6.魔法相談
「あら、ジーナさん。何かご用ですか?」
執務室に居たウィリッテさんは、読んでいた書類から、視線を上て声を掛けてくださいました。
「少し魔法について相談したい事が有るのですが、今、宜しいでしょうか?」
「えぇ、良いですけど。ジーナさんは、王宮の文官だったんですよね?魔法は使えないのではないですか?」
「それが、昨日、突然使えるようになったんです。」
「えっ?これまで使えなかった魔法が、突然使えるようになったんですか?
失礼ですけど、ジーナさんの年齢は?」
「21歳です。」
「それは……珍しいですね……20歳を越えてから魔法が使えるようになったという話は聞いたことがありません。
本当に使えるようになったんですか?」
そう聞かれたので、目の前に小さな水球を出して、少し動かしてから消して見せました。
何となく、少しずつですが、上手に使えるようになっている気がします。
「確かに魔法ですね。
それで、急に使えるようになった事についての相談ですか?」
「いいえ、そうでは無く、複写魔法が使えないかと思ったのですけれど……。」
「複写魔法ですか?それは……知らない魔法ですね。」
それから、博覧会でニケさんが、複写魔法を使って、展示説明の資料を作っていたことを説明します。
そして、今、考案税調査業務を立ち上げる為には、人員を確保する事が必要なこと。
船便で書類を送付するのには、文書の写しを取っておくことが大切なこと。
複写魔法が使えれば、人員を半減できることなどを説明しました。
「なるほど。意図は分りました。でも、私は、その複写魔法というのは全く知らないのですよ。
今の説明を聞く限りですが、以前、ニケさんと、転写の魔法と言っていたものの事じゃないかと思うのですけれど……。
ただ、私は、その魔法を使っているのを見た事はありますけど、どうやって実現しているのかは皆目分りません。
ニケさんに聞くしかないでしょうね。
ところで、凄く気になっているんですけど、どういった経緯で魔法が使えるようになったんですか?」
昨日、夕食にご招待された後、ニケさんが、フランさんとセドさんと踊っていたこと。アイルさんが、踊ることで魔法が使えるようになるかもしれないと言って、私もやってみないかと誘われたこと。
踊っている内に、魔法が使えるようになったこと。
それを見て、子爵様とその奥方のユリア様、宰相様一家も踊りに参加したこと。
結局、不思議な事に、私だけが魔法が使えたことを説明します。
「そうですか。全てニケさんが関わってるんですね。お二人は幼少の頃から非常識の塊でしたからねぇ。」
幼少のころ?ウィリッテさんは、お二人の幼少の頃の事を知っているのでしょうか?
「ウィリッテさんは、以前からアイルさんとニケさんをご存知だったんですか?」
「ええ。以前、アトラス領で、お二人の教育係をしていました。
お二人は、1歳の時から大魔法が使えて、危険ですから、教育が必要になったんです。
ニケさんは、最初の魔法実技を教えた時から、分離魔法が得意で、砂からアルミナやシリカを取り出したのを見たときは、驚きました。
アイルさんが、その時、ニケさんが作った素材を使って、変形魔法を使ってシリカ製のソロバンを作っていましたね。」
ここにも、幼少の頃の二人の事を知っている人が居ました。
あれ?でも、ウィリッテさんほどの大魔法使いが、何故、アトラス領に居たのでしょう?
二人が1歳の頃って、アトラス領は、辺境の貧しい領地でしたよね。
「ウィリッテさん程の魔法使いが、何故、その頃アトラス領に居たんですか?」
「ふふふ。ジーナさんは噂通り、優秀ですね。気付かれてしまいますか。
この前の婚約式で、お二人の出生後の事が公になったので、これは、秘密という程の価値が無くなってますから話しますけど。
一応秘密なんで、公言はしないでくださいね。
その頃、私は諜報機関に所属していて、上司の命令でお二人の調査の任務に就いていたんです。
その頃、アトラス領に、生後半年もしないで話し始めた赤子が居ると噂になっていたんですよ。
私は半信半疑だったんですけど興味もあったんです。
調査してみたら、想定を遥かに越えていましたけれど。」
「そうだったんですね。それでウィリッテさんは、今でもその組織に所属しているのですか?あっ、これは秘密なんですよね……いいです。聞かなかったことにしていただけませんか……。」
「ふふふ。私は、昨年その組織を完全に辞めてます。
この職に就く前は普通の商人をしてました。
今は、国務館の館長なんて事をしてますから、多少は関りがありますけどね。」
「そうなんですか。」
「それで、どうします?複写魔法はニケさんに直接聞かないと分らないと思いますが?」
「そうなんですね……でもニケさんはとても忙しそうでした。」
「じゃあ、今日、領主館の夕食をご一緒しませんか。私は今日、夕刻から訪問して、夕食をご一緒する予定でしたから、先方に伝えておきますよ。」
「ありがとうございます。でも……ご迷惑では無いですか?」
「それは大丈夫でしょう。ダムラック司教は、前触れも無しでやってきて、夕食を食べてるぐらいですから。」
「ダムラック司教……ですか?」
突然、大物の名前が出てきました。ダムラック司教は、大陸で24人しか居ない神殿のトップです。ある意味国王陛下に匹敵する人です。
「あっ、かえって、驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。侯爵様と子爵様とダムラック司教は昔からのご友人だそうです。
まあ、気にする事は無いということです。」
「そっ、そうなんですね……。
それでは、お願いします。」
すぐに執務室を出ました。館長に相談に行ったことで、何だかとんでもない事になったような気もします。
管理部門で、今の人員に関しての状況は聞きましたから、あとはどうすれば良いか考えるだけです。
伝手と言われても、アトラス領の知り合いと言ってもボーナ商店のリリスさんぐらいしか知りません。
アトラス領の人手不足は、本当でしょう。
リリスさんのところに頼んで、人を貸してくれるでしょうか。
私を雇いたいと言っていたぐらいですら、難しそうです。
それに、ただ読み書きが出来るだけではダメなんですよね。
申請書が書けないとなりません。
申請書には必要な項目があります。
それを熟知していないと、不備な申請書になってしまいます。
何度も書き直す事になると、人手以前に、手間が増えてしまいますね。
やっぱり複写魔法が使えたら便利そうです。
鉛筆であれば、書き直しができますから、鉛筆で申請書を書き上げて、インクで複写したら、完璧です。
でも……そんな事が出来るのか、そもそも私に複写魔法が使えるのか全然分りません。
なんか、考えが堂々廻りしてます。
ちょっと考えるのを止めて、魔法を使ってみます。
水玉が目の前で動いています。
私は魔力が小さいのでしょう。水玉の大きさは、親指ぐらいから大きくはなりません。
それでも、二つに分けてみたり、四つに分けてみたりすることが出来るようになりました。
形を変えられるかと思ったら、それも出来ました。
ちょっと面白いです。
役立ちそうもないですけど。
魔法を使いながら、先刻まで考えていたことを考えてみます。
考えている最中に、四つの水玉が互い違いに廻ってます。
それを眺めながら、人手を確保する方法を考えていました。
あれ?
そう言えば、アイルさんと、ニケさんの考案税の申請書は誰が書いているのでしょう?
そう思った瞬間に、水玉は霧散しました。
何だか、考えている事と、魔法の水玉が連動しているみたいで面白いです。
それはともかく、アイルさんとニケさんの申請書をどうやって作成しているのかは、グルム宰相に聞いてみないと分かりませんね。
夕食で訪問した時に聞く事にしましょう。
ちょうど、お昼の時間になったので、官舎に戻ります。
今朝、リーサさんがお昼を作ってくれると言っていたのでお願いしました。
国務館には食堂が有るのですが、知り合いや同僚が居る訳でもありません。
食堂で一人で食べるより、官舎でリーサさんと一緒の方が良さそうです。
午後は、ボーナ商店に行ってみましょうか。
人手の問題が解決するまで、仕事は有りませんからね。
あっ、人手の問題を解決するのが仕事でしたね。
リリスさんと会えるかは分りませんが、会えなければ、面会の予約をしてきましょう。
ボーナ商店で商品を見るだけでも良いかもしれません。
官舎に戻ったら、昼食の準備は出来てました。
野菜スープとメンチカツ、フワフワパンという食事でした。
メンチカツというのは、豚肉のハンバーグのようなものに衣を着けて油で揚げたものです。
リーサさんのご飯は美味しいです。
「リーサさん。ありがとう。とても美味しいです。」
「お口に合いましたか。それはよろしゅう御座いました。
今日の晩御飯は如何いたしましょうか?」
あっ、そうでした。領主館に行くことを伝えなければ駄目ですね。
「今日の夕刻に、また領主館に行きますので、夕食は領主館で食べてきます。」
「左様で御座いますか。それでは、お風呂の準備をして、お帰りをお待ちします。」
やっぱり、口調が固いです。
同い年ぐらいなので、普通に話が出来たほうが楽しいと思うのですが……。
雇用主だから駄目なんでしょうか。
あれ、でも私は雇用主ではありませんよね。あっ、お客さんなんですね。
まあ、これは、そのうちですね。
食事の後で、牛乳入りの紅茶を頂いている時に、この官舎からボーナ商店までの道をリーサさんに聞きました。
丘を降りて、駅の方に向かえば良いだけの様です。
簡単でした。