない者の一人だったので、それ以外の案件となると、それほど多くは扱っていません。
ただ、本当に、酷い文章が多くて、精査する前に却下してしまいたくなります。
「申請が認められないのには、幾つか理由があるんですけれど、却下された理由については理解されていますか?」
「却下の理由として聞いているのは、「記載不備」と「新規性が不明」というのが多いみたいです。
この却下理由の意味が分っているのかと言うと、それも怪しいんですけれど。」
私は、リリスさんに、「記載不備」と「新規性が不明」という却下理由の意味を説明します。
記載不備は、かなり様々です。字が汚なくて判読が困難というものから、申請に必要な項目が欠落しているといったものです。要するに、申請書として認められないという、ある意味、門前払いです。
新規性が不明というものは、記載不備よりはもう少しまともな理由です。考案税の申請は、過去にあるものと明確に異なっている事が必要です。
その違いを上手く説明できていない為、既にある物と大きな違いが見られないと判断されたという事です。
アイニーケ案件は、新規すぎて、何なのか分らないというものばかりなので、それとは対極にある申請書です。
こちらの場合の却下理由として記載されるのは、「実現性困難」です。
最初の頃、これを理由にアイニーケ申請を却下していました。
何度も、アトラス領と論戦になりました。殆ど私達が論破されてしまったんですけれどね。
「そういう意味だったんですね。却下されると諦めていたんです。
でも、私達としては、過去のものとは一線を画すると思って申請していたんですのよ。」
「過去のものと同じと判断された場合には、「新規性無し」という却下理由になりますから、申請書の書き方が悪かっただけかもしれませんね。」
「あら、そうなの?
そうだとすると勿体無いことをしてましたわ。
ジーナさんに指導してもらえれば、上手くいったりするのかしら?」
「そうですね。ただ、それも含めてどうしたら良いかと思っているんですよ。」
「そうなんですか?指導していただけたりするの?」
「そうできれば良いのですが、なにしろ人手が無いので、まずそれを解決しないとなりません。
ところで、アトラス領は、人手不足だと聞いていますけれど、そうなんですか?」
「そうですね。ジーナさんの仕事を手伝える人というと、読み書きできないとダメなんですよね?
読み書き出来る子供達は増えていますけれど、働かせる訳にはいきませんでしょ。
大人で読み書きで出来る人となると本当に少ないので、そういう人は取り合い状態です。」
「ボーナ商店で働いている人達は、皆読み書きができるんですよね?」
「いえ、いえ、とんでもない。ウチで働いている人の殆どは、読み書きは出来ませんよ。店で販売をしている者は、簡単な数字が読めて、製品の知識さえあれば良いので、読み書き出来なくても務まりますから。
職人さんや、針子さんなんかは、ほぼ全員読み書きは怪しいです。
読み書きが出来るのは、経営に関わっている者や、税金の計算をする者、店の責任者、あとは、それこそ考案税の申請書を書いている者ぐらいです。」
「そうだったんですね。」
あれ?考案税の申請書を書いている人って、専属なんでしょうか?
「考案税の申請書を書いている人って、それを専門にしているんですか?」
「ええ。申請書を書くのって難しいじゃないですか。
それに、職人や針子達から考案の内容を聞いて、申請書にするので、それ専門で仕事をしてもらっています。」
そうだったのですか。専門にやっているんですか……。
あれ?私のところでやろうと思っている仕事と似てますね。
というより、仕事がカブっているみたいな気がします。
えーと、今の状況は。
ボーナ商店で、考案を文書にして申請書にする。
アトラス領がそれを受け付けて、内容を確認する。ただ、これは今、ちゃんとできてない。
そして、王宮で申請書を受け取って、審査する。
場合によっては、というより、大半は、書き直しを指示する。
そして、最初のボーナ商店に戻る。
なんか、とても非効率な感じがします。文書を書ける人が少ない中で、携わる人が複数居ます。
分業の為でしょうか。
あっ、分業になっていないんです。同じ事を複数の人が実施しているんですね。
申請書がきちんとしていれば、王宮での仕事は、過去の事例との相違を調査する事だけになります。
申請書を書く時に、考案内容を明確にちゃんと書ければ良いんです。
内容の不備を確認をする人が、ボーナ商店、アトラス領、国務館、王宮でカブっています。
これが整理できたら、全体の人手は少なくて済みますよね。
どうすれば良いのでしょう……。
王宮の主な仕事は、認可するか拒絶するかの判断です。
そして、これは王国法によって定められています。
そこに、文書の書き方の不備の確認まで入り込んでいるために、大変な事になっているのです。
王宮の仕事を許認可だけ判断すれば良い様にするのが目標ですから、国務館以前の申請書作成作業を統合してしまうのが良いかもしれません。
「ジーナさん。何か気になる事でもあるんですか?」
考え込んでいて、リリスさんを心配させてしまいました。
「あっ、ごめんなさい。少し考えてしまって。」
「あら、何かしら、気になるわ。ジーナさんの発想は面白いから。」
「いえ、そんな。ところで、ボーナ商店で、考案税を専門に書いている人は何人いらっしゃるんですか?」
「今は、4人ですね。少しずつ増えて、やっと4人です。ボロスのところは、あまり考案税の申請は多くないので2人だって聞いたわね。」
「どの商店にも考案税の申請書を書く人が居たりするんですか?」
「どうでしょう?あまり聞きませんね。
大抵は、店主が書いているんじゃないかしら。
ウチとボロスの所は、ニケさんとアイルさんと最初から付き合いがあったから、考案税申請に積極的なのよね。
あっ、コラドエ工房やレオナルド工房には居るかもしれませんね。」
「ヤシネさんやレオナルドさんのところですね。お会いしたことがあります。」
「どうして、そんな事をお聞きになるんです?」
「ここからは相談なんですけれど、その考案税の申請書を書いている人を貸していただくことはできませんか?
その方達の給金は、王宮で支払います。そして、私が指導して、申請書の書き方をお教えします。
ただ、他の方の申請書も書いていただこうと思っています。
こちらで、申請書を作成するときには、専門の人を雇うよりは安い金額で請け負おうとは思うんですけれど。」
「すると、私の所の従業員を貸すと、雇うより安い金額で申請書の作成が出来るのですか?」
「そうです。それに、考案毎に、書き方を工夫すれば、「記載不備」や「新規性が不明」という却下は無くなると思うんですよね。」
「ジーナさんが行なおうと思っている事に協力すると、安く考案税の申請ができて、その上却下され難くなるということですか……。
ふふふ。やはり面白いですね。
ウチの者を使ってもらうのは良いですけど……。」
ジーナさんが少しの間考え込んでいます。
「その人達は、ジーナさんのところに雇い替えしてもらった方が良いかもしれませんね。」
「えっ、どうしてですか?
私としては、雇い替えしてもらうのはとても有り難いのですが、本当に良いのですか?
読み書き出来る人は貴重なんでしょ?」
「まず、申請書を書いている人は、私の商店ではちょっと専門的すぎて、他の場所で使うのが難しいというのがありますね。
あと何年かすると、読み書きソロバンに長けた成人が増えてきます。
何でもできる若い子が増えていくのは、ほぼ確定です。
ジーナさんの所で請け負ってもらえるなら、専門で申請書だけ書いている人は要らなくなりますよね。」
「そういうものなのですか……。」
そういった考えや将来像は私には有りませんでした。
「それに、こっちの方が大切なんですけれど。
考案税の内容は、秘密にしないといけませんでしょ?
もし、万が一、他の商店や工房の秘密が漏れた時に、秘密を漏らした者がウチの商店の従業員だったりすると、信用を失なうかもしれません。」
そんな事まで考えるものですか……やっぱりリリスさんは王国内有数の商店主ですね。
その後、具体的な話を詰めていきます。
申請書を書いていた人は、男性2人と女性2人。
申請書作成費用については、掛った時間単価で雇用費用の1/2にしようと思っていたのですが、値切られました。3/8で妥結しました。
こちらも準備があるので、実際の雇い替えは、準備が出来たときに連絡する事になります。
リリスさんには、良い商売が出来たと喜ばれました。さらに、やっぱりウチに来ないかと懇願されましたが、それは丁重にお断りさせていただきました。
まだ、時間が有ったので、ボロス商店、コラドエ工房、レオナルド工房を順番に訪ねて行きます。
どの商店も、工房も、ボーナ商店で検討した内容を伝えると好意的で、それぞれの店や工房で雇っていた申請書を作成していた人を雇い替えすることに同意してもらえました。
ちなみに、ボロス商店では、リリスさんが言った通りに2人。コラドエ工房とレオナルド工房はそれぞれ1人でした。
今日だけで、8人の人手を確保したことになります。
思っていた以上の成果です。
ちょど良い時刻になりましたので、官舎に帰りました。
リーサさんにお願いして、入浴します。
着替えて領主館に向いました。